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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
三章 習うより慣れろ

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セルフフードファイト



 このあたり海流とか潮の流れとかまぁ色々あっていろんな魚が獲れるんだよな、なんて言いながらテラが真っ先に海から獲ってきた獲物は、魚ではなかった。


 テラの身長を遥かに超える巨体。

 先日ウェズンが乗せてもらったレイの船だって一口で丸のみできそうなくらい大きなその姿は、一言で言えば怪獣……いや、海獣と呼ぶべきものだった。


 海は瘴気汚染が低いからか魔物はほぼいない。時折魔物が発生したとしても魔物が成長するための瘴気がそもそも少ないので弱いままだ。では、海は平和なのかと問われればそうでもない。

 海には海の生態系が存在し、雑魚い魔物なんて敵ではないとばかりな魚や海獣はわんさかいる。


 凄まじい速度で泳ぐ魚の体当たりを食らい敗れる魔物も中にはきっといるのだろう。その瞬間を目の当たりにした事がないのであくまでも想像でしかないが。


 浅い海ならそこまで危険な事はない。だが深い海には多くの危険な生物が潜んでいる。


 身一つで海に飛び込んだのなら間違いなくこんなのと遭遇した時点で死を覚悟しそうなものだというのに、テラはなんて事のない顔をしてそいつを仕留めて海から上がってきたのである。


 金管楽器にありそうな形状の捻じれたツノを持つそいつの名をウェズンは知らない。だが、なんとなく図書室の図鑑で見た記憶はあった。海の悪魔、とか呼ばれていた気がする。


「あの、先生、それ」


 食べられるんですか?


 声にならない質問を、テラは正しくくみ取ったらしい。


「美味いぞ」


 にこやかに返される。


「あぁ、話に聞いた事はある。絶品だという話ではあるが、滅多な事では獲れないらしくその味は最早伝承である、とか」

「そうだな。市場に卸せば値はつかない。お偉いさんとか金持ちが率先して飛びついて買うからな」


 限られた者。選ばれた者しか口にする事はないとても希少なモノ。

 普通に生きているだけなら一生に一度口にする事ができればそれはまさしく奇跡なのだ、そう、言われているところもあるのだとか。

 ヴァンの言葉にほへぇ……と間抜けにも口を開いた状態で聞いていた一部の生徒はそろりそろりと様子を窺うようにテラが抱えている海獣を見た。

 抱えているというか、正直どうやって持ち運んでるんだろうという疑問がわく。テラの何倍も大きな巨体なのだ。むしろその重量にその下にいるテラが地面にめり込んでもおかしくはない。


 ウェズンの脳内で、少年漫画にありがちな小柄なキャラが体躯の大きなキャラを倒すシーンが連想される。小柄なキャラの上に大柄なキャラがいるのだが、腹に拳をめり込まされて大柄なキャラは片手で持ち上げられているように見える、といったシーン。

 一見すると小柄で弱いキャラが思わぬ強キャラ感が出る演出の一つ、と考えればわかりやすい。


「お前らも大分頑張ってたからなぁ、俺様も折角だからとちょっと頑張ってみた」


 にこり、と笑って言うその言葉だけを聞けばとても生徒思いのいい教師である。


 とはいえ、これだけの巨体である。美味しい、と言われてもそもそもどうやって調理しろというのだ。


 普通の魚であれば、鱗だとかある程度落として串に刺して焚火の近くで焼く、とかアニメだとかでもよく見かけるサバイバル系調理で問題ないとは思うが、この巨体はどう見てもその調理法は不可能。仮にやるとしたら焚火とか小さすぎるので超絶巨大な火柱でも上げないと無理。


 ちなみにテラが海に飛び込む前においていった道具は完全にバーベキューしますよ、といった感じのものなので、串に刺して火で炙るとかそういうのではなく切り分けて網の上で焼く事になると思われる。


 ところでどうでもいいが海から上がってきたテラは即座に魔術で乾燥させたらしく、髪も服も一切濡れていなかった。


「えっと……これ、どうすればいいんですか?」


 切り分けるにしてもだ。

 そもそも普通の魚なら包丁だとかナイフがあればどうにでもなる。だがしかしこの海獣、包丁一本で解体できる気がまるでしないのだ。大きすぎて。

 家庭で使われている包丁がおままごとの玩具に見えるサイズ。マグロの解体ショーなどで使われている包丁もそこそこ大きいというか長いというか、まぁ、サイズに見合った、とでもいうべき形をしていたけれど、こいつを解体するとなると自分の身長よりもさらに長い刀だとかでもないと無理なのではなかろうか。そう思えるくらいのサイズである。


