急転直下
レディースセットメニューの中でも、ガボチャのサラダが美味しかった。
塩加減っていうの、ドレッシングと、よく混ざって、いい感じなの。
これは、是非とも、お兄ぃにも味わってもらわないといけないと思うのね。
早速、美味しそうに見えるところをフォークに掬ってあげて、
「お兄ぃ」
「んっ」
食べさせてあげようとしたのだけれど、丁度、お兄ぃはパスタを口に入れるところだったみたい。邪魔してごめんなさい。でも、本当に、お勧めなんです。
「はい! 食べてみて」
「いいのか。美鳥の分だろ。俺はいいよ」
「このサラダも凄くおいしいんですよ。是非、お兄いも食べてくださいよ」
ついでに私の想いと笑顔を付けちゃいます。では、ニッコリと笑って、ハイ!
「アーン」
召し上がれ。やぁ〜ん。新婚さんみたい。お兄ぃと結婚できたら!毎日、こんな事できるのかな。
そうしたら楽しいんだろうな。想像するだけでウキウキします。
するとですよ。差し出したサラダを見るのに、お兄ぃの目が寄るの。
これは中々見られない顔を見ることができない表情です。貴重なスナップです。心のアルバムに、また一枚保存っと。
あれっ? お兄ぃが目をつむんだ。そしてコクンて唾でも飲み込む仕草をして口を開くと、ガボチャサラダを食べるんです。
ただのサラダですよ。なんか覚悟でもいるんでしょうか。可笑しな、お兄ぃですね。でもモグモグと食べていくと顔の表情が段々と柔らかくなっていく。
「どうでした?」
「うん、案外、イケるもんだね。美味しかったよ」
「良かったぁ」
食べてもらえて良かったぁ。お兄ぃに是非にと食べてもらって良かったぁ。なら、ご褒美もらってもいいよね。
「ところで、お兄ぃ?」
「ん? 何」
「お兄ぃの食べてるクリームパスタ、とっても美味しかったの。ほんのちょっとでいいから、お代わりもらっていいですか?」
えへへ。おねだりしちゃいました。
クリームパスタが本当に美味しかったのもあるんですが、お兄ぃに食べさせてもらうっていうのがいいんですよ。お味噌なんです。
そうしたら、なぜでしょう。お兄ぃが慌てる慌てる。慌てふためいてポッケットからなんか出そうと、悪戦苦闘しているんです。
一体何があったんでしょうね。でも、上手に出せなかったみたいです。どうやら諦めたようなのですが、
「別にいいけど、大丈夫なのかい。ダイエットとかしているんじゃなかったっけ。このクリームパスタ、結構カロリーが高そうだよ」
お兄ぃに心配されてしまいました。
思い出すのも怖いんのですが、実は夏休み中前にお腹の肉が大変なことにになってしまい、その後から確かにダイエットしていましたよ。
上手にいって、何とか元の体型に戻りましたけどね。
お兄ぃと楽しもうとした夏休みを不意にしてしまいました。残念でしょうがなかったんです。
来年こそ、可愛い水着を見せてあげますね。絶対、喜ばせてあげますよ。可愛いねて褒めてください。
「お兄ぃ。少しくらいなら、食べたって大丈夫ですって」
実はネットの記事に書いてあったんです。
「それに、楽しく食べれば、消化に良いっていうじゃありませんか」
「それは、そうなんだけどな」
「私は、お兄ぃと一緒に食べら事が嬉しいの。幸せなんです。胸の中がポッ、ポッと熱くなります。カロリーなんて、すぐ燃やしちゃいますよ」
「そんなものなのか。まあ、美鳥、お前が良ければ、別にいいんだけどな。どうなったって知らないよ」
今の私なら、パスタの一口など、問題ではありません。そう、うん、多分、大丈夫。
では、お兄ぃ。私に食べさせて、ウフフ、
「もう、大丈夫ですって。では、一口くださいな」
私に夢の続きを見させてくださいませませ。
ア〜ン
その時です。
『風見さん。そちらにいるんですね』
女の人の声が耳に入って来ました。休憩時間にトイレで聞いてしまった声です。私が今、一番恐れている彼女の声が耳に突き刺さってきます。
『一緒に食べませんか?』
とうとう、来てしまったのですね。朝比奈蘭華さんでしたっけ。 先日、男の方に襲われたとか。その時、お兄ぃが彼女を助けたんです。
そんなことがあってお兄ぃのことが気になったみたいで、実力でお兄ぃに気にいってもらうって、さっき、聞いてしまったんです。
『風見さん、居たあ。あっ…………』
私とお兄ぃの周りにいる人混みを抜けて、彼女が姿を現しました。
ちらっと見たんですけど。確かに溌剌として綺麗な方です。
そんな彼女は、私たちを見て止まります。朗らかだった表情が険しいものになり、私を睨みつけてくるのがわかりました。
ここは負ける訳にはいきません。私も睨み返します。お兄ぃを他の人に取られるのはイヤなんです。引く訳にはいかないんです。もっと見せてつけてあげないと。
そうだ、ここはこうすれば良いのかもしれない。朝比奈さんから、視線を外さずに、自分の記憶を頼りにお兄ぃの手を探んです。
ありました。見つけました。
私の手は、お兄ぃの手を握り、さらに腕を抱き寄せる。ギュッと抱いて彼女に見せつけてあげるんです。
『美鳥! おいっ』
お兄ぃも驚くのは、当然です。でも、ここは、女の戦いです。
「お兄ぃは黙って」
引いてはいけないのです。
朝比奈さん。お兄ぃの彼女は私なんだよ。貴女なんか、お呼びではありません。とっとと他に行っちゃてくださいって。
暫く睨み合いが続きます。彼女から強い意志が感じられました。でも、私も負けられないの。
お願い。朝比奈さん! 私からお兄ぃを取らないで。
お願い。お願い。お願い。お願い。
彼女の瞳から視線を外さないで、一心不乱に念じます。
お願い。お願い。お願い。お願い。
実をいうと、こういうことをやるのは2度目かもしれない。
中学で、お兄ぃがバトミントンの試合でペアを組んでいた高梨先輩にもした事があるんです。
だって、あの人も、猛烈にお兄ぃにアタック掛けてくるんだもん。
止めて、お兄ぃを取らないでって、ずっと睨んでいたんです。
どれくらい続けていたんでしょう。10秒? 1分? それとも3分?
