留学生
交流会が終わった。
島のどこかに隠されたコインを学院側は探し、それを阻止するのが学園側である。
結果として学院側が発見したコインは二枚。
何と今年度の新入生たちの島のコインだけが発見されなかったのである。
とはいえ、それは単に運が良かったに過ぎない。
実際隠されていた場所のすぐ近くを探していた学院の生徒がいたのだ。あとちょっと、何らかの切っ掛けがあったならウェズンたちが担当していた島のコインも発見されて、今年の交流会は学院側の大勝利で終わっていた事だろう。
本当に運だけでどうにかなったのだが、それでも自分たちの担当した島でコインを奪われる事もなく終わった、というのはウェズンたちにとっても胸を撫で下ろすものだった。
いやだって、あれだけ罠をこれでもかと仕掛けておいて、その大半は解除されたり破壊して二度と使い物にならなくされたのだ。挙句にコインまでとなれば、テラに一体何を言われるか。
コインが隠されていたのはウェズンたちが担当していた区画ではないが、それでもだ。
あれだけ目立つ要塞なんて作っておいてそっちに目を引き付けるようにしておきながら、囮の役目も果たせないとかないわー、とかテラなら言うだろう。
そういうわけで、ウェズンたちテラクラスの生徒たちは運も実力のうち、という言葉でもって今回の事はそれでも全然オッケーだったよね、とお互いの健闘を称えあった。
来年、無駄に色々と難易度を上げられそうな予感がしているのが恐ろしいところだが……
まぁ、来年の事は来年の自分が頑張るだろう。
多くの生徒はそうやってそっと目を逸らした。正直やっと終わったというのが本音なのだ。
来年、また島の中を罠で満たし必要に応じて色々作らなきゃいけない事になるのは言うまでもない事なのだが、今から思いを馳せるつもりはない。だってやっと終わったのだから。
サマーホリデーとかいう言葉だけの夏休みも終わったし、先程座学のテストも終わった。
本日はもう授業はなくて、とりあえず寮に戻ってゆっくり休みたい……! というのが大半の生徒の思いなのだが。
「あ、そういやこれからホームルーム始めるから」
やっと寮に帰れる、と思った矢先のテラの一言に、クラスの大半が轟沈した。
えぇえぇええ? もう気持ちはとっくに自室のベッドで寝て明日の朝までぐっすりくらいになってたんですけどおおおおお? と言いだしそうな顔で不満の声を上げた数名の生徒もいたが、当然だがテラがそんなものを気にするはずもない。
あまりごちゃごちゃ言うとうるせぇそんなに寝たいなら永眠させてやろうかとか言い出しかねないので、せめてもの抵抗に溜息だけ吐いて全員改めて席に座り直した。
ウェズンはその光景を見て、何とはなしに前世を思い出していた。
これはそう、終業時間間近になって大急ぎで何とかしないと後々もっと大変な事になる案件ができてしまって皆が急遽残業する羽目になった時と同じ空気……! と嫌な方向に懐かしさを感じた。
あの時は何だかんだ終電で帰れなくて皆ホント酷い目に遭ったっけな……と最悪な後日談までバッチリ思い出す。
こんなさっさと帰りたいだろう日にわざわざホームルームとか、しかも五分くらいで終わりそうにない雰囲気をさせているのだ。正直あまり良い話ではないのだろうな、と今までの経験と勘が訴えている。
「とりあえずは、だ。
学園の行事って割と春夏あたりに集中してるんだけども。交流会は秋だろって言われるとそれまでなんだが、まぁ、夏から継続して続いてた行事が終わったわけだ。
さて、そうなると次何がくるか、別に学院の生徒と殺しあうようなイベントはないから安心しろ」
安心しろと言われても、素直にその言葉に頷ける生徒が果たしてどれだけいると思っているのか。
そりゃあお互いの学院だとか学園だとかに行き来して「さぁ、殺しあいましょう♪」みたいな事がないと言われたとしても、学外授業でもある魔物退治だとか薬草調達だとかのお外でのお使い授業というものは普通に存在するのだ。
その時に学院の生徒とバッタリ遭遇して、折角だからここで邪魔な奴始末しとこ、なんて事になったら普通にお互い戦わねばならなくなってしまう。
学校主体じゃなくたって、むしろ突発的なイベントとしての殺し合いはいつだって発生する可能性を秘めているのだ。何も安心できない。
「あぁ、一応言っとく。来年の春までは、学院の生徒も外でこっちと遭遇しても余程の事がない限りは攻撃を仕掛けないように言われているからな。お前らが学院の生徒と遭遇した時にそいつの親兄弟友人のいずれかを殺した仇でもない限りは、向こうもなるべく戦闘を控えるようにと通達される」
