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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
四章 恐らくきっと分岐点

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運命とは



 見れば魔物は全て消えていた。

 全てである。


 クイナを取り囲んで、仲間たちから引き離してそうして確実に仕留めようとしていた魔物たちが。


 全て、全て消えていた。


 倒した魔物は取り込んだ瘴気と共に消え浄化される。

 だからこそ魔物の死骸なんてものはどこにもない。


 ただ、そこに今まで魔物がいた、という証明はクイナが負った傷のいくつかだけでしかない。



「治癒魔術は? 使える?」

「あ、はい……」


 大丈夫? と声をかけてきた時と同じくどこかこちらを心配した様子の青年は、わずかに小首を傾げて聞いてきた。

 もしここでクイナが使えない、と言えばどうしたのだろうか。

 ふとそんな事を考えてしまったが、それでも既にクイナは治癒魔術が使えると頷いてしまった。今更、やっぱり使えませんなんて言えるはずもない。


 そこかしこに負った傷は小さなもので、致命傷はなかったし意識を失いそうになる程の大きな怪我もない。

 これくらいなら、戦闘中に治癒魔術を発動させるのは魔物の相手もしないといけなかったので難しかったが、戦わず詠唱に集中できるのであれば問題はなかった。


 けれども、全て治したと思ったけれど、完全ではなかったようで、クイナが治癒魔術を唱え終わった後で青年はそっとクイナの顔に手を添えた。

 そしてそこから感じる温かな光。


「無理はしちゃ駄目だよ」

「ありがとう、ございます……」


 大体の怪我は治ったと思ったけれど、青年の治癒魔術を受ける前と後では大きく体調が異なった。

 身体がとても軽くなったのだ。


 あくまでも怪我を治しはしたものの、今までの授業などで残っていた疲労だとかは完全に消えてはいなかった。けれども今、それすら感じられなくなっている。

 なんて凄い治癒魔術なのか……とクイナは青年をどこか呆然としたように見た。


 今までの自分であったなら、自分より優れた人物を見たなら嫉妬していたはずなのだ。

 自分の方が絶対にもっと凄いのに、と。

 アタシが一番凄いのよ。そんな気持ちがあったのは確かだ。


 いや、そう思わなければいけなかったのかもしれない。

 かつてお友達に色々と指摘されて、性格の悪さは自覚している。

 でもそれでも、せめて優れた人物である、という評価があれば多少のマイナスも大目に見てもらえると思っている部分が確かにクイナの中に存在していた。


 だってクイナの目から見て、なんであんな子が……と思えるような、そんな人物ですら周囲に人がいっぱいいたのだ。慕われていた。クイナよりも間違いなく。

 けれど、クイナの目から見てその人は完璧な人なんてものじゃなく、欠点だって沢山あったのだ。


 欠点があってもなお、それでも好かれる。

 その事実はクイナにとっても一応の救いではあった。

 性格が悪くても、それでも好かれる可能性があると示されたようなものなのだから。


 このふとした瞬間人を見下す、すっかり染みついてしまった癖をどうにかしたいとは思っている。

 いるけれど、それですぐさま直るのならばこんな風に苦労なんてしていない。



 けれども。


 今目の前にいる青年は。


 おおよそ欠点らしいものが何も見えない。


 クイナを取り囲んでいた魔物を一瞬で屠れるだけの実力。

 詠唱なしで発動できる魔術。

 穏やかで人当たりの良さそうな風貌。


 外側から見える範囲で、何も欠点がなかったのだ。


 そんな聖人のような存在を見たら、きっとクイナはもっとどうせ外面だけでしょ、化けの皮剥がしてやる! なんて思った事だろう。いや、今まではそう思っていた。人がその外側はどうあれ中身は醜悪なものだと思う事で、自分の悪い部分もまだマシだと思わないとやってられなかったのもある。


