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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
三章 習うより慣れろ

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揺らぐ心



 コンコン、と部屋のドアが控えめにノックされる。

 誰だろう? そう思いながらウィルはそっと部屋のドアを開けた。どうぞ、と声をかけるだけにするべきか悩んだが、どのみちここは女子寮でまさか男子が訪ねてくるとも思っていない。

 ウィルの所へ来る相手は限られている。そもそもウィルにはこの学院で友人と呼べる者はそう多くないので。


「あ、まだ起きてましたねウィル」

「……ファラム」


「少し話がしたくて」


 困ったように眉をへにゃりと下げながら言うファラムを追い返す理由はなかった。


「いいよ、入って」


 室内は好きにカスタマイズしていいと言われていたけれど、ウィルの部屋はほぼ初期状態のままだ。なのであまり大人数を招くには向いていないが、ファラム一人くらいなら問題はない。



「それで、お話って?」

「交流会、参加するんですよね?」

「それは勿論。するよ」

「それはその、復讐する相手がいるから、ですよね……?」

「うん。いた。確かにいた。なら行く必要がある」

「その割に、気が進まない、という顔をしていませんか?」

「……少し、悩んでる」


 正直なところ、少し前に知り合ってお友達になろう! と元気よく言ってきた少女――イアにモノリスフィアのアドレスを教えたのは記憶に新しい。

 本人は持っていないと言っていたけれど、身内が持ってるのでそれを借りると言っていた。

 けれども、そう簡単に借りる事ができる物なのだろうか? とも思ってしまう。

 学院か学園か、それとも他の学校かはわからないが、卒業したとしても卒業証書とばかりに個人認証してあるリングやモノリスフィアはそのまま個人の持ち物となる、と聞いている。

 なので、冒険者ギルドにいる冒険者やってる人たちも八割は所持しているといっても過言ではない。

 残り二割の持ってない勢は持ってたけど壊れたとか壊したとか、落としたとかの何かがあって失ったやつだ。不要になって処分した、という者もいるけれどそちらは圧倒的少数である。


 イアの身内が冒険者であるならまだしも、何というかあれは学園の関係者なのではないか、とウィルは思うのだ。

 どうにもレイと知り合いくさい。


 レイと知り合いなのがイアの身内なのか、それともイア本人なのかまではウィルには判断つかなかったけど、それでもそう思える。


 別段仲良くないけどなんとなくふわっとその人知ってる、みたいな感じだが、イアからもたらされる情報がやたら詳しい。


 けれども、イアが何かを企んでいる……というようにはウィルには思えなかった。

 なんというかアレは策略巡らすタイプではないし、肝心なところで詰めが甘い気がする。

 それなりに長く生きていて、それなりに人と関わる事も多かったからなんとなくではあるが、そう感じたのは間違いじゃないと思う。


 直接的な知り合いだと言っていないけれど、何かこの前たまたま知り合ったから話聞いてみた、とかそういうちょっと白々しい感じの話が出るのだ。

 学外授業があるならともかく、今はサマーホリデー。もうじきそれも終わるとはいえ、向こうは恐らくこちらを迎え撃つための罠だとかを仕掛けるのに忙しい頃だ。

 そこで、たまたま学外で出会う、という事は滅多にないような気がする。


 イアは身内のモノリスフィアを借りている風を装っているが、恐らく本人も自分のモノリスフィアを所持しているのではないだろうか。

 イアだけならまだしも、その身内、それもウィルの知らぬ誰かに自分の話を知らぬ間に筒抜けにされるのは何となく抵抗があったが、イアは大丈夫! 見ない! と断言していた。その自信と根拠はどこから……


 とはいえ、まぁ、見知らぬ誰かに知られたところで別に構わないか、と思ってイアに打ち明けたのだ。

 どうして学院に入学する事になったのか、という話を。


 ただ、その数日後、イアから何か本人と遭遇したからウィルの事をぼかしてお話聞いてみたよ、なんて返信があって。

 まぁそんな事があったから疑い始めているわけなのだが。


 何を言われたってこっちの気持ちに変わりはない、と思っていた。

 ホントかどうかもハッキリしない話だ。イアが何を言っても、本当にそれがレイ本人が言った事なのか、それとも彼女がこちらを気遣うか面白半分で適当な事を言うか……真偽のハッキリしない話なんて全面的に信じる事はない。そう思っていたのだけれど。


 その気持ちが、よりにもよって揺らいでいる。


 レイはあの濁流に落ちたあと、無事に船に回収されていたけれど気を失っていたらしくて目が覚めてから慌てて友人を助けるために島に引き返してほしいと父親に頼んだ、との事だ。

