迫る邂逅
「まぁ何が悪かったかって、レイが子供で立ち回り方が悪かったって事かな」
一通りの情報をすり合わせた結果のウェズンの感想がこれだった。
「海賊だか盗賊だかどっちつかずなのはともかくとして」
「両方だが」
「カシラの息子がぽっと出の女と一緒にいるっていうのがまぁ、気に入らなかった奴はいたわけだろ」
「そうか?」
「事実そのキルシェとかいうのはウィルを殺そうとしてたわけだし」
「……あいつか」
苦々しい表情を浮かべるレイに、ウェズンは「もしかして仲良くなかった?」と聞く。
「あー、まぁ、俺からすればめんどくせぇなとは思ってた奴だな」
ウィルの話からキルシェとやらはレイの兄貴分だったらしいのに、肝心のレイからは兄貴分どころか……といった反応。まぁ、実際頼れる兄貴分でどこに行くにもそれなりに行動している、とかであればウィルの話の中でもレイと二人きりではなく三人で行動していたはずだ。
「兄貴分っていうか、口うるさい教育ママみたいな」
「兄貴分とはまた離れた感じの言葉出てきた」
「実際あいつ何かあるたびに理想の親分像語ってきて、将来俺にそういう奴になれ、みたいな」
「それは鬱陶しい」
理想を語るまではいい。
だがそれを押し付けるのはよろしくない。
将来的にレイが自分の父親を超えるような男になる、と思っていたとしても、レイにはレイなりの理想というものがある。それがキルシェの理想と一致しているならいいが、そうではなかったのだろう。
だからレイはキルシェを嫌い、ウィルが来た時に友人として行動する事を選んだ。
たまに、それこそ戦闘訓練だとかの時に稽古つけてくれるくらいであればレイとてそこまでキルシェの事を遠ざけようとは思わなかった。だが事あるごとに理想を押し付けられた結果うんざりだったのだ。
というか、それよりなにより、ナイフの扱い方は正直レイの方が上手かった。
キルシェの方が強くて、だから自分を超えてほしくて、とかそういうわけでもない。
自分より弱い奴がぐちゃぐちゃうるさいとなれば、辟易するのも仕方のない事だった。
大体まだレイは子供と言える年齢で、だからこそ遊びたい盛りでもあった。
けれどキルシェは事あるごとにやれ鍛錬だやれ勉強だと……これが直近の予定で必要な技能を身に着けるためだとかであれば、レイも文句は言ったかもしれないがそれなりにやる気を見せて努力をしたとは思う。けれども、最終ゴール地点までが遠く、今それやる必要あるか? というようなものまでも詰め込むように学べと言われても……となったのである。
それよりもむしろ、ウィルと遊んでいた方が楽しかったし何よりウィルはレイと比べれば圧倒的に物知りで、レイが知らない事もたくさん知っていた。
正直役に立つかどうかもわからないキルシェのお勉強より、ウィルと話してた方が百倍マシだった。
恐らくは、それもキルシェにとって気に食わなかったのだろう。
自分の手で理想の頭領を育てる、とかそういうのがあったのであれば尚の事。
キルシェ以外のウィルに対してよろしくない感情を持っていた連中については、レイも正直よくわからない。
確かにあの船に女っ気はない。女はいてもそれなりにいい年だ。若い、未婚の女性はいなかった。
船員の家族にいないわけではなかったが、陸の拠点だとかにいるので船にはいなかった。
なのでまぁ、そういう欲を発散しようにも気軽にできないというのはあったと思う。
けれども相手はいない。流石に船にいる妙齢の女は他の船員の妻だとかで、それに手を出せば夫が黙っちゃいない。力尽くで、とやらかしたとして仮にその時欲を発散できたとしても、その後制裁を食らうのは言うまでもない。
かといって、男同士でというつもりも彼らにはなかったようだ。
そんな感じで多少不満があった中に、新たな船員が増えると言われしかもエルフの女と言われ、きっと一部は期待したのだろう。だがしかしウィルは見た目もまだ幼いお子様といって過言ではないようなやつで。
期待した分ガッカリした、のは間違いないと思う。
そしてきっと、そんな相手と親分の子が仲睦まじく常に遊んでいるというのは、微笑ましくありながらも同時にイラつくようなものであった、という事だろうか。
そのあたりを何度考えてもレイには理解できなかった。
ウィルがもっと年上に見えて、いかにもな美女としていたのであればレイもわからなくもないのだ。けれども、ロリコンならともかくそうじゃない船員から見れば誰がどう見てもウィルはお子様。レイだって当時はまだお子様と呼ばれてたし、ガキ同士が遊んでるからってそれ見てイラつく程の事か? とも思う。
いやまてよ? と少し考えを変える。
今はガキだけど後々成長したら……とでも思われたのだろうか?
