アーン
よろしくお願いします
幼馴染26
アーン
美鳥が口を開けて待っているよ。おっ、唇の間から見える舌まで可愛い。でも、
「みっ、美鳥。頼むから、自分で食べてもらえるか」
頼んでみたけど、反応なし。口を開けたままにして待っている。
「美鳥、流石に、この場で、それは恥ずかしい」
また、お願いしてみるけど、微かに顎の先が左右に触れるだけ。多分、ダメって事なんだろうね。
どうしよう、ちらっと前を見ると鏑木さんも柊さんも、この先、どうなるか、興味深々な顔で見て来るし。
あっ、美鳥が口を閉じてくれた。わかってくれたのか。と思う矢先、再び口が開いて、
「アーン」
っておねだりしてきた。正面で俺たちを見ている二人の目が爛々としてきたよ。
「だから、櫟木さんも、柊さんも見てるし」
頼むから、お願い。
おっ、瞼がピクリと反応した………、口も閉じてくれた。
でも、美鳥の瞼は開く事なく、顔がフルフルと左右に振られる。ダメかぁ。
【おいっ、あそこにいるの琴守じゃないのか】
【一年の子だろ。笑顔が可愛いんだよな】
【俺も、彼女の笑った顔が好きなんだよな】
【その子が隣の奴に、何がせがんでいるみたいなんだ】
【何言っ、】
{何、あの娘、口を開けて、誰かに食べさせてもらおうと言うの}
{もしかして、隣に座ってる男? こんな場所で あ〜ん なんて恥ずかしい。よくできるわ}
{だね。ヴァカじゃない}
{よく見ると、あれって琴守さんでしょ}
{あの娘、フリーじゃなかったっけ。いつの間に彼氏できたの}
{最近、背の高い男とよく連んでいるの見かけたって話聞くわ}
{じゃぁ、あれが、その彼氏?}
{あれって?}【あいつは確か?】
{風見君!}【一年の風見かぁ】
周りから、ガヤガヤと声が聞こえ出した。衆人環視のなか、こんな新婚カップルみたいことやっていれば、目立つに決まっている。どうやら、俺たちってバレたみたいだし、
そして、また、美鳥の口が開いて行く。
「ア〜ン】
おぅ〜と、響めきと共に周りから視線が突き刺さってくる。
「他の、みんなも見てるから」
そうは言ってみたものの、美鳥は、肩をイヤイヤって振って、お断りしてきた。更に、口が裂けるんじゃないかってぐらいに口を広げて催促しきたよ。
「アーン「
こう言うの、針の筵っていうのかな。みんなの視線が痛くって堪らない。
どうしよう。俺の視線は美鳥の唇と手に持つフォークの間を行ったり来たり、
【おい、風見。琴守さんをいつまでも、そのままにさせてるんだ】
{そうよ。彼女、口空いたままで恥ずかしいはず、食べさせてあげてよ}
{そうよ。そう、早く食べさせてあげて。彼氏なんでしょ}
お前らなぁ。周りから見てるだけで勝手なことばかり言いやがって、恥ずかしいだぞ。ああ、顔が熱くなってきた。でもなあ………、
【それとも、俺が代わってやるかぁ】
その言葉を聞いて、思わず立ち上がりかけた。何処のどいつだあ。周りを見渡すけど、言った奴なんか、分かりっこない。
でも、うん。なんか。踏ん切りがついた。覚悟決めよう。早速、クリームソースの掛かるパスタにフォークを差し込み、クルクルと巻きつけて行く。
おっと、ベーコンもつけてやらないとな。ほうれん草を少しつけて。
そういえば美鳥、ほうれん草は嫌いじゃなかったよな。鉄分も入ってるしね。
そして、クリームが垂れないように少し降ってから、美鳥の口元にフォークを持って行く。
唇に軽く乗せてやると美鳥は、そのまま、フォークの先からパスタを食べてくれた。
口元を手で隠してモグモグと食べている姿が小動物みたいで、なかなか可愛い。
そのうち喉がゴクンと動いて、美鳥の顔が、
パアッ
と、綻ぶ。オーラでも出ているんじゃないかって朗らかな笑顔なんだ。
俺も、そうだが鏑木さんも柊さんも、周りの皆んなもほっこりとした顔をしてる。
「美味しい。お兄ぃ、ありがとうございます。本当に美味しいんですね」
美鳥の目が厳かに開かれ、お言葉がつむがれる。周りを見渡すと、
{だめ! 甘くって砂糖吐いちゃう}
[おい、誰か、コーヒー持ってきてくれ。ブラックでいい.