 まぁ、実際レイと出会わなかったけど、船の仲間とは遭遇した。

 仲間というのもどうかと思うが。


 気を失っていた事もあって、船医に船を出るまでにちょっと体調のチェックをされたりして実際レイが船を出る頃には船員たちが一足先にウィルを探しに島に下りていたらしい。


 まぁ、待ってろと言われた場所はわかりきっているし、一人で探しにいくのもそう手間ではないだろうけれど、万が一ウィルがあの後どこかへ移動した可能性を考えるなら、他の人にも探すのを手伝ってもらうのは何もおかしな話ではない。


 ただ、その探しに来てウィルが話を聞いたり関わった相手がことごとくこちらに対する感情がちょっとアレだった、というオチがついてしまったが。


 最初にウィルによからぬ事を企んでいた船員たちは、その後別の場所でレイの父が定めたルールに背いたとかで粛清されたらしい。

 ちなみにレイ本人に話を聞いた、と言っていたがキルシェについては正直レイ本人はすっかり存在を忘れ去っていたのだとか。

 神の楔に貫かれ死んだキルシェ。あの後他の船員が彼を見つけていたならば、彼が殺されたという事はわかるだろう。

 もしかしたらレイの父には報告されていたかもしれない。けれどもレイは、レイ本人は。


 キルシェがいなくなった事にしばらく気付きもしなかったのだとか。


 むしろ最近は絡まれなくて平和だな、と呑気に思っていたらしい。その後、あまりにも長い期間見かけなさ過ぎて、もしかして死んだか? と思ったもののそのあたりで粛清が始まっていたので、レイの中ではてっきりキルシェもやらかしたのだと思っていたのだとか。


 イア経由とはいえその話を知ったウィルの心境は、なんとも言えなかった。

 だってあの男は、レイの兄貴分を豪語していたのだ。

 だから、てっきり……

 なんて思っていたのが全部無駄。


 キルシェの中ではレイの存在がかなり重たい感じだったのに、レイの中のキルシェの存在感は驚くほどに軽かった。

 思えば船にいた時も、レイはキルシェと行動しようとしていなかったな……と思い出す。

 キルシェは誘われたなら間違いなく共に行動しただろう。邪魔だと内心で思っているウィルがいたとしても、レイの誘いを断るはずはない。だが、レイは自分からキルシェを誘った事なんて、ウィルがいた時は一度もなかった。



 そうだ、落ち着いて思い返してみれば、自分の勘違いもあったのだとわかる。

 あいつらが皆レイの指示でやってきた、みたいな感じだったからあの行動も全てレイの指示だと思い込んでしまっていたけれど。

 レイの指示で探しにはきたけどそこから先はあいつらの独断であったと考えるべきだ。

 レイが、レイがウィルに対してあんな事をするようになんて言うはずがないのだ。

 けれども、それでもどうしたって本当に? という疑いの心は完全にはなくならなかった。


 一度芽生えてしまった疑いの心は、きっとレイ本人に言われたとしても信じ切れない気がしている。

 だがそれでも、レイの口からきちんと聞く事ができれば。

 もしかしたら、疑ってばかりの心も少しは落ち着いてくれるのではないか……そう信じたくもある。


 あの島でレイと再会したのは、今ならあいつらがあの島にいると教えられたからだ。

 神と繋がりがあるらしき存在によって。

 だからこそ、ウィルはあの時懐かしき思い出の場所でもあったあの島へと出向いた。

 本当はあの場で決着をつけるつもりだった。刺し違えてでも殺すつもりだった。信じていたのに。どうして。そんな気持ちで。

 あの場にウェズンがいなければ、まず間違いなく二人は戦って――どちらも無事では済まなかっただろう。


 学院の生徒と学園の生徒が出会う事というのは、実のところそこまで機会があるわけでもない。

 勿論授業の一環でこちらが向こうに乗り込んだりすれば出会えるけれど、必ずしも会いたい相手に会えるわけではない。学院に入って最初に学園に行った時の授業だってそうだ。あの時レイはいなかった。

 けれども次は、次こそは。

 交流会にはレイも勿論参加しているし、ウィルが参加すると言ったのだから向こうだって隠れて出てこないなんて事はないだろう。レイの性格なら間違いなく出てきてくれる。


 あの島で再会した直後であれば、その時に決着をつけようとしか思っていなかった。

 自分を見捨てるような事をしたのだから、その報いを受けてもらおうと思っていた。

 こんな事になるのなら、レイとなんて仲良くするんじゃなかった。そう思うくらいには、ウィルだって心が傷ついたのだから。


 けれども、イアからもたらされた情報でのレイを見る限り、彼は今までずっとウィルの事を案じてきていたようであるのだ。

 あの後、ウィルが神の楔で別の場所に行った後で、レイもようやく島に上陸し、そしてウィルを探したらしい。けれども見つからないまま、レイの中ではあの再会の日までウィルはずっと生死不明のままだった。

