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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
四章 恐らくきっと分岐点

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救いをもたらしたもの



 浄化魔法を覚えているのであれば、余程瘴気が酷い土地に行かない限りはどうにか学園に戻ってこれる。

 それもあって留学生たちはある程度学園で体術や武器の扱い方を改めて教わってから、学外に魔物退治に行く事になった。

 一応引率、という形で一人学園の教師や生徒がつけられたものの、そちらは直接戦闘に関わる事はないと言われていた。もし、万一何かあった場合は救助してくれるらしいけれど、正直あまり期待はするなと言われて、留学生たちは各自学校で感じる事のなかった命の危機を覚えた。


 流石に留学生たちの実力以上に強い魔物と戦わせるつもりはない。無駄に死なせるような事をするつもりはないのだ。

 だがしかし、いつまでも守り続けるわけにもいかない。

 いずれ元の学校に帰るならともかく、もしこのままここでやっていく、というのであればなおの事。



 そこまで強い魔物ではない、と言われていたが留学生たちが戦う事になった魔物たちは、体感的に今まで学校付近で倒していた魔物と比べるとワンランク、いや、ツーランク程上ではないかと思えるものだった。

 学園で魔法や魔術の使い方を改めて教わって、更に武器の扱い方も見直され留学生たちの実力は学校にいた時に比べれば多少、上昇していると言える。

 けれども留学生たちは自分たちが強くなったという実感をあまり持てていなかった。


 普段は同じ留学生同士で訓練したりする程度で他のクラスの生徒と戦闘訓練をするような事もなかったし、改めて基本から叩き込まれたりした事が大半で何か特別な修行をした、という実感もない。


 学園側からすれば留学生たちは確かに戦い方を教わってはいるけれど、それはあくまでも自衛の範囲内。実際学校周辺に出る魔物なんて弱いのしかいないのだから今まではそれでも全然問題なかったけれど、ちょっと自衛できますよ程度の実力で戦えると思われても困る。

 実際に身を守る戦い方と相手を仕留める戦い方は動き方から異なる。


 それもあって留学生たちを担当する教師はそれはもう根気よくじっくりしっかり新入生を相手にする時以上に教育した。


 自分で最初から学園ここを選ぶような相手ならともかく、既に他の学校で多少とはいえ基礎を知る者たちにいきなり学園での常識を当たり前のように押し付けたらメンタルが危ういので。

 あとそんな状態で元の学校に帰っていかれても向こうも困るだろうし。


 一応、それなりに考えていないわけではないのだ。


 わざわざそんな風に慎重になってまで育成する必要はあるのか? と思われそうだが例え神前試合に参加できる程の実力がなかろうとも、元の学校に帰ろうとも、そういう相手が次世代の育成に関わってくれればメリットはある。


