井の中の蛙
流石にクイナとて、当時のお友達から駄目な部分を説明されて理解はしたのだ。
とはいえ当時はすぐに理解できなかった。自分たちが悪いことをしていただなんて、これっぽっちも思っていなかったのだ。
例えばそれは、捕まえた昆虫の翅や足をもぎ取るような。幼い時に一度はやっただろう残酷な遊び。ニナに対してやっていた行為はそういったものの延長だった。
ニナのことを自分たちと同じ人間だと思っていなかったからこそできた遊びだ。
そう。
ただの遊び。
それが悪い事だなんて思いもしなかった。だって集落の大人たちはそれを悪い事だと叱らなかった。ニナの母親が生きていた頃はニナが怪我をすると悲しそうな困ったような顔をして怪我の手当てをしていたから、その時はちょっとだけ悪い事をしてしまったな……と思ったこともある。
ある、のだけれどニナの母親が死んでからはニナの事を心配する人間なんて誰もいなくて。
だから。
何をしてもいいと無意識のうちに思い込んでしまっていた。
そうしてニナと同じように、自分たちと比べて出来損ないだと思った相手を見下すようになって。
結果としてクイナたち集落の子たちは他の子の輪の中に入れなくなってしまった。
意地悪な子と仲良くしたいと思うような子はいない。その意地悪な子が自分にとってとてもメリットがあるから付き合っている、とかそういうものでもあればともかく、クイナたちと仲良くしたところでそれ以外の町や村の子たちには何のメリットもなかったのだ。それどころか、下手にそんな人間と関わって同類だと思われたら親に何を言われるか……
欠点があってもそれを上回るくらい「でもいい子なんだよ」と言えるだけの何かがあれば違ったかもしれないが、クイナたちにそういったものはなかったのである。
納得はできなかったけれど、それでも理解はしようとした。
自分が同じ目に遭わされても、そんな目に遭わせてくる相手と仲良くしたいとは思わないよ。
かつてのお友達に言われて、そこであまりにも遅すぎる気付きを得た。
「クイナちゃんとは仲良くしたくない。意地悪だし。一緒にいても楽しくないし。それに、そんな子と一緒にいるとお母さんが嫌な顔するから」
そう言って、お友達だった彼女はそれきりクイナとは一切口もきいてくれなくなってしまったし、何だったら目も合わせてくれなくなった。
今までは集落の子たちと喧嘩をしてもすぐに仲直りしていた。というか、他に遊べる友達がいなかったからきちんと謝る時もあればなぁなぁになりつつもそのまままた遊ぶようになる、というのが定番だった。
だからきっとその子とも謝ればまた遊べると思っていたのだけれど。
クイナのそんな想像を裏切ってその子は二度とクイナと遊んでくれなくなった。
まぁ当然だろう。
集落の子たちしかいなかったクイナたちと違い、その子は他にもお友達がいたのだから。
意地悪をして、それの何が悪いのかもわかっていない嫌な子よりも一緒にいて楽しいお友達を選ぶに決まっている。
クイナの、というか集落の子たちの性格の悪い部分が直ってからならもしかしたらまた歩み寄れる機会はあったかもしれない。けれど、当時のクイナはまだ子供で――それは今もなのだが――自分の悪い部分を指摘されてもすんなり受け入れられなかった。
そうまで言われるなら悪いんだろうな……でも、別にそこまで言われる程悪くなくない?
