見つけたものは
無人島にそもそも名前がついているか、と聞かれると答えは半々である。
ついている島もあれば名もなき島状態の所もある。
今回ウェズンがやって来たのは、名もなき島であった。
というのも近くに人が住む有人島、または大陸が存在しているところで、船で気軽に行けるくらいの距離にあるとかであれば無人島であっても案外名前がつけられているが、周囲に誰かが暮らせるような島も大陸もなく、また船で行くにしても気軽に行けるような所ではないような場所の島などそもそも人がやってくる機会がない。
神の楔で移動できるならまだしも、それすらできなければそこにたどり着くのなんてたまたま別の所へ向かう途中で発見して上陸してみただとか、はたまた漂流した結果流れ着いてしまっただとかのどちらかのパターンだろう。
それ以外にももしかしたら別パターンが存在するかもしれないが、現時点でウェズンには想像もつかなかった。
その島は、なんというかいかにもファンタジーな世界にありそうだな、と思えるような場所だった。
もしかしたら前世でも似たような島は探せばあったかもしれない。海外とかに。けれども、どちらかといえばゲームだとかあとはCGバリバリな映画とかで見るような感じがする……と思ったのである。
島の中心部に、なんだかやたらでっけぇ木が生えている。
その周囲にも木はあるけれど、中心にあるそれと比べると最早大木と小枝くらいの差があると言ってもいい。レイの話では動物は少ないが鳥は多い、と言っていたが納得である。
木の上の方に、葉とは違う色合いのカラフルな何かが見えると思っていたけれど、あれは全て鳥なのだろう。この島のあの木を住処としているのか、それとも他の場所から飛んできてただ少しの間休息しているだけなのかはわからないが、パッと見ただけでもかなりの数がいると言えた。
確かに、上手くやれば食料として鳥肉には困らないのかもしれない。
正直ウェズンからすると自分が生まれる前に発表された映画の鳥による数の暴力の方を想像してしまって、あれ一斉に襲い掛かってきたらどうなっちゃうんだろ……という感想の方が強く浮かんでしまったけれど。
そもそもウェズンの前世の世界の人間なんてカラスが二、三羽頭上を旋回してカァカァ鳴いてお前をいつでも攻撃できますアピールしてくる時点で大半が怖れるというのに、カラスよりも小さい鳥が含まれているとはいえ空を覆いつくすくらいの数の鳥が襲ってくるとか、映画の中だからまだしも仮に自分の身に現実として降りかかろうものならもれなく全員が勘弁して下さいと懇願するだろう。
転生して前世の自分よりも肉体強度が上がったとはいえ、その分この世界の鳥もきっと前世の鳥と比べて色々と強いだろうなと思うので、気軽に襲われても大丈夫だろ! とは言えなかった。
木々がある場所から少し離れた所には赤茶けた小さな山みたいなのも見えるし、聞けば泉も川もあるのだとか。
魔物はいないようだし、それなりの体力と器用さを持っていればここに漂流してもどうにか生きていけそうな気はした。
川は一体どこから? と何の気なしに聞けばレイは確か山の中のどっかからだったと思うぞ。なんてとても雑に答えてくれた。
魚も多分いるかもしれないし、聞けば聞く程食料に関してはどうにかなりそうな感じがしてくる。だからといってこの島に漂着してここで暮らせと言われるとお断りしたいが。
やたらと大きな木にばかり目がいっていたけれど、もっとずっと下へ視線を向ければ結構な種類の花も咲いていた。
鳥たちの楽園。花咲き乱れるこの島で最高のバカンスを!
なんてキャッチコピーができそうだな前世なら、とふと思った。
まぁ、ホテルだとかの建物は無いのでバカンスというよりは景色の良い場所でのキャンプが関の山かもしれない。
「それじゃ俺たちはこっちで作業にあたりますんで!」
「おう。気をつけろよ」
船員の一人に声をかけられて、レイは片手を軽く上げて彼らとは別の方向へと歩き出す。ウェズンもそれに遅れないようにと歩きだした。
船員たちは船から直接海に飛び込む者もいたりで、背後の方でざっぱぁん! だとかばしゃーん! だとかの水が盛大に跳ねる音が次々に聞こえてきてウェズンはつい、といった感じで振り返ってしまった。
「えぇと……彼らも何かここに採りに来たんだよね……?」
「あぁ、海の底の方に沈んでる岩な。この辺りの海域はほぼ誰もこないから中々の穴場でな」
「へぇ……」
「一応いくつかは要塞にも使う予定だから、少し多めに確保しておいてくれって頼んである」
「へぇ!?」
相槌を打ちつつも、えっ、要塞にも使うの!? という思いもあったのでちょっと声が裏返ってしまったけれどレイはそれを気にした様子もなければ揶揄うつもりもないらしい。
「粉々に砕いて混ぜれば強度とか上げるのにも使えるから」
学院の生徒たちが最悪マトモに要塞を探索しないで魔術で破壊の限りを尽くさないとも限らない。簡単に壊れるようでは意味がないから、強度はしっかり上げておくと言われてしまえば反対意見を出すなんて事するはずもなかった。
「それで、僕たちは何を採りに?」
「緑琥珀」
「緑、琥珀……?」
言葉の意味が理解できないわけではないが、しかしウェズンの中ではいまいちよくわからない物に思わず首を傾げた。
緑はわかる。琥珀もわかる。だがこの二つがくっつくと途端にわけがわからなくなりそうだった。
単純に考えれば緑色の琥珀なのだろう。
