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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
三章 習うより慣れろ

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結末はいつだって他力本願



 殺意しかない罠まみれの要塞。

 もしかしたらここにコインは隠されていないのでは? と疑いの気持ちを持ち始めた矢先、学園の生徒が待機していた部屋に足を踏み入れたワイアットは無駄足踏んだかなと思っていた気持ちを一変させた。


「やぁ、きみは久しぶり、かな? そっちは初めましてだけど」


 にこりと微笑む。ワイアットという人物について何も知らなければ、単なる好青年に見えただろう笑み。だがしかしその笑みにつられるように向こうも友好的に迎えてくれるか、とはならなかった。露骨に警戒される。


「おいウェズンあいつ知り合いか?」

「いや、直接顔を合わせた事はないんだけど」

「でも久しぶりって言われてんぞ」

「そうだね……?」


 え、どこで会ったっけ? とか言い出しそうな顔をしていたので、ワイアットは笑みを浮かべたまま、ほら、と声を上げる。

「前に学園にお邪魔した時。寮の手前にいたんだけど、きみは引き返していったよね」

 その言葉にウェズンと呼ばれた少年はあからさまに顔を引きつらせた。

「あ、気付かれてないと思ってた? ちゃんとわかってたよ。わざわざ死ににこなかったから、見逃してあげただけ」

「あの時気付いてたのか……そりゃどうも」


 見逃してあげた、という言葉の意味を正しく理解したらしい。もしあの時、ワイアットが寮の前から動かないで戻ってくる獲物だけを仕留める、というのをしていなければ。ある程度は追いかけてでも仕留めようとしていたなら間違いなく彼は今ここにいない。


「一応自己紹介でもしておこうか。僕はワイアット。そっちのきみがウェズンで……きみは?」

「うわ、把握された」

 先程レイがウェズンの名を呼んだからというのは理解しているのだろう。ウェズンの表情がこれでもかと歪められる。それでもそこでレイのせいだ、なんて言わなかったのは、言えばレイの名までワイアットに把握されるとわかっていたからだろう。

 なんか、悪い……みたいな顔をレイがしていたので、ウェズンとしてはこいつも道連れにしてやろうとまでは思わなかった。


「生憎とお前らに名乗ってやるような名は持ち合わせちゃいねぇよ」

「そうかい? それならそれで構わないけど」


 武器を構えるレイに、ワイアットは気を悪くした様子もなくこちらもまた武器を構えた。

 戦闘である、という事にワイアットの近くにいた学院の生徒も各々武器を構え攻撃を仕掛けてくる。

 ワイアットの意識が現在レイに向いているので、取り巻きに関してはウェズンが相手をする事になるだろう。



 長いようで決してそうではない時間。

 決着は一瞬で――とはいかなかったが、このままいけば間違いなくウェズンたちが不利だった。


 取り巻き連中に関してはウェズンがどうにか倒し切った。それなりに強くはあったけれど、しかしすぐ近くでレイが戦っているワイアットを見れば、数が多くてもまだこいつらのがマシと思えたのでウェズンは不満を漏らす事なく戦って倒したのである。


 今ここにいるのはウェズンとレイ、そしてワイアットだけだった。

 ワイアットは仲間が倒されたというのに一切感情を揺らす事なく、それどころか死体が邪魔だとばかりに魔術で燃やし尽くした。それに対して不快であるという表情をレイは隠しもしなかった。


「へぇ、随分とお優しい事で」


 そしてそんな表情を浮かべるレイにワイアットはそう言ってのけた。

 皮肉で言ってるのか本心なのかさっぱりわからなかった。


 だが、すぐに自分たちもそうなるのに、という言外に含まれた意味は感じ取れた。

 現状レイとワイアットが拮抗しているようにも見えるけれど、その実レイが徐々におされている。邪魔な連中を倒した後でウェズンもレイに加勢しようとしたが、ウェズンの攻撃はことごとく無効化された。レイと戦ってるにしても、手加減をしている。そう理解するのに時間はかからなかった。



