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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
三章 習うより慣れろ

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懺悔と自己保身



 少なくとも。

 あの時ウィルがあの男たちの前に現れたとして、そんな怪しげな薬を飲まなきゃ何も問題はなかった。


 喉乾いてないか? なんて言われたところで、ウィルはその時点で魔術を使えたし水を出す事だってできた。だから必要ないと断る事は容易であった。

 それに、相手はたった二人。

 とりあえず隙を突いて魔術で相手を無力化して、それから話をする事も可能であったのだ。


 ただ、すべてにおいてタイミングが悪かった。

 前日にレイがいなくなってしまっている。それも自分のせいで。


 そして、そこから時間が経過して嵐は通り過ぎたけれどウィルはレイの安否など知る由もなかった。


 もう少し冷静に考える事ができていたならば。


 あの男たちの坊ちゃんが止める事はない、という言葉を別の意味に捉える事だってできたはずだった。


 レイが死んだとは思いたくない。

 でもあれだけの濁流で、しかもウィルがいる巨木よりも小さいとはいえ木々がすっぽり隠れるくらいの水位。どう考えても水の中の障害物が多すぎる。

 レイがいくら泳ぐのが得意だと言ったって、無事で済むはずがない。


 信じたくはないけれど、死んでしまったと考えるのが濃厚な説であった。

 だから、まぁ、あの二人の言葉は坊ちゃんが止める事はない、というよりは止める相手が今いない、という意味で受け取るべきだった。


 けれども死んだなんて絶対に認めたくないウィルは、レイが既にあの船に救助されたのではないか? とも思ってしまった。むしろそっちの方が望むところであった。

 だがしかし、そうなるとあの男たちの言葉の意味は、本当の意味でウィルがどうなったって止める事はない、と受け取れてしまう。


 何を信じていいのかわからなかった。


 そもそも、もし無事であるならここに真っ先にレイが来るはずだ。


 じゃあやっぱり無事じゃなかった……?


 ロクでもない内容の会話をとても和やかにしながらも、男たちは湿った地面を踏みしめて移動していく。ウィルに気付く様子はなかった。


 ただ、男たちの言葉がぐるぐると頭の中を巡っていく。


 せめてあの男たちにレイが無事であるかを確認していれば、もしかしたらこうまで悩む必要もなかったかもしれない。


 けれども、何もかもを信じる事ができなくなりつつあったウィルは、あの二人が怪しげな薬を持っているのはともかく、他に何か――こちらを無力化するような――厄介な物を持っていないとも限らない。

 油断さえしなければあの二人程度ならウィルが遅れを取る事はなかった。本来ならば。

 けれどもウィルのメンタルはボロボロの状態で、マトモな判断力も低下していた。あの二人をしばき倒して船に戻ってレイの安否を確認してさえいれば、きっと年単位で拗らせる事もなかったはずなのだ。

 だがしかし、そんな事この時点でのウィルが思いつくはずもなく。


 ただひたすらにじっと身を潜めて、男たちの姿が見えなくなるのを――声が聞こえなくなるのを――待っていた。



 そうして男たちの気配が消えたあと、更に数時間ほど待っていれば、事態は好転していたのだが。



 ウィルはずっと洞の中に隠れているつもりはなかった。

 またあの男たちが戻ってこないとも限らない。

 そう思って、のろのろとした動作であったが仕方なしに木から下りる事にした。


 あんな事を考えてましてや実行しようとしているかもしれない奴がいる、という事実にどうしていいのかわからなくなりそうだった。

 このまま船に戻って、レイの父に頭を下げたとしても。

 息子を失った事で何らかの報復をされないとも限らない。レイの父にとってあくまで大切なのは息子であるレイであり、その友人であるウィルはレイと仲良くしているから一緒にいる事を許しているだけでレイがいなくなったなら今までと同じ扱いである事などないだろう。


 それならいっそ、こっそりあの船に忍び込んで適当な陸地に着いたらこっそり抜け出して、そうして行方をくらました方がいいかなという考えがよぎる。

 自分のせいでレイを失うような事をしたくせに、その謝罪もせずに……と思うのだが船員たちの先程の言葉を思い返し、もし、レイの父があいつらに処分を任せるなんて言い出したら……とも思ってしまった。


