隠さぬ殺意
今年度の新入生が担当することになる島の大きさは、正直に言ってしまえばそこまでの大きさではなかった。砂浜、島の外周をゆったり歩いて一周するまでにかかる時間は大体二時間半程度だろうか。
普通に考えれば二時間半も歩くとか前世基準なら結構な距離ではあるが、今として考えるとそこまでではない。
ウェズンがまだ転生する前、おっさんだった頃に健康のためにとウォーキングに励んだ時、確か一時間程で4キロ程の距離を歩いていたような気がするので単純計算で9キロ程歩いた事になるのだが、今は前と比べて体力もそれなりにあるし、もしかしたら島の大きさもそれより大きい可能性はある。
というか正直前世でのフルマラソンの距離を今ならもっと軽やかに移動できる気がしているので、前世基準で考えるのはあまりアテにならないかもしれなかった。
前世基準で考えるなら小さな島といってもやっぱりそれなりに規模があるな、と思うべきなのだろうが今の基準で考えると小さい島だなの一言に尽きる。
まぁ、新入生なのでノウハウもロクに無いようなものだ。いきなり大きな島を担当に割り振られても困るのでそこはいい。
他のクラスの生徒たちも一斉にではないが数名様子見にやってきているらしく、遠くにチラホラと姿が見えた。
まぁ、新入生の数は入学当初と比べるとそれなりに減ってはいるが、それでもまだいる。一度に全員がここにくるとなると、流石に移動するだけでも面倒だろう。
テラの案内で自分たちのクラスが担当する区画とやらを見にきたウェズンたちは、周囲を見てぽかんと口を開けていた。
海沿いから中心に向かっての一画ではある。思ったよりも広範囲を担当するのだな……と思ったのは記憶に新しい。
砂浜から島の中心部に向かって進めば生い茂る森。その途中に何らかの遺跡だったようなナニカが存在している。罠を仕掛けるならここら辺がいいんじゃないか? みたいなポイントはそれなりにあった。
「話になんねぇな」
だがしかし、それを一蹴したのはレイだ。
「どういう事?」
「確かにそこら辺罠仕掛けやすそうって思えるけどな。逆に考えてみろ。つまりそれって、去年もその前もそこに仕掛けてた可能性が高いって事だろ。
この島を攻略しにくるのは学院の新入生とはいえ、向こうの上級生が情報を流さないとは限らないだろ」
「確かに……!」
先輩から過去の問題集を見せてもらったり譲ってもらったりするノリで、去年新入生だった二年生が去年はこんな感じだったよ、と情報を教えないと一体誰が断言できる。この交流会に関しての情報で規制されているのは集めたコインの枚数によって神前試合で何らかの変化がある、という部分に関しての詳細だけで、実際島の情報そのものを教える事は禁止されていない。
つまり、こっちも向こうも新入生だというのに向こうはある程度情報を集めて参加できる可能性がとても高い。こちらは罠なんて仕掛ける事に慣れてもいないし、上級生に教えを乞うにしても向こうだって自分たちの担当の島の事で手一杯だろう。
向こうはそもそも交流会当日にならないとこの島に来る事はできないが、しかし事前に過去の情報を集める事は可能。対するこちらは交流会が始まるまで目一杯準備に費やせるけれど、交流会が始まった後はもう大掛かりな変更はできなくなる。
交流会が始まってからこちらにできる事は、壊れた仕掛けを直すだとか小さな罠なら差し替えるだとか、後はもう直接出向いて戦闘を仕掛けるくらいだ。
そう考えると交流会が始まった時点でこちらはやる事がなくなるわけでもない。むしろ交流会が終わるまではやる事ばかりだと思っても間違いではない……お互いにかける労力が明らかに違いすぎる。
まぁ、いくら去年やその前の情報を上級生から教えてもらったとしても、それが必ずしも役立つとは限らないので向こうが圧倒的に有利とは限らない。……だがしかし、レイの言うような温い罠ばかりであれば、そして明らかに去年と同じような場所に仕掛けたりしていたのであれば、あっさりと看破されてサクサクと攻略されるのは明らかだろう。
レイの言葉に他の生徒たちも確かに……! となったので、レイはハッと鼻で嗤い、
「おいテラ、担当区画はこっちに一任されてるんだよな? 禁止事項は?」
「担当区画を超えて他の区画にまで手を出さなければ問題ない。罠に関しても死ぬような罠を仕掛ける事は別に禁止じゃないしな。むしろ仕留めるつもりでやれ」
「上等。ここと隣接してる区画の奴に話つけてくる」
「えっ、ちょっとレイ……!?」
「すぐ戻る」
イルミナの呼び止める声にそう答え、レイはあっという間に駆けだして他の区画へと行ってしまった。
何をするのかまだこちらも聞いていないうちから他に話をつけに行くとか、それは流石に早計すぎでは……? と思うものの、去年と似たような罠だとかを仕掛けたなら間違いなくここは簡単に突破される。レイがどうするつもりかはわからないが、どっちにしてもここいら一帯の区画をあれこれやらかすなら、まぁ、話は事前にしておくべきなのだろう。何をするかまではわからないけれども。
「レイって罠詳しいタイプ?」
「さぁ? あ、でも何か前に罠掻い潜る方が専門みたいに言ってた」
ウェズンの問いにイアは首を傾げながらも、前に何か聞いたな、程度の情報を思い出したので付け加える。
「罠掻い潜るって……」
それ、どう考えても侵入者側ですよね。
とは流石にこの場では言えなかった。言ってもいいけどレイ本人がいないので突っ込んでも意味がないという部分が大きい。
えっ、あいつ何やってる人なん……? と思ったけれど、これ本人に聞いて大丈夫なやつなんだろうか……?
