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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
四章 恐らくきっと分岐点

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生け捕りの失敗



「ふふ、やっぱそうなるかぁ」


 いっそ穏やかな笑みと言ってもいい表情でリィトはイアが放った複数の糸をさらりと回避してみせた。

 ほぼイアの背後ぴったり至近距離にいたというのに、次の瞬間には一メートル以上離れているので掴みかかろうとしていたウェズンの手が空を切る。

 糸はウェズンを器用に避けてリィトへ向かう事となったが、それらは彼に触れる直前で細切れにされていた。


 とはいえ、そうなった時の事を見越していたのだろう。

 ヴァンが放った魔術はリィトの動きを制限させるように展開され、そこへレイが肉薄し顔面へ拳を叩きこもうとする。


 殺せば解決、というのであればレイとてその手には武器があっただろうけれど、しかし自らを黒幕と名乗った男をこの場で殺して全部解決とはいかない事くらいレイもわかっていた。

 殺すよりも面倒ではあるけれど生け捕りにするしかない。


 彼を殺したとして、魔物の大量発生がそれで解決すればいいが、彼が死んでも発生し続けるとなれば殺した結果事態の収束が不可能――なんて事もあり得るのだから。


 ギリギリで顔面に叩きつけられるはずだった拳を躱したリィトは、ひゅう、と少々下手くそではあったが口笛を鳴らす。

 それをバカにされていると捉えたレイは露骨に舌打ちをかましていた。


「うーんとても血気盛ん。やっぱ若さってやつかな」

 四人の攻撃を難なく回避しながらそんな風に言うリィトに、随分呑気な……という思いはある。

 だがしかしその思いのままに攻撃を仕掛けても一向に当たる気配がないのだ。

 以前漁村で出会った時は得体の知れない相手だと思っていたけれど、今回もそれは間違っていない認識のようだ。


「無駄な事を精一杯頑張るのも若さゆえだとは思うけど……それに長々付き合う気はないんだよねぇ……」


「逃げるのかよ!?」

「一体何をしに出てきたんだお前」


 レイの叫びとヴァンの呆れ。


 まぁウェズンとしても気持ちは同じだったので何を言うでもない。

 イアはまだ虎視眈々と糸で狙いを定めていたが、リィトはそれら全てを把握しているのか糸がリィトを捕える気配は全くなかった。


「いやいや、今回はとりあえずちょっとした実験だったからね。そろそろ手を引こうと思っていたさ。

 ……なんでカカオ狙い始めたのかさっぱりだからちょっと観察していただけで。まぁわかんなかったけど」


 黒幕を名乗った男の口からも、何故魔物がカカオを狙っていたのかわからない、と言われ思わずずっこけそうになる。

 いや、そこはわかってないんかい。突っ込みかけるもぐっと堪える。


 てっきりカカオに含まれる成分に瘴気に近しい何かがあるのかとまで勘繰ったというのに。

 はたまた、チョコを激しく憎み忌み嫌っている相手がそういう指示を出していただとか、突拍子もない想像までしていたというのに。


 先程周辺を見回っていた時に話していた内容は、現実的なものからあまりにも突拍子の無いものまで実に思いつく限り色々と出ていたけれど、そのどれもがハズレだというのもまぁ、別に当てようと思って考察していたわけでもなかったのでそこはいい。

 いい、のだがせめて黒幕、お前はもうちょっと自分の行動に理由を持たせろと思ってしまうのは仕方のない事だった。


「ふざけてんのかてめぇ!!」


 レイがリングから武器を取り出し攻撃を仕掛ける。

 生け捕りにしないといけないとはわかっているが、素手のままでも埒が明かないと思ったのだろう。何せリィトは手にした杖で攻撃を仕掛けてくるのだ。素手で受け止めるには少しばかり痛い時がある。

 それ以前に、素手で手加減してどうにかできるというものでもないと察したのだろう。


 それどころか……


(腕や足の一本は駄目にしないといけないって思ってるんだろうなぁ……)


 接近戦はレイに任せてウェズンはヴァンと同じように魔術での援護に入りながらそんな風に思った。

 何故ってたまにこっち側から見えるレイの表情がとても凶悪なので。


 だがしかしそんなやる気満々なレイと至近距離で攻防を繰り広げているリィトの様子から、焦りだとか不利を悟るだとか、そういうこちらにとってちょっとでも有利に思えるような何かは一切なかった。

 ただ淡々とレイの攻撃を回避し、そしてイアの糸を魔術だとは思うが触れる直前で無効化させ、ついでにヴァンとウェズンの魔術も魔術や手にした杖で弾いている。


 彼が学園の教師であったなら、とてもいい師となったかもしれない。

 だがしかしそうではない。

 有効打が一つも入らないというのはこちらにとっては焦りしか生じないのだ。

 それでなくともこの一件に関して黒幕と名乗った相手だ。

 みすみす逃げられて何の情報も得られませんでした、となるのは避けたい。


 それも焦りを生む原因なのは言うまでもない。


 それどころか、ウェズンとしてはもう一つ、懸念事項があった。


 かつて漁村で出会った時の事。

 あの時元は大して強い魔物じゃなかったやつを大量の瘴気の中に解き放ち強化させていた。

 ウェズンは直接その場面を見ていたわけではないけれど、イアはその場にいたのだ。小さなカプセル状の物に魔物を入れて持ち運び、そしてその魔物は目論見通り強化され――


 思い出したらあの時よく生きてたな、とすら思えてくる。


 元が弱い魔物でもあんなに強くなるのか……と慄く程だ。


 今回ももしそんな事になったら……?