 自己保身と言ってしまえばそれまでだ。


 謝らなければ……と思う気持ちのあるのだが、しかし同時に恐ろしくもあった。これから自分はどうなってしまうのだろうか、と。


 それでも、この島から離れる事だけはしないといけない事だ。

 船に乗り込む機会を失ってしまえば、当面この島での生活を余儀なくされるし自力で他の大陸へ行ける程の船をつくるにしたって相当な時間がかかるだろうから。


 あの男たちが船に戻る前に忍び込む事ができれば大丈夫だろう……


 そう思って、ウィルは気が進まないながらも地面に降り立ち思った以上に湿った地面に足をとられそうになりながらも移動を開始した。

 恐らく船があるのは修理する時に停めていた場所とそこまで変わらないはずだ。だからこそそちらを目指そうとして――


 刹那、とても嫌な予感がした。


 咄嗟に魔術で身を守ろうとしたのは間違ってはいなかったと思う。

 自身を覆うように張った障壁。透明の壁でもあるそれは、しかし次の瞬間ギギギと嫌な音を立てる。

 目に見えない透明な壁がそんな音を立てている。そこにそんな物があると思わなければ、突然おかしな音が出たくらいの驚きはあっただろう。

 だがしかしウィルはその音が障壁に何かがぶつかっている音だとわかっていたし、ついでにその音の発生源も視線は既に捉えていた。


 曲刀。


 カーブを描いた刃が障壁を切り裂かんばかりに突き刺さろうとしている。そしてその先には、勿論その曲刀を持つ手が存在している。

 そこから徐々に視線を向けていけば、ウィルにとって見知った顔があった。


「よぉ、やっぱ生きてんじゃねーか。クソが」


 普段は自分に興味の欠片も持っていないような目しか向けていなかったそいつは、しかし今では忌々しいとばかりに嫌悪と殺意を混ぜたような目を向けている。


「……キルシェ」


 その名を呼ぶも、不機嫌そうに目を細められただけだった。


 彼は、レイの船に乗る一員であった。レイよりも年上で、兄貴分だと言っていた。

 とはいえ、レイ本人はキルシェの事を兄貴分だと思ってはいないようだったが。


 ウィルが来るまでは、レイは年の近いキルシェと行動を共にしている事が多かったらしい。

 らしい、というか恐らくはお目付け役か、それとも護衛のようなものか。そういう感じでレイの父か船に乗る古参あたりに言いつけられていたのだと思う。


 レイの口からキルシェの話が出たのは数回程度だ。

 年が近いから今まではよく一緒に行動してた、とかそういう当たり障りのない話。

 それなら、自分とレイが遊びに出る時に誘わなくていいのか、と聞けばレイは別にいいんじゃないか? と乗り気ではないようだった。

 子守なんて面倒だろ、とかたまにはゆっくり羽伸ばせばいいんじゃないか、だとか。


 その時のウィルはそういうものかな、で納得してしまったが、今思えばアレはどういう意味を含んでいたのだろうか。


 言葉通りに気遣っているのであればともかく、何というかそういう風に気遣っているように見せかけて遠ざけているようにも思える。そう思うのも今こうして目の前に敵意全開で攻撃を仕掛けているキルシェがいるからなのだが。


「どうせなら死んでりゃ良かったんだ。そしたら、全部丸くおさまったのに」

「え……」

「お前がいなきゃ、俺があいつと離れる事もなかった」


 それでなくともウィルの思考能力は昨日から大分低下している。

 だからこそ、その言葉の真意を探る余裕はなかった。


 確かにウィルと二人で島の中を遊び回っていた。だが、もしウィルがいなければ間違いなく一人で行動するのは咎められただろうレイは、きっとキルシェを伴っていったはずだ。

 もし、昨日。

 レイと共にいたのがウィルではなくキルシェであったなら。


 きっと、あんなことにはならなかった。


「てめぇのせいだ」

 未だ障壁に曲刀をぶつけながら、キルシェは言い放つ。

「かえせよ」


 そのかえせ、がどういう意味を持つものなのか。

 冷静に考える余裕などウィルにあるはずがない。

 お前のせいで死んだレイを返せ、少なくともウィルはそう受け取った。

 そうだ、自分のせいで……


「あ、ご、ごめ……」


 悪いのは自分で、だから謝ろうとして。


 けれど言葉は最後まで出てこなかった。

 更に強い力でキルシェが障壁に攻撃を仕掛ける。そうして刃は障壁を僅かにではあったが貫いて、そこからまるで出来の悪い缶切りで無理矢理切断するように切り開いていく。ギッ、ギィッ、と嫌な音が耳に酷くうるさかった。


 向けられているのは敵意なんてものじゃない。完全なる殺意であった。


 このままでは間違いなく最終的に自分は死ぬ。


 レイを死に追いやったのであれば、それは仕方のない事なのかもしれない。

 それが自らに与えられる罰だというのであれば。


 けれども、本当にそうだろうか? という疑問も生じていた。

「お前の事は最初から気に入らなかったんだよ……ッ!!」


 レイの敵討ちにきた、というのであればまだ、ウィルもそれを受け入れたのかもしれない。

 けれどキルシェのその言葉で、レイのためというよりは完全に私怨である事が窺えてしまって。


 もしここでキルシェに殺されたとして。

 きっとウィルの死は彼にとって都合のいいように改竄される。

 それならまだ、いっそ、自分でレイの父親に会って伝えるべきではないか?