う〜んと濃い奴にしてくれ]
{私、コーヒー苦手なんです。うんと濃く入れたお茶持ってきてくれますか}
なんて叫び声が広がっている。
俺は、アタフタと周りを見ていると、美鳥が何かをしているのに気づいた。
美鳥は自分にレディースセットの中でソースの掛かったカツを細かく切っていた。
良かった、やっと自分の食事を始めてくれたのか、思った矢先、
カツをフォークに刺して、あろうことか、俺の口元へ運んできたんだ。ご丁寧にソースが下に垂れないように片方の手を下に添えて、屈託のない笑顔で
「ア〜ン」
さあ、飯上がれとばかりに差し出してきたんだ。
周りから再び、響めきが湧き上がり、さあ、どうするとでもいうように生暖かい視線が向けられてきた。俺は、もう耐えられそうにない。頬が引き攣る。
「美鳥。俺は、いいよ。お前が食べてれればいいから」
「………いいえ、お兄ぃも気にしていたでしょう。このカツ。ですから是非どうぞ」
一瞬、キャトンとした顔になるのだが、すぐに元の笑顔に戻って、口をアの形にして、
「アーン」
再び、フォークを俺の口元へ差し出してくる。周りからは、早く食べてやれよって、命令にも似た感情がヒシッと伝わってきた。
「召し上がれ」
ここまで言われて、食べないわけには行かない。もう、どうにでもなれ。恥ずかしいなんて言っていられない。美鳥の笑顔が俺の恥ずかしいっていう気持ちを溶かしてしまったみたいだ。
俺は覚悟を決めて、小さく切られたカツを口の中に入れた。噛んでみる。
食感は本物の肉と、そう変わらない。塩気が少し強いかな。大豆の風味も感じるし、味はあっさりとしているから鶏肉に近いかな。
「どうですか? 美味しい?」
「ああ、美味しいよ。鶏肉に近い味かな」
「良かった。じゃあ、私も食べちゃいますね」
美鳥はカツをフォークに刺して口に運んで食べていく。
【どう見ても、ヴァカップルだ】
【ウチの学校にも、こんな奴らいたんだ】
【写メでも撮ってやるか】
{拡散させてりして}
{やめときな。バレたら大変になるって}
周りから、そんなヒソヒソ声が聞こえてきた。それにしてもヴァカプルとは酷い言いようだね。
「本当だ。でもこれなら、充分肉として食べていけますね。ウチでも作ってもらおう。いえ、違います。私が作って、お兄ぃに食べて貰えばいいんだ。頑張って作ります。是非、食べにきてくださいね」
「おう。期待して待ってるよ。美鳥の手料理だもんな」
「えへへ」
「美鳥、折角の料理が冷めるから、早く食べよう。昼休みの時間だってなくなるぞ」
「そうでした。早く食べないと。先生に、授業の準備手伝ってくれって頼まれているんです」
「なら、余計に早く食べないといけないんじゃないの」
「はい」
と言って美鳥は、やっと自分のランチを食べてくれた。今だに、生暖かい視線がまとわりついているが、さっきよりは少なっている。
おかげで、クリームパスタの残りを食べることができるよ。
それにしても、今日の美鳥はヴァカに積極的なんだよな。こんな、みんなに見られる状況でおねだりしたり。カツを手ずから食べさせてくれたりするんだもんな。恥ずかしいったらありゃしない。本当にどうしたんだろうね。
パスタをフォークの巻きつけ、口の運んだところで、
「お兄ぃ」
「んっ」
一体なんだって、と美鳥に顔を向けると。
「はい!」
フォークにカボチャサラダを乗せて俺の口元まで持ってきた。
「いいのか。美鳥の分だろ。俺はいいよ」
「このサラダも凄くおいしいんですよ。是非、お兄いも食べてくださいよ。ねっ!」
冷めていたはずなのに、周りからの視線に熱が篭る。
[また、やってるよ。よくやるねぇ]
そんな呟きが耳に入ってくるよ。でも、美鳥の奴、
「ア〜ン」
って、嬉ししそうな顔を見せてくるんだ。こんな顔をされたら、断るななんて出来っこない。
一度やるも2度やるも一緒だよ。覚悟を決めて、サラダを口に入れてあげたよ。
うん、かぼちゃの実は柔らかいし、ドレッシングと良く絡んでる。結構、イケルね。
