世界は謎に満ちている
アレスの本題は、とある大陸に存在する塔についてだった。
「タハトの塔、というのを知っているだろうか?」
「すみません、知りません」
まるでどこぞのAIみたいな返答になってしまったけれど、知らないので仕方がない。
学外授業で時たま遺跡めいた場所には足を運んだけれど、そういや塔とかそういう所はあまり行った事がないな……とは思ったけれど。
観光地みたいな塔ならまだしも、しかしここはウェズンにとっては前世基準で言うなら異世界。
ピサの斜塔だとか、そんな感じのやつじゃないのは言われるまでもなくわかりきっている。
「恐らくは、近々こちらもそちらも授業で行く可能性がある場所ではあるのだが」
「そうなんだ……?」
そもそもテラに今後授業でどういう場所に行く感じなんですかー? なんて気軽に聞けば、おっ? なんだやる気満々か? とかノリノリで言われてとんでもなく危険な――ギリ運が良ければ生還できる――所に行けって言われるんじゃないかと思うせいで、聞くに聞けない。
聞いたその日が命日です、みたいな展開はお断りである。
学院はそうではないのかな、と思って、もしそうなら平和でいいなとも思ったけれどしかし学院にワイアットがいるという事実に気が付いて、全然平和じゃなかったや……となってしまった。
「少し前に、鍵について話しただろう」
「あー……あの」
「そう、あの」
言いながらアレスはテーブルの上にリングから取り出した物を置いて見せた。
それは、ウェズンが父から送られてきた鍵と見た目はほとんど同じものだ。
違うのは色合いくらいである。
イルミナが持っている鍵とも見た目はほぼ同じ、と言っていいだろう。
「これらの鍵は、あの塔で使うらしい」
「……そうなんだ? てか、それ誰から情報?」
「……………………父だ」
たっぷり数秒の沈黙の後、絞り出すような声でアレスがこたえた。
「家にある鍵を確保する前に、そういやあの鍵ってなんなの? みたいな感じで聞いてみたら、塔で使用する鍵だと言っていた。
一応持ち出す時に、似た鍵を作っておいてすり替えておいたから持ち出した事がバレているとは思わないが……もしバレてしまった場合、阻止するために動く可能性がある」
「なんで?」
「知らん。ただ、管理が厳重だったからな。それなりに重要な何かがあるとは思う」
「でも、アレスのその鍵がタハトの塔で使うとしても、僕やイルミナの持ってる鍵もそうだとは」
「これだけ同じ見た目をしておいて?」
「否定できなーい」
はは、と乾いた笑いが漏れる。
そうなのだ。
これだけ色違いで全く同じ見た目の鍵である以上、使う場所が同じであってもおかしくはない。というか、同じ場所で使うやつだと言われても否定できる要素がない。
明らかに見た目が異なる鍵であったならいや違うでしょ、と軽く否定もできただろうけれど、正直アレスが置いた鍵の上に自分の持つ鍵を重ねてみたらきっと完全一致するくらい形は同じである。
「ただ、タハトの塔へ行くにしても、俺たちが別々で行くのは何となく嫌な予感がする」
「まぁ、アレスのお父さん? 鍵がすり替えられたって気付いて学院に乗り込んで鍵返せってなるか、はたまた塔の近くで待ち伏せするかにもよるけど……面倒な事になりそうな気はするね」
「それもあるが、そうじゃない。
見た目が同じ鍵が三つあるんだ。塔で使うとして、一つしかない状態で行っても先に進めなくなる可能性はあるだろう」
「まぁ、確かに?」
ゲームのダンジョンで扉など途中にあって先に進めないような所だと、まず鍵を見つけてくるところから始まるわけで。
扉にしろ牢の鍵にしろ、一つを探して使うだけで済めばいいが、道を塞ぐ物が一つだけであるとは限らない。
この鍵だってタハトの塔で全て使う事になると仮定して、別々の部屋の鍵なのか、それともある場所へ行くための途中の道を切り開くものなのか……
かといって、誰か一人に鍵を託すのもなんとなく……という話である。
イルミナは魔女の試練に関係しているものだから、勿論自分で持っている。
ウェズンは父から送られてきて、何かそのうち授業で行ける場所で使う事になるとしか言われていないので、別にイルミナなりアレスに手渡したところで正直な話、困る感じはあまりしていない。
ただ、父には父なりの思惑というものがあるだろうから、ウェズンの手から離れるのは困るかもしれないなぁ……と思う部分もあるけれど。
アレスに関しても、家から持ち出した鍵を他の誰かに預けたとして。
その後父と揉めに揉めたらなんというか……アレスが直接鍵を渡した相手から返してもらうようにするならいいが、父親直々に返してくれないか、とか交渉にこられたら鍵を渡された方も微妙に気まずいし困るだろう。
ゲームならパーティーメンバーの大事な物はアイテム欄のキーアイテムだとかのカテゴリあたりに一括で纏められるけれど、生憎ここではそんな便利機能はない。
持ち物は個人に配布されたリングに収納できるけれど、リングを通じて他の人のアイテムを自由に出し入れできるなんて機能までは存在しないのだから。
