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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
四章 恐らくきっと分岐点

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フラグは知らず踏むもの



 収穫祭、という言葉から連想したのはとても単純である。

 とりあえず美味しい食べ物を出店で売ったりしているような、そんなイメージであった。

 実際季節的にまだ秋だし、これから冬になるからもしかしたら保存食に向いてる食べ物だとかも売るのかもしれない。そんな風に考えていた。

 ウェズンの中では大掛かりなお祭りというよりは、フードコート付き道の駅にちょっと手をかけたような……ともかくそんな印象を持っていたのである。

 ハイネに誘われ森の入口に着いた時点では。


 ところがどっこい。


 森の中に入って早々に小さな山かと見紛うような大イノシシ。それを狩猟する流れ。

 何がアレってどう見たってそこらの雑魚モンスターより強そうな奴を、割とラフな格好のおっさん数名が弓を手にして挑んでるという事実であった。


 というかだ。


 この世界、瘴気を取り込んで魔物は強くなるけれど、場合によっては野生の動物の方が余程強い事だってある。瘴気に汚染された土地であろうともしぶとく逞しく生きていく野生の動物たちは、まさしく弱肉強食のルールの中で生きているわけで。時として邪魔な魔物を突進で、またある時は後ろ足でのキックで、前足を大きく上げて伸し掛かるような攻撃で仕留めたりすることだってあるのだとか。

 人間にとっても瘴気という存在のせいでそれなりに過酷な状況だが、野生動物とて例外ではなかったのだ。

 まぁ、自然の中はそれなりに自浄作用があるので場所によってはマシかもしれない部分があるけれども。だがしかしそういった場所は大抵強い動物が縄張りにするのでやはり生きていくだけでも大変だろう。


 とりあえず、弱ければあっさり瘴気汚染で蝕まれ命を落とす事もあり得るので、生きているというだけで野生の動物はそれなりに強いと見て間違いはない。それが小さなリスやウサギであろうとも。


 そんな中、小さめとはいえ山みたいな大きさのイノシシの登場である。

 そこまで強くない魔物しか相手にした事がないような相手だったら秒殺されてもおかしくない実力を持っていた。そんなヤバいのが何でいるんだ、とウェズンは思っていたし、実際ヴァンはその疑問を口に出していた。無理もない。だってこんなでっかいイノシシ初めて見たのだから。


 こんなでっかくなるまで放置してたの……? とか言いたい事はあったけれど倒した後あまりにも手際よく解体されて台車に乗せられ運ばれていくのを見れば、手慣れすぎててよくある事なのかな……? と思えるようになってきた。こんなでっかいイノシシを倒すのが日常的によくあってたまるか、という冷静な部分が突っ込みを入れようともしていたけれど、解体途中で聞こえてきた村のおっさんたちの、

「今年もでっかく育ったなぁ!」

 なんて言葉を聞いてしまえば。

 突っ込むのは無駄だと思ってしまったのである。


「あの、ハイネ。ハイネさん」

「何かな?」

「ここの収穫祭ってこれが当たり前なの?」

「そうだよ」


 そうだよ!? と同じ言葉を返そうかとも思ったけれど、同時にあ、やっぱりなー、とも思ったので。

 ウェズンは「そっかぁ……」ととても生温い声しか出せなかった。

 いや、村のおっさんたちの手慣れっぷりから今回たまたま大きなイノシシが襲ってきたとかではなさそうだったし、薄々そうなのかなーとは思っていたけれど。

 えっ、毎年こんな感じなの……?

 下手すりゃ普通に死者とか出そう。

 前世だったら間違いなく危険な祭りはやめろと外部から言われただろうし、なんだったら生き物の命を奪う事に忌避感を示す団体からもクレームがきそうな感じである。だがしかし、こんなでっかなイノシシ放置しておくわけにもいかないだろう。

 餌だけで村にあるであろう畑の作物食い尽くされかねないし、その大きな身体で村の中を移動されてみろ。下手をすれば小屋程度の強度しかない建物は簡単に破壊されてしまいそうだ。


 いや、でっかく育ったなぁ、なんて言ってるからもしかしたら村で育ててたのかもしれないけれども。


「この村の収穫祭は材料を調達するところから始まるんだよね」


 ちなみに、と指差した先を見れば、

「あっちの山で採れる果物だとかを村の女の人で収穫してるし、村の奥には大きな湖があるから魚もまぁそれなりに。収穫した食材は村に残ってる人たちが料理してくれるから」


 流石に調理も自分たちでしろとか言われたら収穫祭とは……? と疑問に思ってしまいそうだ。

 いや、これが故郷のお祭りで自分もそっち側、だとかであればまだしも。


 ともあれ、材料持参で参加する収穫祭とは……? という気分だが、一応身体も動かした事でそれなりにお腹は空いてきた気がしている。

 収穫祭という言葉に気持ち朝食を控えめにしておいたから余計に。



 そうして案内されたゴーントの村、こちらはウェズンが想像していたものとそこまで変わりなく、小さくて素朴そうな雰囲気の村だった。ただ、収穫祭だからかそれなりに村全体に飾り付けがされている。秋の実りをモチーフにしているのか、赤やオレンジといった色合いの飾りが多い。ハロウィンかな? なんて思ったものの、ハロウィンほどのダークっぽさはなかったので特にそこら辺は関係ないのだろう。