「どうでした?」
「うん、案外、イケるもんだね。美味しかったよ」
「良かったぁ」
再び、美鳥の顔がパアァっという具合に解れる。こういう表情ならな何度でも見ていたいものだね。
「ところで、お兄ぃ?」
「ん? 何」
「お兄ぃの食べてるクリームパスタ、とっても美味しかったの。ほんのちょっとでいいから、お代わりもらっていい?」
美鳥は頬を微かに染めてハニカミながらお願いしてきたんだ。
思わず、スマホを探してしまった。この表情を残したいって思ったよ。
でも心のアルバムには焼き付けておいたからね。いつでも、思い出せるようにね。
「別にいいけど、大丈夫なのかい。ダイエットとかしているんじゃなかったっけ。このクリームパスタ、結構カロリーだがそうだよ」
そうなんだ。美鳥の奴、夏休み前からダイエットしているのだった。迂闊に食べさせたらリバウンドで大変なことになるんじゃないか。
「ふふ、少しくらいなら、大丈夫ですって。それに、楽しく食べれば、消化にいいっていうじゃありませんか」
「それは、そうなんだけどな」
「私は、お兄ぃと一緒に食べられて、楽しのです。幸せなんです。胸の中がポッ、ポッと熱いんです。カロリーなんて、すぐ燃やしちゃいますよ」
「そんなものなのか。まあ、美鳥、お前が良ければ、別にいいんだけどな。どうなったって知らないよ」
「大丈夫。では、一口ください」
ア〜ン
美鳥は、幸せそうな顔をして、可愛く口開けた。
俺は美鳥の顔と手元のクリームパスタをなん度も見比べ、どうにでもなれとフォークに巻いたパスタを美鳥の口へ。
そこへ、
「風見さん。そちらにいるんですね」
俺たちを見物している人垣の奥から、声をかけられた。
「一緒に食べませんか?」
この声は……,確か、
朝比奈か。最近、良くも悪くも絡んでくる彼女がこの場に来てしまったよだ。
「風見さん、居たあ。あっ…………」
朝比奈は人垣を抜けて、俺たちの前に出た。その後に彼女の友達の姿もみえた。
間の悪いことに、丁度、美鳥へパスタをあげたタイミングで。
朝比奈の体が凍りついたように固まる。一瞬、射抜くような鋭い視線を感じた。
でも、それは俺に向けてではない。美鳥に対してだ。
美鳥も朝比奈に顔を向けている。横顔は見えるが顔の表情は分からない。お互い見やっているのか、無言が続く。
そのうち、美鳥の手が空を掻く。そして、フォークを差し出したまま、止まっていた俺の手を掴んできた。
更に手繰り寄せられて、腕を抱き締められた。手にしたフォークが床に落ちる。
「美鳥! おいっ」
「お兄ぃは黙って」
周りの気温が下がっていくような感じがする。頬に冷たいものが感じらたよ。
数秒だったのかもしれない。数分だったかもしれない。時間の流れが止まったみたいなんだ。
いつまで、続くんだと考えあぐねていると、
ガシャ、
朝比奈の顔がクシャと歪んだ。手元からトレイが滑り落ちる。そして、彼女は踵を返すと食堂の出口へ走り出してしまう。目から雫が散るのが見えた。
「蘭華」
石動が朝比奈の後を追う。俺も椅子から腰を浮かせたんだけど美鳥が腕を引っ張って立ち上がらせてくれない。
「美鳥! どうして?」
「いいんです。お兄ぃは追っかけなくていいんです。何にもしないで私の横にいてください。お願い」
「美鳥、お前」
「お願いします。私の横に………」
周りのみんなも呆気に取られて、静寂が続く中、石動が戻ってきた。
「風見ぃ、このヴァカ風見。乙女の純な恋心を踏み躙りやっガッって」
肩を怒らせ、眉を引き上げて、
「今日の部活の後、私と試合しろ。果たし状だよ。多少、バトミントンがうまいらしいが、私がそんなものぶち壊してやる。ケチョンケチョンにな。逃げるなよ」
吐き捨てるように言うと、向きを変えて朝比奈を追って食堂から出て行ってしまった。
俺と、バトミントンの試合? ケチョンケチョン? 一体、どうしたら、こうなるんだ。
ありがとうございました。




