事前準備がわくわくしない
学園内の食堂で食事を済ませた後、午後からの授業はとてもざっくりとしていた。
午前の座学の続きのようではあったけれど、なんとなくイアが話していた内容と一部かぶっていたし、ついでに言うなら過去神の怒りを買う戦いというのはあったらしい事も告げられた。
どちらが勝っても問題ないなら、あらかじめ勝者を決めて筋書きのある戦いでもした方が魅せられるとでも思ったのだろう。だがしかし、結果その茶番は神にとってはつまらないものとされ、一度は解除されたはずの結界が再度世界を隔絶させた事もあるのだとか。
今も世界に結界はある。ただ、普段はあると感じさせないらしい。
結界内に閉じ込められている者が結界の外に出る事はできないが、閉じ込められていない区画から結界内部に入る事はできるのだとか。
だがしかし、入ったとしてもそこで滞在しているうちに瘴気汚染されある一定の数値に到達した場合、入れたものの出られなくなる、という事もあるらしいので軽率に結界の内側に入る事は推奨されていないと言われた。
まぁそうだろう。気軽に入ったはいいけれど出られなくなってしまえば帰れなくなるようなものだし。
瘴気濃度が下がれば出られるらしいけれど、元からその土地にいた相手は瘴気濃度が下がろうとも出られないのだとか。一体どういう仕組みになっているのかはさっぱりだが、仕出かした相手は神だ。こちらの理屈を軽く上回ったとしても不思議ではない。
どうやら今の各地に存在している結界は、完全に解除されたというわけではなくある種の門の役割を果たしているのだとも。あまりにも瘴気汚染された誰かがあちこちに行く事を防いでいるとも言われた。
とはいえ、実際そこまで手遅れになりそうな勢いで瘴気汚染されている者など滅多に見かけないらしいが。
「ただ、まぁ、瘴気耐性は個人差があるからな。人より弱い奴は瘴気汚染の低い土地にいても知らず体内に瘴気をため込んで体調を崩す場合もある。
けれどもお前ら、この話聞いてて浄化機があるし定期的に浄化してる土地もあるんだから、そこまで問題ないんじゃないか? なんて思ってるだろ。
実際浄化機が浄化しているのは確かだが、昔と比べて大分性能が低下しているからな。今はほとんど上澄みだけを取り去ってる程度なんだわ」
つまりは、一見浄化されているように思えてもそれはあくまでも表面上。
そう言われてしまえば浄化機があるからといっても何も安心できなかった。
「結界が完全解除されてた頃はまだ良かったんだけどな……ま、こればっかりは過去に馬鹿やらかした連中が悪い」
「なぁ、なんでそんな事になったんだ?」
生徒の一人が疑問を口にする。
テラは、その質問に一瞬だけ真顔になった。
「あー、ま、どのみちそのうち知る話か。
勇者と魔王が戦うわけだろ? でも、別に一対一ってわけじゃない。
物語の中の勇者は大体仲間と一緒に行動するし、魔王側だって部下がいる。で、お互いどっちも精鋭だと思ってる相手と死闘を繰り広げる事になるわけなんだが、まれに、その戦いぶりを神が褒める事もあったんだ。
その時の気分もあるんだろうな。そういう時は隔絶している結界を解除するだけじゃなく、他にも願いを叶えてくれるなんて事があったのさ。
そして、とある代の連中はそれに目が眩んだ」
世界各地が結界という代物で物理的に隔絶されている状態で、しかし神の楔による転移効果があったからだろうか。隔絶されていても特に問題視していない一部の層もいたのだとか。
たまたま遠出していた先で結界に阻まれて二度と故郷へ帰れなくなった者だとかはそれはもう帰りたくて帰りたくて慟哭したことだろうけれど、全てがそうというわけではなかったのだ。
神直々に願いを叶えてくれる、という話が一体どういう風に広まったのかはわからない。
が、都合の良い部分だけを聞いてこれまた都合の良い願望を抱いた者はそれこそ多くいたのだろう。
魔王側か勇者側かはさておいて、戦いの場に己が手のかかった者を送り込んで、そうして決着がついた時点で願いを叶えてもらおうとしたらしい。自分が直接挑んだならまだしも、手駒を送り込んでというあたりで数名が「クソじゃねーか」みたいな反応をした。ウェズンもその部分に関してはわかる、と頷いた。
