週の始まり 昼 その2
頼み事をされてしまった。中身はわからない。魂と引き換えというわけではないと思う。
高梨の表情が固くなる。
「イッコウ。バトミントンはどうするの?続ける?」
「続けるよ」
「そう」
少し綻んだ。安堵したと言った方が良いかな。
「じゃあ」
「でも、大会に出るとかじゃないよ。おいおいわかると思うけど高梨たちの後を追うわけじゃないよ」
「どういう意味かな? 怪我のせい?」
「そうだね。怪我のことは訳あって詳しくは話せないけど、俺は選手にはなれない。大会になんて出られないよ」
自分の体のことは近しい人たちに話したのは、初めてになる。一緒にやってきたパートナーだからこそ話をしている。
「俺はバトミントン馬鹿だから、これしかないし、関わりを切りたくはないんだよ」
リハビリをしていく中で判明したこと。致命的であったから泣いた。悩んださ。でもリハビリスタッフを見ていて、まだバトミントンに関わりができると気づいたんだよ。
「そっかぁ。私らと縁が切れる訳じゃないなら良いか。これからよろしくね。風見くん」
根掘り葉掘り聞いてくるかと身構えたけど、そんなんじゃなかった。
「いい女になりましたね。佐渡先輩が羨ましいし惜しかったよ、高梨先輩」
「ヴァカ」
いうと気持ちを切り替えたかったのか高梨は手を上にあげてグゥーと背を伸ばした。
「そういえば美鳥ちゃんを見たよ。綺麗になってたね。もう'コトリ'じゃあないね」
「俺も驚いてる。どこに出しても恥ずかしくないよ」
高梨の笑顔に変な色が混じった。
「どっかに出すつもりなの?」
「いい男捕まえてくれればなぁが半分、どこにもやるもんかが半分……あっ」
「なんか父親みたいだねー。欲しければ俺を倒してからにしろ、とか?」
にしゃっと笑うんだ。でも、すぐに表情が厳しくなった。
「そう考えていたんだね」
「さっき呟いたのは本当に考えてました。怪我のせいで夢が叶わない俺よりか、しっかりした他の男のほうがあいつのためになると。でも昨日、あいつとあいつの家族と関わって考えが揺らいでしまった」
「どう?」
「俺がいなくなったあと、俺の残した言葉を俺のために実践してきたことを知ったら、欲しくなりましたよ。一緒にいたい。添い遂げたいってね」
「よっ。男だね。あやふやなら怒るとこだったよ」
「えぇー」
「あの子の気持ちを考えたことあるのかぁー ってね。まあ杞憂だったね、早くものにしてきな」
「まあ、それはもうちょとかなぁ」
「なんで、そこでダウンするの?」
「俺って意気地なしなんですね」
「ヴァカ」
「じゃあ、教室戻ります」
俺は立ち上がり階段を降りて行った。降りていくだけなのに肩が重い。
「高梨先輩。俺に寄っ掛からないでほしいのですが?」
「いいじゃないの、減るもんじゃないし」
「周りに見られたら、変に勘繰られます。それこそ佐渡さんに殺される。美鳥にもなんで言って良いかわからなくなりますよ」
「まっ、そっかぁ」
でも、下に着くまで、寄っ掛かかってきたよ。
階段を勢いよく降りて行った。途中、踵が引っかかったり、段を飛ばしたり、膝から崩れたりした。手すりにしがみついて転げ落ちることはなかった。幸運以外何にでもない。教室のドアを開ける。気にしてはなかったけど、こんなに重かったっけ。昼休みも残り少ない時間になったからか、みんな帰ってきている。でもお兄ぃは帰っていない。だけど、此奴はいる。
「なぁに湿気ったぁ面してるんだい、勇んで行ってその体たらく。なぁにやってんだ、このすっとこどっこい」
お兄ぃの机の上のやつが言っている。あんな可愛い名前なんか言ってやるか、べら棒目。
「お兄ぃには、まだ遠いと言われた。でもあの女にはいい女になったと言ってる。この差は何?」
「お前がガキくさいだけじゃねえのか」
「くっ、このおぉ」
悔しくて此奴の頭を鷲掴み、思いっきり握ってやる。そして捻る。
「イター、イタタタタタッ グアぁ。あっ頭の皮が捲れちゃう。やめれー」
私だって痛いんだ。
「ねえ、美鳥。風見さん見つかった?」
お兄ぃの隣に座っている美月さんから声がかかった。怪訝な顔をしている。
「いなかったの。すれ違いかなぁって帰ってきなのになぁ」
手を後ろに隠して、照れ笑いで誤魔化した。
「まっ、しょうがないね。妹分も大変だねぇ」
「えっ? なんのこと」
「さっき、聞いてみたの。美鳥とどう? って。そしたら美鳥は妹分だって言ってたの」
私は胸元を手で押さえた。自分の中から暗いものが出てくる気がしたの。なかなか止まってくれない。
バァン
机を平手で叩いた。そうしないと自分が爆ぜそうで。美月は、驚いて手を合わせて、擦って謝ってきた。
「ごめんね。美月を怒った訳じゃないの。ここにいない風見さんに怒って机にあたっちゃった」
まだ2人で屋上の入り口で話をしているのだろうかと頭に浮かべて、キッと天井を睨んだ。
すると、
「なんでついてくるのですか? 高梨…」
お兄の声がドア越しに聞こえてきた。ドアが開き、お兄ぃが廊下側に顔を向けながら教室に入ってきた。私は小走りで机に逃げた。
「…先輩の教室は上でしょう」
「見送りだよ。お見送り」
高梨先輩が顔だけ教室ドアから出して話している。
「またねぇ」
ドアの中ほどで手がひらひらしているのが見えた。それもドアの外へと消えていく。入れ違いに次の授業の先生が入ってきた。慌てて、
「起立」
みんなが立ち上がる。午後の授業が始まった。




