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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
四章 恐らくきっと分岐点

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孤立



 集落にいた頃と今とではそりゃもうイアは見違えた。


 どれくらい見違えたかと問われれば、集落にいた頃は泥まみれ毛もボサボサの薄汚い犬が、綺麗に洗われ毛もきちんと手入れされ大事に飼われているわんこに変わったくらいには変わっている。


 大体集落を出た時、生贄として扱われあまり自由に身動きできない状態だったとはいえそれを嫌だと思ったイアは抵抗したし、その結果ボコボコにされた。顔だって容赦なくぶん殴られて思い切り腫れていたし、そんなのを最後にあの集落とは関わらなくなったのだ。


 仮にイアが生贄ではなく集落の子としての立場であの光景を見ていたなら、今ここでこうしているイアを当時のニナだと果たして気付けただろうか。


 だって歩くのだってぎこちなくて、言葉だって上手く喋れなかったのだ。


 今では歩くのも走るのもできるし、言葉だってあの頃と比べれば見違えるようにペラペラだ。

 髪と目の色が同じで名前が似ているから、同一人物だ、とは思わないだろう。


 歩くのだってやっとだったけど、それでも逃げないようにと足を折られたりもしていた。

 あの頃と比べれば今は普通に歩いたり走ったりできる。

 癖、とか何かあったかな……? とイアは少し考えてみたが、特にそれっぽいものはなかったはずだ。あれば恐らく兄がお前のそれはもう癖なんだな、とか言ってそうだし。


 歩き方がおかしいだとか、パッと見てすぐにわかるようなものがあるわけでもない。もしそうなら兄だけではなく他の皆からも言われているはずだ。


 考えてもさっぱりわからない。


「一度、聞いてみた方がいいのかなぁ……?」


 あまり関わらない方がいいような気もしているので、呟いたもののイアは自分からクイナに会いに行こうとは思わなかった。



 ――クイナの人生はどうにもパッとしなかった。

 生まれは小さな集落で、村だとか町だと呼べるほどのものでもない。田舎、と一言で言うにはあまりにも……といったものだ。しかも幼い頃は結界がまだ解除されておらず、瘴気は溜まっていく一方。土地だけでは浄化しきれないほどの瘴気。それはじわじわとその土地に住まう者にも影響を及ぼしていた。


 結界で閉じ込められた状態とはいえ、それでも食料だとかはどうにかなっていた。ただ、それらにも瘴気が含まれているので味はあまり美味しいとはいえず、また体調が悪い時に口にすると更に具合が悪くなる事もあったので食べる時は一度にたくさん食べる事はできなかった。少しずつ、ちょっとずつ体内にいれて、様子をみながら。


 今ならどうしてそうしていたかもわかるけれど、小さかった時のクイナには理解できなかった。お腹が減っているのだから、お腹いっぱい食べたいのに。何度も母にぐずって文句を言ったけど、母は決してクイナのお願いを聞いてくれなかった。

 母だって、食事は一度に済ませてしまいたかっただろうに。


 集落の外に出ても、近くに他の町や村があるでもなかったから。

 外に出ても何もなくて、退屈だったから。


 普段は集落の中の子たちと遊ぶしかやる事がなかった。

 家の手伝いをしようにも、あまりやる事がなかったのだ。

 ちょっとは手伝える事もあったけれど、ある程度やるべきことをやった後は家の中にいるより外で皆と遊んでおいでと言われていた。


 今だからわかる。

 ずっと家の中にいられても、邪魔だったのだろう。

 母だってゆっくり休む時間は必要だった。


 遊ぶといっても、狭い集落の中。やるべきことなどほとんどない。

 遊ぶ内容も気付けば毎回同じようなものばかりで、飽きていた。


 だから、まぁ。

 いずれはそうなる。これは必然だったのだ。


 集落で新たに生まれた子であったニナは母親が強めに瘴気汚染されていたからなのか、成長が随分と遅い子だった。死なずに生まれてきただけでも充分だったのではないかと言われるくらいに何もできなくて、クイナは最初これが自分と同じ人間であると思えなかったのだ。


 食べ物も自力でマトモにあまり食べられない。

 動くのだって、クイナだったらあれくらいの頃にはもう自分の足で歩いたり走ったりできていたのにニナはそれができなかった。

 言葉だってそう。

 最初のうちは皆も声をかけたりしていたのだけれど、聞いているのかいないのかあまり反応せずにぼーっとしていて。

 赤ん坊だった頃はそれなりに皆もよく見に行って声をかけたりしていたのだけれど、成長しても全然変わらないニナに皆の興味が薄れるのは当然だった。


 それでもどうにか立ち上がれるようになって、少しでも動けるようになってからは。

 一応皆も自分たちと同じように動き回れるように、と手伝ったりもしたのだ。

 けれどもニナは一向に歩くのも走るのも成長しなくて、言葉だってわかってるのかいないのか。


 皆が飽きるのは早かった。

 それもそうだろう。弟や妹がいる集落の子たちなんかは、見切りをつけるのが早かったと思う。

 自分の弟や妹たちよりもニナは覚えが遅かったのだから。クイナだってマトモに会話も成立しないニナと楽しくお喋りできるとは思っていなかったし、そりゃまぁたまに気を使って一緒にいた事はあったけど、それでもずっとは無理だった。


 ニナの母はニナを産んだあと、身体を壊したらしくあまり動けなくなった。他の大人が手伝える事は手伝っていたけれど、それでも瘴気が徐々に増えてきていて、それもあってニナの母親はニナを置いて死んでしまった。