というか、それができるようになったら確かに便利であるかもしれないが、犯罪もドカンと増えそうなのでまぁ、その手の機能があったとしても無かった事にされるのではなかろうか。
もしくは、限られた人間だけが使う権利を与えられるか。
一般に普及はできない機能である事は間違いない。
ゲームだとプレイヤーがアイテムを使うかどうかの判断をするから、キャラが別行動していてもアイテム欄は共通、とかいうのが普通にあったりもするけれど。
「学院から学園に移った後に行けるならいいが、もしそうじゃなかった場合。
その時は連絡してくれ。すぐに動けるかどうかはわからないが、どうにか合流する。そのかわりこちらが先に行く事になった場合は連絡を入れる」
「わかった。事前に行く事がわかればいいけど、当日いきなりってパターンも無いとは言えないから連絡が遅くなる、なんて可能性もあるけど」
「それは仕方がない。こっちだって時々随分と行き当たりばったりな課題を出される事もあるから」
ワイアットの事を抜かせば、案外学院の方が平和的なのかも、と思ったがどうやらそうでもないらしい。
学園と学院は何気にそこまで違いはなさそうな気がしてくる。
まぁ、違うのは学院側は容赦なくこちらを殺しにくるような授業があるけれど、こちらは積極的に向こうに襲い掛かるようなイベントはない、という事くらいか。
それについてはまぁ、勇者なら魔王を倒しにいくのに殺意が高くても仕方ない気がするし、魔王側も勇者に攻撃仕掛けに行く事は基本禁止されてないけど、なんていうのかな……ゲームのイメージだと居城で待ち構えてる感があるから……
攻めに偏ってるか守りに偏ってるかの差くらいだろうか。今のところ学園と学院の違いなんて。
あとはどうやら学園や学院に入る前の手続きの時にちょろっとやったテストっぽいもので適性を判断するとかどうとか。
どういう基準でどちらに向いていると判断されるかはウェズンにはさっぱりわからないが。
「俺の話はこれだけだ。リィトに関しては本当にこれ以上情報がない。ワイアットの周囲を探れば何かしら出てくるとは思うが、恐らく重要な情報は出てこないと思う」
「それに関しては何となくわかる。下手に危険を冒す必要もないし、それだけわかれば充分」
ウェズンとてそう都合よく相手の弱点だとかがわかるとは思っていなかった。
精霊、と言っても何の精霊だとか、そういう根本的な根源に至るような部分がわかればまた違うのかもしれないが、それがわかったところで……というのもあるのだ。
例えばの話になるけれど、炎の大精霊、みたいな相手に挑む事になったとしよう。
相手が炎の精霊だとわかっているのなら、こちらはそりゃあ水とか氷とかの属性での攻撃をしようと思う事だろう。
だがしかし。
相手の攻撃が火山を起こして地中から火柱が複数上がり、噴き出たマグマはある一定の高さまで上がれば、あとは落ちてくるだけ、その間に冷やされて岩のように固まった塊が雨のように降り注ぐ――そんな、ちょっとやそっとじゃ太刀打ちできそうにないものだったとして。
対抗するこちらが精々コップに水を一杯出すのもやっと、くらいでしかなければ、いくら弱点属性だといっても全く勝ち目があるとは思えない。
現時点で、何となくウェズン達とリィトの差はそれくらいあると思ってもいいだろう。
精霊の実力は未知数。
学園の旧寮にいる精霊たちと時々戦う事もあるけれど、あれだって恐らく本気は出していない。
ある程度、この学園の生徒なら実力としてこれくらいだろうという目星をつけて、その上でギリギリ負けるかギリギリ勝てる、くらいに力を抑えているんだろうなとわかるので。
「それじゃ、俺はこの後他に用があるから戻るよ」
「あ、うん」
頼んだメニューもとっくに食べ終わっていたし、これ以上話す事もないのであれば長居したところで店の迷惑になりかねない。
伝票を手に二人は店を出て、そこで別れた。
アレスと会う前に既に周辺の散策をしてしまったので、これ以上ここにいても特に何もやる事がなかったウェズンは、ここから更に他の場所を探索しよう、とは思わず素直に学園に戻る事にした。
とりあえず学園の図書室で、タハトの塔とやらについて何かわかるだろうかと調べてみようかという気になったのもある。
――まぁ、結局のところ大昔に何か信仰していた種族が建てた塔、くらいしかわからなかったのだが。
授業でここに行く可能性があるって、それ、何……? 前世で言うなら博物館とかそういう感じか? と思うも、立地的にそう気軽に立ち寄れそうな感じでもなかった。いくら神の楔でポーンと転移できるとはいえ、険しい山々に囲まれてるようなところだ。
ゲームで言うなら空飛ぶ乗り物入手してからじゃないととてもじゃないが行けそうにない場所。
そんな場所に授業で行くにしても、一体ここで何をしろと……? と思うのは当然だろう。
とはいえ、テラに聞くのは後が怖いし――などと思っていたら。
「おや? また調べものかい?」
ふらりと現れた教師がウェズンに声をかけてくる。
「あ、ウェッジ先生」
相変わらずどこのクラスを担当しているかはわからないが、それでもまだテラよりは色々聞きやすい相手。
とってもいいタイミングでの登場であった。




