週の始まり プロト
主らは゛ワラシ゛を知っておるかや?
家に住まう神とも妖ともいわれる。
家人にいたずらする。見えたものは幸せが来る。
たまたま、面白い魂魄を見かけての。種子を埋めてみた。
これがなかなか。
さて、無聊を慰めさせていただこうかや。
昇降口で上履きに履き替えてた辺りから騒ついている。
「あの子、可愛かったなあ」
「どのクラス?」
「確か1組」
「笑顔にキュンと来た」
「俺も」
「幸せっていうのが溢れてたね」
「あんな顔で迫られたらいいなあ、」
「彼女にしたい!」
「俺、さっきおしゃべりしたよ。おはようって」
「それは挨拶だよな」
「綺麗な声が耳に残ってるよ」
「「いいなあ」」
なんか、可愛い娘が笑顔と愛嬌を振りまいていたようだ。言うと女子に嫌悪されるけど、
この学校の娘の綺麗さの偏差値は高い。何気に綺麗な娘、可愛い娘、美しいと言える女性がいるのだ。キョロキョロと見るわけにはいかないけど良いものである。
「あの娘、琴守だよ。うちのクラスのクラス委員」
「早々とサマーセーターを着ていたね」
「そうなんだ、見てるだけで幸せになりそう、後で見に行こ」
「「行こ、行こ」」
どうやら美鳥のことらしい。人気あるんだね。お兄さん鼻高々です。教室までの廊下、階段でも似たような話が耳に入ってくる。少し振りまきすぎ、過剰サービスではないだろうか。
「おはよう」
後ろの出入り口から挨拶しながら教室に入る。
「おっ、サマーセーターだね」
上着は血抜きでクリーニングにタロしたからね。1週間はこのままになる。
濃厚な週末を過ごしたから忘れていたが、学校にはこいつがいた。
「よっ、おはようさん! 昨日はお楽しみでしたねぇ」
片手をあげての開口1番。
「やりすぎて腰にだるさはありませんか。凝りや痛みはありませんか、湿布を処方しますよ」
相変わらずの下トークである。スルーして自分の席に座ってすぐ、
「風見さん、お客様ですよ」
美鳥の声で呼ばれた。少棘のある声音である。美鳥の方向をみると教室の前の入り口に半身で立っている女生徒がいた。少しウェーブのかかった黒髪は肩より向こうへ流れている。女子の平均よりも背が高い。そんな子がきつ目の目線で俺を見てきた。この娘、いや女性は、
「高梨!」
「ご名答」
俺は立ち上がり椅子を飛ばして出口を目指し廊下に出て逃げた。
ドアを開けて廊下に出る。迷わずに右へターン。そのまま走っていく。昇降口から歩いてくる同級生たちの流れに逆らって走るため、走りづらい。
「すいません、すいません。急いでいるんです。すいません」
謝りながら走らないといけない。もちろん怒声、罵倒、罵声をたくさん受けてしまう。ちらっと後を見ると俺が切り拓いた人の流れを余裕を持って走ってくる高梨女史。前に向き直って再加速と思いきや、正面から美鳥の友達の河合歩美さんが歩いてくる。ぶつかる直前に右足を踏み込んで、左へと向き変えていく。バトミントンで散々フットワーク練習しているから慣れたもの。丁度、階段の入り口に入り登っていく。ここでも同じ方向に登っていく生徒で渋滞している。先ほどと同じで謝りながら登っていく。しかし、現役と病み上がりの差が出てしまった。屋上入り口の踊り場で足首を持たれて、倒れ込むようにうつ伏せで着地。背中を踏まれ、起き上がることはできない。
「ねぇイッコウ。私、怒っているのだけれど、なんでかわかる?」
男の試金石の言葉である。対応を間違えれば、火に油を注ぐ羽目になる。
俺はギブアップとばかりに床にハンドタップしながら、
「俺には姫の深淵なる思考は分かりかねます、是非ともご教示を」
「何、変な言葉使ってるのよ」
フットスタンプしている足を更にグリグリしてきた。
「イィー、お、教えてください。高梨様」
俺は後頭部の上で手を合わせて拝んだ。高梨は強く踏み込んでいく。
「いたたたた、痛い、痛い」
「よろしい。私が怒ってるのはね、さっき私の前から逃げたこと。なんか私、あなたを虐めてるって思われるよう、あれじゃ」
更に強く踏み込んできた。
「事故の後、2年放置されたことなんて、同じ学校に来て会いに来なかったことなんて、些細な、違う、たいしたことだけど、今はそんなことじゃないんだよ」
「高梨」
「あぁーなんかダンダンと怒りが増してきたわ、どうしてくれるのよ、もう」
グリグリから足をなん度も振り下ろすストンピングに変わってきた。
「もう、いいわ。昼休みになったらすぐ、ここへ来なさい。いい!」
「すぐって昼飯は?」
「サンドイッチぐらい用意するわよ。いいね」