「どうって、焼くのにまずは解体しないとだろ。まぁ俺様に任せろ。今回はお前ら労わる感じのやつだからな。お前らは網で焼いて食べるだけでいい」


 流石に全員分をテラ一人で焼いて、というのは無理があるのでそこら辺は自分でやるのはわかるが、これだけの巨体をテラ一人で解体する、と言われても困惑しかしない。


「えっ、あの、それは大丈夫なやつですか……?」

 解体を失敗する、とは思っていない。ここまで自信たっぷりに言っているのだ。であればテラはできるのだろう。この男基本的に自分で出来ない事は出来ないとキッパリいうタイプなので。


 ウェズンが心配したのはどちらかといえば時間である。


 料理初心者が陥りがちな、一品ずつ丁寧に作っていった結果、普段夕飯を食べてる時間を大幅に過ぎても完成しない、という事が前世であった。

 妹が何かの折りに手料理を振舞うと言い出したはいいが、普段料理をしない妹だったので時間配分が疎かだったのだ。

 結果としてご飯は炊飯器が炊いたからあるけれど、それ以外でできているのは味噌汁でメインのおかずは出来上がるまでまだまだ時間がかかりそうだな、となるくらいに時間がかかっていた。


 テラは解体初心者ではないだろうけれど、しかし一人でやるとなればそれなりに時間がかかるだろうなと思えるのだ。この巨体からとれるだろう可食部分に関して心配はしていない。クラス全員分行き渡るだろう。だが、行き渡るまでに果たしてどれだけの時間がかかる事やら――


 という心配は杞憂であった。


 テラは指を軽く動かして――それこそ図形を描くように――魔術を発動させる。そうしてパチンと指を弾けば海獣は一瞬で解体された。


「さ、それじゃ焼いてくぞー。お前ら準備はいいかー?」


 思わずポカンとした顔をしてしまったが、いつまでも硬直したままではいられない。各々網の上に切り分けられた部位を乗せて焼き始めた。



「うっっっっっっっっま……!!」


 焼けた海獣の肉を口にしたウェズンは先程とは別の意味でぽかんとした表情をしていた。


 分厚めに切られた肉は脂がのっていて、しかし余分な脂は焼いてるうちに網の下へと落ちているからそこまでくどくはない。なんだかお高いお肉の味がしつつも、しかし魚肉らしき味もちらほらと感じさせる。

 口の中で溶けるようにしてなくなるので、なんとなく形だけで二、三度噛んだ気がするが正直噛まずに飲み込む事も可能ではないかと思える。

 前世でカレーは飲み物と言われていたけれど、流石に肉は言われていなかったはずだ。だがしかし、この肉は明らかに飲み物と言っても許されるレベル。


 こってりとした味でありながらも、後味はくどくない。

 こってりとあっさりって共存できるんだな……と変なところで納得してしまった。


 後味がくどくないせいで、それこそずっと食べ続けていられそうだと思える。むしろ炊きたての白米とか焼き肉のたれとかが欲しい。絶対もっと美味しくなる。葉物野菜とかで巻いて食べてもいいのでは。海獣のくせに完全に焼き肉食べてる気持ちになっていた。


 焼けたところから次々に口に入れていっているが、全然飽きない。

 ちょっと塩で味付けしたやつとか、リングに収納していた醤油だとか、他の調味料も試してみたけど大抵の調味料と合うせいで一向に飽きがこない。


 見回せば他のクラスメイト達も無言でひたすら食べていた。余計な言葉を発する暇があるならとにかく食べる。そういう執念すら感じられる。


 ウェズンはそんな光景を見ながら、蟹かな? と思った。

 蟹も思えば殻から身を外している時とか無駄口を叩く事なく黙々と作業しがちだったな、と思ったが故の感想であった。


 圧倒的巨体から解体された肉はするするとウェズンたちの胃の中に収められていく。


 いやいくらなんでもこれだけの巨体なんだし、いくら複数名で食べるとはいっても絶対残るだろ……と内心で思っていたが、しかしこのままの勢いで全員が食べ続けていればもしかして、完食できてしまうのではないか……? と思える程に食べ進めるペースは早いし切り分けられた部位はどんどんなくなっていく。


