正体不明の回収物
村長さん曰く。
なんでもこの村の先にある山の中腹に、小さな祠があるらしいのだが。
そこに、かつて学園の生徒が何やら置いていったらしい。
何やら、と詳細が不明なのは村の人たちがその祠の中身を確認しようにも開かないため確認できないからだとか。
それ、絶対何かの魔法使ってますよね……と思いながらも話の続きを聞けば、いずれここに訪れる学園の生徒に回収を頼んでほしいとの事。
なんで?
と疑問に思うのは当然だろう。
大体学園の生徒が別の誰かに回収を頼むのに何故このような面倒な手段を選ぶのか、という話である。
学園内でやりとりしろ。
村長さんも勿論そう思ったらしいので、そう伝えたところ、
「彼女はそれは難しいから……ととても困ったような声で言っておってな。こちらとしても得体のしれない何かをずっと山の中に置いておくわけにも……とは思ったのだが、まぁ今に至るまで特に何があるわけでもないからそれは構わんのじゃけど。
その祠がどうにも開かないようなんじゃ」
「開かない、とは?」
「以前、学園の制服を着た人に頼んだんじゃ。けれども確かに祠はあれど、何をどうしても一向に開けられず中身を回収できなんだそうで……
いずれ、来たるべき時に開く、と頼みごとをしてきた生徒は言っておったが未だに……なので、とりあえず学園の生徒が訪れたらもう手当たり次第に頼む事にしておるんじゃよ」
何それぇ……と声に出さなかったのは多分ギリギリで理性が仕事をしたからだろうか。
「ちなみにそれ、いつの話ですか」
「そうさな……もう何十年も前の話じゃったかな」
「未来に託しすぎでは」
何それぇ、とは言わなかったがウェズンはついそう呟いていた。
学園内で直接やり取りできなかった理由はなんとなく想像がついた。
つまり、当時まだその相手は学園にいなかった。
そういう事なのだろう。
次の世代に託す、とかそういうのたまに聞くけど、果たしてその生徒――村長が彼女と言っていたので女性なのは間違いなさそうだが、彼女は一体誰に向けてそれを託すつもりだったのだろう。
目当ての人物でなければ恐らく祠は開かない。そう考えていいはずだ。
もしくは、目当ての人物はとっくに学園にいないか。
それ以前に学園に入学せず学院に行った可能性もある。
もっと言うなら、学園に入ったもののこの村にこないまま卒業したか。
真相はわからない。
ここに何かを託した彼女の事も知らないし、その彼女が託そうとした相手も不明だ。
正直面倒だな、としか思わなかった。
そういったものに心当たりもないから、恐らく行ったとしても無駄足で終わるだろうとも。
けれども、万が一。
村長さんからすればウェズンたちの誰かがそうである可能性は決してゼロではないのだ。
ウェズンたちがその可能性はないだろうと思っていても。
そうなると、流石にバッサリ断るのもなんとなく気が引けてくる。
「どうする?」
「え? まぁ、ここからそこまで遠くなさそうだし、ちょっとした運動だと思えばいいんじゃないか?
行って帰ってくる頃にはまたちょっとお腹も減るだろうし」
ハイネの言葉に、まぁ、一理なくもないかな……? と思ってしまった。
流石にもっと距離があるとかなら断っただろう。
けれどもそこまで遠い距離でもない。なら、一応行くだけ行って、それでだめなら村長さんも諦めるだろうし……行かなきゃ行かないで村長さんはずっとあの時の誰かが祠を開けられる可能性があったかもしれない、と思い続ける事になる。なら、行くだけ行ってはっきりさせた方がいいだろう。
ヴァンもこの辺りは瘴気汚染度合が低いから出歩く分には問題ないらしいし、アクアも一人置いていかれるのは……といった感じであったので、行く事に問題はないようだ。
じゃあ早速行くか……となったものの、流れで一緒に祭りの食べ物を堪能していたアレスに自然と視線が向いた。
彼は、学院の生徒である。
なので村長の頼みに関して全くの無関係。
とはいえ、先程まで和気藹々としていた人を一人置いていくのは……とヴァンやハイネは思ったらしく、
「きみはどうする?」
と問いかけていた。
学院の喧騒が嫌になって、とかで一人になりに来た割に、ここでウェズンたちと何だかんだアレが美味しいこっちもお勧め、と盛り上がっていたアレスも流石に今ここで一人になるのはな……と思ったのか、
「折角だからご一緒しても?」
と聞いて来たのである。
来るか? という問いなのだから、アレスの言葉に問題はない。行くならじゃあ今から早速行こうか、となったのでいくつかの食べ物を――それこそ早々に売り切れそうな予感がしたやつだけを――買ってリングの中に突っ込んでおく。
アレスは制服ではないので、もし途中で魔物と遭遇した場合若干危険ではあるけれど。
この場の誰もが別にアレスを危険な目に遭わせてやろうとは思っていないので、恐らくはどうとでもなるだろう。
思えばアレスと最初に出会った時だって彼は防御力的に身につけておいた方がいいと言われている制服を着用してはいなかった。
