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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
四章 恐らくきっと分岐点

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変わるようで変わらないもの



 戦いたくない。


 そう告げられた時、ワイアットはモノリスフィアの向こうにいる相手がどんな表情をしているのか、ありありと想像できた。だからこそそれに対しては自分もさ、なんて同じだけの熱量を含んだ声で伝える。

 そうすれば向こうは息をのんで、それから少ししてどうしよう……なんて呟いた。

 吐息のような呟きはこちらに聞かせようと思って言ったものではないのだろう。


「一つ、方法がないわけじゃぁないよ」

「え?」


 だからこそ、ワイアットは伝えるのだ。

 優しい声音で、その方法を。



 ――留学生たちの留学期間はそこまで長いわけではない。

 ある程度どれくらいの実力かを教師たちが見て、そして伸ばせる部分を伸ばしていく。

 このまま残留できるだけの実力があれば良し、そうでなければ元の学校へ戻るしかない。

 戻って、向こうでここで教わったものを他の人にも教えてもらえればここに来た意味は決して無駄にはならないはずだ。


 留学期間目一杯残る生徒もいたけれど、しかし早々にここでやっていくのは無理だと判断して早めに切り上げて戻っていく者もいた。


 気付けばやって来た時と比べて生徒たちの数は半分ほどまで減っていた。

 だが今年はまだマシな方だ。

 酷い時は片手の指で数える程度しか残らない、なんてこともあったのだから。


 その中で、一時期実力が伸び悩んでいたがその後はメキメキと頭角を現すようになっていた生徒がいた。

 留学ではなくこのままここの生徒としてやっていかないか、と勧誘し、しかしすぐに返事はなかった生徒。

 思うところはそれなりにあったのだろう。少し考えさせてほしいと言っていた。

 とはいえ、その話をした時点でまだ時間的な余裕もあったのでじっくり考えてほしいと言っていたのだが。


「アタシ、ここで生徒になる事に決めました」


 どうやら心を決めたらしい。

 授業が終わり放課後になって、教師の所へやってきたクイナの目は確かに何か――覚悟を決めたものだった。


「そう。決めたのね」

「はい。それで、手続きとかは」

「あぁ、だったら……この書類に」

「寮で書いてきてもいいですか?」

「えぇ、明日か明後日にでも提出してくれれば」

「わかりました」


「わからない事があったら、モノリスフィアで連絡を頂戴」

「はい」


 書類を手に立ち去ろうとしたクイナに声をかければ、クイナはぺこっと頭を下げて職員室を出て行った。


「彼女もここに残る事を決めたんですか?」

「えぇ、今まで悩んでいたようだけど、ようやく決めたみたい」

 その様子を見ていた別の教師が声をかけてくる。

 学園で生徒として残ると決めた留学生の数は六名。

 クイナはその六番目であった。


「他にまだ残っている留学生たちは」

「そうですね、学園でやっていくには少し厳しいかもしれない。けれど、学校に戻ってここで学んだ事を向こうで伝えてくれれば」

「あぁ、確かに精霊との契約の仕方とか、学校ごとに異なってたりしますからね。精霊の数がそもそも異なりすぎているからそうなった、という部分もありますが」

「えぇ、精霊たちは気まぐれなのが多いから。必ずしも前に上手くいった方法が通じるわけではない、というのもこちらが契約をする時に困る要因です」


「それで」


 また別の教師が口を開いた。


「ここで生徒としてやっていく留学生たち、どこのクラスに振り分けるか決めてあるんですよね?」


 もう少し多く生徒としてここに残れそうな生徒がいたなら、そのまま今と同じクラスとなっていたかもしれない。けれども六名だけとなると他のクラスに振り分けた方がいい。

 春から夏にかけてそれなりに学園の生徒も命を落としているとはいえ、そしてあまりに教室内の生徒が減った時点で別のクラスへ合併してクラスを受け持つ教師の数が減ったとはいえ、それでもやるべき事は多い。

 たった六名だけの教室を作ってそこの担任を受け持つくらいなら、その六名を振り分けてしまった方が教師側の手間が少なくなる。


 とはいえ、新たに同じクラスの生徒が増えるとなれば元のクラスの生徒たちもそれなりに気を――使うかどうかはさておき、まぁ、多少気にする者は出るだろう。


 こうして声をかけている教師陣の中には自分のところに引き抜きたいと思っている生徒がいないわけではないが、それでも面倒は少ない方がいいと思っている者もいる。

 だからこそ、留学生を受け持っていた教師がどうするつもりなのか、その結論を聞きたいがためにこうして情報を引き出しているのである。


「既にここの生徒になると決めていた前の五名についてはもう決めてあるんですが……それについては前にお話ししてあるかと思います」


 言われて、そういや声をかけられたな、と思い当たった教師が頷いた。

 割と早い段階で決めていたらしい。

 とはいえ、他にも生徒として残る人数がまだ増えるなら、その話は無かったことになるかもしれない、とも言われていた。


「ただ、今回生徒となる事を決めた彼女――クイナに関しては……テラ先生に受け持ってもらえないかと思っております」


 そう言われて、周囲にいた教師は思わずざわついた。



「……は?」



 そしてそのテラ本人は、教師たちの会話に混ざらずに自分に割り当てられたデスクで小テストの点数をつけているところだった。

 いっそリズミカルに×と〇をつけていくテラは、一応話は聞いていたけれど自分とは無関係だと信じて疑ってすらいなかった。


「さっきの、あの女をうちで?」


「えぇ、きっと彼女なら目覚ましい成長を遂げると思っております」

「成長する前に死ぬんじゃね?」

「まさか。そんな無駄な事するはずがないでしょう?」


 ころころと鈴が転がるような声で笑う教師に、テラはなんとも言えない表情を浮かべた。それは予想外の事を言われたという驚きのようなものでありながら、しかしその予想外が思っていた以上に興醒めの原因となってしまったような……