そんな疑問が湧きあがるものの、下手に踏み込んではいけない部分に踏み込む可能性を考えると、現時点でのウェズンには気軽に聞こうという気持ちはなかった。
生憎今の自分にはあいつとの好感度が足りてない気がするんだ……内心でそんな言い訳をしておく。
レイがいなくなってしまったけれど、テラはそれを気にするでもなく淡々と説明をし始める。
罠に関しては学園支給の物もあるけれど各自で調達したものを使うのも問題がないのだとか。
むしろ、学園支給の物は逆に向こうにも何があるとか把握されている気がするので、そうなると各自で調達したり作ったりした方がいいのかもしれない。
それから、途中の事故を避けるためにどこにどういう罠を仕掛けるかを教師に通達し、また自分たちもどこにどういう罠があるかを把握しておくように、とも。
作業に関しては担当区画だけになるけれど、物資を新たに追加したりする際、他の場所を通り抜けようとして知らずこちらが罠にかかる、なんていう事もあり得るのでそれは確かに必要な情報だった。
交流会当日に、囮になってあちら側を罠におびき寄せるにしても、上手くいけばいいがそうでなかった場合、担当区画以外の場所に逃げる事になるかもしれない。そうなった時に、やはりどこに何があるかわかっていなければ自分が罠にかかる可能性は高い。
そう考えると覚える事がかなりあるので、囮をやる相手は確実に自分たちが罠を回避できるような相手にしておかないと、自滅もあり得る。
むしろ当日は罠だけの状態にして引っかかる様を高みの見物と洒落込みたいくらいだが、罠の探知や解除を得意とする相手がいた場合は直接戦闘で潰す流れになるかもしれない。
解除された場所ならいいけど、そうじゃない所で戦う可能性も勿論ある。
どう足掻いても完全な裏方じゃなければ島全体に仕掛けられた罠の場所を頭に入れなければならないとか、下手なテストの暗記問題よりもハードであった。
筆記テストなら答えを覚えてなくても別に死んだりしないけれど、この島の罠に関しては覚えておかないと最悪死ぬ。覚える側としても必死になるしかない。
学院側の生徒も場合によっては魔法だとか魔術だとかで罠を破壊しにいく者がいたりするらしいので、生半可な強度の罠だと簡単に壊されてしまうかもしれない。
コインをとられたら、次の神前試合でどうなるのか……それがハッキリわからないので、まぁいっか、で済ませるわけにもいかない。将来的に自分が不利になるかもしれない。そう考えると気軽に適当にやろうぜ、なんて言えるはずもなかった。
というかだ、考えれば考えるだけ最善を尽くした所でこれで完璧だな! とか言える気がしない。明確なゴールが見えない状態というのは、何とも胃にくるものであった。
期限的には勿論ゴールは存在する。だがしかし、それまでに仕上げるべきクオリティという点では、何をどれだけやろうとも満足いかないのではないか。そんな不安しかない。
他にもいくつかの注意事項みたいなテラの説明をどうにか聞きつつ、ウェズンはそっと胃の辺りを押さえた。
そうしてテラの話がそろそろ終わりを迎えるだろう頃に、レイが戻ってくる。
「一応話はついた。この区画は全面的に改造する」
かくして、殺意しかない劇的ビ〇ォーアフターは開始される事となったのである。




