手遅れな話
「――って事らしいんだけど……」
「……拗れてるなとは思ったけど」
イアがへにゃりと困ったように眉を下げながら、ウィルと連絡をとっていたモノリスフィアを見せる。
イアが学園の生徒であるという事はまだ明かしていない。けれども、身内がモノリスフィアを持っていると言ってウィルのモノリスフィアのアドレスを入手しそうして自身のモノリスフィアで連絡を取りやりとりを交わす事数回。
最初はお互い改めての自己紹介から始まって、とても当たり障りのない話題から始まっていた。
けれどもイアの目的はウィルに何があってレイへの憎しみを募らせているかを知る事だ。
だからこそ、徐々に核心に迫るべく話題選びには慎重になりながらも、どうにかしてようやくここまで辿り着いたのである。
ゲームだったら選択肢を選べばそのまますっと会話に入れただろうはずなのに、そんな便利機能現実に存在してなかったので本当に苦労した。精神的に胃がキリキリしそうになった。
一歩間違ったらウィルの地雷を踏みつけて、二度と向こうから返事がこないかもしれないところだったのだ。しかも文字でのやりとり。顔を見ての会話であれば、相手の表情だとか声のニュアンスで何となく機嫌の良し悪しも判断できるけれど文字だけだとそこら辺さっぱりわからない。
絵文字だとか顔文字だとか言われてるようなのがあればいいが、そういうのが一切ないのだ。
なのでこっちはとても丁寧に聞いているつもりでも向こうからすれば素っ気ないだとか、興味なさそうな反応に思えるだとかの誤解が容易く生じかねない。
怒ってなくても怒ってるように思われるとか、深刻に受け止めたつもりが全然そんな風に思われていないだとか、完全に仕事のやりとりであれば終始堅苦しい言い回しでも問題ないが、二人は別にそういった間柄ではないので比較的フランクなやりとりをしているつもりである。
しかしそのせいで、相手がどういう感情でその文字を入力したのかがわからない事態に陥りかける。
切っ掛けと呼べるものがあるのなら。
ウィルはどうしてあの学院に入ろうと思ったのか? という質問であった。
そこから、ちょっと昔の話が入るんだけど……と前置かれて、ウィルの過去のあれこれがぽつぽつと語られるようになったのだ。
家族を失って故郷を出て旅に出る事になった話。
そこそこ長い年月各地を移動して、どこかで腰を落ち着けようかと思っていたけれどそこで友人と出会った話。
そんな、割とありきたりな導入から気付けば親友と思っていた相手との決別あたりまで。
イアはレイの事を知らない事になっている。実際はクラスメイトだし学外授業で一緒に行動した事もあるし、それなりに会話もするので知らないどころか顔見知り以上の関係である。友人と言っていいかはわからないが、知り合いと言っても許されるとは思っている。
勿論ある程度ウィルの中で省かれた部分はあるかもしれないが、それでもイアがレイとウィルの拗れた部分を把握するには充分な情報量であった。
ついでに知らない事になっているレイに直接モノリスフィアを見せるわけにはいかないので、まず兄を挟んで話をしてもらう事にした。
そもそもこの手の話はどちらか一方の話だけ聞いて肩入れするとその分拗れると相場が決まっている。
流石に一度にすべての話をしたわけではないので、多少の時間が空いてはいたけれどそれでも恐らくこれが全容だろうな、と思えたあたりでこうしてウェズンとついでにレイも召喚した次第であった。
ウィルから見たあの日の出来事を知ったレイはといえば、机の上に頭を抱えて突っ伏している。
ウェズンが最初レイから聞いた話では、もっとこう、さらっとした感じであったのにいざウィル側から細かく話をされてみれば結構なやつであった。
濁流に落ちた、とレイは言っていた。
いやお前実際自分から行ってんじゃねーか。ウェズンは容赦なく突っ込んだ。
しかもだ。
普通サイズの木を覆うくらいに水位が上昇してるくらいのやべぇ状況でそこにドボンしてるとか、普通に考えてよく生きてたなという話である。
ウェズンやイアからすればここは異世界だしファンタジー要素たっぷりな世界であるので普通の人間の耐久度とかと同じに考えてはいけないと思っているからそこら辺深く突っ込むような事はしなかったけれど。
事故で落ちたみたいな事言っといてお前……そりゃウィルからすれば気に病むわ。
しかもだ。
そこからレイはどうにかして船に救出されていたわけだが、その間ウィルはずっと木の上。レイが無事かどうかもわからないまま。
不安で胸はちきれてもおかしくない。
レイはその後意識を取り戻して既に海に出ていた船の中、父親に頼み込んで島に戻ってもらいウィルを探そうとしていた。
ただ、すぐに船から出る事はできなかったのだという。
嵐の後だ。
