来ちゃった、じゃないんだよなぁ
「あ、アクアちゃんからだ」
農園からやや離れた場所を見回っていたイアのモノリスフィアにどうやらアクアから連絡がきたらしく、イアは周囲を見回して、それから特に今現在何も問題はなさそうだと判断してモノリスフィアを確認した。
こちらは戦闘中だとか移動中にしてものっぴきならない事情がある、だとかではない。
ただただひたすら何事もなくぶらぶらしているようなものだ。
「……何かあったのか?」
「なんか、農園に魔物が発生したみたいだけど、それは倒したみたい」
「発生してたのか!?」
「踏めばすぐ死ぬくらい弱いみたいだから、苦戦は……あ、いや、カカオとか周辺に被害を及ぼさないように倒さないとだから魔術とか大規模な範囲で効果があるやつとかは使えなくてちょっと手間取ったっぽいけど、誰も怪我はしてないって」
「そうか」
「ちなみに発生数は結構多くて、なんていうか卵から孵化したばっかのカマキリとか連想しそうだって」
「それはそれでイヤだな」
そもそも虫の卵って孵化した時それはもう大量なのが当たり前、みたいなところがある。
そんなノリで魔物が発生してみろ。人によっては発狂するぞ。
とはいえ、踏めばすぐ死ぬレベルの弱さであるならば確かに怪我はしないだろう。
カカオだとか何かから庇おうとした結果転んだりして怪我をした、という話が多かったがようやく納得した。
かといっていくら弱くとも魔物は魔物なので、放置もできないというわけか。
なんて面倒な話だ。
「魔物が出たって?」
二人の会話が聞こえたのだろう。ヴァンが確認するように問いかける。
「でももう倒したって。なんでもカカオを収穫して倉庫に運ぼうとしてた人が襲われかけてたみたい。で、その人が逃げてる途中でアクアちゃんたちと合流して戦闘、って流れになったみたいよ」
「じゃあ、別に農園で直に発生したわけではない、って事もあるのか」
「追いかけられてた人の話だと、収穫して戻ろうとした途中で、何かこう……横からひょいっと出てきたみたい」
あまり大きな魔物ではないので、道端の草むらだとかに潜んで人が通った時に……という事は大いにあり得た。
「でもなぁ……マァジで周辺探ってみたけどなんも怪しい物とか奴とかいないんだよな……気配もなんもないっていうか」
レイが頭をガシガシと掻きながら言う。
凄まじい身体能力でそこら辺の木々の上にひょいっと上がって上からも見回していたようだが、見える範囲で怪しいと思える物は何もなかったらしい。
「魔物が発生してるっつっても、瘴気が沢山あるわけでもない。
だからこそ人為的な事象である事も考えられた。
けど、もしそうであったとしても怪しい奴の一人も浮かび上がらないってのはおかしいだろ」
「それはそう。こういうのってまず最初に怪しい人物に注意を向けて、実はそいつは犯人じゃなかったとかそういう感じでいくものだと思う」
「いやお前のそれは何かの物語とかだろ。ま、確かに有効的な手段でもあるんだが」
「けどそういうのって、まず自分に疑いが向く可能性があるからこそ、他により怪しいと思われるスケープゴートを用意するって感じだろ? 自分に絶対に疑いが向かないという自信があるなら下手に誰かを生贄にするような真似をする必要もない」
イアの言葉にじっとりとした目を向けたレイではあるが、意見を全否定するつもりはなかったらしい。
ヴァンもまた顎に手をやって難しい顔をして考え込んでいる。
まぁ確かに言う通りではあるのだ。
疑いが向くようであれば、そして真に犯人であったなら疑われたままというのは中々にやりにくい。
尻尾を出すつもりがなくとも、常に疑われ続けているとなると行動一つがやりにくくなるのは言うまでもない。実際にそれで何かをしようにもできないままとなれば、被害は減る。そして同時に更に自分への疑いが強まってしまう。
そういう部分を解消するためには、より怪しい人物を用意する事だ。
そうなればそちらに周囲の意識も向けられるし、自分に向けられる目が少なくなれば事を起こすのもやりやすくなる。
まぁ、やらかすにしてもタイミングを見計らわなければまたすぐさま疑われる事になるのだけれど。
