時間は常に足りないもの
一方のアレスたちであるが。
ファラムとウィルとどうにか無事に合流し、とりあえず島を移動中であった。
島にはいつまででもいられるわけではない。制限時間がある。その限られた時間内でこの島にたった一つ隠されているコインを発見しなければならない。
別に自分たちが見つけなくとも他の学院の生徒が見つけてしまえばそれでいいのだが、見つからなければ時間制限目一杯この島にいなければならない。流石にそれはごめん被りたかった。
何せ罠がこれでもかと仕掛けられていて、油断したら一瞬で死ねる。
さっさとコインを見つけて帰りたい。
それが、アレスの嘘偽りのない気持ちであった。
元々この交流会とかいうちょっと言葉の意味を辞書で調べて出直して来い的な行事に参加するつもりはなかったので。
それをワイアットが無理矢理参加させてきただけだ。
とはいえ、今も早く帰りたいというのは変わらないがその前にやる事がもう一つ増えてしまった。
ウィルのかつての友人であるレイという男。
そいつを探さなければならない。
ウィルはコインとか正直どうでもよくて、むしろこちらが本来の用事というか目的らしかった。
協力を要請された当初は何事かと思ったのだ。アレスだって。
アレスがワイアットにむやみやたらに絡まれているというのは、悲しい事に学院では割と知られた事実である。新入生がわちゃわちゃしてるくらいなら、そこまで話題になるでもない。ただ、ワイアットは学院に入った当初から実力が際立ちすぎていて――というか、早々に喧嘩売ってきた上級生にその喧嘩を最高高値で買い取って悪い意味で目立ちすぎたのだ。
聞けば喧嘩を売った上級生も、なんというか運が悪かったとしか言いようがない。
彼女に振られたばかりで、しかもその彼女が好きになった男というのがまたワイアットに若干似た容姿だったというのもあって、ワイアット本人が悪いわけではないがまぁ、癪に障ったというのは言うまでもない。ワイアットはただの八つ当たりに選ばれただけだ。彼女が好きになったワイアット似の男は学院の生徒ではなく別の町の職人だったらしいので、流石にそちらに喧嘩を売れば学院からお咎めが来る可能性しかないので。
そこに、若干の恨みを持った男に似た顔の男が新入生としてやってきた。
喧嘩を売った上級生からすれば、本当にむしゃくしゃしていたところにやってきた、ちょうどいい八つ当たりの相手といったところだった。
元々多少素行が悪かったのもあって、彼はワイアットに喧嘩を売りに行くのも躊躇わなかった。
結果として首が胴体からオサラバしたのだから、運が悪いとしか言いようがない。
ぽやぽやとした人畜無害そうな笑みを浮かべている男がまさかいくら手加減をしたといっても胴体から首をオサラバさせるような相手だと、一体誰が思うだろうか。
あ、ごめん。手加減はしたんだけどまさかここまで脆いとは思わなくて……
そんな言葉を口から出したところで、相手は既に死んでいる。あまりに遅すぎる謝罪であった。
その後他にも血気盛んな相手に絡まれたりしていたようだが、それらを丁寧に叩きのめしていった結果、入学してそう時間が経たないうちにあっという間に触るな危険、みたいな扱いになったのは言うまでもない。
今まで自分から喧嘩を売りにいくような相手ではなかったワイアットだが、いざ関わらないようにと遠巻きにされ始めるとそれはそれで暇を持て余すようになったのか、今度は自分から絡みに行くようになってしまった。なんという傍迷惑。
いくら勇者を育てる学院とはいえ、治安がとても良いかと言われると実のところそうでもない。次の勇者に選ばれるだろう相手として誰それが有力だとかの派閥みたいなのはあるし、勇者の仲間として選ばれようとして取り巻きしてる連中もいるし。
そういうグループ争いみたいなのを目ざとくみつけてはワイアットは自ら巻き込まれに行くようになったせいで、第三勢力みたいな扱いすらされている始末。
そんな相手に目をつけられて、どうにかしようとして喧嘩売って撃沈した者とか泣きついてお願いします関わらないでくださいと懇願する者だとか、まぁ学院内での人間関係が酷い事になった。彼が入学してそこまで経過していないうちからである。
今までだって学院に問題児がいなかったわけじゃないが、間違いなくワイアットは歴代の中でトップを誇る問題児だろう。誇れるものでもない。
そんなワイアットに目をつけられて未だに精神的に異常をきたしていないだとか、五体満足だとかでアレスも悪い意味で有名になりつつあった。正直これっぽっちもうれしくない。
授業でペアを組むだとか、必要に駆られた時はそれなりに他の生徒と関わる事もあるけれど、ワイアットのせいで下手にアレスと関わると自分まで目をつけられるのでは……となってしまっているせいで、アレスは学院の中でも割と孤立していた。まぁ授業に支障が出ない程度にではあるので、本人はそこまで困っていなかったが。
だからこそ、授業関係なく話を持ち掛けてきたファラムとウィルに最初は何事かと思ったのだ。
聞けば学園に入学している生徒で、ウィルにとっては友人だった相手と何はともあれ決着をつけたいと言われて。事情をそこそこ聞かされてしまえば切って捨てるわけにもいかなかった。