そう言い残し肩を怒らせて階段を降りて行ってでしまった。
週の初めの月曜日の朝から埃に塗れ、グリグリやストンピングのダメージがあるボロボロ状態で教室に戻った。タイミングよく千里先生もきてホームルームが始まった。
「今日の放課後に部活動の説明会がある。体育祭館に移動してくれ。確か運動部が今日だ。明日、文化系になる。琴守、みんなを連れてけ。誘導を頼むな」
「わかりました」
校門までの歩道、なんか、いつもとは違って見える。昨日も一昨日も良いことがありすぎた。胸が暖かい、頬が熱い。唇から'嬉しい'がこぼれ落ちそう。凄く気分が良いんだ。
「おはよう、琴守さん」
追い抜かれざまに挨拶された。お兄ぃの隣に座っている佐々木さんと、そのお友達の高谷さんだ。
「おはよう佐々木さん、高谷さん。私のこと、美鳥で良いよ」
「じゃ、私も美月で」
「私も、あやで」
私は微笑みで挨拶を返した。
「美鳥さん、なんか凄いね。’幸せ'が溢れてる」「そうそう」
「えっ。そうかなぁ」
「圧を感じる!」「何かいいことがあったのですか?」
「わかっちゃうんだね。そう、あったのよ」
だめだ。頬が緩むのが止まらない。
「まっ、眩しい、眩しすぎるよ」
美月は手の甲で目を隠してふらつくような仕草をする。あやさんが肩を持って倒れないように支えた。自然と笑い声が出てしまった。そのまま、校門まで歩いて行ったよ。校門で他のクラスメートも一緒になったけど皆眩しそうに目を細めている。昇降口までには笑顔が伝染していた。みんな笑顔になってるんだもん。
「そういえば美鳥。もう、サマーセーターなんだね。こんななんだ」
オフホワイトのニットセーター。袖口と首元に赤と青のラインが入っている。右胸には校章が刺繍されています。
「ブレザーはクリーニングにだしてて来週まで、このままなのよ」
「あぁ、あれねぇ。大変だったものね。その後のぷふふっ、良かったね。それが続いてるのかなぁ」
お姫様だっのことだろう。思い出して下を向いちゃいました。顔が熱くなってます。また真っ赤になっているはずです。
「「「私たちもお姫様抱っこしてくれる彼氏がほしー」」」
「おー!」 パチパチパチパチ!
みんな口に出している。思わず拍手してしまった。
「このリア充め、余裕かまして」
「違うの、そうじゃないの。なれたらいいなの願望よぅ」
実際、告白されてないし、していない。返事だってもらってないし、していない。で、でもハグはした。キッ、キスだってしようと決意までしたのよ。
「まだ、未遂なのよね」
「えっ、そうなんだ」「もう、とっくに…」「でもアプローチはしたと」
思わず口から出た言葉に同情された。恥ずかしいヨゥ。
「私たちは同士よ、頑張ってゲットしましょう」
シュプレヒコールの後は、何事かと集まってきたギャラリー共々、笑顔で拍手してました。
朝の騒動を後に教室に入る。歩美はまだ来ていない。仕方なく座ると、
「このクラスにイッコウはいる?」
入り口から女生徒が顔を出して聞いてきた。怪訝な顔をしていると姿を現し教室に入ってきた。
(綺麗なひと)
が、第一印象。スラリとして背もある。ブレザー越しにもわかる、出るとこ出て引っ込むところは引っ込むバランスの取れたスタイル。ウェーブのかかった黒髪を背に流している。何よりも、黄金比での目鼻口の配置に自信に溢れる表情。女の子というより女性、大人の女性なんだ。
でも私は、この人知っている。相手も私を見て表情を緩めた。
「よく見たら、あなた'コトリ'ちゃん。ごめんごめん、流石に今は違うね。美鳥さん」
向こうも思い出したのか指を広げた手を合わせて、嬉しそうに、
「一孝、風見一孝はこのクラスにいるかな?」
この人はお兄ぃの中学の時の同級生。バトミントンでは、お兄ぃとミックスダブルスを組んでいたパートナーだったひと。
'高梨明日菜'
中学では何かにつけ、お兄ぃにちょっかい出してきていた。あまり良い印象はしていない。それがこんなに綺麗になっているなんて、お兄ぃの名を呼ぶなんて。
言葉に釣られて後ろを、お兄ぃの座る座席を振り返り見てしまった。なにっあのノホホンとした表情。私のこころに棘ができる。
「風見さん、お客様ですよ」
自分でも聞いて棘あるなあと思ってしまう。呼ばれたのがわかったのか、お兄ぃは私を見てきた。そして後ろにいる女性へ視線を移すと、
「高梨」
「御名答」
嬉しさと悪戯心がないまぜになった声の返事。すると、どうしたことかお兄ぃが椅子を飛ばしてダッシュ、教室を出て行ってしまった。高梨さんも笑顔でダッシュ、出て行ってしまった。




