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ファーストミッション 拳で語れ



 ヒュッ、と風を切る音がした、というのを自覚したのは咄嗟に回避してからだった。

 来るとわかっていたわけではない。ほとんどが勘だった。

 だがしかし攻撃を仕掛けた側からすればそうは思われなかったようで、忌々しい、とばかりに舌打ちが飛んだ。


「くそっ、いい加減当たれよ」

「無茶言うな。痛いじゃないか」

「そんなこと言ってる場合か!? お前が倒れないと終わらないだろうが!」

「そっくりそのままその言葉、お返しするっ!」

 言葉が終わるよりも早く、拳を繰り出す。だがしかしそれは相手の掌で受け止められてしまった。


 黒と銀が混ざり合ったような髪色の少年は咄嗟に拳を引いて態勢を整える。

 即座に追撃したのは金色の髪の青年だった。


「お、おにい……」


 少し離れた場所でそのやりとりを見るだけだった少女の呟くような声に、黒銀色の髪の少年は軽く片手を振って下がれと合図する。その一瞬の動作を金色の髪の青年はどこか憎々しげに見ていたようにも思う。長い足から繰り出された蹴りをやはり先程と同じようにギリギリで回避して、少年は反撃に出る。とはいえそれは読まれていたようで、その攻撃は受け止められてしまった。


「――がっ!?」


 だが、それを少年は読んでいた。接近したついでとばかりに頭突きをお見舞いすれば、青年は流石にそれを予測はしていなかったのかモロに食らう。

 少年と青年は身長差があり、少年の頭突きは青年の顔面ではなくその少し下、顎のあたりに命中した。先程繰り出した攻撃に比べると威力は落ちたかもしれないが、いかんせん場所が場所だけに青年の足がふらついて――脳震盪でもおこしたのだろう。ふ、と足の力が抜けるように崩れ落ちた。


「おにいが……勝った……?」


 ドサ、と重たい音がして倒れた青年はすぐに動ける様子でもないようで、少女は恐る恐る覗き込むように見るもやはり起き上がる様子はない。


「おにい!」


 少女は表情を輝かせ、少年の下へ駆け寄る。

「あぁ」

 そして少年は一つ頷いて――


 ぺち。


 少女の頬を叩いた。

 とはいえ、その手に力は一切入っていない。叩く、というよりは触れるといったほうがいいほどの力加減。

 だがしかし。


「ぐわぁ! や、や~ら~れ~た~」


 少女は大袈裟なまでに吹っ飛んでみせて、そのままパタリ、と力なく倒れる。誰が見ても大根役者であると言わんばかりの白々しい演技だった。


「いや、おまえなぁ……」


 そんな、じとっとした言葉と視線を向けてきたのは離れた位置にてこの状況を傍観していた金色の髪の男だった。その言葉が少年と少女、どちらに向けられたかはわからないが、恐らくは両方だろう。


「なんですか? 決着はつきましたよ。ほら、勝者はただ一人。僕の勝ちです」

 しれっと言い放ったのは少年である。


 実際この場で倒れず自分の足で立っているのは、傍観していた男以外では少年だけだった。周囲には既に立つ気力もないようなのがそこかしこに倒れている。


 傍観者であった男はガシガシと己の頭を掻くと、ふぅ、と小さな溜息を漏らした。しゃーねーな、という言葉が聞こえてきそうな態度であったけれど。

 少ししてからすっと片手を軽く上げ――それを勢いよく伸ばし声高に宣言する。


「勝者! ウェズリアスノーデン!!

 くっそやっぱお前が勝つのかよ……つーかお前の名前長くて呼びにくいわ」

「あ、じゃあウェズンでいいですよ」


 名前に文句をつけられたにも関わらず黒銀色の髪の少年――ウェズンはあっさりと言った。

 正直自分の名前が長ったるいのは言われずとも自覚していた。というか、そもそも本名をフルネームで知ったのが割と最近の話なので、その名で呼ばれても自分が呼ばれているという自覚が薄い。


「おーいお前ら立てるか?」


 勝者宣言をした男は倒れたままの者たちに声をかけるも、そこにいたほとんどが意識はあれど立ち上がる気力はないらしかった。

「あ、こりゃダメだな。医務室運ぶか。おーい運搬係~」

 とてもやる気のない口調で声を上げれば、どこからともなく二頭身と三頭身の積み木を組み立てたような物体がやってくる。身体は三角だったり長方形だったりしているが、手足はどれも同じ形。頭の形も若干の違いはあれどどれも似たようなものだ。顔と思しき場所にあるのは、ぼんやりと黄色く輝く光が一つ。

