状況開始
6限目の授業中はコットンを膝の上に載せていた。意気消沈して見てられないぐらいだったからなぁ。載せてあげると俺の胸に頭を預けてリラックスしている。たまに空ら空らしていた。ホームルームも終わり。
「では終わりにする。琴守」
千里先生が言うと同時にパシんと何か叩く音。
「起立、礼、着席」
シャンと声を出している。
「琴守、自分の頬を叩いて気合いを入れるのも良いけど、そっとやれ」
「はひっ」
美鳥も空ら空らしていたのだろうな。
みんな帰り出したのを見届けて、ゴミ当番の活動開始。両手にゴミ袋を持って廊下を移動する。ふと窓下を見ると男女が向き合っているのが見えた。で、女の子が両手を重ねて頭を下げて丁寧にお辞儀をしている。亜麻色の長髪がさらっと靡く、美鳥か。
「琴守さん、モテるなぁ。すでに3人目に告られてるよ」
「うあっ…えっと二瓶さん?」
臨んで見ていたところに後ろから声をかけられた。確か同じクラスの二瓶ななみさん。明るいブラウンの髪をロングボブにしている女の子。少し垂れ気味の目で愉快そうに下を覗いている。
「で、今のところは、お断りしていると。あなたはどうなの?」
「俺は、すでに対象外。塩対応されてます」
「そう、良い線まで行くかと思ったのに。がっかり」
と、二瓶さんは背中越しに手をヒラヒラさせて歩いて行ってしまった。確か二瓶さんに新聞部。ゴシップを探しているのかも。縁がないように気をつけないと。
しかし美鳥はモテてるんだね。可愛くなったからなぁ。2年はおおきいな、ちょっとは自慢かな。
教室に戻って自分の机まで行く。机の上ではコットンが仰向けで寝ている。
「もう、いっぱい。いっぱいよぉ。風見成分いっぱい。漏れちゃう。溶けちゃう」
なんて呟いている。
さてさて昨日の続きをしよう。机からペインティングナイフを取り出したのだけれど、
「それで私の円らな目を抉るつもりかしら」
と怖がられてしまった。
「それも良いなあ。その口を塞いでも良いかも」
少し脅かしておいた。静かにしていてくれると良いのだけれど。
それではと、昨日、傷の上にゲル状のプラーナを厚盛りして瘡蓋みたいにした。それをペインティングナイフで削っていく。流石にプロ仕様、綺麗に削れました。そして家庭科室のシンクにあるスポンジ借りてきまして、多少均された傷跡をスポンジで撫でていく。真壁君に借りた専門誌ホビーホビー別冊 作ろうクレイフィギュア!プロはこう作る を読んだけど、流石にリューターや彫刻刀、金属ヤスリは、こいつには使えないと思う。考えたのは紙ヤスリがわりのスポンジ。目の荒いのと細かいのと分けて使って見た。コットンにプラーナを出させてスポンジに染み込ませて擦って見た。なんとか表面が滑らかになって傷が見えなくなり艶が出てきた。よかった、うまくいきそうだ。
「コットン、どうだ?」
「いいねぇ、ツルツルになったよ。彫刻刀やリューターで切り刻まれるかと戦々恐々だったね、スプラッタになるところだったよ」
「形になってよかったよ。美鳥の方も良くなるね」
美鳥とコットン、お互いに影響がて出てしまっていた。赤ニキビ然り、みみず腫れ然り。快方に向かうだろう。
「そういえば、その木炭は何に使うんだ。あれはキャンバスのデッサンに使うのだろ」
「ここに書いてもらうのさ」
とコットンは自分の指で瞼の縁をなぞった。
「鏡が見られれば自分で描いてみるけど、鏡はないし、持つこと出来るかわからない、ましては映るかどうか、だから』
確かに俺以外はコットンを見ることはできないのだから、鏡が使えるものかわからないね。
「だからお前に描いて欲しいのだよ」
「描くと、どうなるんだ」
「瞼が二重になる」
「別に今のままでも良いだろう」
「昔からの憧れなんだよぅ、二重瞼。頼むよー」
「充分可愛いのに」
「なんか言った?」
「いえいえ何も、申してはおりませぬ」
仕方なく画材木炭でば瞼から気持ち内側に線を描いていく。細すぎず、ちょうど良い太さと掠れ具合を出してくれた。
「なんか、パッチリ目が開いた気がする。ありがとな」
やっとこさ仕事を終えて帰途に着いた。
「おかえり、ねえ、ほっぺツルツル!」
帰宅すると満面の笑顔のコトリが迎えてくれた。ここでやっと、ホッとしたよ。
今日、告白してくれた方には大変、失礼なことをしたと思う。真剣にお話をしてくれた。優しそうだし、私を大事にしてくれそう。でも、ダメ。頬が気になってマスクが外せない。
「ごめんなさい」
その一言しか言えなかった。肩を落として彼は帰って行った。私も1人トボトボと自宅に帰る。途中から頬がポッカと温かくなった。みみず腫れの痛みも感じない。急いで家に帰って自室に入り鏡を見てみた。
「えっ」
何、肌の透明感。艶々でスベスベ。みみず腫れなんて何処かへ行ってしまった。これはキチンと手入れしないと。シャワーで体を洗い流し、ゆっくりと洗顔。化粧水も慌てず丁寧に肌に染み込ませていく。仕上げに乳液で保湿と。明日が楽しみになってきた。少し瞼が気になるかなぁ。