仮にとても崇高な願いがあったとしてもそれを自分がやるのではなく人を使って挙句神頼みというあたり、どう考えても美味しいとこ取りにしか思えない。
もしかしたら、手駒ではなくその人の願いを代わりに叶えたい、という者もいたかもしれないが……代理で命を賭けてもいいだなんて願い、そうそうあるだろうか、という話だ。
世界を救ってください、なんて願いは間違いなく叶えてくれないだろうし。
「見た目だけならな、凄い戦いに見えたんじゃないか? ド派手な魔法、ド派手な技、そんな感じで凄まじい激闘を繰り広げてますよと言わんばかりに技の応酬をして、そうしてどうにか最後に勝敗を決した。だが、それは事前に決められていた八百長試合だったってわけだ。
俺様が直接見たわけじゃないから何とも言えんが、大体死闘レベルの戦いを繰り広げたらどう考えたって犠牲者が出て当たり前なんだよ。けれどもその時は誰も死んでいなかった。
勿論死者が出ない戦いもあるけどな。出てなきゃおかしいレベルの戦いやって、誰も死んでません、ってのはな……見た目重視でやらかしたまでは良かったけれど、そこだけに演出こだわりすぎたんだろうな。
結果、神にもヤラセがバレて、興ざめされた結果折角解除されていたはずの結界が再び世界にはびこったわけだ」
うわぁ……という呟きは果たして一体だれがしたものだったか。
正直ウェズンも思わず口からそんな音が漏れた気がするので、周囲の生徒大体同じ気持ちだったのだろう。
自分たちのやらかしで自分たちだけが痛い目を見るならともかく、そうじゃなかったとなれば。
「その代の人たちはどうなったんですか?」
正直あまり聞きたいとは思わなかったがそれでもウェズンは問いかけていた。
「つまらん企みも暴かれた挙句、折角結界が解除されるだろうと思ってた土地の連中のみならず、各国からも糾弾されて国直々に裁かれた奴も出たし、それ以外の連中に私刑で殺された奴も出たらしいな。
ちなみにそいつら利用して自分の望みを叶えようとした奴がいた国は、そいつのせいで他国から盛大に糾弾されてそいつを裁いた後も肩身の狭い状態がかなりの年月続いてたようだ。
ある程度結界が解除されてきて、もう少しで……ってところだったからな。そこでちょっと甘い夢を見たのは仕方がないが、それで今までの何もかもを台無しにされたんだ。
その反動で余計に恨み辛みが酷かった、と聞いている」
まぁ、だろうなぁ、という感想しか抱けなかった。
自分の家の中だけの話なら家族の話し合いで解決もできるだろうけれど、世界規模な挙句個人の身勝手なやらかしで今までの努力を台無しにしたようなものだ。その勢いたるや、ネットで炎上した挙句それが長きにわたって語り継がれ、いつまで経っても人々の記憶から消えず、それを連想する単語までもが忌み嫌われるレベルになっていたっておかしくはない。
下手すれば一族郎党諸共連座で罪を償えとか言われる可能性すら有り得る。
テラの口振りからすると、長命種族あたりが当時の事を知っていたのだろう。テラ本人は知らないが知っている誰かから聞いた、というような話し方だ。
「とまぁ、そういうわけで折角解除された部分も結界が復活し、それらを解除しようにも完全解除には至らなくなったわけだ。いいかお前ら。もし次回の神前試合に選ばれたとして、ふざけた事だけはすんなよ。最悪マジで一族郎党皆殺しにされる可能性あるからな」
神の不興を買って殺される、というのならまだわかる。けれどもテラの言い方から殺すのは同胞たるヒトだというのが隠される感じすらしていなかった。なんなら、教師直々に仕留めにくる可能性すらある。
一同大分神妙な顔をしているが、しかしテラはそれらを鼻で笑うようにすると、両手をパンと打ち合わせた。
「ま、そこら辺の話はこれ以上掘り下げてもどうにもならん。詳しく知りたい奴は各自で調べろ。大まかな流れだけ知ってればいい。
でだ。こっから次の授業向けの本題に入るぞ。
お前ら魔法と魔術のどっちか使える奴いる? 両方でもいいけど」
その言葉に。
先程までとは違った困惑が教室内を駆け巡った。
「魔術だけなら……」