 その光がどうやら目の役目を果たしているのか、点滅したり顔の横幅目いっぱい動いたりして倒れている者たちを確認するようにしていた。


「頼んだぜゴーレム」

「オマカセください。ワレワレが安全かつ迅速にハコンデみせましょう!」

 どん、と胸のあたりを叩いて答えた一体が、すぐさまよっこいせ、なんて言いながら手近な奴を抱え上げる。


「いやいやいや、お前らの体の大きさ考えろ!? どう考えてもこれ引きずってるよなぁ!? おい、おい、ちょっ、あ、ああああああああああ」


 つい先程ウェズンと殴り合ってた青年がゴーレムに引きずられていった。一応抱えあげられているけれど、抱えられてるのはあくまでも上半身。下半身はどう頑張っても地面にくっついていた。その状態で運ばれていくのだ。下手をすれば服越しに足を擦りむくだろうな……とウェズンはどうにかゴーレムを止めようとしている青年が無情にも引きずられていく様をそっと見送った。


「あ、あたしは大丈夫でーす」


 先程わざとらしい演技でやられた事になっていた少女はゴーレムに抱えられるよりも先にすっくと立ちあがっていた。あんな風に運ばれたら、少女の服装は膝が出ているので間違いなく擦りむいて運ばれる前よりも大惨事確実である。


 だがしかし他の者たちはゴーレムに運ばれるのを回避できるだけの体力は残っていないらしく、それぞれがずりずりと引きずられていく。


「迅速はさておき安全とは……?」


 ウェズンの呟きに、金髪の男は、

「細かい事気にすんなよ。あれできちんと運んでくれるぜ。途中で余計な事しなきゃ骨へし折られたりはしない」


 と、まったくもって安心できない事をのたまった。


 そうか、あれはゴーレム基準での安全なんだな……と思う事にする。


 さながらマスコットキャラにでもなれそうなフォルムのゴーレムではあるが、その見た目に騙されてはいけないなと思い直した。最初に見た時はゲームのキャラにでもいそう、と思っていたというのに。

 ゲームキャラなら間違いなくあれは味方でマスコットというよりは、敵キャラだった。


「ところであれ、自爆とかしないですよね?」


 ゲームの敵キャラだったら、何か倒す直前に自爆とかしてきそうだな、とか思ったばかりにウェズンはそんなことを問いかけていた。

 流石に自爆はないよな。無いと言ってくれ。むしろ自爆するとしても、どこで使うんだ。ここは仮にも学び舎だから、そんな物騒システム必要ないはずだぞ。

 内心で無いと言ってくれ、と強く念じる。


「あるぞ」


 だがしかし男はあっけらかんと答えたのだ。

 なんであるんだ自爆機能。やめろよそういうの。ウェズンとしては全力で突っ込みたい気持ちはあったが、よく考えたらここ学び舎って言ってもロクでもない場所だからな。そういや外部からの侵入とかあるんだっけ? 朧げに把握している知識を引っ張り出してそんなことを思う。


「とりあえず今日はもうこれ以上何があるでもないから、部屋に戻っていいぞ。お疲れー」


 倒れていた連中がこぞって運び出されたのを確認して男はあくび混じりにそう言うと、片手をひらりと軽く振りそのまま部屋を出て行った。先程まではとんでもない人口密度だな、なんて思っていた訓練室は気付けばたった二人だけになっている。



「……イア」

「はいな、なんでしょおにい」

「……大丈夫だと思うか、これ」

「わかんない!」


 ぺっかぺかの笑顔で言われ、ウェズンは無意識に溜息を吐いていた。


「正直あまり原作から乖離したくないんだけどなぁ」

「大丈夫だよおにい、終わりよければすべてよし。最終目的さえ果たせれば多分よかろうなのだ」


 ぐっと親指を立てて言うイアに不安しかないが、とはいえここでこれ以上ぐだぐだと話しているわけにもいかない。仕方ないなと思いつつも、訓練室を出て二人は自分たちに与えられた部屋へ戻ることにしたのであった。