船の修理を終えて海に出たのだって、実のところ相当危険な状況であったらしい。なのですぐに島に戻るというのは渋られて、ついでに意識を取り戻したばかりのレイが本当に身体に異常がないか、というのを船医にチェックされて、というそれなりの時間を経過していた。その間に小船で先に島へ行ってウィルを探すようにと父親は部下に指示を出したようだが、その人選がまさかのウィルに対してマトモな感情を持ってなかった相手である。
「えぇと、ちなみにその、部下、とやらは」
ウェズンがとても気まずそうな声で問いかけた。
ウィルの思い出話とやらに出てきたキルシェというレイの兄貴分を名乗っていた奴は死んだっぽいが、その前の二人組はウィルが手を出したわけでもない。ウィルが見つからず、適当に島をぶらぶら移動した後見つからなかったという事で船に戻っていても何もおかしくはない。
「……実はな、ウィルがいなくなった後で、一部の連中が親父の、っていうかうちのルールに背いた事がわかって……粛清されてたんだけどな……」
力ない声で返ってきた答え。
「ああいう連中でも働き手として使えないわけじゃなかったから、あの後人手が少しばかり足りなくなってうちの船もちょっとごたごたが続いててな……」
「まぁ、だろうね。優秀かどうかはさておき人手が単純に足りなくなったらその分忙しくなるわけだし」
全く何もしていないというのならいなくなっても困らなかっただろうけれど、単純にそいつらがやってた仕事が他の人に割り振られる事になれば、負担は当然増える。そこら辺は異世界だろうと何だろうと変わらないんだよなぁ、とウェズンはうんうんわかるー、と頷いた。
レイがようやく島に行く事を許可されて、そうして真っ直ぐウィルがいたはずの巨木へと行った時、既にウィルはいなかった。
その時には既に神の楔で別の土地へ転移したのだろう。
「ウィルがいたはずの木の洞も確認したんだよな?」
「そりゃ勿論」
「でもその時は神の楔なかったんだろ?」
「あぁ。あったら流石に俺だってそこで外に出たって気付く」
レイの言葉におかしな部分はない。
ウェズンと一緒にあの島に行った時、木の洞の中にあった神の楔を見てだからこそレイは驚いていたのだから。
「でも、じゃあ、どうして?」
イアがこてんと首を傾げた。
「大方神の力か何かで一時的に見えなくされていたのでは? 知らんけど」
ある日いきなり神の楔のない土地に神の楔を下ろした理由はわからない。何か理由があったのか、それとも本当にただの気まぐれだったのか。神の考えなどわかるはずがない。
だが、もし気まぐれにウィルを救おうと思ったのであれば。
あの島にいた人から隠れるようにしていたウィルが神の楔で別の土地へ行った後、ウィルを探していた連中が神の楔を見つけるのは少しばかりマズイと思った可能性はある。
仮に見つかったとしても、ウィルがどの土地へ行ったかなんてわからないけれど、しかしウィルの事をある程度把握できていれば、行先を絞るくらいはできるだろう。馴染みのある場所だとか、かつて行った事がある地だとか、そういった可能性を一つずつ試していけばいつかは遭遇できるかもしれない。
相当な時間がかかると思われるが、しかしあまりの運の良さで一発で引き当てる可能性も勿論ゼロではない。
神からすればその可能性を排除するのはついでだったのかもしれない。
本当に、神が手を出したのであれば、の話になるが。
神の楔をレイたちが見つけられなければ、ウィルは未だ島のどこかにいると思われる。しかしどれだけ探したところで見つかるはずもない。実際ある程度捜索して見つからず、これ以上はとなって捜索は打ち切り。レイたちは諦めて島から離れる事になった。
その場合考えられる可能性は、行き違いで今もまだウィルは島にいる、というものだけではない。あの後ウィルも水に落ちてどこかに流されてしまっただとか、はたまた嵐が収まった後で島にいた動物に襲われてしまっただとか、いくつかの可能性が考えられる。
死体が見つかっていないのであれば、生きていると思いたいが流された先でサメあたりに食われただとかの嫌な可能性も当然存在する。
そして、どちらかといえばその最悪な可能性の方がより有り得そうであったし、今の今までウィルはその存在をレイに知らせるようなこともなかった。
幸いにしてウィルはエルフで森の中での暮らしは得意な方だから、万一あの島にいたままだとしても、生き延びている可能性も存在はしていた。
ただ、場所が場所なのでそう気軽に行けるわけでもないし、多少資材があるからといっても、レイが父に頼んで船を出してもらう理由としては弱かった。
今回の交流会でレイが要塞を作るとか言い出したのは、あの島にいく切っ掛けを作る狙いもあったのだ。
まぁ、あんな再会をするとはレイはこれっぽっちも思っていなかったが。




