週の始まり 昼
階段を登っていく。気が進まないから体も重く感じる。目線が踊り場の高さを超えた。黒い髪の旋毛が見えた。そういえば最近、旋毛を見る機会が多いな。コトリに美鳥ときた。この旋毛は高梨、ここには高梨しかいない。高梨はエスニック調のカラフルなマットに片膝、片手をついている。片方の足はピンと後ろに伸ばしている。もう片方の手は俺方向へ伸ばしている。ラインが綺麗だ、思わず見惚れてしまった。静かに流れる時の中、ゆっくりな呼吸音しかしていない。そのうちにポーズを解除して四つん這いになった。
「お見事」
神々しいものを見せられて、手を叩いて誉めてしまった。
「来たなら来たって言ってよね。恥ずかしい」
「ホットヨガだっけ。やっているんだね」
「静的運動で体の歪みの解消にもなるし体幹のトレーニングにもなるんだよ」
「へぇ、だから高梨は立ち姿とかラインが整っているるだね」
「素直に綺麗って言ってほしいな」
「俺がいうと差し障りあるんじゃないか」
「まっ、そだね。でも風見は言ってもらっても構わないのだけれど?」
「変に煽らないでほしいね。あの人に締め殺される」
「ふふ……」
流石に2年の月日、高梨の笑顔が眩しい。成長しているよ。女性としても大人としても。そうしているうちに高梨は座り直し、側に置いてあるバックからひご網の箱を出して俺に渡してきた。
「開けてみて」
俺は箱と高梨の期待に満ちた顔と箱を何度か往復しつつ見ながら、開けてみる。中に入ったのは、卵サンドだ。高梨が好んで作っているもの。
「食べてみて」
早速、手づかみで取り上げてパクついた。
「美味い!」
卵の茹で加減といい、マヨネーズの混ぜ加減といい、見事な調和で持って俺の舌を満足させていく。噛むほどにうまさが増してくる。
「『美味い』か、いい褒め言葉だね」
そんな言葉を聞いて、高梨を見て、咀嚼が止まった。泣いていた。涙がポロポロと高梨の頬をつたい流れていく。
「風見の『美味い』が、また聞くことができたんだ。嬉しいよぉ」
涙の出る目を手で拭いながら、俺に笑いかけてきてくれた。
「私にとっては2年越しに最上の褒め言葉をもらえたよ……、聞けてよかった」
俺は卵サンドを持つ手を下げて、高梨の話を聞いた。
「なんか階段の事故に巻き込またと聞いて驚き、意識が戻らないと聞いて絶句したんだよ。治療とかといって、あれよあれよという間にいなくなるんだもん。それで2年も音沙汰なし。酷いよぉ」
高梨は、キッと俺を睨んでくる。
「で、いきなりだよ。お前が1年の教室内にいるって話が飛び込んできたの」
涙は止まらない。
「戻ったなら、話に来なさいよ。私らの間って、そんなものなの」
「すまん」
「すっ、すまんじゃないよ。あーっ怒れてくるぅ」
高梨は、卵サンドを掴むと、直ぐにパクついた。一口、二口ですべて食べ尽くしモグモグ食べてしまった。顎を開いた手で支えて、そっぽを向いて咀嚼している。
食べ尽くしたのか、またバックをさぐってタッパーを二つ取り出して自分の腿に載せた。蓋を開けて、更にバックから出した使切りチューブのごまドレをかけた。千切ったレタスにミニトマト、アスパラ、ブロッコリー、チーズ、そしてサラダチキンを細くほぐしたものが入っている。
「はいっ付け合わせ」
俺にも分けてくれた。小さいフォークも入っていたから、それを使って食べた。高梨もフォークにミニトマトを刺して口に運んでいく。そんな姿を見て、
「いい女になったな。高梨。綺麗になったし優しいし、今の姿は可愛いだろけどな」
