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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
三章 習うより慣れろ

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かくして敵となる



 あのままだったら間違いなくウィルは死んでいた。

 キルシェだって勿論そのつもりだっただろう。


 では一体どうして……?


 そう思うのは当然の流れであった。


 そしてウィルがようやく呼吸も落ち着いてキルシェを見れば、彼は倒れていた。

 何かがあってバランスを崩し、そしてその途中でウィルから手を離した。だから、持ち上げられるようにして首を絞められていたウィルもまた地面に受け身をとる事なく落ちたのだ。

 ただ、すぐにキルシェが何故そうなったのかを確認するのは難しかった。それよりもまずは息をして、足りなくなっていた酸素を取り込むことの方が余程重要だったからだ。


 もし何かキルシェの身に危険が――例えば毒を持った生物が近くにいただとか――迫ってその結果がこうなった、というのであればウィルも危険である事にかわりはなかったのだが、この島にそういった危険な生物はいなかったと記憶している。もしそういうのがいた、と船員の誰かが言っていたならウィルとレイだけで遊びに行かせるなんて事間違いなくしなかっただろう。

 森の中であればウィルの方が圧倒的に勝手がわかっているとはいえ、それだけで何もかもを任せられると思われていたとは考えにくい。


 それでも何かがあったのは間違いないのだ。


 だからこそ、警戒しながらもウィルはキルシェへと視線を向けて、そこでようやく彼が死んでいる事を理解した。


 キルシェの右のこめかみよりちょっと上のあたりから、左胸の心臓にかけて正直ちょっとどころでなくエグイ角度でそれは突き刺さっていた。


「神の……楔……?」


 幾分か細く思えたが、それは確かに何度も見た事のある物と同じであった。

 一見すると槍のように見えなくもないそれは、そこかしこの町や村、果ては遺跡の近くであったり街道の途中にぽつんと存在している。

 思い返せばウィルの故郷であった森の近くにも、確かにそれは在ったのだ。


 神の楔は遥か昔に神が世界を隔絶させるために世界各地にばら撒いた物。だがしかし同時にそれを使えば別の神の楔の元へ一瞬で転移できるというとんでもない代物でもあった。


 転移の術というのは、基本的に自分が行った事のある場所に限る。行った事のない場所に転移するとなると、成功率は途端に落ちる。当然だ。本当にあるかどうかもわからない未知の場所と同じようなものなのだから。


 例えば岬の先から見える隣の大陸。そこに大陸がある、とわかっていたとしてもそこに直接行った事がなければ、転移しようとしてもギリギリ大陸の先端近くに出る事ができればいい方だ。

 大陸そのものがどうなっているかもわからずに内陸へ行こうとしたとして、転移先は湖のど真ん中でした、だとか火山の噴火口がある場所でした、だとか、そういう事は平気で有り得る。


 あの大陸にはこういう町があって~なんて人からの伝聞であっても、自分で直接行った事がなければ明確に術として発動させてもイメージがあやふやすぎて辿り着ける可能性はとても低いのだ。思い描くイメージが似た今自分がいる場所の近くに間違って出る可能性の方が高い。

 それに本当にあるかもわからない場所への転移というのは魔力消費がとんでもない。

 運良く辿り着けたとして、その時点で魔力を枯渇させて衰弱死、なんて可能性も余裕で有り得る事象である。


 そのあたりを考えると、神の楔は圧倒的に過ぎた道具であった。


 行った事のない場所であっても転移可能。

 神の楔に手を触れて、どこに繋がっているのかを念じればある程度の行き先が頭の中にふわっと浮かぶのである。

 まぁ、そこで調子に乗って行った事のない大陸の行った事もない街に行ったとして、無事に帰ってこれるかは別の話であるのだが。


 かつて、そんな便利なアイテムを私物化しようと目論んだ者は勿論いる。

 だがしかし、そう簡単に引っこ抜けるものではないのだ。

 そこまで深く刺さっているように見えずとも、どれだけの力自慢が渾身の力で引っこ抜こうとしても、また魔術や魔法を駆使して引き上げようとしても、神の楔はビクともしなかった、という伝承がある。