だが、琥珀と言うのは本来黄色だとかの色合いではなかっただろうか。少なくとも前世ではそうだった。
もしかしたら他の色が混じった琥珀もあるのかもしれないが、ウェズンの中では琥珀は黄色い色のやつしか記憶にない。
だがまぁ、ここは前世のウェズンから見れば完全なる異世界。緑色の琥珀があっても何もおかしくはない。
「琥珀って言ってもどっちかっていうと宝石よりは鉱石みたいな感じだな。これも魔術だとか魔法に関しての抵抗力が高くてある界隈の金持ちなんかの家だとかには必ずと言っていい程使われてる」
ほへー、とどこか間の抜けた声を上げつつも、まぁ魔法とか魔術があればそりゃ確かに普通の家はそういうので簡単に壊されるだろうなとは前々から思ってたので、それに対抗できる素材があっても何もおかしな話ではない。
ゲームだとあからさまに木造の小屋付近で炎の魔法を使っても建物に燃え移ったりはしないが――ただしイベントで火事などの事件発生時には普通に燃える――現実問題として考えればそう都合よくはいかないだろう。
大体空間拡張魔法だとかで内部の広さをいじったりもできるのだから、そりゃそういうのがあってもおかしくはないな、と思えるわけで。
「その緑琥珀は一体どこから?」
「あのでっかい木があるだろ。そこだ」
すっと指差した先は、ウェズンが最初にこの島で注目した馬鹿みたいに巨大な木である。
「鉱石みたいなものって言わなかった?」
「普通の琥珀は樹液が固まったものだけど、あれはどっちかっていうと木の一部が化石化したみたいな感じだし樹液じゃないから。そういう名前つけたの昔の奴なんで俺に言われても困る」
「そりゃそうか」
命名をしたのがレイであるならともかく、昔からそう呼ばれているのであれば今更その名前にあれこれ言ったところで意味がない。あっさりと納得してウェズンは慣れたように歩いていくレイの後ろを遅れないよう気をつけつつ進んでいった。
距離的に何となく近い気がするけれどそれはあの木が馬鹿みたいに大きすぎるからそう見えるだけで、実際はかなり歩くことになりそうだな……というウェズンの予想は、まぁ概ね正解していた。
レイの歩みはほとんど迷う様子を見せなかったので、ウェズンとしてはただついていくだけで良かった。過去この島に一時的に滞在することになって、遊びまわっていたという話をしていたがその後は何度もここに来たというような感じはしなかったので、てっきり途中までは覚えていても途中からは記憶が朧気で……なんていう事もあるのではないかと思っていたのだが、意外にもそういう事はなくすんなりと……まぁ道中魔物と遭遇することもなかったので物騒な事もなく、辿り着く事はできた。
とはいえ、木の根元までである。
正直もっと早くに到着すると思っていたが、中々に距離があったからか辿り着いた時には正直ちょっとだけ汗ばんですらいたが、辿り着いたから終わりというわけでもない。
大木の上をすっとレイが指差して、最初の枝が伸びているあたりまで登ると言い出した時は思わず見上げて数秒眺めてから、
「うわぁ……」
軽率に目が死んだのは、言うまでもない。
「案外いけるって。俺だって前にあのあたりまでは行ってたし」
「子どもの体力って時々無限大さを感じるよな……」
「何年寄りみたいな事言ってんだよ。ほら行くぞ」
正直行きたくない気持ちが大きかったが、レイはそんなウェズンの心境など構う様子もない。まぁ、要塞を作らなければならない挙句その材料がなければどうしようもないのだから、行くしかないのはウェズンとて頭の中ではわかっているのだ。
ただ、そこに至るまでの経過がキッツイなと思うだけで。
普通に木登りをするつもりで行くには距離がある。どちらかといえばこれ、ロッククライミングみたいなやつでは? と思うのは当然だった。苔むした部分があったりして、何も考えずに登ろうとすれば滑り落ちそうでもある。だが、場所によっては他の場所から伸びて巻き付いた蔓もあるので、上手くそこら辺利用できれば案外簡単に上まで行けそうに思える。
以前レイたちがここに来た時もきっとそうしたのだろう。じゃなきゃ流石に登るにしたって無謀が過ぎる。
ウェズンは自分が高所恐怖症でなかった事を感謝すべき、とレイに伝えるつもりもないがそんな風に念を飛ばしながらもどうにか上へと移動して。
枝、というが枝一つ一つが下の方にある他の木と同じくらいの太さがある。おかげで足場は大分しっかりしているし、安定感もある。
とはいえ、だからといってもっと上へ行くと言われればウェズンは不満を隠す事なく出すつもりでいた。この時点で普通の木のてっぺんくらいまで登っているのだ。大木からすればまだ序盤くらいの高さかもしれないが、普通に考えれば既に結構な高さなので。
ここから緑琥珀をどうやって探すのか、と聞こうとしたが、レイの動きがおもむろに止まる。ウェズンよりもレイの方が背が高いので後ろから覗き込むのは難しく、だからこそ背中の方から横へ少し身体を傾けて覗き込もうと――するよりも先に。
「なんで」
何かに絶望したようなレイの声。
レイの視線の先を辿るようにすれば、そこには大きな洞があった。木の大きさが大きさなので洞そのものもかなりのサイズだ。それこそ、小さな子供が入り込めそうなくらいに。
恐らくはレイもかつて、ここに入り込んだのかもしれない。
だがしかしその洞に、今は。
「神の……楔……?」
とても見覚えのあるそれが、存在していたのである。




