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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
四章 恐らくきっと分岐点

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立ちはだかるは立場の壁



 ここ最近のクイナは絶好調であった。


 何というか世界は煌めいて見えるし、今までは気になってイライラしていたような事も何も気にならない。なんというか大抵の事はさらりと受け流せるようになってきたし、それもあって周囲の人間関係も以前と比べればマシになってきた。

 言うなれば心に余裕が出てきた。


 そうして余裕が出た事で、今までミスを重ねていたようなものも改善されて成績も少しずつではあるが上がってきた。成果がでればやる気も出る。今までは頑張っても中々成果が出なくて焦りばかりが募っていた授業だって今は楽しく感じられる。頑張ったらその分が結果になって出てくるのだ。楽しくないはずがない。

 今までは頑張っても頑張っても結果に反映されなくて、こんなに頑張ってるのにどうして! という気持ちとその努力を認めてくれない周囲に苛立っていたけれど、今は違う。

 今は結果が出ているし周囲も素直に凄いと言ってくれる。教師からも前の問題点を解決できている事を褒められて、今まで自分が思い描いていた理想に近づいているのを実感できるようになってきた。


 今まではどれだけ思い描いてもその理想の、本来はこうであるべきはずの自分とかけ離れすぎていてそれが余計に辛くて惨めで苦しく思っていたけれど、今は違う。間違いなく自分は思い描いた理想のようになってきている。


 それもあってクイナはここ最近笑顔でいる事の方が多くなっていた。


 それもこれも、ワイアットのおかげであった。


 彼があの時助けてくれたからこうして生きている。

 それだけなら、こうまで世界がキラキラして見えたりはしなかっただろう。

 教わった連絡先、モノリスフィアで何日かおきにちょっとだけでも話をする事でクイナの胸はどうしようもない程にときめいていたのである。


 自分が彼に恋をしているというのは早々に気付いていた。

 きっと、あの時助けてくれたあの瞬間から。

 間違いなく恋に落ちていた。



 人を好きになるのは素敵な事。


 集落で母がそう言っていたのを思い出す。そうだ、瘴気汚染が進む前はそんな風に言っていたのに。

 けれど瘴気汚染が進んだ事であの集落は間違いなく全員が緩やかに精神を汚染されて正常さを失いつつあった。


 結界が解除されて周囲の町との交流ができるようになってから、今はもう会う事もなくなってしまったお友達のそのまたお友達が、恋って素敵、なんて言って。

 いつか素敵な人と出会えたら、なんて目をきらめかせて言うのを聞いて。


 あの頃のクイナはその言葉をどこか冷めた態度で聞いていた。

 素敵な人なんてそう簡単に現れるはずがないというやさぐれた気持ちと、そんな出会えるかどうかも不確定な相手を待つくらいなら先に生活をもっと豊かにしたいという気持ちがあって、恋に憧れを持つような、それこそそんなふわふわした役に立たない希望を持っていたあの子たちの事を、多分クイナは見下してすらいたと思う。