結果がどうあれ、一つのけじめ。いつまでもそれを放置したままでは前に進むこともままならないだろう。
関係が決裂したまま終わるにしても、仲直りするにしても、それを一つの区切りとしない限りは前に進もうにも中々動けないだろうな、と思ったしそういうのをアレスだってわからないわけでもなかったので。
ただ、途中でワイアットの横やりが入るかもしれないとなれば、どうして二人がアレスに声をかけてきたのか、というのもよくわかってしまったのだが。
いざという時ワイアットが乱入してきたら、アレスがどうにかして気を逸らせという事だ。
正直そこを考えるととても面倒なのだが、けれどもかつての友人とやらと話し合いにしろ殴り合いにしろ決着をつけようという時に、ワイアットまでどうにかしろとなると決着どころではないのもわかる。
何で自分が……という思いがないわけではなかったが、それでも見捨てられなかったがためにこうしてアレスはファラムとウィルと行動を共にする事となったのである。
モノリスフィアを確認するとどうやらワイアットは何でか存在している要塞の中に入って行ったとの情報が記されている。正直あいつが参加するなら別に自分たち参加しなくても良くない? という生徒は多いのだがしかしワイアットにだけ任せていたらコインそっちのけで学園の生徒を見つけた途端攻撃を仕掛けにいく可能性もとても高すぎて、結局元々参加する予定だった生徒は参加するしかなかったのだ。
そこそこの規模の島にたった一枚の小さなコインを探すとか、流石にそれをワイアットだけに任せるには不安しかない。
これが敵を殲滅しつくせ、とかいうのであればワイアットだけに押し付けても恐らく学院の生徒は誰も罪悪感など持たなかっただろう。
クラスが違えども、ワイアットに関しては交流会参加者として情報共有するべきだとなって今回の参加者によるグループはワイアットに関しての情報だけは綿密にとる事を決めた。そうしないと学園の生徒と戦闘しているワイアットに巻き込まれたりしたら堪ったものではないので。
どうやらワイアットは今、島の中にある要塞とかいう本当に何でそんなものが? と言いたくなるような建物の中にいるらしいので、外を移動している者たちは今のうちに周辺を探索して罠をどうにかしつつコインを探すぞ! となっているものの、なんというかもしかしてコイン、その要塞の中にあるのでは? という気がしなくもない。
まぁ、コイン探しに関しては他の生徒に任せるとして、アレスたちの目的はまずウィルの友人である男を探さなければならないのだが。ワイアットが要塞の中にいるというのなら、今のうちにどうにかしてみつけたいところだ。
聞けば頬に五芒星の痣のある男だというので、流石にそんなわかりやすい特徴があるなら人違いもないだろう。あまり詳しい事情は話せないが……と言葉を濁しつつも、他の学院参加者にも万一見かけたらすぐ連絡が欲しいと伝えてあるのだが、今のところ発見したとか遭遇したという連絡はない。
ちなみにウィルが探している男の情報をワイアットには知らせていない。
今回の交流会参加者同士での連絡ができるようにグループトークができるようにしてあるけれど、実のところそれは二種類ある。ワイアットとその取り巻きが入っている全体的なグループと、ワイアットと取り巻きを省いたトークルームである。
正直ワイアットは学院側の生徒から見ても台風の目でしかないので。
下手にウィルの探し人の情報をワイアットに教えたところで、向こうが最初に見つけたとしてこちらに連絡がくるとは到底思えなかった。あまりにも弱すぎるとかなら途中で興ざめして連絡してくれるかもしれないが、そうでなければ悪びれる様子もなく獲物を横取りしていくだろう。
「どのあたりにいそう、とかそういうのわか……るわけないか」
「ごめんね」
「いや構わない。けどそうなると……」
遠隔式の罠をどこかで発動させたからか、すごい勢いで槍が飛んでくるのをファラムが魔術で弾くのを見て、アレスは考える。
探し人のレイとやらがどのあたりにいるかがわからない。制限時間があるからあまり悠長に島全体を移動していくわけにもいかない。罠がなければ島全体を移動するのもそう時間がかからないはずだが、罠がある以上移動する時間は想定しているより倍はかかると思っておいて間違いではないのだ。
仮に出会えたとしてそれが制限時間ぎりぎりなら、話をする余裕もない。
お互い交流会に参加する、という言葉を交わしたところでどこで待ち合わせるだとかそういう話をしたわけではないのでウィルもレイがどこにいるかはわかっていないのは、まぁ仕方がない。
ない、のだが。
「せめて手掛かりが欲しいところではあるんだよな……」
移動するにしても邪魔でしかない大量の罠。
いつ横やり入れてくるかわかったものじゃないワイアット。
どう考えても邪魔してくるだろう事がわかりきってるワイアットの取り巻き。
未だ目視すらできていない探し人。
こうして考えてみると、スタート地点に立ってすらいないのではないか、と思えてくる現状。
ちなみに制限時間はあと三十分ほどである。
正直どうにかなる気がまるでアレスにはしていなかった。