 一体あれだけの量がどこに消えたんだ……いや僕たちの胃の中ですけど、と思いながらもテラを見れば、彼は残りの部位を適当な生徒に押し付けてあと焼いといてくれ、とか言って再び海へ行ってしまった。

 流石に同じ海獣は獲ってこないだろ、と思っていた。というか、海の悪魔だか何だか知らないけど滅多に獲れるものでもなさそうだし、仮に獲れても流石に二匹目は食べきれないだろうとも思う。


 案外すぐに海から上がってきたテラが手に抱えていたのは魚や貝であった。海獣じゃないだけでもホッとする。


 網の上の空いたスペースにじゃんじゃん乗せられていって、ちょうど食べごろみたいになったやつを適当に取り皿の上に乗せられて。

 流石にもうお腹いっぱいですと生徒一同がギブアップしたころには、小さな貝塚ができそうなくらいに貝殻が出た頃だった。


「先生、気分転換はありがたいんです。えぇ、こんなところに連れてこられるとは思ってなかったけど美味しかったし。ただ、あの、気分転換イコールフードファイトではないと思うんですよね……」


 悪気は一切ないのだろうテラに勧められるままに食べてしまったこちら側に一切の非がないとは言わない。断ろうと思えば断る事はできたはずなのだ。

 だがしかし、美味しかったのである。それはもうべらぼうに美味。

 これも美味いぞ、あっ、それもお勧めだ。そんなノリで言われてしまえば、そしていざ食べてみれば本当に美味しかったので、満腹になりつつある胃の事を気にしつつもついつい食べ過ぎてしまったのはテラだけが悪いわけじゃない。


 だがしかし、流石に全員が食べすぎたとこの頃には思っていたし実際動くのも億劫になるくらいになってしまった者もいた。

 ここ数日は要塞だけではなく他の場所の罠を仕掛けるのだとかに時間を費やしていて、食事をとらなかったわけじゃないが最低限腹を満たせればそれでいい、みたいなものばかりであったので。

 美味しい物だけを胃の中に詰め込むような食事は久々であったのだ。


 流石にそろそろ全員の胃は限界を迎えている。なのでこれ以上食べろと勧められても無理だし、それでも尚食べさせるように仕向けられたら最低でも誰か一人の胃が破裂する可能性も考えられた。流石にテラの事だ、そこまではしないだろうと思いたいが。


「そうか、満足したか?」

「そりゃもう」

 全員を代表するようにウェズンがこたえたが、別に誰からも否定の言葉は出なかったので構わないだろう。見れば座り込んで腹をさすっているのが数名、座ると腹に負担がかかるからか、立ったまま深呼吸を繰り返しているのが数名、他はそれなりに普通にしているが、やはり満腹である事は言うまでもなかった。


 連れてこられた時はまだ明るかったけれど、流石にそろそろ日が沈もうとしているし結構な時間滞在していたのだなと思える。

 海の向こうへゆっくりとその姿を隠していく太陽に照らされてオレンジに染まる海とその周辺の空を見ていると、何故だか前世の日曜の夜を連想させられてしまった。

 どのみちここから学園に戻って明日になったらまた作業に戻らないといけないし、概念的には似たようなものだろうか。


「そろそろ帰るんですよね、先生」

 ここに神の楔はない。だからこそ帰るにはテラの転移の術で帰るしかない。もう少し腹が落ち着くまでいてもいいかな、と思わなくはないが、暗くなる前に帰るのがベストだろう。多分、暗くなったらなったで空には満点の星空が輝いてそうではあるけれど。


 だがしかしテラはウェズンのその言葉に「え?」と予想していない事を言われたような反応を返した。

 そのリアクションにウェズンも思わず「え?」と言葉を漏らす。えっ、帰らないんですか?


「この後肝試しするつもりだったんだが」

「待ってください先生、待って」

「食後の軽い運動だと思って参加してくよな、その後帰る予定だぞ」


 これ、参加しません、なんて言ったらどうなるんだろう……


 そう今にも言い出しそうなのが数名顔に出していたけれど、言ったとして果たして意味があるだろうか。

 交流会直前になれば勿論帰してはくれるだろうけれど、そんなギリギリで帰されても困るし早く帰るにはつまり、テラの言う肝試しに参加するしかない――という結論に至った時点で。


 うへぇ……という声が数名から漏れたのは仕方のない事だったのかもしれない。

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