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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
三章 習うより慣れろ

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タイミングが最悪



 飛び込む勇気は持てなかった。

 黒く濁った水。底も見えない。折れた木が流れていくのが見えた。

 あんな所に落ちたら。飛び込んだら。

 間違いなくウィルはすぐに泳げなくなってあっという間に沈んでしまうだろう。


 けれど、レイは飛び込んでしまった。


 どうしよう。どうしたら。


 悩んだけれど、それでもやっぱり後を追うという勇気はでなかった。

 自分のせいでレイが死んでしまったかもしれない。

 そう思うと、やっぱり自分も行くべきでは。そう思うのだが下を見ると身体が竦んでどうしたって上手く動いてくれなかった。

 魔法や魔術を使ったとして、こんな大自然の暴力的な状況をどうにかできるとは思えなかった。

 親が教えてくれた魔術は、そもそもこんな大自然の暴走をどうにかできるようなものではない。

 あくまでも生活をちょっと便利にできるかもしれないような、そんな平和的なものばかりだった。


 どうしていいかわからずに、ウィルはぼろぼろと涙を零しながらどうにもできなくてただひたすら洞の中でじっとするしかできなかった。


 船の皆になんて言おう。

 謝ったところで許してもらえるはずなんてない。


 長く生きていると言ってもウィルはエルフの中ではまだ幼い方で、だからこそこんな時どうするのが正解なのかわからなかったのであった。


 ごうごうと音を立てて流れていく濁流も、ざあざあと引っ切り無しに降り注ぐ大雨も、時々聞こえてくる雷の音も。

 何もかも全てがウィルを責め立てているように聞こえてしまって。


 思わず大声を上げて泣きじゃくったけれど、その声が誰かに届く事はなかったのである。



 ――泣きつかれて眠るだなんて、普段ならそんなことをしてしまったとなったら、もう子供じゃないのに、なんて言って誤魔化すように笑っただろう。

 けれどもウィルは笑えなかった。

 誤魔化すような笑みを浮かべたところで事態が変わるはずもない。

 泣きじゃくって、その後寝落ちしていたなんてとんだ失態であるけれど、いっそその前にあった事全部が夢であったら良かったのに……なんて思いもした。

 けれども目を開けてぼんやりする視界がハッキリするまでの間、周囲を見回したところで自分の近くにいつもいた少年の姿はない。


 嵐は収まったのか、上からはかすかな光が降り注いでいた。枝葉に遮られているから広がるような青空なんて見えはしないが、それでもとっくに天気は晴れたのだろう。鳥の鳴き声がそこかしこで聞こえている。


 いつもであれば、綺麗な声だなんて感想を抱いたかもしれない。聞いた事ない鳴き声だ、どんな鳥かな、とか思ったかもしれない。

 地面へ視線を向ければ、あれだけ酷かった濁流の痕跡はほとんどなく、しいて言うなら地面に流れてきたであろう木だとか岩だとかがあったけれど、そこまでの変化はなかった。

 これならどうにか地面に下りる事はできそうだ。

 そう思って、ゆっくりと身体を動かす。

 洞の中で身を縮こませていたからか、ギシギシする。

 洞から枝へ移動して、改めて地面へ視線を下ろす。


 思えば随分な高さだった。


 落ちたら痛いじゃ済まないのは言うまでもない。魔術で衝撃緩和すればどうにかなるとは思うけど、このままここから地上へ向けてすとーんと下りようとは思わなくて。


 木の幹にしがみつくようにして下りようとしたけれど、レイはするすると苦もなく移動できていたがウィルはそうもいかない。下りる時もやはり魔術でちょっと身体浮かせた方が……


 最悪な目覚めだったからか、頭が上手く働かない。

 そうでなくともレイの事を考えたら、とても気が重かった。どうしよう。自分のせいだ。

 そういえば船はどうなったんだろう。そろそろ修理が終わるとは言っていた。

 でも、こんな状況で自分一人船に戻るだなんて、できるはずがない。

 けれど、ずっとここにいるわけにもいかない。この島に神の楔は存在していないらしいし、そうなるとここを出るには船に乗らなくてはならない。

 自分一人でそこらの木を切って船を作るのは、まず無理だった。魔法や魔術を使ったからとて、出来る事と出来ない事がある。


 事情を説明して、謝って、どうにか他の土地に連れてってもらって、そこで下りる――なんて考えてみたが、正直謝った次の瞬間にタコ殴りにされてもおかしくはない。いや、それでも、自分のせいでレイが死んだかもしれないとなれば、それくらいは仕方のない事なのかも。

 レイの父は普段声を荒げる事はあまりなかったが、それでも怒った時はとても怖かった。

 なんだか目の前に大きな肉食動物が今にも牙を突き刺さんばかりに存在しているような、そんな雰囲気すらあった。

 怒られていたのは自分じゃなかったのに、それでも生きた心地がしなかった。

 だが、今回は怒られるのは自分である。

 そう考えると、あの時以上の恐怖に見舞われるのだろうと思えるし、そう考えただけでひゅっと呼吸が正常にできなくなりそうで、喉の奥から変な音だってした。


 これからの事を思うと、ここから動きたくないなぁ……という気持ちも芽生えてしまって中々木の上から下りる事ができなかった。時間が経過すればするだけ、事態もまた悪化していくというのは頭ではわかっているのに、それでも中々動けなかった。