 ウェズンが直接攻撃を仕掛けようにも、下手をするとワイアットはその攻撃を受け流しレイへと向かわせようとする。一歩間違えれば同士討ちになりかねなかった。


 だからこそウェズンはこの部屋の中に仕掛けた罠のいくつかを、タイミングを見て発動させた。

 魔導罠のいくつかはこちらの任意で発動できるようにしてあるし、今の今までそこにいたのに発動しないとなれば罠があると警戒する事もない。油断しているかどうかはさておき、タイミングさえ合わせればこの罠が状況をひっくり返すためのものである事は確かだ。

 だがしかしワイアットは恐ろしいまでの勘の良さなのか、それらを全て紙一重で回避していた。


(どうしたものかな……!)


 正直勝ち筋が全然見えない。

 罠を発動させてもそれらが不発に終われば、ワイアットの動きを制限できるものは減っていく。時間が経てば経つ程に不利になるのは目に見えていたし、実際そうなりつつある。

 彼らの滞在時間が限られているとはいえ、その制限時間内にこちらが必ずしも生き延びる事ができるとは限らなかった。


 先程モノリスフィアでイアに連絡を――というか指示を出しはしたけれど、それが上手くいくかは賭けであった。何せ己の力で解決するのではなく、他人の動き次第という形になるので。

 相手がこちらの思った通りに動いてくれればどうにかなる可能性はあるけれど、そうでなければジリ貧からの敗北エンド。

 他力本願にも程がある……! と思いながらも現状ウェズンは自分とレイが死なないように立ち回るだけで精一杯だった。


 あぁクソ、もっと相手の意表を突くような罠を仕掛けておくんだった……!!


 そんな風に思うも、大分手遅れである。




 ――イアは兄から出された指示を、大分消極的な気持ちでありながらも実行した。


 見るかどうかは賭けだけど、ウィルにこちらの現在地を伝えるようにとの事だった。

 ウィルが仲間と合流し、島の中を移動して罠で大怪我をする事なく行動できているのはこちらからしても望むところではあるのだが、いかんせん明確な目的地があるわけじゃない。島のどこかにレイがいるとはわかっていてもその場所がわからず、探すのにあちこち移動している状態だ。

 そうこうしているうちに島にウィルたちがいる事ができる時間は徐々に残りわずかとなっている。


 決着をつけるつもりで来た以上、まさかここで接触する事なく顔を合わせる事なく引き返すなんてことになれば、ウィルはきっと納得しないだろう。

 というか、あの島で起きたかつての出来事をお互いの視点で知って、今ウィルは揺らいでいるはずなのだ。だがここで遭遇できずにウィルが学院へ戻れば、和解できそうだった雰囲気は時間の経過とともに消え、次に再会した時にはまたもや険悪な雰囲気に……なんて事もあり得る。


 ここで、とにかく二人は会わせておかねばならない。それはイアもわかっている。

 いるのだが……


 モノリスフィアに送ったメッセージを果たしてウィルが見たとして、それを信じてくれるかはわからなかった。イアはあくまでも身内がモノリスフィアを所持しているだけの学校にこれから通う予定の子、という体を装っている。ウィルがそれを偽りだと気づいたとして、ではそのイアのメッセージを素直に信じてくれるかは謎だった。いや、むしろ信じない可能性の方が高いと言える。


 イアは安全な場所にいて島の様子を確認しているだけとはいえ、兄であるウェズンがレイと共に結構な苦境に陥っているのを見て余計にハラハラする。ウィルがイアのモノリスフィアのメッセージに気付いて素直にそれを信じてあの場に行ったとして、あの男がどうにかなるとは思えなかったしもしかしたら事態は余計に悪化するのではないか。そんな気がしている。


 すっかり自分が朧気とはいえ覚えている展開とは異なりすぎて、解決できるのか? という疑問しかない。


 何をどうすればいいのか、そういうのもさっぱりなのだ。だからこそ余計に、ただ見ているだけだというのに胃がキリキリするのかもしれない。


 だからだろうか、ギュッと思わず握りしめたモノリスフィアが小さく振動したのをすぐに気付けなかった。てっきり己の手の震えだと思ったのだ。だがしかしモノリスフィアは相変わらず誰かからメッセージが届いている事を知らせるように震えている。こんなにずっと振動する事ってある? と思ったイアは思わずモノリスフィアの画面に目を落とした。


