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ドロップドロップ、飴に恋

作者:

「すみません。教材倉庫の鍵を借りたいのですが、よろしいでしょうか。」


2時間目終了のチャイムが鳴って直ぐの時間、男子生徒が職員室に入ってきた。





今時の高校生にしては割と丁寧な言葉遣いで黒田涼(くろだ りょう)は担任に尋ねた。


教材倉庫といっても教室と作りはなんら変わらない。だが、貴重な資料なども置いてある所だ。こういった場合、鍵は生徒に貸し出すのではなく、教師が共について行くことになっている。しかし、担任は3時間目に授業があり、今はその準備で手が離せない。"困った"と2人が唸っていると「私が代わりに行きますよ。」と斜め後ろから声が掛かった。



2人が振り返ると、声を掛けた彼女、谷川茅乃(たにがわ かやの)はニコニコと続けて、


「私は次の時間は授業は入ってませんし、ね。休み時間は短いんだからパパッと用事をすませよう?」


と前半は黒田の担任へ、後半は黒田へ向けて言い、返事も聞かない内に鍵を取りに行こうと立ち上がった。そんな谷川に担任は御礼を。そして、黒田は彼女の後に続いた。



カラ、カチ。コロ、カラ。


「倉庫には何を取りに?」


倉庫までの道すがら。当たり障りのない質問をする谷川。彼女から仄かに甘い匂いも漂ってくる。


「百人一首カルタです。次が古典の時間で。・・・・・あの、谷川先生?もしかして、飴舐めてますか?」


「うん。ドロップ食べてる。この学校、おやつ持込み禁止じゃないからバンバン食べてるよ。あ、君も食べる?」


そう言って、ポケットの中からドロップの缶を取り出して掲げた。その間も、カラカラと飴が歯に当たる音が聞こえる。そんな子供っぽい舐め方をしている谷川に黒田は苦笑しながら「甘い物は苦手なので。」と断り、同時に、


「俺、2年2組の黒田涼といいます。すみません。時間を取らせてしまって。」


と今更ながらの自己紹介。なんとも腰の低い、よく言えば礼儀正しく真面目な生徒だろうか。谷川もそう思ったらしい。


「今更だけど、英語の非常勤講師の谷川茅乃です。ご丁寧にどうもー。」


にこやかな笑顔で、しかし、からかいを含みつつ自己紹介をした。



その後も、教材倉庫に着くまで取り留めのない会話をしていた2人。


-ドロップは何が出てくるか分からないドキドキ感が良い!


-のど飴とか甘くない飴は食べるんですけど、俺、どうしても噛み砕いてしまうんですよね。


-あ、私、甘噛み派~。


などなど、飴の話題ばかりで本当に取り留めのない会話だった。



教材倉庫は、先程にもあったように普通の教室と作りは同じである。だが、いかんせん物が多すぎる。しかも倉庫は教科毎にまとめられておらず雑然といている。所狭しと並べられた教材を前に、初めてここに入った2人はしばし呆然とした。


「まぁ・・うん。・・・休み時間も残り少ないし、頑張って探そうか・・・・。」


「・・・・・本当に、手間をお掛けしてすみません。」


2人は、ハハハと乾いた笑いしながら作業に取り掛かった。



「にしてもさー。百人一首を実際にするなんて、楽しそうで良いよね。遊びながら、和歌をならうって。私、古典苦手だったから羨ましいよ。」


ガサゴソと棚の奥にある教材を半ば体を突っ込んで確認しながら谷川は言った。そこにお目当ての物はなかったようでちょっとむすくれた顔になったのは見なかったことにしよう。


「えぇ、"苦手意識をなくそう"という試みらしいで  『ガコッ カラカラ』 ・・・?先生?大丈夫ですか?」


言葉の途中に聞こえた、何やら硬い物が金属に当たる様な音。教材が崩れたのか、体が当たったのか。黒田は心配し谷川に声を掛けた。



「ごめん、ごめん。新しいドロップ食べようと思って。薄荷味だった、Lucky~!・・・あっ、あったよ百人一首!」


「見つかりましたか、良かった。それにしてもビックリしましたよ。何の音かと思いました。」


黒田は谷川の方に行きながら、そう嗜めた。


「だから、ごめんて。それにしても、百首って結構な数だよね~。コレで遊ぶ人達って全部覚えてるんでしょ?私だったら無理だわ~。何だっけ?"春過ぎて~"の歌?しか分かんないよ、ハハッ。」


「百首全部覚えてるっていうのは本当に本格的な人達か百人一首が大好きって人達だけだと思います。それに、聞けば、"あぁ"っていう歌は結構あるものですよ。・・・・俺が好きな・・・というか、共感できる歌がありまして・・・。」


カルタを必要な分取り出しながら、谷川は興味深々にその歌を待ち、そして黒田は殊更柔らかい声で諳んじた。



     -浅茅生の 小野の篠原  しのぶれど


               あまりてなどか 人の恋しき-



この歌を詠んだ後、黒田は何も言葉を発せずに谷川の反応を待った。古典が苦手な谷川は、やはりその歌の内容が分からなかったのだろう。眉間に皺を寄せ、若干口を尖らせながら歌の意味を把握しようと必死に考えていた。その様子を見て、黒田は微笑み、


「あふれて、抑えきれない恋心を相手に訴えている切ない恋心の歌ですよ。今の俺にピッタリなんです。」


と言いながら、まだ悩んでいる谷川に近づいた。そして・・・・



ムチュ。カラッ。



「甘くない飴は大丈夫って言いましたよね。せっかくなんで、いただきました。あ。鍵とカルタ、ありがとうございました。しまう時は、また職員室に伺えばいいんですよね。」


「・・ああ、うん。そうだね。・・・ねえ『キーンコーンカーンコーン』あ・・・。」


谷川が何か尋ねようとした瞬間、タイミングが良いのか悪いのか3時間目開始のチャイムが鳴った。それに慌てた黒田は、急いでカルタを抱えて倉庫を出ようとしたが、その一歩手前で振り返り、


「本当に、ありがとうございました。」


と一礼して掛けていった。谷川は、"やっぱり礼儀正しいな・・・。"と思ったが、ハッと数分前の彼の悪行を思い出して、"ありがとう、は一体どれにたいして!?"と唸った。そして、十数分は倉庫に佇んでいた・・・らしい。



-やっと谷川センセと話せた。やっぱり好きだな。・・・薄荷飴、おいし。



-・・・・・にゃろう、どうしてくれようか・・・・・。






-丈の低い茅が生えている小野の篠原、その「しの」ではないのだが、あなたへの思いをじっと堪えて忍んでいる。


 けれど、その思いは外に溢れ、忍びきれなくて。どうしてこんなにもあなたが恋しく思われるのだろうか。-





最後の訳は適当に「感覚的にあってればいいか」と適当に書いたので、正確じゃないと思いますが、あまり気にしないでください。


男子高校生の性格が、最初設定していたのと少し変わってしまった…。

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