目を大きく開けて固まる高梨、軽く開いた唇の奥にミニトマトが見えるのは愛嬌か。そして無理やり、口の中のものを飲み込んで、
「いきなり言わないでくれる!、喉に閊えるじゃない」
頬を紅く染めながら抗議してきた。
「そうなったのって佐渡さんのおかげでしょ。やっぱりくっつけてよかったよ」
実は高梨は彼氏持ち、中学卒業間近の時に俺が橋渡しをした形になって付き合い始めたんだ。ただバトミントンの全日本選抜になるということで隠れて付き合ってると当時から聞いていた。あれっ、なんかジト目で注目されてる。
「別にあんたで……。なんでもない。おかげで今、充実してる。ここを出たらあいつのいる大学に行くよ」
「そりゃよかった」
「でもなあ、こっちのヴァカのお守り2年間だぞ。それも勘違いのオンパレードで」
「それは御愁傷様」
「それで卵サンドの代わりに今日と明日は手伝ってほしい。それぐらいしてな」
「わかりましたしか聞いてもらえないですよね?」
「もちろん、既に決済も終わってる」
「ひでえ」
なんとか跳び箱の縁を滑ろように落ちて、なんとか着地。
「琴守、大マケで良し」
「ヤッタァ!」
歩美も喜んで両手を上げて待っていてくれた。そのままハイタッチ。2人で先に終わってる人たちのところへ行って座った。すぐに歩美の耳に口を寄せて囁く。他に音が漏れないように手で隠したよ。
「男の子をぎゅっと抱きしめて寄り添ってあげたよ」
歩美は体を引き、目を見開いて私をみたの。頬が染まり、次第に顔全部が朱に染まった。
パシーん
「夢で?」
私は、無言で首を左右に振って返事をする。そうしたら背中を平手で叩かれました。2回、3回と。
「このリア充め! コノコノ」
(こういうの、羨ましばき とでもいうのかな)
「まだ、途中だよー」
「ギルティじゃあ」
「そこ、ウルサイ、静かに!」
「「はいっ」」
叱られてユニゾンで返事しちゃいました。
その後の授業も終わり昼休みになったのだけれど、私の机がサロンになりました。先週末の騒動話から始まり、感想を施ばまれ、極意?を聞かれました。恥ずかしくてアウアウ言ってました。
やっとのこと解放されて食堂へ移動したのは良いのだけれど、
「相席希望が増えてる、久米くんもいるけど、連れてきたのかなぁ」
「予備券配ろうかしら」
「歩美ちゃん」
「ちょっとだけ冗談よぅ」
「ちょっとだけ?」
涙目で抗議した。
誰かのアイデアでいくつかテーブルを動かし、くっつけて、みんなで談笑して食べ終わりました。
教室へ戻ったのだけれど、お腹というか胸の辺りが空いている。そうかお兄ぃの成分が足りないのよ。先に教室に帰っている子たちに、
「風見さんがどこへ行ったか知らない? 先生からのこと付け頼まれたの」
と、聞いてみた。
「昼になったら、トボトボと教室でてったよ」
「階段を登るの見かけたよ」
ほほぅ有力な情報が手に入りました。早速、階上に行ってみないと。トイレなら諦めよう。でも体の奥が乾いてる、お兄ぃを求めてる。探さねば。
「ありがとう、上の階に行ってくるね」
と、教室を出たのだけれど、皆一同生暖かい目で送ってくれたのは割愛します。
階段を登り廊下を渡るけど発見できず、ドアの隙間から教室を覗くけど見当たらない。怪しい行動をしている自覚がある。でも乾きが私を動かしていくのよ。後は屋上だけと思った矢先、
「いい女になったな。高梨。綺麗になったし優しいし、今の姿は可愛いだろけどな」
お兄ぃの声を聞いてしまった。冷や水を浴びせられた。体が一瞬で冷えてしまう。もう、登ることをやめて階下に駆け降りて行った。
逃げたの。