 ウィルからのメッセージが届いている。

 更には今もなお震えているそれは、音声通話をしたいというメッセージのあとからずっとである事から、着信なのだと理解できた。


 流石に学院の生徒との通話を他に聞かれたら不味いだろうか、と思ったのでイアはそっと立ち上がって教室の後ろの方へ移動する。隣にいたアクアが怪訝そうに見上げてきたけど、特に深く突っ込んでくる感じではなかった。他の生徒も固唾をのんで見守ってる感こそあれど、イアの行動に注目する様子はない。



「……はい」

「メッセージ見たよ。どういう事」

「えぇと、その、すみません……」

「今謝罪はきいてない。どういう事か聞いてる」


 音声だけだとウィルの声はとても冷ややかに思えた。

 怒っているわけではなさそうだけど、それでも僅かな苛立ちのようなものが含まれてるな、とは感じた。

 正直心当たりがありすぎて、ウィルが何に対して苛立っているのかがわからない。原因が一つだけとも限らないし、心当たり全部かもしれない。それどころか、イアが思い至らないような何かが含まれてる可能性もある。


 だからこそ。


「ごめん、あたし、こっち側。目的があってウィルに近づいた」


 こういう時は下手に隠し立てしても余計不味い事になる、とかつて兄に教わった。

 悪戯をしてバレた時の苦し紛れの言い訳をした時だっただろうか。確かにそのせいで余計お説教が長引いたので成程真理……! と納得したけれど、しかし正直に言うというのはなんだかとても恐ろしかった。


「それは知ってる」


 しかしウィルの言葉はかなりあっさりとしていた。


「というか薄々そんな気がしてた。聞いてるのはそんなんじゃない。何、要塞に行けって」

「そこに、レイがいる。あとおにいも。それから、何かとんでもなく強い人、あ、そっちの人ね、戦ってて……正直こっちがおされてる。最悪、負ける、かも」

 レイ、の名を聞いてウィルが小さく息を飲むのが聞こえた。イアの兄についてはウィルからすればそれが誰であるのかをわかってないので、特に気にしている様子はない。ウィルの今回の目的はあくまでもレイにある。


 歯切れの悪い感じに言葉をぽつぽつと出したイアは、ウィルの反応を待った。


「あのね」

「はい」

「ウィルたちはこの島に詳しくない。要塞に行けってメッセージだけで何でもかんでもわかるわけない。わかる?」

「あ……!」

「罠とかあるから移動もそんな急げないし、何? 要塞? そもそもそんなんあるの? って感じ」


 それもそうだった。

 イアはもうすっかり何もかも把握している気になっていたし、ウィルもてっきり知ってるだろうと思ったけれどウィルたち学院の生徒は今日初めてここにきたのだ。仮に去年の交流会に参加した先輩方からこの島の規模だとかを聞かされていたとしても、今年新たに作った要塞の位置なんて把握しているはずもない。


 落ち着いて考えればそれくらいすぐにわかりそうなものなのに、言われるまでころっと忘れていた。

 それに気付かされたイアは、短くウィルたちの現在地から要塞までの行き方を説明する。生憎そこら辺の罠に関してはこっちの担当外だから詳しくない。なのでめっちゃ気を付けて進んでね、とある意味とても雑な説明もしたけれど、それでもウィルは一応要塞までの道のりを把握したらしい。


「魔導キャノンに気を付けてね」

「物騒極まりない。いや、わかってる。罠はあって当たり前のもの。残り時間も少ないし、急ぐから」


 その言葉を最後に通話が切れる。


 とりあえずレイとウィルが遭遇するフラグは立った。


 だがしかし、今二人と戦っているやたらと強い男もいて、事態が収拾できるだろうか……と新たな不安が芽生える。ウィルと一緒にいる仲間たちがどれだけ頼れるか……完全に他力本願ではあるけれど、せめてどうにかなれとイアは今更のように十字を切った。

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