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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
四章 恐らくきっと分岐点

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不思議な疑問



 とても今更ではあるけれど。


 イアは転生者である。

 転生する前、つまり前世の生まれは白亜都市メルヴェイユ。

 マザーAIが管理する都市で、イアは名前なんて個体識別ができるものもなく番号で管理され、そうしてそこで人が生み出す感情について、マザーが多くの情報を得るためだけに遺伝子をランダムで混ぜられて作られた、人工的な存在であった。

 一応人の形はしていたけれど、果たしてアレを人と呼んでいいものなのか。


 今までは疑問に思わなかったけれど、こうして転生して前世の記憶と今を比べてみるとアレはただ人の形をしていただけの、決められた道筋をなぞるだけの人形であったのではないか、とすら思えてくる。

 確かに様々なデータ・アーカイブとして残されていた映画や漫画、小説、ゲーム、アニメといったものを見て滾々と湧き上がる感情は確かにあった。


 だからこそ、自分たちは人であると信じて疑う事すらなかった。

 マザーの庇護の元、マザーから与えらえた仕事をこなしているのだと。


 まぁその最期は案外呆気なく訪れたのだけれど。

 それについては今となってはどうしようもない話だ。


 あの都市がこの世界と同次元に存在しているかどうかも怪しい。

 仮に同じ空間に存在していたとしても、遥か遠い宇宙のどこか。銀河系は間違いなく別のところだと思っている。だってあの都市で魔法だとか魔術なんてお話の中だけの存在だったもの。けれどもこの世界にはそれが当たり前のように存在している。


 あの無駄に高性能な都市ならば、もし魔法だとか魔術なんて非科学的なものを扱う場所があるならそれを感知して観察していた可能性はとても高い。いずれマザーの脅威になるかもしれない可能性を秘めているのだから。

 けれどもそんな様子はなかったはずだし、であれば別の世界か別の銀河、そういった、とても遠いところの出来事でしかないのだ。



 あの都市で、サポートデバイスに頼り切った暮らしをしていた。


 そして死んで生まれ変わった時、前世の意識があったからこそサポートデバイスの存在を疑っていなかった。

 けれどもこの世界の人間にはそんなもの埋め込まれたりしてはおらず、それ故にイアは普通の成長の仕方から逸脱する羽目になったのだ。前世の記憶もなくただの赤ん坊として生まれていたなら、勿論この世界の人間と同じように成長していたはずだ。


 けれどもイアは、サポートデバイスが上手く起動していないのかと思っていた。本来ならとっくに自分の足で歩いていなければならない頃になっても、立つくらいはどうにかできたがそれすらままならなかった。

 それ以外の日常生活もマトモとは程遠いくらい何もできないまま。


 今思えばそりゃそうよ、としか思えないのだけれど当時のイアは本当に不思議だったのだ。

 なんでこんなに何もできないの……? そんな疑問は常にあった。


 その後、イアはウェズンの家の家族となったのだけれど。

 そうなる以前の実の母と生活していた集落に。


 クイナはいた。


 この世界の多くの人には家名が勿論あるのだけれど、無い者もいる。

 大きな街、都市などであればほとんどの住人が家名を持って生まれてくるけれど、時として外との関わりがほとんどないような土地で生まれた者には家名がない事もある。外と滅多に関わらなければ必要のないものだから最初から存在しないのだ。


 そうだったな、とイアはふと思い出す。

 そういやあの集落は皆が家族みたいなもので、名前こそあったけど家名なんてもの存在してなかった。……いや、でも確か、長にはあったんだっけ?

 思い返してみてもどうだったかな、と思うだけでそもそも長の名前すら思い出せない。


 けれども確かにイアは生まれてから数年はあの集落で生きていた。


 そういや、結構色々大変な目に遭ったよなぁ……とすっかり今では他人事だ。

 あの時はなんだか結構つらい目にも遭っていたように思えるのだが、今となっては思い出してもつらくも苦しくも悲しくもない。ただ、あんなこともあったね、といった程度。

 すっかり過去の出来事で思い出という程感慨深くなるものでもない。ただ、そういった事があったなと事実を事実として受け入れるだけのもの。



 そういや、そうだった。


 元は自分の名前はニナだった。

 そうだ、そうだった。


 けれどもお父さん――ウェインに引き取られた時に名前を聞かれて、こたえたはいいもののあの時はまだマトモに喋る事ができなくて。


 ニナ、と言ったつもりで出てきた言葉はイアだった。


 でも別にそれでよかったのだ。


 あの集落でも自分の名前が呼ばれた事なんてほとんどない。

 自分を産んでくれたお母さんは名前をつけてくれた人だし名前で呼んでいたとは思うのだけれど。

 それ以外の――そう、クイナを含めた集落の子たちから呼ばれた覚えはなかった。他の大人たちからも呼ばれた記憶はない。


 でも、あぁ、クイナは自分の名前を憶えていたのだな、と今更のように驚く。

 たとえ憶えていたとしても、昔なんかとんでもなく出来損ないの子が一人いた、とかその程度で名前だとか記憶の彼方だと思ったっておかしくはない。



 ちょっとの間寝て少し休もうと思っていたはずのイアはひとまずベッドから起き上がって鏡の前に移動する。

 自分の顔を見て、うーん、と首を傾げた。


 集落にいた時の自分はとんでもなく何もできない子供だった。かろうじて立って歩くくらいはするけれど、走ったりなどはできなかった。走るためのバランスが上手くとれなくて、駆けだそうとしてもすぐにバランスを崩して倒れ込んでしまうから。

