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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
三章 習うより慣れろ

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交流会の終わり



 制限時間残りあと十分。


 その放送は島全体にかかっていた。

 要塞の中にまで聞こえたそれに、ウェズンはちら、と視線をレイに向ける。

 あと十分。

 授業中だとかであれば結構長く感じる時間であるけれど、それ以外の時の十分などあっという間に近しい。ワイアットとの戦いは正直大分おされていて、あと十分という放送は救いの鐘の音であったようだけれど、その十分がやけに長く感じられた。


 だがしかし、ウィルと出会えていないので同時にあと十分しかない、という焦る気持ちも存在した。

 焦れば隙を生じさせるというのに。そうなればワイアットが攻撃のチャンスとばかりに狙ってくる。ワイアットの攻撃は躱そうと思っても回避できない時があって、致命傷こそどうにか避けたが気付けば掠り傷は大量にこさえていた。治癒魔法で治そうにもまずそんな余裕がない。魔法や魔術を発動させようとすると、無詠唱だというのにワイアットは魔力の流れでも感知しているのかやたらと素早くこちらの術の発動を邪魔してくるのだ。相手の攻撃はこちらにかなり通っているのにこちらの攻撃はほとんど防がれている。なんともやりにくい相手だった。


 レイも相当苛ついているのか目つきがかなり剣呑なものを含み始めている。

 当初の予定としては、要塞の中にスタンバイしていたとしてもそれなりに時間経過した場合レイは外に出てウィルを探すつもりだったし、そうじゃなかった場合はウェズンが外に出てウィルを探して場合によってはレイのところまで案内する、とか考えてなかったわけではないのだ。

 だがしかし要塞の中にやって来たのがよりにもよってワイアット、とその取り巻き。

 取り巻きについてはもう全て倒したとはいえ、ワイアット一人に行く手を阻まれている。


 このまま制限時間が終わりを迎えるまでこいつと戦ってなきゃあかんの……? という気持ちになりつつあるウェズンは、もうどうにでもなーれ、とばかりに魔導罠を発動させた。

 既にいくつか発動させているがいずれもあまり効果はなかった。今回のもそうだろうな、と思ったのだが。


「っえ!?」


 ワイアットが踏んだ部分が丁度魔導罠が発動した部分で、そしてワイアットはそのままぐいんと上に――天井の方へと何かに引っ張られるように上がっていく。

 咄嗟に身体を反転させてどうにか天井に頭からぶつからず、足から着地してみせたワイアットはしかし天井に足がついた途端今度はそのまま落下した。


(あ、あの魔導罠こういう感じのやつなんだ……)


 正直よくわかっていないままに発動させた魔導罠だったが、引っかかったのを見てそこでようやくウェズンはあぁそういう……と今更ながらの理解をした。一時的な重力操作。何が起きたかわからないままならそのまま頭から天井にぶつかっていただろうし、ワイアットのように咄嗟に身体をくるんと回転させて足から着地してもその時点で罠の効果は消えるから、今度は床にむかって真っ逆さま。


 ワイアットも引っかかったとはいえどういう罠か理解はしていたのだろう。

 身体を再び半回転させるように捻って着地に備え――


「おらぁっ!」


 空中のロクに自由に動けないところを狙ってレイが攻撃を仕掛けた。

 魔術を使えば空中に留まったりちょっと空を飛んだりもできるけれど、この状況でそれを実行しようとしても明らかに時間が足りない。詠唱に少々時間がかかるのだ。無詠唱でやろうにも、魔力の消耗度合を考えると正直割に合わない、とウェズンは思っている。


 ごきんっ、という鈍い音が聞こえて、ワイアットの表情が一瞬だけ歪む。


 落ちてくる途中だったワイアットの脇腹に命中したレイの蹴りは、どうやらあばらを持っていったらしい。

それでもワイアットは体勢をそこまで崩すことなく着地する。レイの攻撃は半分くらい怒り任せだったこともあってか、やろうと思って実行したというわけではなく、ほとんど勢いだけでやらかしたようだった。

 だが、その仕掛けるつもりはなかったそれが、ワイアットにも予測できなかったのだろう。けほ、と小さく咳き込んでワイアットは何てことないようにレイと向き直る。


「ワイアットー!! 何やってんのさこのっ……それはウィルの獲物なんだから!」


 そしてそこへ、半分ほど開いていた部屋の入口からウィルが凄まじい勢いで突っ込んできた。

 中の様子を見てそのまま突撃してきたんだろうなぁ、というのがよくわかる勢いだった。


 ワイアットも一応誰かしら近づいてきているというのを気配で察していたけれど、敵の増援という感じでもなさそうだし放置でいいか、なんて思っていたのだ。

 実際はこちら側の、本来ならば味方と言っていいはずの相手。

 だがしかしウィルは突っ込んできて、ワイアットにその勢いでクロスチョップを仕掛けていた。

 けれども高さが足りず、本来なら首のあたりに直撃するはずだったそれは、先程レイが攻撃を仕掛けた脇腹のあたりに命中した。

 ぐ、という小さな呻きと共にワイアットの足がかすかによろける。


「獲物? 何それ聞いてないけど!?」

「言ってないもん!!」

「じゃあそれ知らなくても仕方ないよね!?」

「でも前から言ってた!」

「えぇ……? そうだっけ? 生憎前の事なんていちいち覚えてな、あいた、こら、やめろウィル。何で攻撃仕掛けてくるんだ。本来敵はそっちだろう」

 両手をぐーにしてポカポカとワイアットを叩くウィルに、普段であればノーダメージで無視できるはずなのだが流石に先程ダメージを受けた場所を集中してやられると、放置でいいかとは思えなくなる。