とはいえ、そういった怪しい人物、またはそうだと思われそうな誰かがいるわけでもない。
自然発生しているとも思えないならあとは人為的なものとみて間違いないはずなのに、肝心の容疑者が一切浮かび上がってこないとなれば……
「見方を変える必要があるかもしれないな」
ポツリとヴァンが呟く。
「見方?」
「あぁ、もしかしたら何か見落としている可能性は大いにあるし、現状そのせいで視野が狭くなっているのかもしれない。この瘴気濃度で魔物が自然発生するにしても大量になんてあり得ない。だからきっとこれは人為的なものだ。これが、そもそもの間違いであったなら?」
そうとしか考えられない、と思ってはいるけれど、確かにその考え方も一理あった。
そのせいで全然怪しくない人物まで容疑者扱いして考えなければならなくなる、というのが現状である。
疑う必要のない人物を疑って疑心暗鬼で人間関係をギスギスさせる、というのが犯人がいたとしてそれも目的になっているかもしれないが……
「って言っても見方変えるたって、どこをどう変えて見るんだよ」
レイの言い分ももっともだった。
別の視点から物事を見るにしてもその『別』をどのように見ろというのだ。
何か他に取っ掛かりになりそうなものがあるならそこを基点にする事もできるだろうけれど、それすら現状思いつかないのだ。
簡単に言うなよな、とレイが言うのもウェズンからすればわからないでもなかった。
「うーん、なんか空気ギスギスしてきたね、おにい?」
ヴァンとレイは別に言い争おうと思っているわけではない。が、それでもこの状況をどうにか進展させようと思うあまりだろうか、何となく険悪な雰囲気になっているのは確かだ。
どちらの言い分もわからなくもないのだ。
このまま考えてもわからないなら、少し考え方を変えてみようというヴァンの意見も。
変えるにしたってどこをどう変えるべきなのかがわからないのに簡単に言うなよというレイの言葉も。
このままただ農園の周辺を見回っていたとしても、何か――この一件を解決に導けるようなものが発見できるとも思えない。
けれどもこの事態を放置したままにはできない。いくら今は弱いとはいえ、仕留め損ねた個体が生き延びて瘴気を取り込み強くなって再びここに現れたら、それこそ手に負えなくなっているかもしれないのだから。
瘴気汚染度がいくら低かろうとも、それでも全く無いわけではない。ゼロではないのだ。
であれば時間をかければ魔物が強くなるのは不可能ではない。
「人為的、という意味では合ってるんですけどねぇ」
「ぅひょわーお!?」
突如背後から聞こえた声に、イアが愉快な悲鳴を上げる。
ウェズンも咄嗟に振り返っていた。
イアの背後、至近距離と言ってもいいくらい近くに彼はいた。
銀色の髪を肩のあたりで揃えた褐色肌の青年。
見覚えがある。いや、忘れていい相手ではない。
イアの悲鳴に言い争いに発展しかけていたレイとヴァンもそちらへと視線を向けたし、突然現れた謎の人物に警戒しているのは当然であったけれど。
「リィト……!?」
「えぇ、はい。覚えていてくれたんですね」
彼の手には、かつて漁村でウェズンが見た増幅器と言われていた杖があった。
「何となく見知った顔がいて、それでいて捜査が迷走してそうだったのもあったので出てきちゃいました。
ほら、黒幕の登場ですよ。もっと面白い反応をしたらどうです?」
「……は……?」
とは、果たして誰の口から出た声だったか。
レイもウェズンもヴァンも、突然現れて黒幕だと名乗る男に対する反応は大体同じであった。
だからこそ、その声が誰のものかを考えるよりも自分の口から出たものだと思っていたくらいだ。
魔物の大量発生。
自然発生ではありえない。
ならば人為的なもの――
とはいえ、人為的に魔物をそもそも大量に発生させる事などできるものなのか……?
そういったあれこれは、現れたリィトによって全くの無意味と化した。
「イア!」
「はっ!?」
「そいつ逃げないように確保だ確保!!」
「お、おぅ……? っ!? 合点承知!!」
背後に現れた人物に驚いていたイアだったが、ウェズンに言われ若干遅れて理解したのだろう。
振り向きざまにイアは己の武器から糸を放っていた。