 伝承、というか過去に実際やらかしたのだろうな、とは誰もがわかっているのだが、まぁそこはさておき。


 そんな神の楔がキルシェの身体を貫いているのだ。刺さった角度からして、脳の一部と心臓は確実に。

 いくら頑丈な種族の血を引いていたとしても、脳と心臓をやられても平気な人はいない。


 もしあとちょっと位置がずれていたら、死んでいたのはウィルだったかもしれなかった。

 その可能性も勿論わかってはいる。いるのだが……


「神様が、助けてくれた……?」


 少なくともウィルにはそう思えた。


 この世界を滅ぼすと決めたはずの神。

 だがしかし、それでも時折気まぐれのように人に対して救いをもたらす事はまことしやかに囁かれていた。

 けれども誰もが自分には関係のない事だと思っていた。

 そういった話が噂として存在するとはいっても、神に救われたという人が身近にいなかったので。だからこそ、噂として存在していてもそれは誰かの願望で、そうであって欲しいという願いなのだと思われていた。


 だがしかし、ウィルの目の前には神の楔によって事切れたキルシェの姿がある。


 自分を殺そうとしていた相手。

 その相手が、神の手によって殺された。


「神、さま……」


 ぽろり、と知らず涙が零れ落ちた。

 それは決して感動してだとかではない。

 だが、赦されたのだとウィルが思うには充分だった。


 殺されたって仕方がないと思っていた。

 だが、生きろとばかりにウィルは助けられたのだ。

 生きていていいのだと、赦されたのだと。

 そう思うには充分であった。


 これが本当に神の御業であるかはどうだっていい。

 もしかしたらただの気まぐれでこの島に神の楔を下ろしただけかもしれない。そこに誰がいようと神にとってはどうでもいい程に些末であったとしても。


 その日、ウィルは確かに救われたのだ。



 神の楔はその後、ゆっくりと動いた。キルシェから抜けた後は、ふわりと重さを感じさせない動きで宙へ浮き、そうしてウィルが隠れていた木の洞へ吸い込まれるようにしていく。

 それを目で追っていたウィルは、導かれるように再び木の洞へ行くべく巨木を登っていく。


 神の楔があるのならば。

 あの船に戻らなくてもいい。

 この島から出る方法が唯一あの船だけであったなら、それこそ許されずとも額を地にこすりつけてでも乗せてもらわねばならなかった。もしくは、見つからないように忍び込むか。

 しかしあの船の大半は海賊であると同時に盗賊でもある。

 そんな連中の目を常に欺き続けるというのは中々に難しい事だ。


 けれど、神の楔がここにあるのであれば。

 あの船に戻る事などしなくてもいい。


 自分のせいでレイが死ぬかもしれないと思っていた。

 キルシェの言葉でレイが生きているのだろうと理解はした。

 けれど、では、キルシェの前に自分を探しに来たであろう奴やキルシェをここに寄越したのは、レイだという事になる。


 助けに来た、という感じではなかった。


 やはり自分は見捨てられたのだ、と思ってしまった。


 レイはあの濁流に身を投げる前、待ってろと言った。

 最初に来た二人組はこちらに気付く様子はなかったけれど、キルシェは。

 間違いなくウィルを殺すためにやって来た。

 そしてそれはレイの差し金であるとも。


「なんで……?」


 わけがわからなかった。


 一体、いつから。

 濁流に身を投げる前からそうするつもりであったのだとしたら……?


 わけがわからなくて頭がぐちゃぐちゃになりそうで、心がもやもやした。


 こんな状態で勢いだけでレイのところへ行くわけにはいかない。最悪死んでしまうかもしれないのだから。

 レイが生きているなら、自分が殺したと思う必要はない。ない、のだけれど……


 縋るように、ウィルは神の楔へ手を伸ばした。そうしてそっと、まるで迷子が母親を見つけて、その手を掴むようにして触れる。

 今のウィルに必要なのは、とにかく落ち着くための時間であった。


 落ち着いて、少し休んで、それからじっくりとこれからの事を考えるべきだ。


 けれど目を閉じても思い浮かぶ場所は今までレイと行った場所ばかりだ。

 今からそこへ転移したとして、すぐにレイと遭遇するような事はないとわかっている。いるのだが、それでもかつての楽しかった思い出がある場所で落ち着いて今後の事を考えられるか、と聞かれると自信はなかった。


 どちらかといえば故郷の森のような場所。

 故郷そのものを望まなかったのは、そちらにはそちらで思い出があるからだ。


 落ち着いて考えるにしても、そういった場所ではきっと余計な事まで思い出してしまいそうで。



 神の楔で転移できそうな場所がいくつか浮かんだが、具体的にそれがどこの大陸なのか、とかどんな場所なのか、だとかもわからないまま、ウィルはとにかく勘だけで行き先を選んだ。



