数の暴力
さて、そういうわけでウェズンたちは早速テラに言われた土地へとやって来たわけだが。
話を持ち掛けた時大抵は「うわ何かめんどくさい話持ってこられたな」という顔をしていた。気持ちはわかる。ウェズンだってテラに言われた時に思ったくらいだし。
一応ここを拠点としている冒険者たちも調査をしようとはしていたらしい。
とはいえ、人手が足りずにカカオを守るので精一杯だったようだが。
なのでまず立ち寄った冒険者ギルドで聞けた話は正直あまり役に立ったとは言えない。
毎年この季節になると各地でカカオの需要が増えるので、ここいら一帯ではカカオ農家がせっせとカカオを育てているのだが。
最初は小さな魔物を見かける事が増えたな、と思う程度だった。
農家で働く皆さんでも追い払えるくらいに弱い魔物だったから、そこまで脅威にも思わず見かけたら追い払う、が当たり前になりつつあったらしい。
しかし、その場で仕留める事ができた魔物はさておき、ちょっと忙しくなった時、荷物を運んで移動している時だとか、手が塞がっている場合は魔物を追い払うだけに留めていたのだとか。
追い払ってもまたやってくるだろうと思ってはいたものの、元々そこまで強くない魔物だ。それにこの辺りの瘴気はそこまで無いのもわかっている。
だからこそ、また戻ってきたとしても魔物はそこまで強くはなっていない……はずだった。
実際そこまで強くなかった魔物を倒し、時に追い払い、ちょっと強くなってきた気がしたな……? と思ったあたりから事態は急変した。
大体は追い払って戻ってきた魔物は、倒せるうちに倒していたし、逃がした魔物はそこまで多くないはずだったのに追い払った以上の数でもって農園のカカオを狙いにやって来たのである。
今まで倒した数なども合わせれば、ちょっとした軍勢くらい存在している。
にもかかわらず、魔物が減った様子はない。
早い段階で一応冒険者ギルドにも相談はしていたのだ。
そして冒険者たちもまた農園周辺を見回ったりして見かけ次第魔物を倒していた。
毎回丁寧に倒した魔物の数を数えていたわけではない。
けれどもそれなりの数を倒してきたのも事実であった。
農園の人たちが倒した数と、冒険者たちが倒した数。
それらを覚えている限りで合計してみた結果。
ちょっと有り得ない数になっていた。
そもそもこの辺りで瘴気はそこまで増えていない。
だからこそ、魔物が発生するにしてもその数は決して多くならないはずなのだ。
増えても数匹。そしてそれらが強くなる事はまずないだろうと思える程度の瘴気濃度。
けれども、それでも魔物は増えている。
それがそもそもおかしな話だった。
大体、瘴気濃度が低い場所で発生する事はあっても増える事は滅多にない。にも拘らず、下手な軍勢よりも大量に発生していたのだ。
もしあれらを倒さず放置し続けていたら、今頃はきっと農園どころか大陸全土を覆う程に増えていたに違いない。
それくらい、発生しているというのが異常だった。
それ以前に、大陸全土を覆う程に増えるというのもそもそもが有り得ない話ではあるのだが。
大抵はそうなる前に瘴気を奪い合うように吸収して強い個体だけが生き残っていくはずなので。
瘴気もロクにない場所でぽこぽこ発生し続けているというのが根本的におかしな話であり異常なのだ。
「陰謀論とか普通にありそう」
「というか、既にそういう噂が広まってるようですよ」
ルシアの言葉にハイネが告げれば、うげぇ、という顔をルシアは隠しもしなかった。
「いやまぁ、こんな事になってたらそりゃ広まるか。広まるよな……」
自分だってこんな状況に置かれてたらそう考える。
真面目な顔をして言うルシアに、ハイネも確かに……と頷く。
テラからウェズン経由で聞かされた話に、最初はまた面倒な事を……と思ったが、だからといって放置するわけにもいかない。
発生している魔物はどれも弱いので倒すだけなら苦労はしないが、しかしいかんせん数が多い。
それもあって今回ウェズンが声をかけたのはいつものグループにプラスしてアクアとハイネである。
もうここまできたらクラス全員巻き込んでやろうかとも思った、とウェズンは言っていたが流石に全員で行くとなると数が多すぎる。