 長い長い葛藤の末、よし! 行くぞ!! と己を奮い立たせてようやく行動に移ろうとした時であった。



「まったく……なんでわざわざ探しに戻ろうなんて言い出すかねぇ」

「まぁそういうなよ。坊ちゃんの友人だろ」

「友人ったってよぉ……」


 ウィルの耳に、人の声が届く。まだ距離はあるけれど、それは確かに地面を歩いて移動しながら会話しているようであった。


「うわ、結構地面が酷い事になってんな……」

「まぁ、あれだけの嵐で一部水の中に沈んだみたいになってたもんなぁ……」

「船が直ってなかったらどうなってた事やら……」


 声と一緒に聞こえてくる足音は、確かにちょっと湿地帯を歩いているような感じである。

 ウィルがいる場所の地面も、嵐の時にかなりの水が流れていたからそれらがなくなったとはいえ地面の色はじっとりと湿った色をしていた。

 巨木周辺に生えていた木もすっかり水に覆われていたが、そちらは案外問題なさそうに存在している。嵐が来るたびに枯れるようであれば、そもそもここいら一帯に木なんてあまり生える事はなかったのかもしれない。


「でもよぉ、あんだけの嵐で、無事でいられるものかね?」

「まぁそう言うなよ。エルフなんだろ? じゃあ何かすっごい魔法とかで案外無事だって」

「エルフったってなぁ……」


「なんだよ」

「や、エルフってもっとこう……美形揃いって話だろ」

「あいつもまぁ顔は整ってるだろ」

「整ってるけどよぉ、あんなちんちくりんじゃなぁ……」

「そのうち成長するだろ」

「つっても、もう百年以上は生きてるんだろ? それであのちんちくりんはなぁ……」


 アテが外れた……なんて呟きもウィルの耳はしっかり捉えてしまっていた。


「あーあ、折角相手してもらおうと思ってたのにアレじゃあと何年したらマトモに成長するんだって話だよ。オレの方が爺さんになっちまう」

「おいおい、何考えてるんだお前。いくらなんでもそれは」

「でもよぉ、エルフって聞いたらお前だってちょっと期待しただろ?

 せめて一晩だけでも……って」

「そ、りゃ、まぁ……? けどあんな見た目子供じゃ流石に」

「おう。ところでさ、この前行った町で魔女の婆さんからこんなの買ったんだけどよ」

「なんだよそれ」

「成長薬」

「成長薬ぅ?」

「そう。これを飲ませれば一時的にだけどある程度成長するっていうやつ。もしオレらが最初に見つけたらさ、これアイツに飲ませてみようぜ」

「ホントに効果あんのかぁ?」

「何もなかったらその時は栄養剤だとかで誤魔化せばいいだろ。でももし成長したら」

「お前……よくそんな事考え付くなぁ」


「仕方ないだろ、船にいる女なんて大抵誰かの奥さんだし。流石にそっち口説くわけにもいかないだろ」

「だからって」

「どうせ坊ちゃんは知らないし、仮に実行したとしてあいつだってこんなこと軽々しく言えないだろ」

「それはそうだろうけど」


「今ならこの辺り捜索してんのオレたちだけだし、余計な邪魔は入らないだろ。坊ちゃんだって捜索するどころじゃなさそうだしな」

「どうせならさ」

「ん?」

「もし見つけて楽しんだ後、これ飲ませておかないか?」

「なんだよそれ」

「この前立ち寄った村で怪しげな魔術師が売ってた薬」

「なんでそんなもん買ったんだよ」

「や、生き物を小さくするって言われてさ、持ち運びに便利そうかなって」

「つまり? 楽しんだ後にそれ飲ませて? 小さくして船に持ち帰って? で?」

「次の町かどっかで売り払って証拠隠滅できないかなって」

「奴隷か? まぁエルフなら高く売れるか……」


「お頭もさ、最近ちょっと羽振り悪い感じするし、小遣い稼ぎにどうかなって」

「はは、お前頭ん中イカれてるって言われないか?」

「お前に言われたくないな」


「ま、どうせ坊ちゃんが止める事はないから、今がチャンスっていったらそうなんだよな」

「そうだな。やー、ホント見つかるといいんだけどなー」



 会話は、とても軽やかに行われていた。

 世間話でもしながらのんびりと散策している、と言われればまぁ内容さえ聞こえなければ納得しただろう。


 けれども。


 ウィルは思わず木の洞へと姿を隠していた。枝の上にいたとして、あいつらが上を見上げたとしてそう簡単に見つかるとは思っていないけれど。

 だがしかし、聞こえてきた内容は。


 ウィルの見た目がまだ幼いとはいえ、それでもそこらの人間よりは長い年月を生きていた。

 だからまぁ、そういった事に関する知識はある。

 あるからこそ、あいつらの言っている内容を理解できてしまった。


 自分がそういう目で見られている、という事を今まで考えた事はなかった。

 こちらの意思を完全に無視したそれに、何とも言えない不快感が渦巻く。


 まだウィルの親が生きていた頃、エルフをそういう風に扱おうとする人間がいるというのも話には聞いていた。けれども、実際に遭遇する事はほとんどなかったのだ。

 ただちょっと、レイと出会う前に、生きるための糧すらなくてその糧を得るためにウィルを捕えて売ろうとしていた村はあったけれど、それとこれとは別に思えた。


 あの村の人たちは生きるために必死だった。

 そこに、それなりに高く売れるかもしれないと思える奴がふらっとやってきたのだ。藁にもすがる思いだっただろう。

 けれども今のは。

 今のは違う。


 結論から言えばウィルはあの男たちの前に姿を見せる事はなく、じっと息を潜めていた。


 ただ、この時のウィルは少なくともマトモな状態ではなかった。

 自分のせいで濁流へ飲み込まれてしまったレイ。

 そして今しがた聞こえてきた会話。

 奴らのふざけた行動を、坊ちゃんが止めることはないと言っていた。


 マトモな判断力は欠如していた。

 だが、それでも。


 ウィルは、レイに見捨てられたのだと思ってしまったのである。

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