 そうだ。仮に素敵な人と出会えたとしても、その人が貴方を選ぶとは限らないんじゃない? なんて。

 そんな口に出していたら間違いなく嫌な顔をされただろう事も浮かんでいた。


 けれどもワイアットと出会った今。

 あの頃のクイナに教えてあげたかった。

 恋って素敵なものよ、と。


 かつての自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。

 うげぇ、と信じられないものを見るような目を向けるだろうか。

 それともそんな未来に希望を抱くだろうか。


 自分の事だというのにわからなかったけれど、そんなただの空想などそれこそクイナにとってはどうでもいいものだった。



 本当だったら毎日モノリスフィアで会話したいけれど、流石にそれは迷惑になるだろうと思ったからこそ、クイナは二日か三日に一回と間をあけて連絡をする事にした。

 最初は助けてくれたお礼をするだけのつもりだった。

 けれども、ただありがとうの言葉だけなら助けてもらった時点でとっくに伝えている。

 それ以外のお礼として何がいいだろうか、と最初はあれこれ考えていたけれど、そもそもワイアットの事などほとんど知らないのだ。

 相手の好きな物を贈ろうにもその好きな物さえわからない。


 だからこそ、クイナは最初連絡する時それはもう緊張で心臓がとんでもなくドキドキしていた。


 お礼なんてどうでもいいよ、と冷たくあしらわれたらどうしよう。

 社交辞令だと思ってた。ホントに連絡してきたんだ。

 なんて言われたらきっとクイナは立ち直れなかったと思う。


 けれどもいざ話をしてみればそんな事もなく、ワイアットはどこか弾んだ様子の声でクイナと話をして……長い時間会話をしていたわけではないけれど、短い時間というわけでもなかったはずだ。

 けれどもクイナにとってその時間はあっという間で、また連絡をしてもいいかと名残惜しさを感じながらも問いかけてしまっていた。


 ワイアットはすぐさま構わないよとこたえてくれて、それでクイナはあまりの嬉しさにぽーっとしてしまった程だ。今なら魔術も何も使わないまま空も飛べそう。そんな気持ちだった。


 ただ、ワイアットも学院の授業が忙しくなってきたらしく、連絡がきても二日か三日に一回出られればいい方、と言われてしまって。

 だからこそクイナは二日おきに連絡をするようになったのだ。

 二日後に連絡しても通じない場合、学外にいるなら瘴気濃度が高い場所か、そうじゃなかったら多分寝てると思うから出られなかったらごめんね、と事前に言われていたので、その時にワイアットが連絡に応じてくれなければ次の日に改めて連絡をした。


 通話に出られる時間も授業が終わっただろう夕方から夜の間なら大丈夫だと思う、と言われているのでクイナは律義にその時間帯に連絡をしていた。


 本当はワイアットからも連絡が欲しいけれど、クイナは学園の生徒と違い留学生という事もあって時として生徒以上に忙しい事もある。

 うちの学院でも留学生の人たちが何だか忙しそうにしているのを見ているから、中々連絡しづらくて……と申し訳なさそうに言われてしまえば、ちょっとだけ残念な気持ちはあるけれどあまり我儘は言えない。


 会話の内容は他愛のないものだ。

 こっちであった出来事、ワイアットの学院での話。

 お互いの近況みたいな会話と、それからあとはクイナが授業で躓いたなんて話をすればどういう部分で? とワイアットが聞いてくれて、場合によってはとてもわかりやすく教えてくれるのだ。それもあってクイナは学園の授業で今までミスばかりしていたものをようやく克服できるようになっていた。

 折角ワイアットに教えてもらったのだから、それを無駄にはできないという気持ちも大きかった。


 今、クイナが幸せだと思えるのは間違いなくワイアットの存在があるからだ。


 声が聞けて話ができるだけでも幸せ。


 けれども、それでも時々ふと直接会って話したい、なんて欲望も出てくる。

 クイナの休みの日とワイアットの休みの日が同じであれば、直接会いたいと思ったからこそクイナは意を決してそう話を持ち掛けたのだ。


 だがしかし、残念な事にクイナたち留学生が休みをもらえる日とワイアットの休日は中々重ならなかったのである。一応休みは大体同じはずだけど、学外授業などで外に出た場合は不測の事態で戻れなかったりする事もある。本来出席するはずだった授業に間に合わず、後日埋め合わせのように課外授業だとかで教わる事もある生徒たちの休みは、同じ学校であっても一致しないなんてのはそこそこある話らしい。


