どこかに落ちてないかな、攻略チャート……
さて、イアが帰ってきたのはそれから三日後の事である。
三日も学院に寝泊まりしていたわけではない。学院には普通に日帰りのつもりであった。
というか、学院を見学できるとはいえ寮の部屋などを借りての寝泊まりなどはしていないしそもそもできるようになっていない。なので基本は日帰りであるのが当たり前である。
少々急ではあったものの、見学したい旨を伝え手続きをしたイアは普通に学院の中に立ち入る事ができていた。ヴァンには一応早めに戻ってくるとは言っていたけれど、それでも手続きだとかでもうちょっと時間がかかるのではないかと思っていたので当日中に許可が下りるとは思っていなかったので、初っ端からなんというか拍子抜けというか出鼻を挫かれたとでも言うべきか……
まぁ、あまり日数がかかるようならやはりここは諦めも肝心か……!? などと思い始めていたので、そうならなくて良かったと思うべきか。
サクッと学院に入り込み、そうして見学者ですという顔をしたままあちこちうろついて、お目当ての人物にどうにか接触。初対面でいきなりレイとの仲を取り持とうとしたところで無理があるので、そこはどうにかお友達になってモノリスフィアの連絡先を聞き出す事に成功した。
ちなみに学園の生徒であるという事は言えないので、イアはモノリスフィアを持っていないと思われていたため最初は連絡先を聞いたところで……とウィルも少しばかり戸惑っていたが、兄がモノリスフィア持ってるから、それ貸してもらうの! と言えばそっかぁお兄さんがいるんだねぇ、なんて微笑ましい物を見る目を向けられて連絡先をゲットした次第である。
まぁ実際は自分のモノリスフィアから連絡するつもりだが、そこは噓も方便というものだ。
それだけなら、まぁ、普通に日帰りで戻る事は可能だっただろう。むしろイアだってその日のうちに帰るつもりでいた。
ちなみに学院も学園も、入学したいと思ったからとて必ずしも入る事ができるわけではないのは原作知識と父の説明とで薄々理解はしていた。
適性が低いと他の学校に行った方が……と遠回しに断られる。
だからこそ、学園に入学できたイアなら学院の見学をしたいと言ったとして、見学してもこの人の適正じゃぁねぇ……みたいな感じでお断りされる事はなかったというわけだ。
えー? 見学者? こんなちっちゃいのに適正あるんだすごいねぇ、なんて感じで学院のお姉さま方がキャッキャしつつ相手をしてくれたりもした。男子生徒は、いやちっちゃいな……お前無理すんなよ……みたいな感じで心配してくる者もいた。
そういう部分だけを見れば、学院の生徒は割と良い人に見えてくるものである。
まぁ実際イベント行事で学園の生徒を殺しにくるわけだが。
そう、色々とちやほやしてくれたあのお姉さんもお兄さんも――皆大きいから同学年であっても年上に見える――いざ学園の生徒として敵対したら間違いなく殺しにかかってくるのである。
なのでイアはえへえへと愛想良く笑いながら、お姉さんみたいになるにはどうしたらなれますか、だとか、お兄さんみたいに強くなるためにはどんな訓練をすればいいですかだとか、それはもうにこにこしながら当たり障りのない話をしていた。下手に個人情報に踏み込むような質問をしてうっかり情が湧いたら困るので。
ちなみにそうやって聞いた授業内容だとか特訓方法だとかは、正直学園とやってる事はそこまで変わらないように思えた。勿論全く同じというわけではないが、聞いてる限りは大体同じようなものだった。
なお、勇者側の皆さんは皆が皆勇者目指してるわけでもなさそうで、対人戦が苦手ならなるべくその手の行事には参加しない方がいいだとか、色々と教えてくれた。
イアが幼く見えようとも、学院を見物しに来た以上は勇者を目指すものだと思われていても何もおかしくはない。だが中には護身術程度の実力さえ身に着ける事が出来ればいい、という考えの生徒もそれなりにいるようだ。
とはいえ、ではその生徒たちが弱いか、となれば全くそんな事はなさそうだったが。
護身ってなんだっけ……? それ以前に何から身を守るの? そんな疑問が生じたけれど、流石にその疑問を投げかける事はできなかった。深淵を覗くような気持ちになったので。
「――まぁ、そっちの言い分は聞くけどさ。でもせめて事前に連絡はしてほしかったな」
「ごめんねおにい」
