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ある夏のお盆

作者: シアドナ

それは2018年の蒸し暑い夏のお盆だった。

当時俺は、営業の仕事をしており、任された地区の集金と訪問販売の仕事をしていた。

ノルマはきつかったが、職場環境に恵まれたおかげで、それなりに勤め続けることができていた。


「Aさん、悪いんですけど8月15日の集金頼めます?」


 俺はデスクで書類仕事を片付けながら、同僚のBの方を向く。


「いいですけど・・・。Bさんが代理頼むの珍しいですね。」


Bは少し困った顔で


「ちょっと親戚の葬儀が続いてね。お客様も8月15日じゃないと時間がとれないっていうし・・・。」


 Bの表情から少し時間に厳しいお客様なのだろうと想像し、Bから事細かく詳細を聞き出し、スケジュールを調整した。


―――――――――――――――


俺は丁寧に頭を下げ、高級住宅街の大きな一軒家から退出する。


「ありがとうございました。」


「おう、お盆に悪かったな。しかも大分待たせちまった。これでも飲んでくれ。」


人の好い角刈りのおじさんがジュースを渡してくる。


「いえいえ、大丈夫です。来月は9月17日で宜しいですか?」


「ああ、大丈夫だ。Bさんにもよろしく言っておいてくれ。」


「はい。それでは失礼します。」


俺は大きな門の外に止めてあった営業車に乗り込み、車を少し走らせ、時間を確認する。

15時30分


 俺は適当な場所に車を止め、スケジュール表を確認し、ため息をついた。


「3時間以上の遅れか・・・。」


 Bさんの説明ではここのおじさんは気前もいいし悪い人ではないのだが、やたらと待たされる上に、話が長く、時間がかかるらしい。


「かなりの営業泣かせだな。でもBさんは結構助けてもらってるらしいし、いい人なのは間違いないのだろう。」


 俺は釣銭管理表に数字を記入し、Bさんへの引継ぎも記入しておく。


「さて・・・。3時間遅れてしまったが・・・。俺の集金先はどうかな。」


 俺は営業用の携帯電話を取り出し、俺の集金先へ電話をかける。

幸い今日の集金は残り一軒だ。会社からもお盆の訪問は控えるよう通達がでているので、連絡がつかなければ、早めに上がるのもありだなと考えていた。


トゥルルル・・・ガチャ


「はい、Cです。」


「こんにちは、○○〇〇のAです。」


「あら、Aさん。今日は来ないのかと思ったわ。いつも大体時間通りに来るのに。」


「すみません。同僚の手伝いで遅くなってしまいました。Cさんはこれからでも大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫・・・。でも少し時間をずらしてくれると助かるわ。親戚がお盆できてるのよ。」


「あ、もしかして前話してたお孫さんですか?でしたら日を改めますよ?」


「いえいえ、大丈夫よ。明日、明後日の方が孫たちと予定をいれてるから今日の方が都合いいのよ。」


「分かりました。一時間後ぐらいでいいですか?」


「ええ、お願いします。」


 早くは上がれなそうだと俺はため息をつきながら、照り付ける太陽に向かって車を走らせた。


――――――――――――――――――――――――――――――


Cさんのお宅はちょっと辺鄙な所にある。住宅街から少し外れ、細い一本道を入っていくと小さいお寺がある。そのお寺を右折し、車一台がギリギリ通れる砂利道を進んでいくとCさん宅である。周囲は畑と田んぼに囲まれている古民家といった感じだ。


俺は時計を確認する。


16時30分


 時間ちょうどであることを確認して、車を降りる。


Cさんの家のチャイムを鳴らす。


ピンポーン


 しばらくしてCさんの声が聞こえてくる。


「はーい。Aさんでしょ。入って」


 俺は田舎特有の勝手知ったる感じで玄関を開け、


「こんにちは、Cさん、遅れてすみません。」


「別にいいのよ。昼までは出かけてたから丁度良かったわ。」


 Cさんは、朗らかな優しい田舎のおばあちゃんといった感じで、お菓子を出してくる。


「Aさん、甘いもの大丈夫だったわよね。」


「ええ、大丈夫です。」


 俺はお菓子を受け取り、雑談をしながら、集金作業を行う。


「・・・・これで今月の集金はお預かりしました。」


「いつも集金ありがとうね。」


「いえいえ、こちらこそご利用いただきありがとうございます。それにしてもこのお菓子おいしいですね。東京土産ですか?」


「ええ、孫がおじいちゃんが好きだからって買って帰ってきてくれたのよ。」


 Cさんの旦那さんは3年前に亡くなられているのを俺は思い出していた。


「いいお孫さんですね。あ・・・・・今日法事だったんですね。そんな日にすみません。」


「いえ、いいのよ。法事は隣のお寺でしているし、お墓も寺内の墓地だもの。時間もそれほどかからなかったわ。それに、もう三回忌なんて私もびっくりしているわ。」


ピンポーン


 Cさん宅のチャイムが鳴った。俺は玄関でCさんと向かい合っているので、後ろを振り向く。ガラス張りの玄関には人影はない。


「・・・誰か来たのかしら・・・。予定はないけれど・・・。」


 俺は玄関を開け、外をキョロキョロと見まわすが誰もいない。この家に通じる一本道の砂利道には俺が乗ってきた営業車が止まっており、人間一人がギリギリ通れるぐらいだ。しかもチャイムを押すには玄関のガラス扉を横切らなくてはならず隠れることは不可能だ。


俺は誰もいないことをCさんに告げ、時計を確認する。


4時44分44秒

俺の腕時計はその時間で止まっていた。


「変ねぇ。誰か来たような気がしたんだけれど。」


 そう言ってCさんは玄関を気にしている。


ドサッ


 何か物が落ちる音が聞こえ、俺もビクッとなる。


「・・・なにか落ちたのかしら・・・。」


 Cさんは家の中に入り、すぐに戻ってきた。


「孫のお土産が落ちてたわ。うちの仏壇は小さいからお供え物が乗らなかったのね。」


「今日はお盆ですから、もしかしたら帰ってこられたのかもしれませんよ。」


「あら、Aさんは若いのにそういったことを信じるの?」


「ははは。帰ってきて一番に好物を見つけて落としてしまったのかもしれませんね。」


 俺は笑ってごまかし、17時には帰社しないといけないと理由を告げて、Cさん宅を後にした。


 俺は車に乗り込みながら、夏の暑い日にも関わらず、鳥肌が止まらなかった。Cさんの旦那さんがなくなったのはまさにこの時間だったのだから。



後日談


おそらくこれは蛇足だ。怖い話や不思議な話ではないのでスルーしてもらっても構わない。


結局、Cさんとは私がこの地区の担当を変わるまでお付き合い頂いた。今でも健康に過ごされていると思う。私の時計はこの時壊れてしまい、上司の勧めでちょっといい時計を買った。あれ以来、Cさん宅では不思議な体験はしていない。なぜ私が旦那さんの死亡時刻を知っていたのかというと、集金業務の傍らCさん本人から亡くなるまでの経緯や行動を聞いたことがあったからだ。だから正確な時間を知っていたわけでない。4時44分44秒に止まった時計は実際、不気味だった。



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