 困ったのはニナの処遇だ。

 処遇、という言い方もどうかと思うけれど、集落の皆だって生活はいっぱいいっぱいで。

 これでまだ自分の事は自分でできるような子であったなら、話は違っていただろう。

 けれどもニナは自分の事もなんにもできなくて、それでもある程度身体だけは大きくなってきていて。

 でも中身は赤ん坊みたいなものなのだ。

 誰の家も、ニナの面倒を見てあげようとは言わなかった。


 それでも見殺しは寝覚めが悪いというのもあるから、大人たちは最低限、死なない程度に面倒を見ていたと思う。

 クイナたち集落の子らは、ニナの母が亡くなる以前からニナを連れて一応皆の輪の中に入れてあげていたけれど、そもそも一緒に遊んだって何も面白くないのだ。

 身体を動かす遊びは論外。かといってお喋りに花を咲かせるような事もできない。


 それでもまだ、瘴気汚染されていなければまた違ったかもしれない。

 けれども瘴気は日に日に増していき、あの頃の集落の皆は正気じゃなかった。

 身体は常に重だるく、精神は些細な事ですら感情が制御できなくなりつつあって。


 今までずっとニナができない子なのはわかっていたのに、それでも何故か突然それら全てが受け入れられなくなりそうで。それを発散するように、ニナを遊びに誘ってボールの的にしたりした。頑張って避けてね、とか言いながら到底ニナに避けられないような速度でボールをぶつけたりしていた。


 痛いとかやめてとか、言葉をそこまでわかっていないニナはそういう事を言わずに呻いたりして嫌がってはいたけれど、なんていうか逃げ場もなくてひたすら耐えているその姿に、何故だろうか。

 妙にスッとしたのだ。


 ニナが、逃げないから。

 逃げたいんだろうけれど上手く動かない身体でクイナたちから逃げるのは無理だから。

 日常のイライラをぶつけるようにニナを痛めつけると、すっきりする。勿論それは一時的なものであるけれど、それでもほんの一瞬とはいえスカッとするのだ。だから、クイナたちはニナを誘ってはそうやって逃げ場もない状態でニナの嫌がる事をしていた。


 今日はそんな気分じゃない、なんて日だけはニナを誘う事もなかったけれど。


 けれども、確かにあの頃の集落では、ニナは虐めてもいい子であったのだ。


 増える瘴気に集落の大人たちが神様がどうこう言いだして、わけのわからない儀式を始めて。

 クイナたち集落の子は流石にニナを攻撃しても殺すつもりはなかったからある程度加減はしていた。それに死なれてしまっては、自分たちが殺したようなものではないか。流石にそれはどうかと思っていた。


 例えばニナが集落での扱いに嫌気がさして逃げだして、外に飛び出た先で死ぬのであればそれはニナの責任だと思っている。けれど、集落の中でうっかりであろうと死なれてしまっては、とても気まずいではないか。

 そう思ってニナで遊んでいた時は気を付けていた。

 けれども大人たちは神様にニナを捧げるとか言い出した。よくわからないけれど、なんかそれで集落の瘴気が収まるだとかどうとか。


 大人の言ってる事が何一つとしてわからなかったけど、それでもニナが死ぬんだというのは理解できた。

 ニナもいつもと違った状況に流石に何かを感じ取ったのか、この時ばかりは抵抗していた。


 結局ニナは逃げられないよう足を折られて、そうして集落の外へ運ばれていった。もう二度とニナを見る事はないんだろうな、クイナが思ったのはそれくらいだ。



 その後、集落付近の結界が解かれた。神様のおかげだろうか、と思ったのだけれどどうやら元々あの日、結界は解ける事が決められていたらしい。

 結界の外にあった村や町の人たちと集落の大人たちが交流できるようになって、クイナはそれを知った。

 結界は世界のそこかしこにあって、他にもこうやって閉じ込められている状態の人たちはまだたくさんいる。今回はクイナたちの集落があるあたりの結界が解かれたけれど、それだってたまたまだ。

 結界が解除されるのは決まっていたけれど、何かが違っていたらクイナたちの集落ではない場所の結界が解除されていた。


 集落の大人が言っていたような神様は存在していなかった。違う神様は存在していた。

 それを知ったのは、集落でやっていた神様への儀式とやらが怪しげな邪教扱いされ始めてからだ。


 今ではクイナもあれは確かに邪教信仰……と思っているが、当時は何が悪いのかわからなかった。

 近くの村や町の子たちと遊べるようになってから、クイナたち集落の子らは世界が広がるような感覚であったが、しかしそれもすぐに終わった。

 自分たちより下の立場だと判断した相手を、それこそニナにしていたような扱いをしてしまったが故に、他の子たちは別の生き物を見るような目を向けて相手をしてくれなくなった。


 今ではわかる。

 けれどもあの頃は何が悪かったのか本当にわからなかったのだ。


 折角新しい遊び場を得ても、新しくできたはずのお友達はクイナたち集落の子を嫌な目で見て関わろうとしなかった。こちらを見ればそそくさと立ち去っていく。

 どうしてそんなことをされるのかわからなくて、クイナはその時知り合いだった子に「なんで? どうして?」と食い下がった。


 結果として、そこでクイナたちがニナにしてきた事がどれだけ酷い事かを知ったのだ。


 結界が解除されて行動範囲は広がったけれど、人間関係は閉じたままだった。

 それは集落の子らだけではない。大人たちも怪しげな宗教をしていたという認識から徐々に関わらないようにされていて。気付けばすっかり孤立していたのである。


 結界が解除されて瘴気も薄れて、自由に行動できる範囲は明らかに広がったはずなのに。


 クイナの世界はちっぽけなままだった。

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