前例があるから大丈夫、と思うつもりはないが制服を着用していない時の立ち回りでヘマはしでかさないだろう、とは思える。
――というわけで村長さんに言われるまま山の中腹までやってきたわけだ。
道中、魔物と遭遇はしなかった。
瘴気濃度が低いので出たとしてもそこまで強い魔物ではないだろう。というか、むしろ最初に遭遇した大イノシシの方が間違いなく強い。
なんだったら村の奥にある大きな湖で釣ったらしい大魚も多分それなりに強いのではなかろうか、という気がしてくる。人を丸呑みするほどのサイズではなかったけれど、だがしかし生まれたばかりの赤ん坊くらいならいけるのではないか、と思える程度には大きかったしそのサイズが勢いをつけて突っ込んできたならタダでは済まなかっただろう。
まぁ、活きが良かったので調理して出された焼き魚は絶品だったけれども。
「で、これがその祠か」
山の中腹、ぽつんと存在するそれは見たところ特に破損していたりだとかはしていなかった。
魔物はそこまで強くないにしても出ないわけじゃないだろうし、それ以前に動物たちが元気一杯駆け回ってそうな山の中で、何かの拍子に壊されたっておかしくはないというのに。
祠はなんというか、ウェズンにとって見慣れた形をしていた。
前世で直接、あるいはアニメやゲームで見た祠。
異世界にある、というのがなんとも不思議な感覚だったがこれももしかしたら遥か昔異世界からの来訪者によってもたらされた物なのかもしれない。
「村長さん曰く、この中の物を回収してほしい、だったっけ?」
「でもこれ魔法使われてる。ホントに開くの?」
わざわざ確認する必要はないけれど、それでもウェズンは村長さんから頼まれた事を口に出した。いや、なんて言うか確認しないで開くかどうか確かめようとかしたら、見た目的に何かの罰が下るんじゃないかと思って。
そしてアクアが何やら不審なものを見る目つきで、ちょい、と祠をつついた。
ちょっと触ったくらいじゃバチッとか音を立てて弾いたりはしてこないらしい。
けれどアクアがそのまま祠を開けようとしてみれば、ガッチリくっついていて開く様子はない。
「んぎぎぎぎぎ……!!」
ちょっとムキになってアクアは両手を使って無理矢理開けようと試みていたが、一ミリたりとも開く気配がない。
ここまでくると接着剤でくっついてるんじゃないか、とか思う以前に最初から開かないように作られているのではないか、と思える始末。
実際その先はないのに奥行きがあって進めそうなトリックアートみたいな感じで、開けられそうな部分があるけれど実際最初からそういう風には作られていないのではないか――アクアが奮闘しているのを見るとどうしてもそう思えてしまう。
しばらくは頑張っていたアクアだったが、いい加減疲れてきたのだろう。
祠から離れた場所の木に寄り掛かるようにして、ぐったりしている。
「いや無理無理。開かないって。押しても引いてもビクともしないもん」
自分が非力なだけかもしれないけどぉ! とか言ってるけれど、多分非力がどうとかではないと思われる。
見たところそこまでしっかりガッチリ閉まってるようにも思えないので、渾身の力をこめなければ開かないという事もないはずだ。アクアが自分をか弱い風に装って、とかであるならともかく、彼女は割と全力でやっていた。むしろそれが演技ならいっそ拍手でも送ってやろうかと思う程。
「魔法がどういう感じのやつかはわからないけど、でもこれ、特定の条件を満たした相手じゃないと開けられないんじゃないか?」
祠の周囲をあれこれ確認していたアレスが言う。
特定の人物以外を弾くような障壁みたいな魔法でないのは確かだ。
最初はアクアもそれを想定していたのだろう。だからこそ触る時指一本だけでちょんとつつくように触れたわけだし。
けれども特にそういう攻撃性を備えた魔法ではない、と判断したからこそ渾身の力で開けようと試みた。
結果としてびくともしていないわけだが。
「とりあえず他の皆も試してみればいいんじゃないかな」
危険性は特になさそうだから、と言うアレスに、反論するような事もない。
というかこの中で唯一の女性であるアクアがチャレンジ済みなのにウェズンたち野郎どもが尻込みしてチャレンジしません、は流石に学園に戻ってからいい笑い話にされそうだ。
アクアが言うとは思えないが、それでもしたり顔で、
「やっぱうちの男どもって臆病なのが多いわね」
なんて言われたら。
その後事あるごとにそれをネタに揶揄われかねない。
いやまぁアクアならそう言わず今後何かあった場合に、
「ヘタレチキンだから仕方ない」
とか言って煽る感じの方が余裕で想像できるのだが。
ともあれ危険はなさそうなので、言われるがままにウェズンたちも祠に手をかけた。
アレスは学園の生徒ではないので最初から他人事だ。
結果として。
誰一人として祠を開く事はできなかったのである。