 だからこそ制止しようとしているが、ウィルのフットワークは無駄に軽くワイアットは早々に諦めた。


 そう、ウィルは、というかウィルたち学院側の交流会参加者は二つのグループを作っていた。

 ウィルがどうしても自分の手で決着をつけたい相手がいるというのは一つのグループに周知させてある。

 周知していなかったのは、ワイアットと彼の取り巻きたちだ。

 交流会に参加するにあたって、ウィルはワイアットにレイってやつウィルの獲物だから狙わないでね、なんて言ったとしてワイアットがマトモに聞き入れてくれるかは微妙、というかレイの実力は弱いなんてはずないし、だとしたら間違いなく言ったところで無視して戦い始めるんだろうなと思っていた。


 というかワイアットのその日の気分で強くても弱くても狙われたら最後だと思っていたので、言うだけ無駄だと思っていた。

 知らないでやらかしてるならまだしも、知っててあえてやらかされたら今後の学院生活でことあるごとにワイアットの足を引っ張り続けてやる、とか思っていた。

 知らなかったら仕方ないね、で諦めもつくけど言っておいたのにやらかされたらそれはもうウィルに喧嘩を売ってるんだね? という認識になってもおかしくないからだ。


 だがやはり事前に言っておくべきだったかもしれない。

 ここでひたすらワイアットにレイは足止めを食らっていたのだろう。

 ウィルはイアから連絡がこなかったら、こんなとこまで辿り着けたかどうか……と割と本気で思っていた。

 ウィルが島に到着してファラムとアレスと合流して一緒に行動していた場所からそこそこ離れていたのだから。


 一応他の場所を探索していた仲間たちの細かい連絡には目を通していた。ワイアットが要塞らしき建物に入っていったという情報も得ていた。

 だからまぁ、どうにか要塞の場所も把握できていたけれど。


 慎重に移動していたが、制限時間はあとわずか。こりゃもう慎重に罠を解除しながら移動している場合じゃねぇ、と思い切ってウィルはとにかく全力で要塞に向かっていたのだ。


 そのおかげで、どうにかレイと会うことはできた。


 ワイアットも残り時間があとわずかである、というのを理解しているからか、ここでウィルの言い分を無視して攻撃を仕掛け直したら後々面倒な事になると判断したのだろう。ちらっとウェズンに視線を向けたけれど、じゃあ代わりにきみが相手してよ、などと言い出す事もなくそのまま部屋を出ていった。


 まだコインが見つかったという連絡はモノリスフィアに届いてすらいないのだ。

 残り時間があと僅かで見つかるかは望み薄だが、ここで戦うのもできなくなったならいるだけで時間の無駄だ。

 ウェズンはワイアットを追いかけてまで戦って足止めしようというつもりもなかったらしく、部屋から出ていくワイアットに攻撃を仕掛ける素振りも見せていなかった。部屋の外にいたアレスとファラムに若干反応を示したものの、そこでじゃあ改めて一戦、とまでは思っていなかったようだ。

 流石に味方同士でこんな場所で戦われたら流石のウェズンも対処に困るので、ワイアットが大人しく撤退するというのであれば呼び止めるはずもない。

 内心ではさっさと行ってくれと思っていた。



「久しぶりだね、レイ」


 サマーホリデー始まったばかりの頃振り、といえばまあそれなりに久しぶりではある。

 あるのだが、あまり悠長に話している場合ではない。それもわかっていたからこそ、ウィルはどうしようと内心でひたすら考えていた。


 イア経由で聞かされた話が本当なのかを確認したかった。

 イアが嘘を吐ける子ではないとは思っている。いやモノリスフィア身内から借りるとか嘘だっただろ、と思うけれど、アレは人を最初から騙そうとするような悪意のある嘘がつけるタイプではない。

 ウィルとイアが知り合ったのは何せ学院の中。そんな場所で自分は学園から来ました、なんて言えば他の生徒たちがどういう行動に出るかわかったものじゃなかった。だから、学園とは無関係を装った。嘘ではあるが、その嘘はウィルを傷つけるためについたものではないのでノーカンである。