そうなると周囲で情報を集めた後、一度集まって、だとかの場所がないのだ。
少数であれば宿がある。
だがあまりにも大人数になると最悪宿を貸切る、何てことになるのでそうなると資金が微妙。学園からの授業というか課題という感じで来てはいるけれど流石に宿を貸切るだけの資金を学園が提供してくれるわけではない。
モノリスフィアで連絡を取り合う事も勿論想定されているが、突然瘴気汚染度が上昇して使えなくなれば結局のところ直接合流するしかなくなってしまうし、となるとやはり全員が集まって話ができる場所というのは必要になってくる。
まぁ正直、この人数でも多かったかな、と思わなくもないのだ。ウェズンとしては。
とはいえ、自分を含めても十名まではいかないのでギリギリ許容範囲かなとも思うわけだが。
一応この人数だと宿も大部屋を確保できた。勿論寝る時は男女別にしてあるけれど、できれば早いうちに解決して帰りたいところである。
毎回学園まで戻って寮で、となるととても面倒だしそもそもそう簡単に戻れないような展開になったら宿の確保をしておけばよかったと後で後悔する事にもなりかねない。
寮に戻れば自室でそれぞれモノリスフィアで連絡を、というのも容易だが……
(通話はともかく文字入力でのやりとりは長引くととても面倒だもんなぁ……)
大人数での通話もできないわけではないけれど、途中で寝落ちする奴とか出そう。
むしろ下手すると自分が寝落ちしそう。ウェズンはそう思っていた。
だがしかし、自分が寝落ちするなら間違いなくその前にはイアも寝落ちしていると思う、とも思っていた。
ともあれ、カカオを守る側と周辺の探索に出る側に分かれて行動する事になったわけだ。
八名でやって来たので、とりあえず単純に半分に分かれよう、となった結果――
イルミナ、ルシア、アクア、ハイネの四名がカカオを守る側になった。
周辺の調査をするのはウェズンとイア、レイとヴァンだ。
瘴気濃度自体はそこまで高くもないので、何かあったらモノリスフィアが使えるだろうとは思うが油断はするなよ、とハイネに言われる。
確かにこの辺りは大したことがなくともそれ以外の場所がどうなっているかまではまだわかっていない。
一部分だけやたらと高いなんて事がないとも言えないので、気を付けるとだけ答えてウェズンたちは町の外へ出た。
――カカオ農園は町の南半分を占めている。
事前に連絡を入れてあったのと学園の制服を着ている事で、イルミナたちはすんなりとカカオを保管してある倉庫へと案内された。
倉庫は巨大で、そのせいだろうか。収穫されてこの後別の場所へ運ばれるはずのカカオがあるにはあるのだが……なんというか、カカオの量がとても少なく見える。
「今年はまだあまり収穫できていないんだ。いつもならこの倉庫にたっぷりとカカオが収穫されてそれらはここから他に出荷したり加工場に持ってったりするんだけど……魔物がやたらと発生するせいで、収穫が滞ってるんだよな……」
「そんなに発生してるんですか?」
倉庫へ案内してくれたのは、ここで今まで魔物退治とカカオの見張りをしていた冒険者の一人、ケントである。農園のオーナーは現在必死に他の仲間たちとカカオの収穫に勤しんでいて案内どころではなかった。
というかオーナー直々に説明しようにも、魔物がどんな感じだとか、カカオを守ってる時にするべき注意点だとか、そういったものに詳しいのは現場にいて指揮もとってたケントである、という事で彼はこちらの説明に回っているのであった。
「いくら弱くても数が本当にね、すごいんだ。一度にバーッと出る。弱いから放置で、って思ってても数が多すぎて無視もできない」
渋面を浮かべて言うケントに、しかしイルミナたちはまだ直接その様子を見た事がないので半信半疑でもあった。
「一応売り物だからね。あまり傷はつけられない。だから、いくら弱いとわかっていても流石に数で押されているのに放置もできない。カカオはある意味この町の財源だ。充分な量出荷できないと、ここで働いてる連中の給料にも響いてくる」
「割と死活問題なんですね」
「そうなんだよ。他の所でもカカオを育ててないわけじゃないらしいんだけど、収穫量はここが一番だからさ」