と言っておずおずと片手をそっとあげた生徒も数名いたが、本当に少数だけだ。ほとんどは使えるわけないだろ、みたいな反応だった。
ウェズンも正直転生していて魔法だの魔術だのがある、という世界ならどうせなら覚えて使ってみたいというミーハー心があったけれど、しかし制御を失敗した場合瘴気が発生すると言われてしまえば無理言って教えてもらおうとは思わなかったのだ。両親は割と普通に使っていたけど。
失敗して瘴気が発生した時の事も聞かされていたので、こっそりやって黙ってればバレないだろう、とも思えなかったのだ。万一失敗して瘴気が発生した時点でバレるのは確実だし、そうなれば間違いなくお説教コースは免れない。それもちょっとのお叱りで済めばいいが、こっちが本当に心の底から改心しないと解放されない勢いで叱られるやつ。
ちょっとした出来心でやらかすにはリスクが大きすぎる。
前世の記憶なんてない単なるお子様であったなら、もしかしたらやっていたかもしれない。
「あー、これもじゃあざっくり説明するけど。
まず魔術な。これは自分の魔力のみを使って行われる。で、魔法。こっちは精霊との契約に基づいて実行可能。魔法は自分の魔力もだが、周囲の魔素だとか精霊の力も借りたりできるから、発動させるって点ではこっちのが失敗は少ない。補助の有無と考えてくれていい」
本当にざっくりしてるな、と近くから誰かの呟きが聞こえた。
確かにとってもざっくりしているが、これはこれでわかりやすい気がした。
「まぁ? 魔法に関しては精霊と契約できなかったら使えないんだけどな」
ふぅやれやれ、みたいな感じで肩を竦めて言われた。
「で、お前らには魔法を使うべく精霊と契約してもらいます。はい各自今から配る紙大事に保管しとけよー」
もしかしてテラは授業が面倒になってきているのではないだろうか……?
なんてウェズンが思った矢先に、魔法か魔術かはさておき、生徒たちの目の前に一枚の紙が出現する。
魔法陣の描かれた紙だった。
円の中にいくつかの模様が描かれて、その合間合間に何かよくわからない文字が躍っている。
「とりあえず今日はその紙にじっくりと魔力を注いでもらいまーす。そうやって自分の魔力で染めた状態にしてそっから精霊との契約に臨んでもらうわけなので、寝る時もなるべく近くに置いて少しでも魔力が馴染むようにしておけよー」
それだけを言うとテラは一仕事終えたみたいな雰囲気を出して、
「じゃ、今日はもう特にないんで少し早いが終了する。
言っとくけど精霊と契約できなかったら最悪適性なしとみなして他の教室に移る事もあるから、手ぇ抜くなよ」
言うだけ言って教室を出ていってしまった。
残されたウェズンたちはぽかーんとしてそれを見送るしかなかった。追いかけたところで何を言うでもなく、またテラも今日はもう終わったと言っていたのだ。追いすがった所でこれ以上の何かがあるとは思えなかった。
少し早いと言っていたとおり、まだ授業の終わりを告げるチャイムが鳴るまでに数分ある。
「え、これ、もう教室出て戻っていいのかな……?」
少し離れた席から途方に暮れた声が聞こえ、どうだろう? いいんじゃない? でも他の教室まだ授業してるんだったら、下手に出てさぼりと思われても……みたいな声がひそひそとされている。
そんな中、真っ先に立ち上がって教室を出て行ったのはレイだった。
一人が教室を出てしまえば、あとはもう二人も三人も一緒だと思ったのか、他の生徒も何人かが立ち上がって教室を出た。
それを見て、それでもせめてチャイムが鳴るまでは……と残っていた生徒も多かった。ウェズンもどちらかというと残っておこうと思った側だ。しかしイアが立ち上がり、ウェズンの席の近くまでやってくる。
「おにい」
困ったような声音で呼ばれ、しぶしぶウェズンも立ち上がった。
「展開的に無視しちゃいけないやつなんだな?」
「そういうこと」
流石に原作だとかの単語は出せないが、とりあえず放置してはいけない話題である事に間違いはない。あとちょっとなんだし、別にチャイムが鳴ってからでも……という思いはあったが、イアの反応からなるべく早めに人の少ないところに移動するべきなのだろう。
未だ困惑した様子の生徒たちを残して、ウェズンとイアも教室を出る事にしたのであった。