 留学生であるクイナは他の学校から来た留学生たちともお揃いでお休みだけれど、学院や学園の生徒はそうではないらしいと聞いて、妙な感心をしてしまった程だ。

 まぁでも、そうよね。神の楔で別の土地に出向いて魔物退治までするんですもの。場合によっては日帰りで帰れないなんて事もあるのね。

 クイナはあっさりと納得した。


 その結果が中々直接会えないという事態に繋がってしまっているのだが、しかしクイナは残念に思いながらも内心でちょっとだけ安心もしていたのだ。

 もし、直接会ってその時に以前助けてもらったお礼をしたら。

 そこでこの関係は途切れてしまうのではないか、と思えてしまって。


 クイナとしてはそれで終わるなんて思いたくはないけれど、ワイアットがどう思っているかなんてわからない。お礼をしたいけれど、どういう物を用意すればいいかわからなくて……何がいいですか? なんてクイナが聞いた時は、特に欲しい物はないかな、とちょっと困ったように言われてしまって。

 だから、それじゃあこっちで選びます、と勢いで言ってしまったのだ。


 けれども相手の趣味嗜好、好みというものがわからない。

 だからそういうのを教えてほしいと言って、そうしてワイアットとのやりとりを少しでも長く続けようとしている。


 あまり物に執着した事ないんだよね……とちょっと困ったように言われてしまって、だったらなおの事気に入ってもらえるような物を探そうとクイナは気合を入れている。

 会話の流れでワイアットが明確にこだわりを持っているような物はない。

 けれどもそれなりに実用性のある物を好んで使っているようだった。

 だからこそ、クイナはそういった使える道具の中でもより使いやすく長持ちしそうな物を探そうと思っているのだが。


 学園の購買部でそんな物を探すわけにもいかない。

 というか多分学園の売店で売っている物は学院でも取り扱っていそうなので、流石にそこで買った物を……というのはクイナも流石にないなと思った。


 だがしかし、他の土地へ神の楔で行こうにも授業の一環で出向いた先で店を見てもコレ! というのがなかったし、休日に他の場所で色々探し回りたいと思ってもそういった暇が中々ないし、ましてや一人で瘴気濃度もわからない土地に出かけるのは勇気がいる。

 というかそもそも外出届を出さなければならないのだが、どこに行くとも決められていないうちからの届など受理されるはずもなく。


 なので今の所ワイアットへのお礼と称したプレゼントは用意するのにまだまだ時間がかかりそうだった。


 けれどもワイアットは特にそれを気にしている様子もない。

 用もないのに連絡してこないでとも言われていないし、なんだかんだクイナとの時間を向こうも楽しんでくれているのだろうか……なんて淡い期待を抱いてしまう。


 ちょっとだけ、直接会いたいだとかの欲はある。けれども、それでもクイナにとって今はとても充実していた。だからだろうか。


 ある日教師に声をかけられたのだ。


 留学期間が終わった後、クイナはどうする? と。


 え? と聞き返せば最近の成績を鑑みて、留学期間が終わった後学校に戻る以外にここの生徒として残る選択肢も出ている、と言われ、クイナは最初意味を理解できなかった。


 ワイアットと出会う以前のままだったら間違いなく留学期間が終われば学校に戻るように言われていただろう。けれども今はそうではない。ここで生徒としてやっていく選択肢が増えた。


 本当だったらすぐさま「是非ここの生徒として!」と言うべきだったのだろう。少なくとも以前のクイナならばそう即答していたはずだ。


 けれども。


「……えっと、ちょっとだけ、考えさせて下さい……」

「えぇ、良い返事を期待しているわ」


 即答は、できなかった。

 教師もこの場での返答を求めていたわけではないらしく、にこりと微笑んで踵を返す。


 自分が認められた事に関しては素直に嬉しい。

 けれど、それでも素直に喜ぶ事ができなかったのは。


 学園の生徒に正式になった場合、学院の生徒と戦う事になる。

 それを既にクイナは理解していた。


 もし、ワイアットと戦う事になったら――


「……どう、しよう……」


 何に対するどうしようなのかは、口からその言葉を出したクイナにもよくわかっていなかった。


 ただ、ワイアットとだけは戦いたくないなというのは確かな気持ちで。

 実際に戦う事が本当にあるかはわからない。けれども、いざそうなった時の事を考えると。


 どうすればいいのかさっぱりわからなくて。

 考えようとしても頭の中が真っ白になるような感覚がして上手く考えられなかった。

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