 ――ウェズンが前世の記憶とやらを思い出したのは幼少の頃。多分恐らく三つか四つくらいの時だった。

 別に熱が出てだとか、頭に大怪我をしてだとかはない。本当に何気なく、家の外でシャボン玉吹いて遊んでる途中で突然パッと頭の中に前世の記憶が流れてきたのだ。


 あまりの情報量の多さに勿論混乱はした。けれどもわけもわからない状態に泣きだすとかもなく、まるで突然始まった劇か何かを見ているような気分になっていた。頭の中で流れているそれらが前世の自分である、というのに気付くまでにそう時間はかからなかったが、正直なところあまり実感がなかった。一通り把握したあとで、

「あ、これ前世か」

 となったものの、ウェズンはどこまでも他人事であった。


 幼児らしさの欠片もなく、一応前世のあれこれを思い返してみるも既に過去の話。過去の延長として、前世の自分という存在として、という自覚は全くもって持てなかったのである。

 ふーん、これが自分の前世かぁ。

 最初に思った感想がこれという時点でどうかと思う。


 前世の自分はどうやらそれなりにいい年齢だったようだけど、生憎今前世の記憶を思い出したばかりのウェズンの中にそのいい年した大人という感覚がなかったというのもある。

 だから余計に他人事にしか思えなかった。


 それに思い出したといっても何もかもを覚えているわけでもない。

 ドラマのダイジェスト版でも見ているような感覚で思い出したのもあって、だから今更思い出したところで懐かしいだとかの感情もなかったし、どのみち前世の自分が死んだからこうして今の自分になっているのだ。前世の家族の事を思ったところで会えるはずもない。

 何せ前世の記憶のせいで判明してしまったが、異世界転生を果たしてしまったからである。


 前世は日本で暮らしていた。

 しかしこちらの世界は恐らく日本とか存在していない。


 というか、魔法だとか魔物だとかのファンタジー要素が日常に当たり前のようにあるのだ。


 異世界間を行き来できるなら前世の世界を探してみるという事もできたかもしれないが、残念ながらこの世界、異世界という存在を認知していても行き来できる程ではないらしい。であれば、前の家族がどうしているか、なんて調べようもない。


 ま、どうにもできない事ってあるよね。


 なんて幼児としては恐ろしい程に達観した事を思いながら、ウェズンはこの世界で生きていく他なかったのだ。そもそも幼児の時点でまだまだ親の庇護下になければ生きていくのだって厳しい。そんな状態で異世界について調べるだとかができるか、となれば……まぁ難しいだろう。それくらいは幼児の頭であっても理解できた。

 前世の記憶から、若干の大人成分が混じったからかもしれない。元々冷めた子だとか言われていたので変化があったか、と問われると正直微妙すぎるけれど。


 そんなわけなので、恐らく前世だろうなと思えた記憶は正直な話。

 ウェズンからすると何か突然知らんおっさんの記憶見せられたな、くらいの認識であった。その知らんおっさんは一応自分だったという自覚はあれど、だからといってあのおっさんは今の自分とは違う。自分が演じた役のドラマでも見ている、そんな気持ちが近かったかもしれない。


 生憎と前世で得た知識もふわっと程度にしか認識しておらず、だからこそこの世界でそれらの知識を用いて革命を起こすぞ! なんてできるはずもなく。というか、恐らくしっかりとした知識を持っていたとしても然程役には立たないだろう。


 何せこの世界、建物だとかは古めかしいものが多いがその実生活をするだけなら前世の記憶で見たのとそう変わらないのだ。


 家だとか町並みだとかはアンティーク感漂うも、水道があるので水はわざわざ川へ汲みに、だとか井戸まで、とかはない。もっというなら魔法で水を出すこともできる。

 ……とはいえ魔法は使うのにいくつかの約束事があるのか普段から頻繁に魔法が飛び交ってるというわけでもなかった。


 しかし夜もそれなりに明るく、またトイレなども水洗式だ。食料を保存するのに冷蔵・冷凍機能のある道具が普通にあるし、風呂も湯を沸かすのに薪を割って火を熾すところから始めるわけでもない。


 少々お高くはあるが遠く離れた人物と連絡が取れる道具も存在している。前世のように誰もが持ってるというわけではないけれど。


 前世の記憶から自分にはどうやら兄弟が沢山いた、というのはふんわりと認識している。弟の中の一人が暇つぶしに読んでいたライトノベルで、こういった話を聞かされた事があった。


 ある日前世の記憶を思い出して自分の置かれた状況に気付く。あっ、ここ異世界だ。そこから始まるストーリー。

 つまりは、異世界転生である。

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