てへぺろ! なんて感じで謝ればウェズンははぁ、と深く重たい溜息を吐いた。
下手にモノリスフィアでメッセージを送るにしても、タイミング次第では本当に最悪な事になりそうだったのでもうこれは事後報告しかあるめぇよと思った結果が今である。
「で、学院に行って? そこでウィルと知り合ったって事だよな……?」
「うん、まだレイとの確執は解消されてないけど、ここからが本番だと思うの」
「本番って言ってもな……」
ゲームだとその前にウィルと面識があるかどうかで難易度は異なるし、なんだったら解決に至るまでの道筋も変わってくるけれど、まぁそれはそうだろうとイアも納得済みである。
面識があってイアが学園の生徒であると知られているならレイ本人に話を聞いたとかモノリスフィアでの話し合いに巻き込むだとかでお互い言いたい事を言い合う展開になるのだが、まぁそれでも交流会当日にウィルとレイは戦う事になる。
数年単位でウィルが拗らせていたので、むしろちょっと拳でのお話合いで解決するならお安いものだろう。
この場合のルートではレイもウィルも死なない。
ところがそれ以外のルートになると、途端に難易度が上がってくる。
まず面識があってもイアが学園の生徒だと知られていない場合。
自分も学園の生徒である事を明かすかどうかでまたルートが分岐するのだが、上の解決策を見る限り明かした方が手っ取り早く解決しそうな気はする。
しかし、明かすタイミングを間違えると物事は一気に悪い方へと傾くのだ。
ウィルの精神的な状態を見ながら、慎重に情報を開示したり得たりしないといけない。
物事が解決した後、もしくは交流会手前あたりで明かすなら危険度合いはそうでもないのだが、そのあたりで明かすとしたらもうほぼ事態を収束させていないといけないのである。
ロクに解決する見込みもないのにその時点で明かした場合、交流会はとんでもなくド修羅場と化す。
そして今回、イアは学園の生徒である事を明かさぬままウィルと接触した。
明かすタイミング次第で地獄を見る可能性が爆上がりしているのは言うまでもない。
イアはモノリスフィアを兄から借りる、という名目でウィルの連絡先を入手した。
なのでその兄が学園の生徒でレイと知り合いであるという説明さえつけてしまえば、レイのウィルに対する話を向こうにしても別段そこまでおかしなことにはならないはずだ。
あまりに詳細すぎると逆に疑わしく思われそうだが。
だからこそ、というわけでもないが、とにかく詳しい事情を知らなければ下手にわからない部分をふわっとした説明にしてやらかした結果、余計拗れる可能性だってある。それもあって、イアは自分が思い出した範囲での内容を説明し、それを聞いて難しい顔をしていたウェズンもレイから聞いた友人との思い出話をイアに語った。
「レイの話を聞いてる分には、ウィルがああなった原因がわからないんだよね」
「そこら辺思い出してないのか?」
「生憎と。ただ、レイの船に乗ってた人が原因だったとは思う」
「元凶ボコせば解決する、って感じじゃなさそうだな……」
それ以前に、その元凶とやらが未だに船にいるかもわからない。
なんというか、海賊だとか盗賊だとかやってるところだ。人の入れ替わりがそれなりに激しくても何もおかしくはない。勿論実力がある古参だとかはいるだろう。むしろいなかったらそれはそれでどうかと思うし。
流石にリーダーだけであとは烏合の衆なんて事もないだろう。
だが、下っ端は入れ替わりが激しくても何もおかしくはないのだ。
危険な場所に行けばそれだけ命の危険がある。己の実力を正しく理解できていればまだしも、過信し自分はもっと上の立場になれる、なんて思い上がった結果功を焦り自滅するか、はたまた仲間から裏切られて死ぬかはその時によるが、まぁ足の引っ張り合いなどがあれば人の命が消えるのは案外容易い。
「……なんとかできそうなのか?」
ウェズンは原作を知らない。知らないが、それでもだからといってここはその原作とやらとは無関係だと断言できるはずもない。イアの言葉を嘘だと思う事もだ。
信じられるかどうか、で言えばまぁ普通は信じないだろう。だがしかし、自分も転生している以上全てが嘘だとは言い難い。
もっと手っ取り早いかはたまたもっと堅実に解決できそうな手段や方法があるならそれを試したかもしれないけれど、しかし現状どう考えてもレイとウィルに関してはまずお互いの溝を埋めるしかない。