 まぁともかくざっくりと表現するならめんどくせぇな、とか言いそうな顔であった。


「うちのクラスの問題児どもとあれが仲良くできると思うのか?」

「彼女も最初は中々に問題児でしたから、上手くいくんじゃないかしら」

「同類だから仲良くできる? はっ、随分と甘ったるい考え方してんな。同族嫌悪って知ってるか?」

「あら、その程度の異分子を今更入れる事を恐れていらっしゃる? ようやく纏まりかけていたクラスに新たな変化を取り入れる事を恐れるんですの?」


 まぁまぁおほほ、と軽やかな笑いが響く。

 それは幼子を見守る母のようでありながら、虫けらを見る童女のようなものも含まれていた。


 はあ、と露骨にテラが溜息を吐く。


「変化ってほどでもないだろ。あいつお前の若い頃そっくりだし」

「は?」


 テラの言葉で、職員室内の空気が凍り付くのを感じて留学生を担当していた教師の周囲にいた他の教師たちは瞬時にさっと距離を取った。


「なんだもしかして自覚なかったのか? さっきいったろ同族嫌悪って」


 突然話の中にぶち込まれて一時的に点数をつける手を止めていたテラだが、今はもう点数をつける作業に戻っているらしく目線はどの教師にも向いていない。ひたすらに机の上にある生徒たちの小テストだけを見ている。

 だからこそ、そう言われた教師がどんな表情をしているか、見ていなかった。むしろ見る必要もないと思っているのかもしれない。


「ま、自分の手に余るっていうなら仕方ないから引き受けてやるよ。感謝しろ」

「恩着せがましい……!」

「実際そうだろ。押し付けてきたのはそっちなんだし」


 シャッシャッシャ、と連続して×がつけられていくテストに、テラは思わず眉間に皺を作ったが口から出る声は思いのほか軽い。


「そのかわり、どうなっても知らねぇからな」

「まぁ、貴方生徒の一人くらい教え導いてあげようと思わないんです?」

「うちはそんな優しい育て方してねぇんだわ。うちの教育方針が不満なら他あたりな」


 そこでようやくテストの点数をつけ終わったのだろう。顔を上げて、へっ、と吐き捨てるように笑う。


「さっき引き受けるって」

「だからってお前の思う通りの育て方するとは言ってねぇだろ」

「生徒の育成を放棄するつもり!?」

「うちのクラスは生憎これで育ってるんでな。合わないなら他のクラスに回せばいいだろ」


 大体、とさも面倒そうに言うテラは首に手を当ててゴキゴキと鳴らしている。


「あいつを理想通りに育てたいなら、それこそお前が面倒見ろよ。その方が直通で手っ取り早いだろ。何でそこでワンクッション挟もうとしてんだよ。しかもお前の言う事とかほとんど聞くつもりのない相手。

 お前あいつを育てたいのか潰したいのかどっちだよ」

「…………っ」


 教師は何も言わなかった。いや、言えなかった、が正しい。


「勿論俺様達には他に仕事がたんとある。だからまぁ、六名くらいの生徒なら他のクラスに入れてしまった方がいい、って考えはわかるけどな。けど、自分の手を離れる相手を遠隔操作でどうにかしようとすんなよ。手離すならどうなったって受け入れろ。それができないなら最初から全部自分で面倒見るか、手離してもなおお前の意思を取り入れてくれる相手を選べばいいだろ」


 採点を終えた小テストの束を揃えて、机の上でトンと軽く整えるテラに、教師はそれ以上何も言えなかった。だがその顔は徐々に赤く染まっている。


「……先生方、先程のお話、なかった事にしてもいいかしら?」


 そして次の瞬間、明らかに取り繕ってますというのがわかりきった笑みを浮かべて周囲へと告げる。


 にっこりと微笑んでいるが、そこにあるのは喜怒哀楽の喜でも楽でもない。怒だ。

 先程留学生から生徒になった相手を受け入れる話をしていた教師たちは、誰かとアイコンタクトをしてやりとりをする間もなく即座にコクコクと頷いていた。

 ここで断るとその矛先がテラから自分に向く……! そう察して。


「えぇ、そこまで言うならあの子たちはうちで面倒見ます。いずれ貴方のクラスの生徒たちをボコボコにしてやりますからね、覚悟しておきなさい!」

「あいつらそう簡単にやられるタマじゃねぇよ。精々返り討ちにあわないよう気をつけな。

 あぁ、あと、負けたら多分泣くから今のうちに慰める練習もしておけよ」

「吠え面かかせてやるから覚悟なさい小童!!」

「実現できるといいな大年増」


 怒りで顔を赤く染めている教師に対し、テラはといえばとてもにこやかに笑んでいた。

 その表情は嘲るというよりも、子犬や子猫がじゃれついてころんと床に転がっているのを眺めている時くらいに穏やかである。

 そしてそれが余計に教師の怒りに油を注いでいた。


 彼女の怒りに周囲はぷるぷると子ウサギのように震えているというのに、テラだけは平然としていた。

 それを見て周囲は思うのだ。


 神前試合で開幕自爆かます男はやっぱ一味も二味も違うな……と。

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