 なんていう学校や学園の教師たちの思惑はさておき、留学生たちは今まで自分たちが戦った事のない魔物と戦う事になったわけだ。



 今まで戦っていた魔物たちは強くはなかった。むしろ弱いと言いきっても問題なかっただろう。

 だから、留学生たちはそれよりも強い魔物と遭遇してすぐに適応できなかった。

 最初の頃はともかく、ある程度学校での授業に慣れてそれなりに戦えると思えるようになっていた時にはほぼ一撃で倒せるような魔物しか相手にしていなかった。


 なのでまぁ、若干の油断があったというのは否定しない。


 けれども今までと違い一撃で仕留められないどころか弱った様子も見せない魔物に留学生たちはある意味で初めての苦戦を体験したのである。


 その魔物の強さレベル的に春から入学した学園の新入生たちからすれば雑魚であろうとも。


 学校で初めて魔物と戦う事になった時も、苦戦した、と言えなくもない。

 けれどもそれは初めて魔物と対峙する事になった状況だとか、慣れない武器を手にした事だとか、初心者であるが故に当たり前にそうなるものであった。

 けれども既に初心者という枠を超えている。

 魔物を前にしても恐怖で足が震える事もないし、武器だって最初の頃と比べれば今はもうすんなりと扱う事ができる。

 だがそれでもすんなりと倒せないという事実は、本当の意味での苦戦と言えなくもなかったのだ。



 引率で留学生たちの様子を見ていた教師や生徒は、まぁ最初はそんなものだろうなぁ、でもまぁ成長の見込みはあるからなぁ、という風に見ていた。

 ちなみに引率に参加している生徒は新入生などではなく既に二年か三年程在籍している生徒である。


 あまり大勢で移動するとなっても全員に目が届くかは微妙だし、少数でいくつかのグループを作って各地の魔物と戦わせる事となっていた。

 選ばれるかはさておき、どのみち神前試合に参加するなら仲間がいても少数だ。何十人、何百人といった大軍を率いるわけではない。

 なので、誰と組もうと少人数で上手に連携がとれるような動きを早いうちに覚える、というのも大事な事だった。

 圧倒的な強さがあれば別に一人でも問題ないだろうけれど、留学生たちのほぼ全員はそうではない。

 学園に転入する事なく元の学校へ帰っていくにして、将来冒険者として魔物退治などで稼ぐにしても、一人で、という事はないだろう。大抵は誰かしらと組む流れになる。その方が生存率が上がるので。


 留学生たちもそこら辺は早い段階で理解していた。


 いつまでも学校の生徒同士でずっと一緒にやっていけるわけではないのだ。

 授業で、皆で、というのであれば確かにそれなりに安全であった。何せ自分の死角からうっかり魔物が襲ってきても他の生徒がフォローに入ってくれるから。

 だが、人数が少なければそういった油断はすぐさま死に繋がる。


 今までよりも強い魔物。適度な緊張感。


 それらは大層な刺激を生み出していた。



 ――さて、そんな中、ある程度魔物を倒し終わった後でクイナは自分がはぐれていた事に気付いてしまった。


 場所は森の中。

 木々がそこかしこにあるが故、死角も多い。

 木を背後に立ち回っていれば安全か、と言われればそうでもない。中には木の上を移動して襲ってくる魔物もいたからだ。

 学校にいた時、魔物を倒す事になっても大抵は平原とか開けた視界のいい場所ばかりだった。けれども森の中はそうではない。

 木の上を移動してやってくる魔物や、枝から枝に跳んで移動する魔物、勿論普通に移動してくる魔物もいたが、クイナが今まで戦った事のあるような魔物と比べると多種多様に存在していたのである。


 そういった魔物の攻撃を回避して最初は一緒のグループになった留学生たちと上手く連携を取れていたと思う。実際特に怪我らしい怪我をする事もなかった。

 けれども、魔物の攻撃を回避していくうちにじわじわと仲間たちとの距離が離れていたらしい。

 気付いた時には、そこそこの距離ができていた。


 そうして孤立状態になりかけていたクイナに、他の魔物が一斉に襲い掛かってきたのだ。

 流石に一人で全部を倒せとなるとクイナの実力的に難しいものがあった。

 今まで学校の授業で戦ってきた弱い魔物であったなら、別に何匹きたって余裕ですけど~? なんて鼻で笑いながら言えただろう。けれども今ここで戦っている魔物たちは、今までクイナが倒してきた雑魚と比べると強いのだ。

 今までと同じノリで戦えば間違いなく負けるのはクイナである。

 負ける、で済めばいいが最悪死ぬ。


 他の仲間の助けを待てば、勝算は勿論あった。

 だがしかし、ふと見れば離れた側で固まっている仲間たちもまた木の上から強襲してきた魔物の対処に追われこちらをフォローする余裕はなさそうで。


 向こうへ戻れば更に自分を狙っている魔物も増えるので、混戦必至で危険だと判断したクイナはともあれ今自分の周りにいる魔物たちを引き離すべく移動したのだ。ぐるっと回り込むような形で撒いて、そうして仲間たちと合流するつもりであった。



 けれども。


 思った以上に魔物は素早く、また最初は仲間たちの声などが聞こえていたけれどそれも徐々に遠くなってしまっていた。

 適当に撒いて、それから向こうと合流しようと思っていたクイナは、自分が仲間たちから切り離されて追いやられているのだ、と今更のように気付いてしまった。

 気付いた時には仲間の姿など見える範囲になく、また戦っているであろう音すら届かない程離れてしまっていた。



 引率についていた生徒は他の生徒を見ていたようだし、クイナが離れた事にすぐさま気付けない可能性がとても高い。ここで助けて! と大声で叫んだとして、果たしてすぐさま駆け付けてくれるかどうかもわからなかった。どころか、大声を上げた時点で他の魔物がやってくる可能性の方が余程高かったのだ。


(嘘、アタシこんなところで死ぬの……?)


