丸投げ必須項目
学園の外に出て、寮へ……戻ると見せかけて少し逸れた場所を二人で歩く。
一足先に戻ったであろう数名の生徒の姿は見えない。ついでに周囲に誰の気配もない事を確認する。
「それで、今度はなんだ」
「現在ゲーム版の展開になりつつあるの、おにい」
「……それはどういう?」
イアが小説版とゲーム版の内容をある程度思い出してくれていればいいが、生憎ほとんどを忘れたままだし、大体は話を聞いている途中で何となく覚えがあるな? という感じで思い出したり後になってから「あ、あれそうだったのか」みたいになりそうな現状。
事前に覚えていたのは初日に殴り合うとかいう展開くらいで、今のところはそれ以外に事前にこうなる、というのをわかっているわけじゃない。
それでも、魔法という部分でイアは思い出したのだという。
「小説版はそういえば、魔法も魔術もどっちもお父さんとかお母さんから簡単なの教わったりしてた気がするんだけど、おにいもあたしも教えてもらってないじゃん? 失敗した場合瘴気が、っていうのはどっちにも共通してたと思うし、小説やゲームと違って現実でもあるここは、もっとそういうのが厳しい感じでだからできなかった、とかなのかなって思ってたわけ」
「ん、まぁ、言い分としてはわからんでもない」
創作の中の話として見ているだけなら特に気にならないような部分であっても、いざ現実的に考え始めると「いやそこおかしいよな?」って思う部分があるのと似たようなものだろう。
パッと思い浮かぶので例を出すならば、探偵ものの作品だろうか。殺人事件があって、その場で探偵が謎解きを始める。そんなシーンは探偵が主役の話であれば割と見かける展開であるけれど、しかし現実として考えると中々に問題がありそうなシーンが多すぎてむしろ突っ込みどころしかない、なんて事があったりする。
探偵もののドラマなどであれば、一同容疑者を集めて彼らの前で謎解きを始めてもそういうもの、と視聴者も受け入れるけれど、しかしそれがドラマなどではなく実際に現実に起こってしまえば。
ドラマの中であれば推理によって判明した犯人がどうしてそんな犯行に及ぶに至ったかを涙ながらに語ったとしても、それは一連のドラマとしての流れで受け入れられる。大体そこをハッキリさせなかったら折角推理して犯人がわかってもすっきりしないではないか。動機だけがぽやっとして微妙にわからなければ、探偵が犯人に同情したとしても視聴者は置いてけぼりになるわけで。
しかし現実でそれをやると個人情報だとかの諸々でアウト。
現実世界を舞台にしていたとしても、創作はあくまでも創作。そういう認識は持っておいた方がいい。
そういった部分を踏まえて考えると、確かに魔法や魔術を教わるにあたって、万一瘴気が発生したら困るから幼いうちは教えない、というのは別におかしな話でもない。好奇心で親の目を盗んで勝手に、という事をしでかす者もいるかもしれないが、やり方をまともに教わっていなければ意外と発動しない可能性もある。
中途半端に知識だけ与えて独学でやらかされるよりは、最初から情報をシャットダウンするというのも必要な事なのかもしれなかった。
「で、ゲーム版だとどうなんだ?」
小説もゲームもどっちの内容も知らないウェズンからすれば、何か問題が? という程度でしかない。
どちらにしても最終的に魔法だか魔術だかは覚えなければならないだろうから、というのもある。
「もしかして、ゲーム版だと最悪覚えられずに退学、なんて展開があったりするのか?」
小説ならともかく、ゲームならそういったエンディングが存在していてもおかしくはない。
ゲームならそんなバッドエンドを迎えたとしてもセーブしたところからロードしなおせばいいが、現実にそういう便利機能は残念ながら存在しない。
もし、ここでそんな事になってしまった場合、ウェズンが魔王になる道は断たれ、そうなると世界が最終的に滅ぶ可能性が上がるわけだ。
三年後を諦めて次の十年後を目指す、というのも一瞬考えたけれど、恐らくその次は存在しないのではないか。イアは話の内容を覚えていないので詳しくはわからないだろうけれど、ウェズンはそう考えている。
大体この世界を滅ぼそうとしている神が相手なわけだ。
過去に一度、神側が熱狂できるようなものならともかく実際はその逆の興ざめするしかないような八百長試合を繰り広げたという前科があるのだから、次にまた温い、ふざけた試合をしでかせばきっと二度目は無いだろう。
仏の顔も三度まで、とは前世での言葉だが仏じゃないなら三度どころか二度目や一度目でブチ切れたっておかしくないと考えておくべきだろうと思っている。
それでなくともこの世界の神とやらはこの世界を滅ぼすと決めたそうなので、仏と同じような扱いをするのはこちら側が不利になるだけだ。
そこまで考えて、ウェズンは、
(えっ、つまり僕自身が魔王に選ばれた上で、相手を満足させるだけのなんかすっごい戦いを披露しないといけないって……コト!?)