 いかんせん、かつて異世界から色々と人がやって来たらしいこの世界なので、仮にそういう要素が混じっていても今更感が強すぎて驚く事もないだろうけれど。


 お祭り会場となっている広場では、大きな鍋で煮込まれた料理や、設置された鉄板で焼かれた肉だとか、色々な料理が作られている。それらの匂いが混ざってより一層空腹感を刺激させられた。


 どうやらパンが焼きあがったらしく、小麦とバターの香りがふわりと漂ってきた。ほのかに甘さを含んだ香ばしい香りに、思わず腹がくぅと小さな鳴き声を上げる。


 この村の収穫祭は、基本的に材料を調達した者に関してはある程度料理の代金が割り引かれるのだとか。だからこそウェズンたちは台車に乗せた肉を村の人に渡した時に、目印として、と言われてリストバンドを渡されている。これをつけていると他の屋台で売ってる食べ物を買う時に料金が多少安くなるのだとか。

 リストバンドは色分けされているらしく、持ち込んだ材料が多ければ多いだけ割引もそれなりに融通されるのだとか。

 まぁ、確かに食材持ってきたよー、で釣った魚が一匹だけ、それも小さいやつ、となればわからなくもない。


 村の人たちは基本的に食材調達に出向く人が大半なのでリストバンドはつけていないが、それでも見渡せば既に数名、この村の住人ではないお祭り目当てにやって来たらしき人がちらほらと見えた。


「……あれ?」

「どうしたの? あ、これウェズンの分ね」

「サンキュ。いや、ちょっと知った顔が」


 山鳥の串焼きをハイネから渡され受け取って、早速かぶりつく。口の中に広がる脂、けれどもしつこくなくジューシー。一瞬で口の中が幸せになったな……と思いながらも、ウェズンは見知った顔を見て行儀が悪いと思いながらも串焼き片手にそちらへと移動していた。


「アレス」

「……ウェズンか」


 学院の生徒でもあるアレスだが、彼は本日学院の制服ではなく割とラフな服装でここにいた。


 とりあえず着ているトレーナーにでかでかとフードファイター爆誕!! という文字が書かれているのに突っ込むべきか考えたけれど、それよりも、とアレスの周囲に更に視線を巡らせる。


「生憎一人なんだ」

「あ、そう。え、わざわざ?」

「たまに学院の喧騒を離れて一人美味い物を食べたい、そんな気持ちになるんだよ」

「へぇ……」


 その気持ちはわからなくもない……気がする。

 まぁ、たまに一人になりたい気持ちは誰にだってあるだろう。寮の自室にこもっていたとしても、外から誰かしら来訪した時点で応対しなければならなくなるだろうし。


「あれ? 何か見覚えのある顔……」


 ウェズンの後ろからアクアがひょこっと顔を出してアレスを見る。

「あぁ、交流際の時に見てなかったか? アレスだよ」

 アクアは教室で島の様子を確認している側だったから、直接会ったとかではないだろうけれど、見覚えがあるというのならそこだろう、と思っていた。


「あれ? きみ前に見学に来てた……」

「あっ」


 そこで思い出した。

 そういやイアが学院に潜入しに行った時、何故かアクアもいたという話を。

 そういやそうだった! 思えばなんでわざわざ学院に!? と思ったけれど、アクアにはアクアなりの事情だとか理由があったのだろうと思う事にして深く聞かなかったけれど、そういう事なら面識があっても何もおかしくはなかった。