 飛び掛かってきた魔物の一体を手にしたショートスピアで叩き落し、あらかじめ詠唱してあった魔術を放つ。

 学園の生徒たちは割と無詠唱で発動できるそれらを、留学生たちはまだできていなかった。

 だからこそ、魔術での攻撃を連続して叩き込むというのも難しい状態で。

 魔物たちはそれを理解しているのか、魔術を使った直後を狙って攻撃してくる事が多かった。


 一体仕留めたと思えばすぐさま次がやってくる。

 まだ次の詠唱ができていないので、そうなるとクイナがとれる行動は武器での応戦しかない。


「こ、のぉっ!!」


 ガッ、と叩きつけて弾かれる感覚。

 スピアの部分で突き刺さればよかったのだが、そこそこ固い魔物だったからか殴りつける形で体勢を崩す事しかできなかった。


 もっと相手との距離がとれる武器にするんだった。ショートスピアじゃなくてちゃんとした槍にしとけばよかった。


 ふとそんな風に思う。

 だがしかし、仮にそうしていたとしても、この森の中ではクイナはその武器を上手く使いこなす事ができなかっただろう。それに、武器というのはそれなりの重さがある。

 ただ持っているだけならそうと思えない重さであっても、魔物と戦う時に振り回すような事をしていればその重さはじわじわと存在を主張してくるのだ。


 長期戦になればなるほど不利。


 頭ではわかっているが、しかしクイナはこの状況を打破できる手段が思いつかなかった。

 落ち着いて考えれば対策が浮かんだかもしれない。けれども魔物たちが落ち着いて考える余裕を与えてくれるはずもなく。

 焦る頭で考えても、何もいい案など浮かばない。

 ただただひたすらに飛び掛かって襲ってくる魔物たちを手にした武器で突き刺し、時に薙ぎ払い、詠唱が終了したら魔術を使い、どうにか少しずつ魔物の数を減らしていく。


 これなら、どうにか――


 そう思っていた。


 思っていたけれどクイナの動きは思っていた以上に単調になっていたらしく、その隙を突いて一体の魔物が背後から飛び掛かってきた。気を付けていたつもりでも焦りが生じ知らぬ間に隙が生じていたのだ。


「しまっ……!?」


 飛び掛かってきた魔物は小柄なサイズだったからこそ、伸し掛かられても倒れ込んだり押しつぶされたりはしないだろうとわかっていた。けれども、無防備になってしまった背後に爪や牙が刺さればタダでは済まない。どうにか振り払おうとすれば、今度は別の方向から違う魔物が攻撃を仕掛けてくる。


(マズイ、マズイこのままじゃどうしたって――)


 一撃で死ぬ事はなくとも治癒魔術だとかをこの状況で使えるはずもない。詠唱しても痛みで集中力が途切れれば発動失敗か、できても思った程の効果は得られないだろう。

 なぶり殺し――そんな言葉が脳裏をよぎる。


「だ、誰か、たすけ……っ、たすけてぇ……」


 出せた声は、クイナ自身が驚くほどにか弱くか細いものだった。

 もっと大きな声で叫ばないと誰にも聞こえないのはわかってはいるのだ。

 けれども、明確に直面した死の恐怖に、クイナの声は酷く情けなく今にも消えそうな声しか出せない。


 こんなんじゃ、誰にも気づいてもらえない。

 アタシここで死ぬの……?


 そう思ったクイナは横からやってきた魔物の尻尾か腕の攻撃を食らうと理解して、反射的に目を閉じた。


 しかし――



「大丈夫?」

「…………え?」


 思っていた痛みはやってこなかった。

 それどころか、背後に飛び掛かってきていた魔物の重さも消えている。


 かけられた声は、穏やかで。


 恐る恐る目を開けたクイナが見たものは――


 戦いとは無縁そうな穏やかな雰囲気を纏う青年であった。

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