軽い無茶振り
「まぁ、前回ウェズンの話でリィトの事は聞いていたからな。あいつが何を目的としているか、がまだわからんが今回の行動から警戒しておいて損はない事は確かか。一応学園には周知させるようにしておくが、あいつの実力考えると下手に戦って動きを封じろとか言うよりは逃げに徹した方がいいかもしれん」
「魔物とか量産してるのに?」
「瘴気汚染の低い土地でまた同じ事はやらんだろ。むしろ気にすべきは瘴気汚染の高い土地だな。そこで今回と同じような事をされたらまずい事にしかならん」
魔物は倒せばその分瘴気が浄化されるとはいえ、だからといって大量に増やされていいものでもない。
リィトの行動は混乱をもたらそうとしているのか、それともその逆なのか……現時点だとどちらの言い分でもありそうなのが困りものだ。
「あぁ、でも。
もしあいつからあの杖を奪えそうなら奪い取っておいてくれ。アレは元々この学園で保管されてた物だからな」
「え?」
「何か知らんうちに侵入されて盗まれてた」
「ここの警備ガバガバすぎません?」
「いつ来たのかもわからんのよな。まぁあいつ精霊だから普通の侵入方法で来たとかじゃなさそう」
「この学園にも精霊っているんですよね。それなのに誰も気付けなかったんですか?」
「あー、まぁ、あいつ多分ここの精霊には敵認定されてないから……」
やってる事は割と敵対している側っぽいのだが、直接学園の生徒や教師に危害を加えたわけでもない。
だからこそ、まだこの学園に協力している精霊たちも敵とみなしていないのだとか。
そう言われても、生徒からすれば納得できるものでもない。
「それさぁ、仮に運良く杖取り返してもまた盗まれる可能性ないか?」
レイが呆れたように言うのも仕方のない事だった。
実際いつどうやって盗まれたのかもわかっていない状況だ。
仮に取り返せたとして、同じように保管してもまた盗まれる可能性は普通にある。むしろ無いと思う方がどうかしている。
「可能性はある」
そしてテラは否定しなかった。
「駄目じゃん」
それを聞いてしまえば、ウェズンがそう呟くのも当然の話で。
「というか、いつどこで遭遇するかもわからない相手ですから、奪えそうならも何もそもそも戦闘を想定していない時とかに遭遇したらどうしようもないのでは」
ハイネの言葉にイアがうんうんと頷いている。
今回のように魔物退治に行きましたよ、という先で出会ったなら魔物含めて戦う事もあるかもしれない。けれどそうではない場合。
戦闘だとかの荒事ではなく、調べ物をしに行くだとかであったなら。
その先で遭遇した場合、万全の準備も何もできていない可能性はある。
ルシアたちはリィトと出会っていないのであまり想像できていないが、リィトと戦う羽目になったレイとヴァンは彼が本気で戦っていなかった事を知っている。
あれが、もし次こちらの準備がロクにできていないのに本気を出してきたのであれば。
負ける。
どう足掻いても負ける。
それだけは確かだった。
であれば、遭遇したなら戦わずに撤退を選択した方がマシだろう。
「あぁ、行くつもりあるならあいつの拠点に行ってもいいが」
「知ってるんですか!?」
ウェズンが叫ぶのも無理はない。
以前リィトと出会った後で彼について報告した時はそんな話これっぽっちも出てこなかったのだから。
「おう、前にお前から話聞いた時はもしかして……と思っていたが今回の件でどう足掻いても間違いない事が判明したからな。
名前が同じだけの別人説であってほしかったんだが……」
若干疲れた表情のテラは、わざとらしくコホンと一つ咳をして、
「あいつ、学院側の精霊なんだわ」
ある意味重要な情報をとてもさらっと告げる。
その言葉の意味を理解するまでに、ウェズンたちは数秒の時間を要した。
言葉そのものは別に何も難しい事を言っているわけではないのに、脳が理解することを拒んでいたのか最初テラが何を言っていたのかわからなかったのだ。
「はぁ!?」
と最初に叫んだのは案の定とでも言うべきかレイだ。
そこからコンマ何秒の世界で次々に他の面々からも声が上がる。
学院に精霊がいる、と言われてそれは別に驚く事ではない。
学園にだって精霊はいる。
人の形をしている精霊がいるので、リィトが人にしか見えなくても精霊であるという部分を疑う事もなければとんでもない衝撃を受けるレベルで驚いたりもしない。
精霊にどうやら神の結界は意味がないらしいというのは授業でやった。
神の楔や結界で阻まれたりしていた事のない学園は、精霊からすればさぞ通行しやすい場所なのではないか、とも思える。
だからまぁ、力のある精霊ならしれっと学園に入り込んでしれっと保管してる物を奪っていくなんて事も造作もなかったりするのだろう。
というか、そもそも精霊が人にとっての犯罪をする、という概念が薄い。