あっ、彼女の瞳が揺らいだ。そしてクシャッと彼女の顔の表情が崩れます。
どうやら、私が負けたわけではなさそう。
朝比奈さんは持っていた食事の乗ったトレイを取り落とし、踵を返して食堂から出ていくようです。お連れさんも彼女を追って行きました。
そうしたら、お兄ぃまで彼女を追っかけて行きそうなんだもん。力を込めて全力で止めました。
「美鳥! どうして?」
お兄いは私の腕を振り解こうとしますが、
「いいんです。お兄ぃは追っかけなくていいんです。何にもしないで私の横にいてください。お願い」
「美鳥、お前」
「お願いします。私の横に………」
いてください。側から離れないでください。
お兄ぃの腕に頭を埋めて、もっと抱きしめます。彼女の元へは行かないようにと。そして祈るんです。
行かないで、行かないで、行かないで………
目を瞑って、お兄ぃの腕を抱き締めていると、
『風見ぃ、このヴァカ風見。乙女の純な恋心を踏み躙りやっガッって』
お兄ぃに怒りをぶつける叫びが耳に入ってきました。一体誰なんでしょう。
見ると肩を怒らせ、眉を引き上げて、怒りの顔を好調させている人が、お兄ぃを睨みつけています。
そうだ。この声、トイレで朝比奈さんと話をしていた人です。朝比奈さんならわかるのですが、なぜ彼女が怒っているのでしょう。
『今日の部活の後、私と試合しろ。果たし状だよ。多少、バトミントンがうまいらしいが、私がそんなものぶち壊してやる。ケチョンケチョンにな。逃げるなよ』
捨てセリフを残して彼女は朝比奈さんを追っかけて行ってしまいました。
「お兄ぃ、今のって?」
「ああっ、彼女は石動だよ。この前、話しただろう。朝、助けたて女の子。朝比奈。その子の友達なんた。二人とも俺と同じ、バトミントン部に入っているんだ」
「でも、お兄ぃと試合とか果し状ってどう言う事なんでしょう」
「俺にも、分からん。石動が友達思いっていうのは、最近知ったんだけどな」
「そうなんですね。でも、いきなり、逃げるなよなんて言われても、お兄ぃ、困るのではないですか」
「全くだよ。ところで美鳥。お前、朝比奈から睨まれていたんじゃないか。何か、あったのか?」
ギクゥ
「私も分からないですよ。いきなり睨みつけられるんだもん。以前、彼女たちの話を耳にしただけで、直接、話をしたことはないし。折角、お兄ぃとランチを楽しんでいたのに酷い話しですよね」
「そうだよな。ごめんな、美鳥。朝比奈のことで気分悪くしたなら、俺が謝るから」
違うんです。お兄ぃは悪くない。これはお兄ぃを賭けた、女の戦いなんです。絶対負けられない。
お兄ぃの彼女は私なんですから。朝比奈さんに譲る気なんてサラサラないのですから。
「しかし、どうしよう。試合って言ってもなあ。俺、最後まで試合続けられないんだよな」
そうなんです。以前、お兄ぃから教えてもらいました。
大きな怪我をして所為で試合の最後まで、もう少しというところで体が動かなくなるって。
だから大会の選手にはなれない。諦めるしかないって。
それでも他の道を見つけてバトミントンを続けてるって。
「困ったな。彼女達になんて言って断ろう?」
「お兄ぃ………」
「美鳥は心配しなくてもいいから。これは俺と彼女達との問題だと思う」
違うんです。違うんです。お兄ぃは悪くない。悪いのは私。
調子に乗って、お兄ぃに甘えたのがいけなかったんです。
みんなから見られるところで見せびらかせるようにア〜ンなんてやった事がいけないんです。
自分のことばっかり考えてしまったのがいけないんです。
でも、これはお兄ぃには言えないと思う。絶対、嫌われる。変なことに巻き込むなって。だから言えない。
「美鳥⁈」
ごめんなさい。ごめんなさい。
私の変な意地の張り合いに巻き込んでしまって。
ごめんなさい。ごめんなさい。こんな浅ましい私を嫌わないで。
お願い、嫌わないで。ごめんなさい。ごめんなさい。
私は、お兄ぃの腕に、再び抱きつき。顔を埋めて声を出さずに昼休みが終わるまでずっと謝り続けました。