 果たして、選んだ先はウィルにとっての当たりであった。



 広大な森林の近くにぽつんと存在している、旅人たちの休憩小屋のような場所。

 しかしこんな場所に人が訪れる事が果たしてあるのだろうか、と思えるような場所。

 実際小屋の中は誰かが利用した形跡なんてこれっぽっちも残っちゃいなかった。


 そこがミゼール大森林である、と知ったのはその中に集落を作り暮らしているエルフと遭遇し、聞いたからだ。そうでなければ自分がどこに転移したのかを知るまでもう少し時間を要しただろう。


 顔は一切知らないけれど同族であるという事で、集落暮らしのエルフはウィルを受け入れてくれた。

 外の世界でちょっと疲れちゃって……なんて言えば、まぁゆっくりしていけと温かな言葉と食事を分け与えてくれた。ついでに寝泊まりする場所も。


 そこでウィルを構ってくれたエルフに固有名詞は出さないようにしてぽつぽつと自分の境遇を話したのは、集落の世話になってそこそこの時間が経過してからだ。

 何度も同じような事をぐるぐる考え続けて、自分の中で明確な答えがでなかったから、気持ちの整理をするついでに誰かの言葉が欲しかった。それが肯定であっても否定であってもどちらでもよかった。


 話を聞いてくれたエルフは、否定も肯定も特にしてはくれなかったけれど。


「でもそれ、アナタが罪悪感を抱く要素ある?」


 と疑問は口にした。


 てっきり自分が何かしたからあんな事になったのだと思っていた。

 あの時、レイからもらった指輪を咄嗟に追いかけようとしなければレイは濁流に飲み込まれる事はなかったのだから。けれど、ウィルがレイに行ってきてと頼んだわけではない。

 レイが自分から行くと言い出したのだ。

 そういう風に仕向けたつもりは勿論ない。レイが何も言わなかったら、あのままウィルは自分が飛び込んでいただろう。


 もしあの時点でウィルの事をどうにかするつもりであったなら、あのまま見送れば良かったのだ。


 船員から嫌われるような事を自分がした覚えもない。

 手伝いだってしていたし、あの船の中で自分一人だけが客のつもりでいた事は一度もなかった。

 そりゃあ、自分の身体は大きくもないから力仕事などは向いていないけれど、迷惑であるなら船を下りろと言えばよかったのだ。そうしたら、自分はお別れは寂しいけれど仕方がないと割り切って、きっと別の土地を旅するように移動していた。



 自分が考え続けた結果、本当にわけがわからなくなりつつあって。

 そして話を聞いてくれたエルフの素朴な疑問に。


 ウィルはそれはそうだな、なんて一瞬でも納得してしまったのである。


 だって!

 自分のせいでレイが死んでしまったと思っていたけれど、キルシェの言葉から生きてるっぽかったし!

 もし大怪我とかしてたらそれはそれでウィルのせいかもしれないけど!

 でも、あの時濁流に飛び込んでったのはレイだもん!!

 それにウィルに待ってろって言ったのレイだし!

 そのレイに言われてウィルの事探しに来たってのがあいつらってどういう事!?

 明らかにこっちを害そうとしてた!!


 もしウィルに何か不満があったとしても、だったらまず口で言え!!


 そんな風に今までうじうじ悩んでいた反動か、ここにきてウィルの怒りの導火線に火がついて、しかもそれは一瞬で爆発してしまった。


 そうだよ、普段思った事ほとんどズケズケ言ってたんだから、何か不満があるなら言えばよかったんだ。

 レイへの接し方・態度に問題があるなら言ってくれればこっちだってそこら辺の線引きはした。

 それ以外に不満があったとして、もう一緒に行動したくないのであれば悲しいけれど船を下りる事だって受け入れた。

 でもそういうの一切何も言ってなくて、いきなりあんな事されたらそりゃあこっちだって怒ったっていいんだ、と今更のように思ったのだ。


「そっか、そうだよね。うん、ウィル、これからちょっと色々頑張ってレイにふくしぅする」


 力強く宣言したウィルのその目には、強い意志の光が宿っていた。



 ――これが、ウィルがレイを敵視する事になった一連の出来事である。

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