 行きつく先が同じならなおの事――


 ここで、死ぬべきではないのではないか?


 そう思ったからこそ、ウィルは抵抗の意を示した。

 まさか物理的に切り裂かれそうになっているとは思わなかった障壁を消すと同時にキルシェから距離を取るべく後ろへ跳んだ。障壁の抵抗が消えたからか、一瞬だけ力が入りすぎてバランスを崩しそうになったキルシェであったがすぐさま持ち直した。素早い身のこなしでそうしてウィルへ接近し、手にした曲刀を振るう。


「っ、ぁ……」

 どうにか躱したが完全にというわけにはいかず、頬にビリッとした痛みと火傷でもしてしまったのかと思うくらいの熱を感じる。


「いちいち避けてんじゃねぇよ。最終的にてめぇは死ぬんだからさぁ……

 あと、さっさと終わらせてカシラに報告もしないといけないし、やる事まだ一杯残ってんだよ。早く死ね」

 どうにかして距離をとって魔術を、と思った矢先にぬかるんでいた地面に足をとられバランスを崩したウィルの足を、キルシェは容赦なく踏みつけた。キルシェはレイよりも更に身体が大きく、ウィルと並べば間違いなく親子にしか見えない。その体格差で容赦もなく足を踏まれ、脛のあたりから鈍い音がする。


「あ――」

「うるせぇよ」


 痛みに悲鳴を上げるよりも先に、キルシェの手がウィルの首に食い込んだ。

 片手であっさりと掴みあげられ、ギリッと力がこめられる。

 上げかけていた悲鳴は結局音にならず空気だけが漏れる。


 殺される事への恐怖というよりは、首を絞められ呼吸がままならない事からの生理的な反応であったと思うが、しかしウィルの目に涙がにじんだ瞬間キルシェの表情は更に不機嫌そうに歪められた。


「なぁ、時々詠唱なしで魔法? 発動させてたよな。それって今でもできんの?

 それとも、こうやってたら発動ってできなかったりすんの?」


 そういったものの使い方を教わった事すらないキルシェからすれば、魔法も魔術も区別はつかないらしい。不思議そうに問いかけてきているが、ウィルからすればそれどころではない。確かに無詠唱で発動させることができないわけじゃない。けれども術を発動させるにはどういったものを発動させるか、というイメージやそれを実行させるための集中力が必要になる。

 首を絞められた直後であれば、まだ戦いに慣れているものならすぐさま術を発動させるくらいはできたかもしれないが、この時のウィルはそこまで戦闘という行為に慣れていたわけでもない。

 今から術を発動させようとしても、恐らくはきっと、形になりそこねた魔力だけが放出されて瘴気が発生するだけだろう。


「ふぅん、無理そうだな。いやさ、ぶち殺そうと思ってるのは今もそうなんだけど。でもお前一応エルフじゃん? そういや他の連中がなんか言ってたよなって思ってさ。でも抵抗できる力があるなら問題だ。抵抗できないなら連中の玩具にしといて後は勝手に……ってなぁ」

 ウィルの小さな手が首にかかっているキルシェの手をどうにかしようと藻掻くが、恐らくは子猫が抵抗するくらいのささやかなものなのだろう。キルシェの手はびくともしなかった。それどころか余計な抵抗をするなとばかりに更にきつく締めあげられる。


「どうする? 助けでも呼ぶか? 誰が助けてくれるって話だけど。

 そもそもてめぇを助けてくれる奴がいるかって話だよな。仮にこの場に他の連中がいたとして、俺たちの船の連中なら一体どっちの味方するだろうな?」


 息ができない。

 目の前が白く霞んでくる。


「レイはどうだろうな? ま、俺をここに寄越したのはあいつなんだけど」


 その言葉だけは、意識を失いかけていたウィルでも理解できた。


 生きている!!


 レイが、生きている。

 それは良かったと思えるものだ。

 だが――


 では、キルシェがこんな事しているのは、つまり――


 どう足掻いても外れそうにないキルシェの手を最後にひっかくようにして、ウィルは手に力を込めた。


「無駄な抵抗を――ぉ?」

「かはっ!?」


 ぐらり、とキルシェの身体が傾いでいく。同時にゆっくりとだが首にかけられていた手の力が緩み、ウィルはようやくマトモに呼吸ができるようになった。

 何度か咳き込むようにして酸素を送り込む。地面にどさりと座り込む形になってどれくらいそうしていただろうか。ようやく落ち着いてきたところで、ウィルはキルシェへ改めて視線を向けた。


 彼は、死んでいた。

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