 だがまぁそれはそれとして、レイ本人の口から直接あの時の事を聞いてみたいと今は思っていたのだ。

 今まではレイが自分を排除しようとしていたと思い込んでいた部分もあったから、話す事などない! と思っていたけれど。


 こうして向き合っていても、レイから敵意は感じられない。

 だからこそ、きっとイアから聞かされた話は概ね本当の事なんだろうな、とは思っている。

 けれどもまだ本人から確かめてすらいないうちから、何もかもを無かったことにはできなかった。


 だがしかし、交流会終了まであと三分です、という放送がかかってウィルは思わずその放送がかかっているだろう場所を探すように視線を巡らせた。島内全体に響き渡る放送だ。魔法を使っているのだから、直接どこからというものでもない。


 あと、たったの三分。

 思い出話を語るにはあまりにも短すぎる。

 何か、せめて何か決定的な、レイが自分を仕留めようなどと思っていなかった話だけでも聞いて確認しなければ。

 けれどどうやって切り出せばいいのか。

 あの頃のように無邪気に何でもかんでも言い合える関係からは、きっと既に変わってしまった。

 何かを言おうとして口を開いて、しかしそこから言葉は出てこない。


 それを見たレイは、リングから何かを取り出すと手にしたそれをウィルへむけて突き出した。

 握りしめられた何かを渡すように腕を伸ばされ、ウィルはわけがわからないまま両手をそっと拳の下に動かす。


 そうして両手の平に落とされた物を見て、ウィルは息を飲んだ。


 指輪である。

 少し傷がついているけれど、それは紛れもなくかつて、ウィルがレイからもらって大事にしていた指輪であった。何も知らない者が見れば、ただのオモチャも同然な代物で、しかも小さな傷が無数についている。

 けれどもウィルはそれを見て、悟ってしまった。


 あぁ、あの時に落とした指輪だ――と。


 あの濁流の中に落として、きっともう見つかる事なんてないと思っていた指輪。

 これを落とした事でレイと別れ、自分は船に戻る事がなくなってしまった、ある意味での元凶の品。


 濁流の中で色々な物にぶつかったか掠ったかしたのだろう。

 壊れていなかっただけいっそ奇跡かもしれない。

 だが、その指輪を更にレイはあの濁流の中でしっかり見つけて掴み取っていたのだ。


「っ、レイ……」

「あぁ」

「ごめんっ、ごめんねぇ……!」


 壊れなかっただけでも奇跡だろう。だが、その指輪をレイが見失うことなく回収していたというのも奇跡だった。普通に考えればあの濁流の中に落ちた小さな指輪など、あっという間に見失っていてもおかしくはない。


 手にして、それを壊れないように大事に持っていて、ウィルが船に戻ってこないままであっても。

 レイはそれを捨てる事なく持っていた。

 捨ててしまってもおかしくなかったのに。


 レイを見上げようとしたウィルの目から、ぼたぼたと涙が零れ落ちる。


 自分は裏切られたと思ってレイの事を殺そうとまでしていたはずなのに。

 レイはそんな事なかったみたいな顔をして、

「返すのが遅くなって悪かった」

 なんて言うのだ。

 ふくしぅしてやる、なんて思っていたのがいかに見当違いな怒りであったのだろうか。


「うぅん、いいの。全然いいんだ。ウィルが悪かったよ、あの時落としたのはウィルで、そのせいで……っ」

「実のところ、この指輪を落とした時、船の一部の連中はわざとじゃないかって疑ってたのもいた。落として、泳ぐのは俺の方が明らかに得意だったから、そうなれば俺が取りに行くだろうという予想は割と簡単に考えられる。ウチは家が家だからな。敵は思ってるよりも多くいる。それもあってお前は疑われていた。

 でも、今更この指輪を渡されてそう言えるって事はあの時わざと落としたわけじゃないんだろ。じゃあ、それで充分だ」


 ウィルがレイを疑ったように、どうやらウィルも疑われていたらしい。

 確かにレイと同年代のお子様だったなら、そこまでの疑いはなかったかもしれない。けれどもまだ子供のうちに入るとはいえ、ウィルはエルフでレイよりは百年程長く生きている。それを踏まえて考えれば、レイの家を潰そうとしている派閥がウィルを送り込んできたのでは、と勘繰る者が出ても仕方のない話だったのかもしれない。


「だからまぁ、そっちとこっちでお互い様、でいいんじゃないか?」


 ウィルが何かを言う前にレイはそんな風に言ってのけた。


 ウィルは知らず疑われていた状態だったとはいえ、それでもレイを直接殺そうとしていたというのに。

 けれどもここでそれを言ってもきっとレイはそれを認めたり受け入れたりはしない。


「ウ、ウィルは、レイとまだお友達でいいの……?」

「まだも何もずっとダチだろ」


 当たり前のように言われて。

 ウィルは思わず鼻をすすった。部屋の外で様子を見ていたファラムが、

「あっあっ、流石にそれはどうかと……!」

 と小声で言いながらリングからティッシュを取り出していたが、アレスに止められていたのをウェズンは見た。



「――交流会、これにて終了です」


 そして交流会の終わりを告げる放送がかかり――


 誰かが何かを言うよりも先に。


 学院側の生徒たちは全員その場から姿を消した。

 なんとも締まらない終わりである。

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