どうしたって自分を擁護するような思いが消えなかった。
集落の人たちは、近隣の人たちと上手くいかず。
集落の子たちも近隣の子たちと上手くいかなかった。
けれども今までかろうじて自給自足で生活していたような場所から、他の場所との交流ができるようになった事で今までは自力で確保していた物が簡単に手に入るようになった生活は、とても便利だったので。
また皆で集落で暮らそう、という事にはならなかった。
大人たちは一応やっていい事と悪い事の区別はついていた。ニナについては見ない振りをしていたけれど、本当ならそれがあまり良い事ではないというのはわかっていたのだ。
けれども、瘴気が溜まってきた事もあって子供たちもまた瘴気汚染の影響を受けていた。鬱憤が溜まっていた、と一言で片づけるのは簡単だが瘴気による体調不良や精神の不安定さで発散させる先が必要だったのだ。
母親がいなくなり天涯孤独になっていたニナは、そういう意味ではとてもいい生贄であった。
とはいえ、近隣に怪しげな宗教をしていた集落の人たち、という認識をされてしまえばいざ買い物をしようにも、あまりいい顔はされなかった。元々集落の中だけでどうにかしていた生活だ。物々交換だとか、物の対価に労働をだとかでやっていたのだ。金銭のやりとりはほとんどなかったから、集落にいてもお金は増えなかったのである。
例えば外からの村人が集落で食べ物を購入するだとか、宿を提供してもらうだとか、そういった事があればそういう時はそれに見合った金銭で支払われただろう。けれども結界で封鎖されていた集落に外からやってくる誰かなどいるはずがないのだ。
古いとはいえ貨幣が残されていた事がいっそ奇跡と言えた。
集落での仕事なんてほとんど自分の家の事で、誰かの家の仕事を手伝ったとしてもお礼は物である事が多い。外で買い物をするためには金が必要だが、集落にいては金は増えない。
町や村で働くことを決めた者もいたようだが、近隣ではあまりいい顔をされず、結局彼らは老いも若きもある程度瘴気汚染が回復した時点で新天地を求めてそれぞれが散っていったのである。
住み慣れた土地から離れるなどとんでもない、と言いだすだろう老人たちこそが真っ先に旅立っていった。
まぁ、年齢の事を考えると自分たちの事を全部自分たちでやるにしても体力的な問題もある。それもあって、まだ身体が動くうちにそれなりに稼げる仕事を探すべく神の楔で各地へと旅立っていったのだ。
クイナとその両親もそうやって見知らぬ土地へ転移して新たな暮らしを始めた者だった。
中には意地でも集落から離れない、という者もいたけれどそれはあくまでごく少数。大半は新天地で生活した方がマシだと思っていたのだ。
折角できた集落近隣のお友達はもうクイナとは目も合わせてくれなくて、他の子たちもよそよそしくて。
お友達に言われた事に気をつけながら、クイナは新しい土地での生活に馴染もうと頑張った。
けれども中々に大変であったのだ。
もう他の集落の子たちとも離れてしまってクイナは一人だった。
仲良くなったお友達との関係には気を付けた。でもうっかりすると今までの自分がひょっこり顔を出すのだ。
こんなこともできないの?
そんな風に言ってしまって、相手の気分を害した事がある。
言い方が馬鹿にするような言い方で、言われた相手が明らかに嫌な顔をしたのを見てクイナは「あ、しまった」と思ったのだ。けれども一度言ってしまった言葉は無かったことにはできない。
ごめん、そんなつもりじゃなくて……と咄嗟に謝りはしたけれど、それでもやっぱり一度言った言葉は無かったことにはできなかったのだ。
新しい土地でもクイナはお友達から「ちょっと性格の悪い子」という認識だった。
悪い子ではないんだけど、ふとした瞬間性格が悪いのがにじみ出ている、という風に思われていた。
だからだろう。新しい土地でもクイナにはとても仲の良いお友達という存在はできなかった。友達がいないわけじゃないけれど、例えばそれは三人いるところで二人組を作れと言われたら、間違いなくクイナが一人余る状況になるような。その程度の関係でしかなかったのだ。
気を付けていても、集落で育っていた時に身についてしまったものがふとした瞬間に出てしまう。
今までニナを虐げる事が当たり前のようになっていて、自分より下の存在には何をしてもいいものだという認識がどうしたって消えてくれない。自分は相手より上の立場であるのだとわからせるような、優位に立てる状況になるとどうしたって相手を見下す態度が出てしまう。
生まれつき、ではない。けれども十二分に染みついてしまった最悪なそれ。
それは友人関係以外にも被害をもたらしてしまった。
このままではいけない。
どうにかして自分を変えなければ。
このまま大人になったら、もっと駄目な人になってしまう。
そう思ったクイナは奮起し自分を変えるために、あとは将来的に仕事に困らないようにと考えて、テレーズ魔法学校へ行く事を決めたのである。
瘴気がある以上、ある日突然魔物が湧いて出てくる事はある。それらを倒せるだけの実力を身につければくいっぱぐれる事はないだろう。危険な仕事が無理だとなっても、魔法を覚える事ができたら他にも仕事はあるかもしれない。そういった、案外単純な考えであった。
本当ならフィンノール学院かグラドルーシュ学園を目指したかったのだが、どちらも神の楔で転移しなければならない程遠い場所にあるらしいし、寮で生活すると言われてもやはり折角の我が家から離れるのは心細かったのだ。人間関係で躓いたとして、家に帰れば家族がいる。まだ完全に自分は独りじゃないと思える。でも寮生活は? 学校の中で孤立したら、それこそもう本当にどうしようもなくなってしまう。
そんな風に考えていた。
まぁ、でも、駄目元で一応入学出来たらそれはそれで優秀って事だし……と思って手続きを申請したのだが、適正テストで落ちた。
お前が思っているよりお前は優秀ではない、と突きつけられているようでとても悔しかった。
けれども、寮生活をしなくていいのだと言い訳はできた。
それもあって、クイナは家から歩いて通える距離にあったテレーズ魔法学校へ通う事になったのである。