ウィルとも面識があるウェズンが仲介した方がもしかしたら上手くいくかもしれない。けれども、もしゲームの展開と同じ方法で成功できそうであるならば。
ウェズンがそこをやってしまえば軽率なシナリオ崩壊を起こして失敗する可能性だってある。
だからこそウェズンはイアに託すことにした。とはいえ、丸投げするつもりもない。イアが突然ウィルとの事を聞けばレイだって不可解に思うだろうし、そこからウェズンがイアに二人の話をしたと思うだろう。そうなればまぁ、いい気分はしない。いい気分がしないだけで済めばいいが、結果として上手くいった後でもレイはきっとウェズンの口が案外軽いと判断して今後信用されるかどうかもわからなくなってくる。
レイからの話はウェズンが聞いてイアに、イアはそこからウィルと連絡をしてどうにか生じている誤解だろうそれを戻さなくてはならない。
「なんとかできそうっていうか、するしかないよね……」
ウェズンの言葉にイアは視線が定まらぬとばかりに宙を巡らせ、それからどうにか声を絞り出した。
ゲームの通りにやって本当に成功するかはわからない。
だが、やるしかないのだ。今後のためにも。
「交流会前までにどうにかできないとアウトって事だよな」
「うん、そだね。交流会始まったらもうウィルがあたしの連絡見る余裕とかあるはずもないし」
島を探索してコインを探す、という状況で、罠を回避したり解除したりして時々やってくるだろう学園の生徒という妨害を乗り越えて、なんてやっていたらモノリスフィアからくる連絡を全て見る余裕があるか……仲間からの連絡ならともかく、そうでもないイアの連絡なんてあっさりと後回しにされるのが目に浮かぶ。
「素材集めて要塞作って罠も仕掛けてレイとウィルの仲をどうにかして……って思った以上にやる事多いな」
「でも、どれか一つでも手を抜いたら後々大変な事になるやつだもんね」
「そうだな……大丈夫だろ、と気軽に言えない感じだな」
ウェズンは夏休みってこんな慌ただしいものだったかな……と声には出さずに思っていた。
前世の記憶を辿れば、小学生や中学生あたりの夏休みなんて毎日がとても楽しかったしやる事もたくさんあったけど、義務ではなかった。宿題さえ片付けてしまえば好きなだけ遊んでいても怒られなかったので、ある意味満喫していたのは間違いない。高校の夏休みはボチボチ進学だとか就職だとかを考えなければならないのでそこまでお気楽に遊んでばかりはいられなかったけれど、それでもまぁ、こんなうっかり人を殺してしまってどうにか誤魔化すためのトリックを仕掛けている犯人みたいに、やる事が……やる事が多い……!! なんて気持ちにまではならなかった。
大体学生が主人公のゲームだって夏休み期間中、そこそこ仲間と遊んだりする余裕はあった。まぁステータスとかレベルとか何か他にも仲間の絆上げとかそういう意味でのやる事は一杯あったけれど、しかしあれらは攻略サイトなどを見ればきちんと一周目であっても全部きっちりできるようになっているのだ。とても慌ただしくなるし念の為を考えてデータを分けておく必要も出てくるけど。
だがしかしウェズンたちの置かれている現状は、セーブデータを分けておく、なんて事ができるはずもなく。
絶対に失敗できないサマーホリデー。これだけで結構な難易度を感じさせる。
日数的にまだ余裕はあるな、なんて思っていた部分をウェズンは改めて引き締める必要があるな……と気持ちを新たにし、で? とイアに言葉をかけた。
「え?」
「いや、学院に行ってきたっていうのはわかったよ。でも、あとの二日間、何してたのかなって」
「ぅぐぅ……! おにい、そこ突っ込んじゃうんだ……」
「そりゃね。知らないうちに妹が危険な目に遭ってたかもしれないのに、そこ流しちゃうのは違うでしょ」
いくらイアの言動が幼さをもっていようとも、仮にも前世の記憶がある相手。とはいえ、だからこそ大丈夫とは言い切れない。むしろ前世の記憶があろうともしっかりしていて安心だとか思えるものでもないのだから。
正直しっかり度合で考えるなら、ウェズンの前世の弟や妹たちの方がまだそうだと思える程である。
ウェズンはイアを可愛い妹だと思っているのはもちろんだが、同時にでもこいつ宇宙人だしなぁ、という認識も捨てていなかったのである。