 けれど、複数の魔物に囲まれたクイナを、この青年もまた一人だというのに助けにきたのだ。

 自らの危険も顧みず。


 そしてその上でなお人の心配をしている。


 もし同じ学校に通う誰かがこんなだったら、間違いなくクイナは嫉妬に狂っていた。

 しかし。しかしだ。


 いっそ完璧すぎると逆に嫉妬すら芽生えないのだな……とクイナはおかしな方向に理解してしまったのだ。


 ともすれば、今までは鼻で笑っちゃうような物語の中の王子様みたいな存在。

 それが実在すると知って、クイナは思わず心ここに在らずといった風に彼の顔を見上げていた。


「その制服」

「え?」

「テレーズ魔法学校だよね。どうしてこんな場所に?」


「あ、の、アタシ、今留学していて」

「あぁ、グラドルーシュ学園かな」

「! そうです」


 留学、の一言で学園だとすぐにわかるのはどうしてだろう。そう思ったけれど当たっているのは事実なのでクイナはこくこくと頷いた。


「そうか、今この辺りで授業やってたのか……」

「あの、貴方は……?」

「あぁ、僕? 次の授業で使う薬草を調達しに来ただけなんだけど」

「生徒、なんですか?」

「そうだよ。学院のね」


 そう言ってにこりと微笑む青年に、クイナはだからか、と納得した。

 留学先は学園か学院のどちらかである。

 彼が学院の生徒であるなら、留学生にある程度注目していたのであれば、クイナが留学といった時点で自分の学院にいる留学生ではないとわかるだろうし、そうなれば正解は学園だとすぐに理解できる。


 学園の生徒は黒を基調とした制服だけど、学院の制服は白を基調としている。

 真白なそれが、青年にやけに似合って見えた。


「まさか一人で来たわけじゃないんだろう? 他の人たちはどうしたのかな?」

「あ、その、さっきの魔物に上手い事分断されて……」

「そう。一人は不安だよね。じゃあ、他の皆と合流するまでは一緒にいるよ」


 でも、と咄嗟に迷惑じゃないだろうかと思って断ろうと思った。

 けれども、さっきの魔物は全てこの青年が倒したとはいえ、他にもこの森には魔物がいる。

 彼と別れて仲間たちと合流する前にまた他の魔物に襲われでもしたら。


 一対一ならどうにかできると思えるけれど、しかし複数同時に相手をしろとなったらクイナは先程同様時間が経過すればするだけ不利になるのがよくわかっていた。

 今は助かったけど、次はわからない。


 それなら……と、クイナは申し訳なさそうな表情を浮かべて、

「すみません。助かります……」

 言って、頭をぺこりと下げた。


 もしこの場にやって来たのがニナそっくりのあの子であったら。

 きっとクイナはこんな風に殊勝な態度に出る事はなかっただろう。

 あんたなんかに助けてもらわなくたって、アタシ一人でどうとでもできるわ! そう言って遠ざけたに違いないのだ。


 クイナは薄々感じていた。

 今しがた自分を助けてくれた青年に、好意を抱いてしまった事を。


 穏やかで、人当たりが良くて、物腰も柔らかくて。

 見ず知らずの人間も助けに行ってしまうようなこの人は、きっと皆から好かれているのだろうな……

 そう、自分と違って。


 そう考えると彼に自分は不釣り合いだろう、と一足飛びに飛んだ想像をしてしまったけれど、しかしそう思ってしまう程度に青年の見た目は良かったのだ。

 美青年が、命の危機に陥った少女を助けるというお話の中ではよくあるシーン。

 それを自分は体験したのだ。

 お話であれば、この程度で一目惚れとか……とふふんと笑い飛ばす程度にクイナは捻くれていたけれど、しかしその考えを撤回した。


 これは惚れる。

 惚れない選択肢がむしろ無い。


 あの場所から特に移動する事がなければまだ生徒たちとの合流もそう難しくはない。

 けれども合流すれば青年と別れる事になってしまう。

 それが少し惜しくなって、クイナはゆっくりとあっちの方にいたはずです、と少しだけ回り込むような遠回りのルートを選んで青年と共に歩いた。


 その間に二人はなんて事のない世間話をして、時々襲ってきた魔物は全て青年があっという間に倒してしまう。


 うわぁ凄い。強いんですね。


 そんな風に顔を紅潮させてクイナが言えば、そうかな? と青年は目元を緩ませる。


 青年とのひと時は、クイナにとって今までにないくらい穏やかな時間だった。

 お友達に悪い部分を指摘されてから、クイナは人と関わる時自分の嫌な面を見せないようにと気を付けて接していた。それでもふとした瞬間に嫌な部分がひょっこりと出てしまっていたけれど、そうやって気を使った会話はクイナにとって楽しいものではなかったのだ。


