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マゼンタからの便り

シンガポールからのメールがきました。

姉が日本を離れてから数日後、


「一孝さん、お姉ちゃんからメールが来ました」

「美鳥の方もか、俺の方もきたよ」


 あれから、長期連休も終わり、学校も再開しています。


「美鳥がお姉ちゃんって呼ぶと言うことは、あの時の赤いリボンの」


 今は、昼のランチタイムで、歩美とも一緒に食堂へ来ています。いつもなら、歩美とも2人で食べろと言う一孝さんが、本日なんと特別ゲストとして同じテーブルで食べてくれました。

 それと言うのもシンガポールの彼のところへ飛び立った姉の美華からメールが届いたからなんです。


「マ、マ、赤だからレッドじゃなくて…」


 自分の頬に指を当てて考えているのは歩美ちゃん。


「マゼンタ」

「そうそう、その、マゼンタさん。何、今シンガポールにいるのん」


 驚いているのは歩美ちゃん。


「あの後、夜行の飛行機でシンガポール行ったんだよ」

「あの後って、ローラーブレードで会場を走り回って、ダンスなんか2回ぐらいしてなかった?」


 私は手のひらを広げて更に反対の手の指を1本添えて、


「実は6回。通しの数だから練習も入れると、もっと」

「なかなかパワフルな方なんですね。タフと言うか」

「そうだよなぁ、朝早くから俺を弄りに来て、それからだもんな」


 一孝さんが遠い目をして話している。


「一孝さん、一孝さん!」

「そうか、川合さん。今のオフでお願いします。


 眉尻を下げて顔の前で両の手を振って懇願をするのは一孝さん。


「ふーん、何かありそうな気配が匂うんだけど」


「「ないない」」


 私と一孝さんはユニゾンで両の手を振って否定する。マゼンタ、いや美華姉があんな弄り好きだとは知られたくないのだけれど。


「まあ、美鳥も同じぐらい頑張ったよなぁ」

「えっ、そうなの。えへへ」


 一孝さんが撫でてくれた。こそばゆくて、嬉しくて、目を瞑って身を任せてしまいます。


「そう言うのはお二人の時にやってください。甘過ぎて粉吐いちゃいます。水?水?」


「歩美は、まだナデナデされてないの?」


 タイミング悪く、水を飲んでいた歩美は吹いてしまう。


   ブファ、ゴホッゴホッ


「わぁ」


 吹いた後、僅かに残った水を気管に吸い込んだ歩美がむせてしまった。慌てて背中を摩ってあげる。


「一孝さん、テーブル拭いてもらえますか」

「おう」


 手持ちのお絞りで一孝さんにテーブルの片付けをしてもらいながら、


「久米くんとはどう?」

「まあ、一進一退かな。頑張るよ」

「応援してるからね」

「ありがと、美鳥」


 一孝さんの尽力でテーブルの上は落ち着きを取り戻している。

 家から拝借してきたタブレットを置いてから、


「では、お姉ちゃんからきた写真を見ますね。携帯からタブレットにデータを写しました」

「何枚ぐらい送ってきたんた? 俺んとこ2枚だけだったよ」


 一孝さんの方もか、


「私の方も3枚だったの。ママの方は沢山来たって。メモリーがパンクしたって泣いてた」

「後で美桜さんに見せてもらおう」

「そうですね。では」


 タブレットの画面をタップして、画像を呼び出す。


「1枚目」

「これってマーライオンだっけ」


 歩美がタブレットを注視する。


「えっとね。シンガポールのマリーナベイにあるマーライオン公園のマーライオン像なんだって、お姉ちゃんが解説入れてくれてる」

「あは、美香姉、マーライオンから出た水飲んでる。すごっ!」


 一孝さんが画像を見て感動してる。マーライオン像の口から出た噴水の落下点にお姉ちゃんが口を開けて立っていて、まるで噴水を飲んでいるように見えるの。


「トリックアートなんだって、横の桟橋から角度合わせて撮ってるの」


 本気で飲むなんてできないよ。マーライオン像が8メートル以上あるから、実際やったら水圧で押し倒されて怪我しちゃうよ。

 撮影してアップするのに映える場所ということで人気になってるって。だから割とみんな撮ってるのみたい。知らなかった。


 もう一枚は、マーライオンの角度が変わって、お姉ちゃんがマーライオンを持って水を注いでいるみたいに見えるの。これもトリックアートアートだね。


「美鳥、行ってみたいね」


 歩美か誘ってくれる。


「そうね。お金貯めて行こう」


 歩美と私はお互いに目を合わせて首肯する。



「もちろん、一孝さんは撮影係で同行してもらいます」

「ひどくない」

「もちろん、荷物持ちは歩美の彼と2人でと言うことで、ふふ」

「美鳥」


 歩美は頬を染めて、抗議してきたけど受け付けません。決定事項としてもらいます。


 だから、がんばれ歩美。



 さて、最後の一枚は、


 抜けるような綺麗な青空を手を上に広げて見ている娘が写っていた。

 1房の亜麻色の後ろ髪をたらし、腰の大きなリボンとバフスリーブブラウスはギンガムの赤。白いストッキングに黒いAラインスカート。


「マゼンタだね」

「お姉ちゃん、コスチュームみんな持っていったんだ」


 マゼンタはプールの端に立っていた。プールの端からビルとか山とかが見えない。障害物がないの。と言うことは、


「あの天上巨大プールに立ってるの」


 しかも、細波ひとつない鏡のような水面にマゼンタと蒼い空が映り込んでいる。なんとも非現実というか奇跡みたいな画像なの。


 しばらく、声が出なかった。周りの音も聞こえない。


「ほぅ」


 それでも私は、なんとか、ため息を絞り出した。


「一孝さん」


 熱い吐息となって彼を呼ぶ。


「はい」


「私を、この天上の世界へ、連れてってくださいね」


 艶やかに、彼にお願いする。


「はい」


「約束しましたよ」


 にっこりと笑って、一孝さんを指差し、



  「ねっ」




ありがとうございました

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