 ご飯を食べる時だって、スプーンやフォークを握ってそれで食べるのはできていた。ただ、どうしようもないくらいボロボロ零してしまっていたけれど。

 トイレだとかの排泄は、まぁどうにかなった。

 流石に漏らしたりすると色々と大変なのはわかったので、多少時間をかけてでもイアはそれに関してはきちんと覚えるように努力はしたのだ。そこかしこを汚すと母が大変な事になるので。

 他の子よりも圧倒的に時間がかかるけれど、それでも時間をかければできなくはない。

 けれども、集落の子たちからすればそれは充分に落ちこぼれで。


 自分たちができる事を何倍もの時間をかけないとできない存在。


 まぁそう考えれば落ちこぼれだと思うのも仕方がない。

 サポートデバイスなど元から存在していないのだともっと早くに理解できていればイアの気持ちももうちょっと変わって出来ない事をできるようにともっと努力したかもしれない。

 けれども当時はそのうち自己修復したサポートデバイスが正常に戻るまでの辛抱だとか思っていた事もあって。イアはあまりできない事を気にしていなかった。


 他の子たちと比べても言葉も遅く、だからこそ余計なことを口走るような展開がなかったのは良かったのだろう。あれで、あの集落で白亜都市メルヴェイユでの出来事を口にしていたならば、間違いなく頭のおかしな子として更に遠巻きにされるか排除されるかしていただろう。


 まぁ最終的には瘴気汚染が酷くなりすぎてわけのわからん宗教ができあがって、その神様とやらに捧げる生贄に選ばれたので何を言っても言わなくても結果はそれほど変わらなかったのかもしれない。



 あの後ウェインに拾われて家族として受け入れてもらえたのはイアにとってまさしく人生の転換期である。

 そうではなくて、どこか別の孤児院だとかの施設に送られていたならば、同年代の子と同じくらいに色々できるようになるのはもっと先の話だったかもしれないのだ。


 ウェズンが付きっ切りで面倒を見てくれたのも大きい。

 いくら年下の子の面倒を見るとはいえ、ウェズンだって当時はまだ遊びたい盛りだっただろうに。いや、他に友達がいなかったからこそ、イアに構っていたのだろうか。

 とはいえ、何もできないイアに苛立つでもなく色々と教えてくれたウェズンはやはり心が広いなと思うのだ。


 主人公だから。


 そう思っていた時期も勿論あった。

 けれども、そんな風にお話の中の登場人物としてしか認識しない、というのはイアにはもう無理だった。

 だからこそ懐いたし、自分が転生者でありこの世界が同じ未来を辿るとは思いたくはないがそれでも万一の可能性を考えて原作の事も口に出した。


 そう、思えばあの時点で、とっくにイアの集落でのあれこれは遠い過去の話になっていたのである。

 だってそんな過去よりも未来が大事なのだから。


 とりあえず鏡を覗き込んでいたけれど、イアはクイナがよく自分の事を覚えていたものだなぁと感心する。


 だって、間違いなくあの集落にいた頃とは変わっているはずなのだ。


 髪と目の色は勿論昔から同じ色だけど、けれどそれだけでイアをニナだと判別するのは早計だと思う。

 だって集落にいた時、母が生きてた頃はまだお風呂だとかもお母さんが手伝ってくれていたけれど、お母さんが死んだあと、自分一人で身の回りの事は全部やらなきゃいけなくなった後は、身だしなみを整えたつもりでもやっぱりどこか駄目なのか、他の子と比べるとどうしたってボサボサというかボロボロというか……

 集落の大人たちだって、イアの事はなんだか汚い物を見るような目を向けていたのだ。


 今まではお母さんが結んでくれていた髪は、気付けばぐちゃぐちゃになっていて梳かそうとしても中々上手くいかなかった。途中で引っかかって固まった部分が凄い事になっていたくらいだ。寝ている間に髪の毛で勝手に鳥の巣でも作られてしまったのかと思う程。


 あまりにどうしようもなさすぎてイアは他に何か手はないかと考えたりもしていたが、すぐに思い浮かぶはずもない。そうこうしているうちに見かねた集落の子がもうそこ切った方がいいよと切ってくれたから、ごわごわの塊とはおさらばできたのだが。


 そう、あの時と比べて今は髪もまた伸びている。

 あの時のもう髪の毛が絡まないようにとの事で短く切られていた時とは違う。


 男であれ女であれ、髪の毛の長さが違うと結構印象が変わる。


 今のイアは集落にいた頃のニナと比べれば間違いなく別人のはずなのに。



 一体どこを見て、クイナはイアの事をニナだと判断したのだろう……?

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