困った時の連絡先
「そういえばさ、ウェズン」
「ん?」
何かを思い出したような感じでルシアに声をかけられて、思わずウェズンは足を止めていた。
授業が終わり寮へと戻る途中の事である。
今日はたまたま戻る時間が一緒になって、特に何を話すでもないがなんとなく一緒に移動していた。
校舎を出た直後は課題だとかに関してぽつぽつと話をしていたけれど、しかしそんな話題はすぐさま終了してしまいその後は特に何を話すでもなく二人は黙ったまま歩いていたのだが。
「魔晶核って知ってる?」
「何それ」
「……なんだ知らないのか……」
「生憎聞いた覚えがない」
「あ、そう」
ルシアが聞いてきたそれは、授業でも聞いた覚えのないものだった。
魔晶核……いかにもファンタジー世界にありがちなアイテムっぽいな。
ウェズンがそれを聞いて思ったのはあまりにも雑というか、ありがちな感想であった。
なんというか……そう、レンズみたいな感じのアイテムっぽい。
多分それに近い名称のそういうアイテムが他のゲームであったような気がする。
次に思った感想がこれなので、間違ってもルシアには言えるはずがない。イアだったらイメージだけでレンズっぽい感じ? とか言えたかもしれない。
「で、それがどうした?」
「いやいいよ。聞き覚えないっていうならいいよ……」
全然良くないと思う。
とは言えなかった。
あまりにもしょぼんとしているルシアに、けれどウェズンはその魔晶核とやらを知らないのでこれ以上何も言えない。正直こういうのはヴァンの方が詳しいのではないか、もしくはイルミナとか、と思っていたが恐らくルシアの事だ。とっくに聞いているのだろう。
けれどそちらの答えがルシアにとって望んだものではなかったがために、こうしてウェズンにも話を聞いたのかもしれない。
もういい、とばかりに片手を振ってルシアはそのまま無言で寮までの道を歩いていったのである。
立ち止まったままそれを見ていたウェズンは、知らないんだから仕方ないよな、という気持ちは勿論の事、でもなんだか悪い事をしてしまったような気持ちにもなったのである。
ルシアが自分の命を何故か狙っている、というのはわかっている。
そしてそれは今でも思い出したように実行されている……らしい。
らしいと殺そうとされてるはずのターゲット本人が曖昧なのは、今のところ全く危険な目に遭っていないからだ。多分実行しようとしてるんだけど、それが全然上手くいっていない。
というか本人的には「よしやるぞ!」と気合に満ちていざ実行しようという気概はあるのだろう。
だがしかし、その直前で躊躇ってでもいるのか今のところ一度もウェズンが危険に陥る事はなかったのである。
なのでまぁ、殺そうとしていると言われてもウェズンはピンとこないのだ。
普段からもっとこう……「俺はお前が気に食わない」みたいな殺意マシマシ系ライバルみたいなポジションにいてくれればウェズンだってもうちょっと対処するべき方法を考えたりもしているはずだった。
だがしかし、普段はあまりにも何事もなく普通のクラスメイトなので。
(いやそういう意味では二面性怖ァ……ってなるんだけども)
一歩間違ったらホラーだよな、なんて思うけれど、しかし今のところルシアに恐怖のどん底に叩き落されたりもしていないし、ましてや危険な目にも遭っていない。
正直なところ、イフに言われなければルシアがウェズンを殺そうとしているなんていう事、きっと今になっても気付かなかっただろう。
仮に今、ウェズンがルシアにどうして自分を殺そうとしているのか、というのを問うたとしよう。
一度でもウェズンがルシアに対して危険な状態に遭わされているのであればその問いもされても仕方のない事、となるかもしれないがそうなるまでいっていない。
ルシアがそこで「えっ、気付いてたの!?」と簡単に尻尾を出してくれるような相手であれば話がとても楽だが、まだウェズンがルシアの手で危険な目に遭ったと断言できない状況では、しらばっくれる可能性は充分にあった。
というかだ、今の今まで殺そうとしてる割に直前で躊躇っている時点で、ウェズンに直接的な憎悪があるというわけではなさそうだ、と言えるもので。