そう言われても、正直嫌な予感しかしない。
ある者は困惑し、ある者は疑いの眼差しをテラへと向け、素直にそうなんだ! と受け入れている生徒は少なくともこの教室にはいない。
けれどもテラはそんな生徒たちの疑心暗鬼に満ち満ちた眼差しを一切無視していく。
「というのもだ。この時期になると他の学校でそれなりに育ってきた生徒とかの適性を見て留学に来る事になってるわけだ。
わざわざ学院だとか学園に出向いてのドンパチされると、他の学校から来た生徒が巻き添えを食らうからな。だからこそ禁止している」
「留学……です、か?」
言葉の意味は理解できているが、何を言われているのかを理解できない。
そんな空気をありありと出してヴァンがその言葉を口に出す。
「あぁ、えーっと、神前試合で戦うべき勇者と魔王がそもそも学園と学院から選ばれるのは知ってるな?」
「えぇ、はい。授業でもやりましたし。でも、それがどうしてなのかまでは聞いてなかったような」
「それについては今更すぎて言う必要もないと思われてるだけだが、簡単な話だ。
神前試合を行う舞台、試合場、そういった場所へ行くための道は、学院と学園にしか繋がっていない」
時がくれば自ずと道が開ける、とか言われても、正直ウェズンたちはピンとこなかった。
むしろ神の楔で転移するとかそういう感じなのかと漠然と思っていた程だ。
「というのもだ。学園の成り立ちは割と最初の方で言ったはずだが、そもそも神の楔で世界が分断されて瘴気も閉じ込められた状態だった時、唯一難を逃れたのがこの学園のある島だ。最初期の頃は学院とかまぁ、うん……
ともあれ、その後で学院もできてここで魔王と勇者の対立構造がハッキリと出来上がる形になった。
神の御前へ行く事ができる道をそこら辺にぽんぽん作るわけにもいかないだろ?
だからこそ、勇者と魔王は学院と学園で選出する形となったわけだ」
「他の学校に通う事になった人ってそれじゃ別に勇者とか魔王とかになりたくないって感じの人が多いんじゃないですか? 普通にそこそこ鍛錬積ませてもらってそこそこ強くなってとりあえず冒険者みたいな感じで稼いでいくとか護身程度に鍛えたいとか」
なんでわざわざ留学を? とばかりに首を傾げたのはアクアだ。
「お前らもこの学園に入学する前に、適性検査とか試験みたいなのをやったと思うんだが。
あれな、最初に出た結果が全てってわけじゃない。
実際お前らが最初にここで覚えるためにやった事はまだ記憶に残ってると思う。そう、浄化魔法を覚えるために精霊と契約したな」
言われて、一部の生徒がうんざりした表情を浮かべた。
すんなり精霊と契約できた者もいれば、何度か失敗して大変な思いをした者もいる。うんざりしたのはそこそこ苦労した連中だろう。
「他の学校でも浄化魔法については教えているんだが、まぁ、学園と比べると精霊の数が少ない。だからこそ、他の学校では浄化魔法を最初に覚えなければならない、というわけでもないんだ。最終的に卒業までに覚える事ができれば良し。何故って他の学校は学外授業で魔物退治に行ったりするにしても、学校のある地域に留まってるからな。各地をあちこち移動するような事はほぼない」
そうやって聞くと、なんだか安全そうな気がしてくる。
こんな何らかのイベントのたびに命の危険に陥るようなところに留学しようという物好きが果たしているのだろうかとすら思えてきた。
「とはいえ、学校でのびのびと成長した結果適性が伸びてこっちでもやってけそうな奴ってのは出てくるものだ。そういった奴に留学するにあたっての説明をして、本人がそれを望めば一応こっちでの体験授業だとかができる。それでここでも問題ないとなったらこっちに転入してくるって形だな」
テラの説明を聞いていると、なんだかとても軽い出来事のように思えてくる。
要するに成長率が序盤はいまいちでも中盤あたりから徐々に伸びてきて終盤にもスタメンでやってけるだけの実力を持った者、とかそういう感じだろうか。ざっくりとゲーム風に例えつつ、ウェズンはしかしそれって生徒にメリットあんのかな? と思い始めていた。
仮に頭角を現すようになってきたとしても、普通の学校に通っている分にはそこまでの危険を感じないとウェズンは思っている。神前試合にどうしても参加したいというならともかく、そうじゃないならわざわざ留学するメリットが思いつかないのだ。
勇者として、または魔王として素晴らしき戦いの成果をあげて有名になりたい、とかそういう願望があったとして、有名になれるのもなのか? とも思うし。