 そう考えるのも無理はない。

 しかしここは瘴気汚染度そのものは低いため、仮に魔物を持ち運んでいたとしてもあの時のように強化はされない……はずだ。


 だがしかし、あの杖。

 あれをリィトは増幅器と呼んでいた。

 何を増幅させるのかなんて、今更わからないはずもない。


 あの時の漁村のような事になったなら……あの時の漁村は既に住人たちは異形化して残っていたのはただ一人という状態だったが、ここでそんな事になってみろ。

 シャレにならない。


 そうなる前に決着をつけなければならない――という思いがウェズンの中にはある。

 それもあって、他の仲間たちより焦りがあったのだろうか。


 ぐぁっ、という音でも聞こえてきそうな勢いで振りかぶられた杖が、ウェズンの眼前に迫る。

 リィトの後ろからレイがこちらへ移動しようとしているのが見えたが、レイが何かを仕掛けるよりも間違いなくこちらに攻撃が叩き込まれるのが先であろう。


 あ。


 と思った。


 あ、間に合わない。


 ――と。


 杖の先端、なんだかやたらとごつい部分がこのままだと確実に命中する。脳天か、顔面か。

 どちらにしても命中したらタダでは済まない場所に命中するとわかっていても、身体と意識が切り離されたみたいになってロクに反応できなかった。


 まるで世界の時間の流れが突然遅くなったように感じられるが、同時に身体も全く動いてくれない。


 走馬灯でも見ているようだ……なんて思考は割とあれこれ余計な事を考えるくらいには余裕がありそうなのに、その一瞬で身体を動かして対応すればどうにかなりそうだとも思うのに、しかし指先一つピクリとも動く感じがしなかった。


 ――力が、欲しいか……?


 この瞬間を待っていた、とばかりにウェズンの脳内で声が響く。


 幻聴であるのは間違いない。けれども、やけにハッキリとその声は聞こえたのだ。

 身体は反応しないくせに幻聴まで作り出す余裕はあるってどういう事……と内なる自分が突っ込みを入れる。


 この声に「はい」と答えたら果たしてどうなるのだろうか。

 この状況を打破できる?

 縋るものがこれしかないならそうするべきだろう。

 だがしかし。


「ッ、の、ノーサンキューでぇぇぇえええす!!」


 ウェズン以外からすれば、いきなりわけのわからない事を叫んだように見えただろう。

 けれどもウェズンはリングから咄嗟に武器を取り出して大鎌にした上でリィトの手にした杖を弾くようにぶん回した。


 意識がやけにクリアなくせに全然身体が動いちゃくれないな、とか思っていた割に、勢いがつけば案外簡単に動くことができた事で、顔面かこめかみあたりにごっ、とか鈍い音をたてて命中していたかもしれない一撃を何とか回避する。


 前世の身体能力だったら多分間に合わなくて「ぶべらっ!?」とか悲鳴を上げながら今頃地面を転がっていたところだろうけれど、今のウェズンの身体能力はそれこそバトル物少年漫画の登場人物として参加していてもギリ問題のない程度にはあるので、前世基準で間に合わなくとも今世基準ではギリギリセーフだった。


 ガキン、とやたらと重々しい音をたてて大鎌と杖がぶつかり合って、反発した力によってか両者の武器は弾かれてお互いが僅かに後ろへと下がる事となった。

 その一瞬の隙にイアが何度目かの糸で捕獲チャレンジを試みるも、杖から出た魔術によってまたもやジュッと糸が消滅する。

 だがしかし、直後のレイの攻撃は防ぎきれなかったのか右肩にざっくりとレイが手にしていたダガーが突き刺さった。


「……ふぅん? 思ってたより頑張るね」


 刀身のほとんどが突き刺さったというのにも関わらず、リィトの表情は痛みを我慢しているというようには見えない。それどころか相変わらずひらりとした身のこなしでレイから距離を取る。

 刺さったままのダガーを無造作に引っこ抜いて、そうして地面に投げ捨てて。


「今回は大人しく退いておくよ。それじゃ、また」

「あぁ!? 待ててめぇ逃げんのかゴラァ!!」


 とてもガラの悪いレイの怒鳴り声を、しかしリィトは一切気にした様子もないまま片手をひらりと軽く振り、次の瞬間にはその姿はどこにも存在していなかった。


「き、消えた……転移術……!?」


 ヴァンが驚いたように言うが、ウェズンとイアは特に驚いてはいない。漁村で、やたら高い瘴気汚染度の中をリィトは神の楔を使う事なくあの場から消えたのだから。

 あの場所よりも汚染度が低い場所なら、魔術だろうと魔法だろうと余裕で使えるのだ。


 逃げられた事にはこんちくしょう……! と思う事はあるけれど、同時にまぁそうだろうなと納得もしていた。

 いつでもこの場から離脱できるとわかっていたから、余裕かまして姿を見せたのだろうし、同時にこうしてちょっと相手をしてもいいかとなったに過ぎない。

 そうじゃなければわざわざ黒幕だなんて言って現れる事すらなかっただろう。


 リィトはそろそろ手を引くとも言っていた。

 そしてここからの撤退。


「完全解決とは言い難いけど、まぁ解決したって事になるのか……な?」

「知らねぇよ」

「こっちが聞きたい」


 困惑したウェズンに、むしろその顔したいのはこっちなんだわ、とばかりに言う二人。

 イアはそんなウェズンに向けて、肩を竦めて「やれやれだぜ……」とでも言い出しそうな顔でそっと首を振った。

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