もしウェズンが知らぬうちにルシアの大切な何かを踏みにじり、
「あいつっ……許せない……ッ!! 殺してやる……絶対に殺してやる!!」
みたいな感情を持っているのなら、殺す直前で躊躇う必要なんてどこにもないわけで。むしろ殺せる機会があったなら嬉々としてサクッと実行していただろう。
つまりは、そこから考えられるのは何らかの事情があるんだろうな、という事だ。
とはいえそれを聞いて素直にルシアが答えるかどうかはまた別の話である。
ともあれ、そんな自分に対して何らかの事情を抱えていそうなルシアがである。
魔晶核って知ってる? と聞いてきたというのがちょっと引っかかった。
恐らく自分より詳しいだろう相手に聞いて、その上で自分にも一応……という感じで聞いたのであれば力になれなかった、で済むけれどそうでなかった場合。
もし、自分が知っていて当たり前のものであったなら。
誤魔化している、と思われているならまだいい。けれども本当に知らないという事に気付いてしまったのであれば。
もしかして、ルシア的に何かとても困る状況なのではないだろうか。
イアに聞いてみようか、と思ったが直前で思い直す。
いや、イアもルシアが自分を殺そうとしていたという事はなんとなくふわっと程度に知っていたらしいけれど、しかしそれは問題ではないとか言っていた。
そこら辺に纏わる詳しい話を思い出しているかどうかもわからないけれど、イアの中で知っているらしき原作ならばウェズンが死ぬ事はないのだろう。一応主人公らしいので。
なんやかんやあるけど最終的に落ち着くべき所に落ち着く、というのなら、で放置している可能性もあるが、思い出せていないのならイアに聞いても仕方がない。
それよりも、とふと思った。
(父さんとか母さんに聞けば一発なのでは……?)
元はあの二人もここの学園の生徒だったようなので、むしろ何か重要アイテムっぽいやつとか知っててもおかしくはなさそうだ。
それ以前にルシアは教師に魔晶核とは何ぞや? と聞いたのだろうか。聞いた上で駄目だったからこうして他に聞きまわっている、ならもしかしたらどこぞの噂で聞いたガセネタの可能性もある。
ある、けれど……どちらかと言えば世界中あちこち調査してるらしい父ならその手のネタも詳しいのではないだろうか。
そう思ったからこそウェズンは一応、聞くだけ聞いてみようかな、となったわけだ。まぁいい年してわからない事をお父さんやお母さんに聞く、というのはなんだかちょっと気恥ずかしさを感じたけれど。
わかんないや、お父さんお母さん教えて、が通じるのは精々お子様の――それこそ幼児なら微笑ましいが、ウェズンの年齢を考えるとそろそろそれも厳しくなってきた……ように思う。
一応色々な機能が解放されたモノリスフィアでも調べてみたが、魔晶核というのは一切出てこなかった。
うーん、やっぱどこぞのガセで空想アイテムの可能性もあるぞ……? とは思ったけれどここで諦めるというのはウェズンとしても何となく気持ちのおさまりがつかなかったので。
(よし、それじゃ一応母さんに連絡を……)
そこでふと気づく。
あの人たちもかつてこの学園の生徒であったのだから、モノリスフィアを持っていても何もおかしくはない。
けれど、そもそもあの人たちがモノリスフィアを持っているのを見た事など、果たしてあっただろうか……?
「……ない、な」
そして今頃になって気付くのだ。家に手紙を送るとかであれば連絡はとれていたけれど、モノリスフィアを支給されてからそれらを用いた連絡方法をする、という事にこれっぽっちも思い至っていなかった事を。
「いやそれ以前に」
そもそも本当にあの二人はモノリスフィアを所持しているのだろうか。
記憶を掘り返してみれば、かつて母が父と連絡をとろうとした時、モノリスフィアではなく何かごつい台座の上に置かれてる水晶玉みたいなアイテムを使っていなかったか……?
となると、今はもう所持していない可能性もある。
「えっ、てことは、これから手紙書いて送らないとダメって事……?」
思わずとても気の抜けた声が出てしまったのは、仕方がない……かもしれない。