 けれども青年との会話はそこまで深く踏み入っているわけでもないから、というのもあるかもしれないが、まるで自分も青年のように穏やかな人間になれたみたいで、余計な事を言う心配すら感じられなくて心地良かったのだ。うっかり相手の機嫌を損ねるような言葉を口にしてしまって、しまった! と思うような心配がない。単純に会話内容がそういうものではないから、というのもある。あるけれど、青年の方が実力がある。そのためにクイナが相手を見下すような下に見てしまう部分が今のところないというのも大きかった。


 勿論青年がクイナのように自分より弱い相手を見下して馬鹿にするようなタイプの人間であったなら、いくら実力が上であろうともクイナとこうしてほのぼのとした会話などできるはずもなかっただろう。その場合はクイナだって反骨精神が特大サイズで出てしまっただろうし、そうなればこの場で最悪罵りあうか拳が出るか……ともあれこうして穏やかに会話をしながら一緒に行動などできなかった。


 青年はクイナの言葉に表情を緩ませて聞いてくれたし、青年の話は何故だかクイナにとってはどれも平凡な内容のはずなのにとても楽しく感じられた。

 鼓動が早まっている。あぁ、自分は恋をしたのだ、と自覚するのはとても早かった。

 目を合わせたら恥ずかしくなりそうだったけど、あからさまに逸らして相手の機嫌を悪くするのはもっと嫌。顔、真っ赤になってないだろうか。そんな心配をしながらも、クイナは久しぶりに笑顔で相手との会話に興じていたのである。


 だがそんな楽しい時間にもいずれ終わりはやってくる。


 遠くからクイナを呼ぶ声が聞こえて、クイナは「あ……」と思わず残念そうに声を漏らした。

 合流した。してしまった。

 となれば、青年とはここでお別れだ。


 まだ、一緒にいたい。


 そう思ってもそんな事を言っても青年が困るだけだ。それもわかってはいるのだ。

 けれど……


「あの、このお礼はいつか必ず……その、なのでモノリスフィアのアドレス教えてもらえませんか……?」


 ここでさよならをするのはどう足掻いても決まってしまった。けれど、これっきりにする気もなかった。

 なんとかクイナは青年との接点を増やしたくて、一世一代の告白でもするくらいの気持ちでそう言った。

 学院に留学できていたならば、彼とは同じ学舎で顔を合わせる事もそう難しい話ではなかっただろう。けれどもクイナがいるのは学園で、彼は学院の生徒である。

 そうなれば接点などここで別れてしまえばほとんど無いといってもいい。


 青年は一度その目をぱちくりと瞬かせると、ふふ、と小さく笑った。

「いいよ」

 その言葉に、クイナはかぁっと顔に熱が集まるのを確かに感じていたのだ。


 素早く自分のモノリスフィアを取り出して、そうして急いで青年と連絡先を交換する。

「どちらかというと文字でのやりとりよりもこうやって声を聞いて話したいから、できるだけ通話でお願いできる……?」

 なんて言われてしまえば、はい是非とこたえるしかない。

 それにクイナも文字だけのやり取りよりも、青年のこの穏やかで優しい声を聞いていたかった。


「それじゃ、僕はこの辺りで失礼するよ。仲間と合流した後、また分断されないようにね」

「そ、そう何度も同じ手はくわないです……!」


 揶揄われている……! そう思ったけれどクイナはそれを不快だとも思わなかった。青年はくすくすと笑って、冗談だよ。でも気を付けてね、なんて言って去っていこうとして……


「あ、そうだ名前。名前言ってなかったです。アタシ、クイナ!」

「あぁそういえば。僕はワイアット。よろしくね、クイナ」

「はい! あの、落ち着いたら連絡しますね!」

「うん、待ってる」


 そんなやりとりをして、クイナはワイアットが去っていくその姿を見送っていた。

 しばらくぼうっと熱に浮かされたように眺めていたものの、その背中もやがて見えなくなる。

 それからようやく、クイナは自分を呼ぶ仲間の声の方へと移動したのだ。


 いつもだったら、分断して死ぬかもしれない事態になったという事にクイナはイライラして仲間に助けにきてよ! と当たったかもしれない。けれども今のクイナの心の中は、とても澄んでいて、それでいて晴れやかなものだった。



 運命の出会いを果たしたのだ――クイナは本気でそう信じていたのである。

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