そういや神前試合の後で神が気まぐれで参加者の望みを叶えたりすることがある、とか言われてた気もするけれど、気まぐれはあくまで気まぐれだ。必ずではない。
命がけで戦っても何も無い場合の方が多いだろう。
そう考えると望みは薄いしメリットもそこまであるように思えない。
そう思っているのは何もウェズンだけじゃないらしく、他の生徒も結構同じような表情を浮かべていた。
「ともあれ、そういう留学生が今年もやってくる事になりそうだからってんで基本的に外で学院の生徒と出会っても無駄にドンパチしないって事だけ頭に留めとけ。
留学生を受け持つ教師は他にいるからそこまで関わる事も――あ、そうだ。
一応学園内の案内だけ頼まれてるから、このクラスから案内人を選出するんだった」
ぽんと掌を打って言うテラの、なんともわざとらしい声色にうわめんどくさ、という呟きがそこかしこで聞こえた。案内って言われても……という気持ちがふんだんにあふれている。
「そうだな、そんな難しい役目ってわけでもないし……イア、お前に任せる」
「ふぇっ!? あ、あたしですか?」
「おう。言っとくけど拒否権はねぇぞ」
「なんだと!? おーぼーだ! 名指しで面倒そうなことを指名してそれはないよ先生!」
「あ? じゃあ罰掃除で旧寮一人で綺麗にするとかでもいんだぞ?」
「罰!? 何か途端に壮大な話になりかけてらっさる!? てか、あたしそんな何かやらかした覚えないんですけど!?」
別に案内程度ならいいだろう、と周囲は思ったけれど、しかしそれはそれとして自分が指名されていたらイアのように反論はしただろうなとも思ったので、そっと成り行きを見守る事にする。
「覚えがない、か。
交流会の時に学院側の生徒と連絡をとって要塞に誘導してたよな。罠の位置を教えたりして相手を有利にさせたわけじゃないがな、見ようによってはお前裏切り者なんだわ」
「なっ、なんだってー!?」
「まぁ実際裏切ろうと思ってやった事じゃないのは調べた結果わかってんだけどな。一応お咎めとしての案内役っていうのもある」
「や、や~、あれはその、不可抗力っていうかぁ……」
「先生、それなら僕もイアにそう指示を出したので共犯です」
目を泳がせながら何をどう言うべきか……と思っていたイアに助け舟を出すようにウェズンも言う。
「それを言うなら俺が原因みたいな部分もあるからな。共犯だわ」
そしてすかさずレイも名乗りを上げた。
ここで自分は関係ありませんと無関係決め込む事も可能だったが、流石にイア一人に何もかもを押し付けるのはどうかと思ったのだろう。恐らく立場的にイアが姉でウェズンが弟だった場合は見捨てていたかもしれない。だが、流石に妹を見捨てるというのはウェズンの中でちょっと良心が咎めたのである。
これでやらかした事がもっと悪質な、ウェズンもやめるようにと言っていたものであったなら自分も共犯だなどと言わなかっただろうが。
そしてレイも同じような心境だった。
元はといえばウィルと会わなければならなかったのはレイである。二人はお節介を発揮してそれを手伝ったに過ぎない。二人が勝手にやった事、と言ってしまえばそれまでだがそれでものうのうと自分は無関係だと言うのもどうかと思った。
レイの足を引っ張ってやろう、みたいな行動であれば見捨てる事に心も痛まないけれど二人は友人であるウィルとレイのためを思ってしてくれたのだ。恩を放置するのはレイとしても見過ごせない。
「おぉおぉ素晴らしい友情だな? ま、案内役はそうたくさんもいらんから、何を言ったところでイアに決定しているわけだが」
「横暴教師! ったい!!」
反射的にイアが叫べば、テラは咄嗟に小さな何かをイアに投げつけていた。おでこにジャストミートしたイアは思わず額をおさえて机に突っ伏す。すぐ近くに転がっていたのはどんぐりだった。
「横暴だぁ? 言葉選べよ下手したら他のクラスで裏切り者みたいな認識されたら、お前もっと厳重な処罰受ける事になってたからな。それを事前に食い止めた俺様に向かってよくまぁそんな事言えたもんだな?」
「ぅぐぬぬぬぬ……! そう言われると返す言葉もない……!!」
いくらレイとその友人のためにと言ったところで事情を知らない者が見れば学院側の敵を手引きしたとしか思われないだろう。
自分のクラス内だけで済めばまだいいが、下手に他のクラスにも話が広まると確かに不味いのはイアである。
だからこそ、案内役なんて面倒だからイヤだ、とごねるにごねられないのであった。