何故って精霊は基本的に人と存在理由が異なるからだ。
人としてのコミュニティに所属せずとも精霊は別に生きていけるが、精霊のコミュニティで人が生きていけるかとなると限りなく難しい。
力が具現、具象化したものが精霊である、というのがこの世界の認識である。
人の暮らしを見守ったりしている精霊ではあるけれど、だからといってそこにちょっかいをかけようとかまではしない。力の制御があまりできないタイプの精霊であるならば、下手に干渉するとその人を殺してしまう可能性もあるからだ。
力に意思が宿ったものが精霊であると言われているが、生まれたばかりの精霊は別に知能が低いというわけでもない。ある程度の常識は搭載されているようなので、基本的に精霊はそこらを漂い人の暮らしを見守り――どちらかといえば見物とかの方が近いかもしれない――時折力を貸す。
人の形をとる事ができる程の精霊が時たま人の暮らしに紛れ込んで人と結ばれ、なんて事もあるようだが、それだってそう頻繁にあるわけでもない。
過去、精霊が人に危害を加える事象がなかったわけではないけれど、それだって滅多にない例だ。
なのでたとえ何らかの事件が発生したとしても、その事件があまりに複雑怪奇で迷宮入りしそうになっていたとしても、犯人は自在に動ける精霊である、などという発想には至らないのであった。
だがしかし、そんなある意味でこの世界の常識を、リィトは余裕で無視しているのである。
なので先程の叫びは、この場にいない他の人であったとしても皆同じように声を上げていただろう。
声を上げても皆と同じ理由でなかったのはイアとウェズンくらいか。
イアは何となくあのリィトって人精霊かなと思ってはいた。
実体を持つ事ができる精霊は大抵目の色が金色であるからだ。
それもあって旧寮で遭遇した相手の事もヒトの形をしているけれど人ではないと認識していた。
精霊が人の形をとって他の人間と子を作った場合なども目の色は金色である事もあるけれど、精霊の血を引いているという時点で大体同じようなものと考えるとしてもだ。
ともあれイアはリィトに関しては精霊か、その血を引く者と認識していたし、ウェズンもイアからその話を聞いていたので彼が精霊であるという事実を今更言われたとて驚く程でもない。
周囲と同じように声を上げたとしても、それは決して精霊だからという事実ではなく。
あいつ学院に所属してるのかよ……!
という意味での驚きからくるものである。
ウェズンはこの学園で手を貸しているという精霊のイフとそれなりに空いた時間で話をする事もあった。
普段から割と会いに行ったりしているというわけではないが、何となく時間に余裕ができたりした時、学園内をふらふら散歩している時だとかにバッタリ遭遇したりだとか、暇を持て余しすぎてモノリスフィアでどうでもいい話を振る程度には関わっている。
なんだったら休日、自己鍛錬だとかをする際に連絡して旧寮で相手してもらったりしたりもしていた。
だが、イフを含めこの学園に所属している精霊というのは色々あってあまり自由に学園の外に移動したりはできない、と何かの折に聞いた覚えがある。
だからこそ暇を持て余しているので生徒と関わる機会がくると割と嬉々としてやらかしてるとも聞いて納得したくらいだ。
学園にいる精霊自らそう言っていたので、ウェズンは知らないうちに学院に精霊がいたとして、きっとこっちと同じようなものなのだろうと無意識に思っていた。
学院の生徒だって魔法が使えるのだから、勿論精霊と契約をしていると考えるのは当然の流れだし、そうなれば学院にも精霊がいるという風に考えるのもまた当然であった。
もし向こうに人の形をした精霊がいたとしても、きっとこっちと同じような感じなんだろうな、と思ったとしても仕方のない話だと思う。
だからこそ、割と自由に各地を移動してるらしいリィト、という部分で驚いたのだ。
リィトがどういった意図でもって行動しているのか、まではわからないが、学院の思惑によるものなのか、それとも本人が好き勝手しているかで多少何かが変わるとしても面倒な事に変わりはない。
なのでテラ曰くの、あいつの杖を奪い返す、というのはいつどこで遭遇するかわからないから無理じゃないかな~というこちらの理由をバッサリ切り捨ててくれた。
学院にいるというのがわかっているなら乗り込む事も可能ではあるわけで。
だがしかし、そんな事をすればリィトだけではなく学院の人間全てが敵に回るも同然なので、やはり一筋縄ではいかないだろう。むしろどこかでリィト本人と遭遇しただけの状況の方がまだ敵の数が少ないまである。
そこら辺を考えると。
どっちにしてもリィトから杖を奪い返すというのはそう簡単な話ではない事だけは確かだった。