 ウェズンたちは当たり前のように学園の制服のままやってきているので、今更アクアが何かを誤魔化すにしても手遅れである。


「そうか、学園の……学院で何か得るものはあったかな?」

「まぁそこそこね」

「そう」


 にこ、と笑みを浮かべているアレスだが、その笑みに特に含むものはなさそうなのでまぁ、大丈夫だろう。何が、と問われると微妙に困るけれど。


「たまにいるらしいんだよね。学園の雰囲気に馴染めなくて、学院に転入したいっていう人。でもきみはもしかしてそういう感じではない?」

「そうね。学院に行くつもりはないわ。あの時はまぁ、他に用事があったからついでよついで」


 そんなやりとりをウェズンは手にした串焼きをむぐむぐさせつつ聞いていた。


 雰囲気に馴染めなくて転入って……でもそれ、かつてのクラスメイトが今度は敵に回るやつでは……


 そう思ったけれど言うのは野暮かと思い言わなかった。というか口の中に物が入っているから言わなかっただけの話だ。


「ウェズン、スペアリブは食べたかい? めちゃくちゃ絶品!」


 そろそろ串焼きを食べ終わるかな、といったところでやたらとテンションの高いヴァンがこれまたいい匂いのスペアリブを皿に乗せて持ってきた。

「まだ串焼きしか食べてないよ」

「食べて食べて。これすっごく美味しいから!」


 あまりにも美味しいから是非! とさながら布教活動のようにやられて、ウェズンは皿の上のスペアリブを一つ手に取った。そうしてそのままかぶりつく。


「うわ……ご飯欲しくなってくるな……」

 もしくは酒。

 とは流石に言わなかった。

 前世のおっさんだった時ならお酒欲しいって言っても何も問題はないけれど、流石に今のウェズンが言うのは不味いだろうという感覚はある。こちらの世界の成人年齢は国によるらしいので、あっちの国では飲めなくてもこっちの国では飲んでオッケー、なところもあるので言ったとしてもそこまで白い目で見られる事はないはずだが、まぁ、ここで飲んでいいならともかくそうじゃなかったら口に出して余計お酒が恋しくなるだけだ。言わない方がいい。


 ともあれ、ヴァンが絶賛するスペアリブは味がいい感じに染みて大変美味しかった。


 聞けばどうやら数日前からタレに漬け込んでいたらしい。お祭りの事前準備の一つだとか。

 あ、ちゃんと事前に用意してあるものもあるんだな、とそこで納得した。

 食材を確保するところから始めるとはいえ、最悪その食料が調達できない場合もあるかもしれないのだ。

 そうなれば収穫祭どころの話じゃないのだろう。


「そっちのきみも食べたまえよ」


 ずいっと皿を差し出したヴァンにアレスは遠慮がちに一つ手に取った。

「どうも」

 見ればハイネは真っ先にヴァンにスペアリブを布教されたのだろう。骨だけが残ったものの、近くにあるゴミ箱にそれを捨ててハンカチで手を拭いているところだった。


 串焼きを食べた後アクアは別のお店で食べ物を購入したらしく、今は小さめのパンケーキみたいな何かを食べているところだった。


 見回せば結構な種類があるので、次に何を食べるか悩む。目についた順に適当に選んでもいいが、そうなるとお腹が一杯になった後で食べたい物が出た場合が悲しい事になりかねない。


 というか……


「ここってもしかして結構有名な場所だったりする?」


 近くの屋台で果物のミックスジュースを買って飲んでたハイネに問いかければ、

「どうだろう。地元ではそこそこ知られてるっぽいけど」

「え、じゃハイネはこの辺りが地元?」

「いや。たまたま聞いて興味本位で足を運んだのが三年くらい前かな。そこから毎年何となく参加するように」

「たまたま聞いてそれで行こうって思う行動力よ……え、瘴気汚染とかそこら辺の問題は? 下手したら帰れなくなるところなんじゃ」

「学園に入る前までは親と一緒だったよ。一応両親ともに学校で魔法覚えたみたいだからさ。仮に帰れなくなっても家族と一緒ならどうにかなる、だろ?」


 だろ? とか言われてもな……とは思ったけれどとりあえずウェズンはそっか、と頷いておいた。まぁ、離れ離れになるよりかはマシだろうし。


「ただまぁ、この村料理が美味しいのは確かだからさ。行き来に問題のない人らは結構な頻度で立ち寄ってるってだけだよ」


 実際その言葉に嘘はないのだろう。

 村の人たちではなさそうな、冒険者ですと言われたらわかるような見た目の人も結構そこかしこにいるわけだし。


 なんとなくアレスを見れば、二つ目のスペアリブに手を付けているところだった。


 そこまで有名というわけではないけれど、知る人ぞ知る、みたいな場所なんだろうか。

 などと思いながらウェズンももう一つスペアリブ食べよ、と思って手を伸ばす。


「もし、そこの学生さん方」


 二つ目のスペアリブにまさに今噛り付こうとした矢先――


 真っ白な顎髭がやたらと立派なご老人に声をかけられる。

「あれ、村長さんじゃん」

 いかにもな見た目過ぎてそうかな? と思っていたけれど、それを確認するよりも先にハイネがあっさりと言った事で老人の正体は判明した。

 した、のだが……


(あれこれ何かのイベント突入した?)


 村長の目が「お祭りを楽しんでいるか?」という質問をするような目ではなかったので。

 ほぼ反射的にそう思ってしまった。

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