という事実に気付いてしまった。
ちょっと待ってくれ前世は本当に普通の会社員とかしてたおっさんだぞエンターテイメントとかそういうのと一切関係してないやつだったんだが!? と内心焦りすら浮かび始める。
自分が魔王に選ばれただけで本当に大丈夫か? という疑問が生じた瞬間であった。
しかし、自分には無理だと諦めたところで何の解決にもなっていない。
三年という期間があるから、とりあえず今のうちに色々と対策を練るべきだと思いながら、ウェズンはイアの言葉を待った。
「覚えられないって事はなかったはずなんだけど……」
なんともはっきりしない物言いで、イアは小首を傾げた。どうにか記憶を思い出せないだろうかと頑張ってるのは雰囲気でわかる。
「小説の方は最初から使えてたみたいなんだけど、ゲーム版は、ほら、精霊と契約しないといけないわけでしょ? そもそもおにい、精霊って見た事……ある?」
「ないな」
「だよね。一応儀式をするお部屋が学園にないわけじゃないんだけど、そこ確か精霊の出現率低かったはずなの」
「儀式する部屋なのに?」
「部屋だからこそ、かな?」
なんでだろね、とか言うイアに、ウェズンはブラフか何かか……? と思い始めていた。
人間と違って精霊なんて作品ごとにその中身は大分異なる。人間が好きで手を貸しているタイプもいれば、その逆で一見クリア不可能だがギリギリで奇跡的にクリア可能な試練を与えてからじゃないと手を貸さないだとか、一切ノータッチを貫くものだって。
人間だって性格によるキャラの違いはあれど、精霊の場合はそれよりもさらに厄介な事が多い印象があった。
この部屋だと精霊と交信できます、みたいに言われれば何も知らない生徒は大人しくそこへ行くだろう。けれど、それが精霊側の罠である場合は……?