いやでもそれはそれでどうなんだろう?
正直レイには彼らの思考は理解できなかった。
だが、そういったウィルに対してあまりよろしくない思いを持っていた連中は、ウチにあったルールを無視してその結果命を落とした。今いる連中はそんなバカな真似はしないと思う。
けれどもウィルからしてみれば、そんな事知ったこっちゃないのだろう。
ウィルが遭遇したアイツらは、レイの差し金で送り込まれたと思われている。
知ってたらまずあいつら行かせてないが!? と叫びたい気持ちで一杯だった。
再会できたあの日、ウィルが自分に向けていた冷ややかな眼差しを思い出す。
どうしてあんな……と思ったが、イアがウィルと知り合って得てきた彼女側の出来事を知れば流石にわからんとか言ってられない。
今レイがウィルと出会ってあれは違う、俺の命令じゃないと言ってもそう簡単に信じてはくれないだろう。何故って自分がその立場だったら信じないからだ。
交流会にウィルは参加すると言っていた。
つまり、次に確実に会う機会があるのはそこだ。
そこでどうにかして誤解を解くしかない……!!
レイとしてはウィルを殺すつもりなんてこれっぽっちもないが、しかし交流会に参加する以上何が起きるかなんてわからない。ウィルが他の場所で罠にかかって死ぬ可能性も勿論ある。
どうか、どうか無事に俺の前に現れてくれ、と何に対してかはわからないが無意識に祈っていた。
「ともあれ、ウィルは神様に助けられたって思ってるし、浄化魔法も覚えたいからって事でフィンノール学院に入ったっぽいんだよね。まぁ、そこに行くまでにまた紆余曲折あったみたいだけど」
どうしてウィルは学院に? という質問から過去のあれこれを割と詳しく教えてくれたのは、イアがちゃんと説明されないと理解できないからだと思われたのか、それともこの際誰かにぶちまけて多少すっきりしたくなったのか……ウィルの心情まではわからないが、それでも詳しい情報を落としてくれたのは確かで、そうして何が何だかわからないまま殺意を向けられていたレイが事態を把握したのは大きい。
ちなみに学院に入るまでの間にそこそこの年月があったわけだが、その間のあれこれは特にそこまで特筆すべき部分ではなかったのでイアもウェズンもレイもスルーしていた。
結果としてウィルが学院に入ったのがレイが学園に入るのと同時期であったからこそ、再会が叶ったとも言えなくもないので。
「それでレイは、ウィルと仲直りできそ?」
「やれるだけのことはやる」
正直まだ完全に情報を把握しきれたわけではないのだろう。いや、頭に入っているけれど全てを飲み込むまでには時間がかかるというべきか。
けれどもレイのその目には、確かな決意の光が溢れていた。
まだ終了したわけではないが、それでも大分いい方向に転がっている気がして、イアは満足そうに鼻を鳴らすのであった。
いやぁ、身体張ってフィンノール学院に潜入した甲斐がありましたわ。
そんな気持ちである。
「……ってコトは当日レイは罠回避しつつ相手側に立ち塞がったりしないといけないわけか……」
「あ」
ウェズンの言葉にそれもそうだ、となったのは、本当に今更であった。
「……だいじょぶそ?」
「今から罠の場所頭に叩き込んでくる……」
罠だけ仕掛けて高みの見物、というのであれば別に出る必要はないから罠の場所を覚えなくても特に問題はなかった。だが、流石にそういうわけにもいかないと当日危険を冒してでも囮をする役割を与えられた生徒はいた。ちなみにウェズンである。
成績がそれなりに良かったばっかりにとんだ大役だ。
レイも実力的に学院の生徒を引っ掻き回すなら問題はないのだが、彼の場合盗賊としての生活のせいか自然と罠を回避しようとして逆に生徒側にそこに罠があると示すようなことになってしまって、レイはちょっと出さない方がいいかもしれない……となりつつあったのだ。
ほぼ本能で回避してるようなものだったので、もっとしっかりどこに何があるかを把握して相手側に悟られないような動きをしなければならない。
とはいえ、今の彼には目的ができたので、そこら辺はまぁ、どうにかなるだろう。
内心でウェズンも囮役が一人増えるなら自分の負担が減るかな、とか考え始めていた。
ともあれ、交流会まであと僅かである。