 死んだ、とは決め打っていなかった。生きていると信じた上で、それでも最悪の可能性も捨てきれないような状態。


 レイの事を絶対殺すと思っていた。けれども、今その気持ちは揺らいでいる。


 そういった部分をぽつぽつと語れば、ファラムは「では当日、無事にその方と会って話し合うしかないのでしょうね」と言った。

 相手は学園の生徒で敵なんだから、そんなことをせずとも殺せ、とは言われなかった。

 他の生徒なら間違いなく言っただろう。


「でも、ちゃんと会えるか心配で……」

「……仕方ありませんわね。わたしもお手伝いします。お友達が困っているのですから、それくらいはね」

「……いいの?」

「勿論。駄目ならそもそも最初から言いません」

 そう言ってパチン、と片目を閉じる。持つべきものは友と想いながらも、ウィルの口からは素直に感謝の気持ちが出ていた。


「ですが」


 だがしかし、そうすんなりといかないらしい。


「参加者は他にも勿論いるわけです。

 特にあの――ワイアット。彼をどうにかしないと最悪話し合いの途中で乱入して引っ掻き回すだけ引っ掻き回して被害を甚大な事にする可能性はほぼあるとみて間違いないでしょう」

「あ」


 言われて、レイ以外の問題を思い出した。


 そうだ。ワイアット。あの、学院きっての天才児とか称されてる頭のおかしいヤバイ奴。

 世界で一番サイコパス、そんな称号を与えられていても何らおかしくない危険人物である。一見するとマトモそうなので余計に性質が悪い。常識も礼儀も礼節も弁える事ができるだけに、そのおかしさが余計際立っている。


 たとえば弱い者いじめをするしか能のない者であったならどうとでもできた。

 強者と戦う事だけに喜びを見出すストイックなタイプであれば、こんな心配をせずとも済んだ。

 しかし相手は弱者を踏みにじるのも強者を屈服させるのもどちらにも愉悦を見出すタイプだ。

 しかも強者をねじ伏せる事は得意だとのたまうだけあって、相当な実力の持ち主。頭の中身がヤバイやつにヤバいレベルの実力を持たせるなと言いたい。


 それが、もしレイとウィルとの間に割り込みでもされたら。


 ウィルの中では揺らいでいるといっても、あの頃のような関係に戻れるなら戻りたかった。学院と学園、二人の所属する場所が異なる故に以前のようにといかないのはわかっているがそれでも。


 それでも、以前と同じとまではいかなくとも。ゆっくりと歩み寄るような速度で少しずつでも今までの溝を埋める事ができたなら。

 そう思わなくもないのだ。


 だってレイの事がどうでもよかったなら、自分のせいで死んだかもしれないだとか、自分は見捨てられてしまっただとか思った時、きっと何も思わなかった。どうでもいい相手の事に心を動かされる事なんてあるはずがなかったのだから。


 けれどもそうではない。だからこそ、そこで横やりを入れられてしまったら。


 後悔を、きっとあの頃よりもたくさんするだろう。

 怒りで我を忘れてしまうかもしれない。

 どういう状況になるかはわからないが、それでもちょっと想像しただけで容易に言い切れる。


 困り果てたようにファラムを見れば、ファラムも頭が痛いとか言い出しそうな顔をしていた。


「……わたしたちだけで、どうにかなる感じじゃありませんね。

 こうなったら、駄目元でアレスにも応援を頼みましょう」

「アレス……あぁ、ワイアットに目をつけられてるあの人」

「そう、あの人です。彼も今回の交流会、ワイアットに強制的に参加させられることになったらしいので」

「うわぁ……」


 交流会と言ってはいるが、そんなもの名ばかりの殺し合いだ。

 それくらいわかっている。

 だからこそ、この交流会の参加は任意であった。

 単純に鍛錬だけをして強くなって将来的に冒険者としてやっていこう、とかそういう考えの相手ならわざわざ死地に向かう必要もない。神前試合に出るだとか、神の気まぐれを狙ってだとかの目論見があるならこういった催しにも積極的に参加して神前試合の参加資格を得なければならないが、アレスはそこまで積極的にやる気を見せている生徒ではない。


 だというのに、ワイアットに目をつけられて事あるごとに絡まれている。


 その事実だけであまりにも可哀そうすぎて涙が出そうだった。自分だったら耐えられない。というか多分とっくに殺されてそう。今も元気に生きているだけで偉い。


「協力してくれるかな」

「してくれるかな、ではありません。させるんです」

「あ、うん……」


 ファラムの力強いくらいの断言に。

 ウィルはどうやって? と思いつつもただ頷くだけだった。友人は時々圧が強い。

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