勿論全くいないというわけではないのだろう。
恐らくはいる。いる、がしかし友好的に生徒たちに手を貸してくれるかは別の話だ。
「ゲームだと、その部屋で全く精霊の気配が感じられなくて、仕方なく皆他の場所を探すの。で、契約できた場所っていうか精霊によって、能力の違いが出る……んだったかな?」
それは例えば火属性の精霊と契約すれば火に関する魔術や魔法が得意になったり威力が上がるとかいうやつだろうか。もしそうなら確かに無視できるものではない。キャラ育成して最終的にはどれでも一緒、みたいになればいいが、アタッカーかヒーラーどっちかに寄る、となればそこの選択を無視するわけにもいかない。仲間に誰も回復職がいなければ自分がなるしかないし、逆に仲間が回復を使える者ばかりで攻撃に不安が、という時にこちらまで回復職になっては一戦一戦がやたらと長引くのが目に見えている。
「確か、ステータスにもちょっと違いが出るはずだったかな。しかも問題なのが」
「問題なのが?」
「儀式する部屋以外で精霊と遭遇して契約を結ぶ場合、どこにどの精霊が出るって決まってないの。完全ランダム」
「……つまりゲームだともし目当ての精霊じゃなかった場合は、なんだ? セーブしてたところからロードでやりなおし、いわゆるリセマラになるけれどここは現実だから……」
「おにいの理解力が高くてとても話が早いの助かる。そう、場合によってはとても残念な結果になってもやり直しができないのよ」
そりゃあイアも深刻な表情をするわけだ。
まぁ、小説版ゲーム版とここに二人の主人公がいる限り、しかもゲームでもどうやらウェズンを魔王に選ばせた挙句イアはそのサポートに回る、というのであれば精霊に関してはどちらかがちょっとでも良い感じの奴と契約できればまだワンチャンある、と言える。
しかし二人そろってしょぼいのとしか契約できなかったなら。
序盤からハードモードが決定してしまうようなものだ。
できればそれは避けたい。どっちか片方残念な事になってもまだ片方残っていればどうにかなるけれど、両方は流石に厳しい。ゲームならまだしも現実で縛りプレイは推奨していない、というのが二人の主張だった。
「一応、この島のあちこちにいるらしいから、運が良ければいい感じに契約はできると思うんだけど……」
「契約は何か必要だったりする?」
「センセがくれた紙持ってればだいじょぶだったと思う」
特に何か、決められた口上を述べるだとか決まった動作をするだとかの必要はないらしい。
という事は、ゲーム版というのを踏まえて精霊のところに行けば向こうから話しかけてくるか、それともしれっと契約を結んでいるか、行った先でこっちが無自覚に何かした結果契約を結ぶだとかになるのだろう。
テラから渡された契約の魔法陣が描かれた紙はリングの中に収納されている。それを取り出して確認してみれば、渡された時は白かった紙に薄っすらと色がついていた。
テラ曰くの魔力が馴染むだとかはこういう事か、と納得し、風で飛ばされでもしたら困るので再びリングの中に収納した。
色がついていたけれど、それだけだ。
何か他に変化があったわけではない。
つまり、今はまだ何の精霊とも契約していないという事なのだろう。
「とりあえず、同じ場所移動してお互いに残念な感じの契約結ぶよりかは別行動した方がいいよね。
……おにい、がんばってね!」
「自分の契約が外れる可能性ありきでこっちに話を振るんじゃない」
じとっとした目を向けるも、イアは「健闘を祈る!」なんて言ってビシッと敬礼した後軽やかな足取りで駆けて行った。
ゲームでランダムだとか、せめてある程度対象を選べるというか絞れるならいざ知らず、そこだけやけに現実的だな。というとても今更な感想を抱きながらもウェズンも寮へと戻るべく歩き出した。
ずっと同じ場所に留まっているとかであればまだしも、精霊だってこの学園に縛られていて自由に動けないというのならともかく、そうでなければ自由に移動するくらいは当たり前なのだろう。とはいえ、全く予想もできない場所にいるという可能性は低いと思いたかった。
水辺に水の精霊がいてもおかしくはないが、火の無い場所に火の精霊がいるか、となると移動中だとかでない限りは可能性が低いはず。
それを考えると一番わかりやすい場所にいるのは水の精霊ではないかと思うのだが。
(水は回復系ってイメージ強いからなぁ……攻撃に転じる事ができないわけじゃないだろうけど)
どの精霊と契約するのが正解のルートなのかもわからない。
防御主体でいくなら土の精霊だとかもありだろうけれど、生憎大地なんて足元に当たり前に存在しているせいで逆にどこにいてもおかしくはない気がして、気軽に会えるか? となるとよくわからない。
そもそも目に見えない生命体であるのなら、いるかどうかを確認するのもままならないはずなわけで。
「初っ端からハードル高くないか……?」
思わずそう零してしまっても、仕方のない事であった。