ハイネの言葉にはぁ、とケントは溜息を零す。
「いくら弱いって言ってもいつ出てくるかなんてわからないからずっと気を張りっぱなしだし、昼夜交代しながらずっと、って言っても限度がある。せめて魔物が大量発生している原因だけでもわかれば良かったんだが、それすら調査するのに回せる人員がいない。
そういう意味では本当に大変だったんだよね。君たちが来てくれて助かったよ」
魔物は動物と違うので、別段繁殖期などというものは無い。
冬ごもりの前の餌を集めるだとか、そういう行動もないので人里にやたらと現れるというのもそう滅多にある事ではないのだ。
人が多く集まる場所で、魔法や魔術を使える人間がある程度いればうっかり失敗した時に瘴気が発生するわけだが、それでも町中に魔物がやってくるというのはそうある事件でもない。
実際どうだか知らないが、それに関しては神の楔が関係しているのではないか、と言われている。
神の楔は神が張り巡らせている結界の維持装置のようなものでもある。
神前試合で結界によって隔絶された部分の解除をしてもらうけれど、逆に神の怒りに触れて再び結界が、なんて事は普通にある。結界のスイッチみたいな扱いを神がしているわけだ。
絶対的に魔物を近づけたりしない、という程でもないがそれでも何らかの力で魔物を遠ざけているという可能性は有り得た。
そうでなければ人里に溢れる瘴気に引き寄せられる魔物がもっといても不思議ではないので。
「とりあえず、気を付けてほしいのはカカオを収穫している時かな。
君たちは収穫の手伝いはしなくていいけど、その間に魔物がうっかり出てきた場合は退治してもらいたい。
農園で働いてる人を間違えてふっ飛ばさないようにね。そうなると余計人手が足りなくなるから」
はは、と乾いた笑いを浮かべるが、正直冗談としても笑えなかった。
「それから、カカオをこの倉庫に運んでる時も気を付けてほしいポイントだ。
何せ普段はここをしっかり施錠しておけば問題はないけど、収穫したカカオをここに保管するのに倉庫を開けてる間にひょいっと入り込む魔物がいないとも限らないからね」
「えーっと、それって収穫した後一度倉庫の中を念入りに確認してから倉庫を出た方がいい、って事ですか?」
「そうだね。一匹でも入り込まれていたら、被害がどうなるかわからない。大量に発生した原因もわからないけど、それでもカカオを狙っているのは確かみたいだからさ」
一個くらいなら傷物になって売れなくなってもまぁ、それくらいなら傷んだのを処理するのと変わらないけど、一匹の魔物が入り込んだ事に気付かず倉庫を施錠してしまったら。
次に倉庫を開けた時、その中は大惨事だった、なんて最悪の想像である。
そんな風に言われればイルミナたちもわからなくはない。
苦労して収穫してもそれらが全滅したとなれば、今までの苦労も水の泡だ。
「とりあえずこれから農園の方に移動しようか」
カカオの見張りといってもずっと倉庫の中にいるわけでもない。
倉庫の中を一通り見せてもらった後は、農園へと移動する事となった。
「ケントさぁぁぁぁぁん!
たっけてー! 魔物が、魔物がぁ!」
農園へと移動する途中でなんとも情けない悲鳴が聞こえそちらへと視線を向ければ。
収穫したカカオが入った籠を背負った一人の男がよたよたとした足取りでやって来るところだった。
なんとも頼りない足取りだが、本人的にはあれで必死らしい。籠の中身を落とさないようにしているだけで精一杯なのだろう。
魔物、と言われてイルミナたちも咄嗟に構えたものの――
「えっ、ちっさ……」
「踏みつぶせそう」
気が抜けたようなイルミナの声に、アクアが同意した。
「いやでもあれ数多いよ!? 多すぎていっそ気持ち悪いんだけど!?」
直後、ルシアの悲鳴混じりの声が響いた。
魔物は見た目、蛙のような姿をしていた。大きさは片手の平の上に乗るくらいだろうか。それが、ざっと見ただけでも百匹くらいはいそうだと思えるくらいにいて、こちらに逃げてくる男性を追いかけているのである。
「うわぁ、あれは倒すの苦労するぞぅ」
戦う前から疲れ果てたようなハイネの言葉は、正直誰も否定できなかった。




