・・・・
俺の声が教室に響いていく。周りの音が一切無くなり、辺りの空気が緊張するかに見え、身構えた………、
…………あれ?
様子がおかしいと言うか、何もない。気配が弛緩し、雑談やらの喧騒が聞こえてきた。
「おい、みんなぁ」
恐る恐る、俺は教室の中のみんなに、声を掛けようと………、
「風見、今更、何言ってるの。皆んな承知してるぜ。琴守とお前が付き合ってるの」
「わざわざ、見せびらかすたあ、いい度胸だ」
「1人もんの気持ち、踏み躙りやがって! 昼休みは屋上な」
クラスの男どもがブーイングと一緒に声を掛けてきた。
女の子たちは、と見ればひそひそと話したと思えば羨望とやっかみの視線を向けてきて、チラッ、チラッと覗いてくる。
「風見さん。いろんな所で琴守さんと一緒にいるとこ見られているんですよ」
「えっ、そうなの?」
「はい。私も、縁日の日に浴衣を着た琴守さんと風見くんが笑いながら並んで歩いているのを見かけていました」
隣の席に座る長谷川さんから、いきなりのスクープ発言があった。
あの時か! 美鳥とコトリが入れ替わって、縁日の露店で食べ漁った時だ。
「他にも、プールで風見さんが琴守さんを抱っこして走り回ったの目撃した人もいるんですよ。ウチのクラスの裏サイトで話題になっていました」
そんな所まで見られていたんだ。美鳥の友達と一緒にプールに遊びに行った時だよな。美鳥がはしゃぎ過ぎて寝落ちした時だ。
確かにプールじゃ、人出も多いから、クラスメートがいる可能性だってあるけど、あのシーンを見られているとは、不覚だ。
しかし,ウチのクラスにも裏サイトなんてあったんだ。俺は知らなかったぞ。
「だから、今更,何⁈って感じなんだよ。バレバレもいいとこなんだよ」
教室の一角から、そんな言葉が飛んでくる。
「春先に琴守が、いきなり、鼻血を出して倒れた時があっただろ、風見がお姫様抱っこで保健室に連れて行ってやったじゃないか。あの頃からだぞ、琴守の雰囲気変わったの」
あの時かぁ。俺の机にいるコットンと一悶着あった時だよ。
「美鳥さんが風見君を見る目を見れば、あなたが好きなんだって、すぐわかりますよ。あぁ、この娘は風見君に恋してるんだって」
まいったね。あの後、情けない姿を美鳥に晒したんだよな。美鳥のウチで弱音吐いたんだ。
「それに風見っち、怪我した美鳥をおぶって、保健室まで降りて行ったでしょ。あの後からあなたたち2人の距離が縮まっていたの。どう見ても恋したもの同士の距離じゃん。見ていて,あからさま過ぎて呆れたよ」
美鳥が足を挫いた時だ。あの後、告白したんだよな。2人の距離感かぁ。周りには気をつけていたんだけど、気が付かれるものなんだね。
「まっ、あれだ。お前らは、クラス皆んなが認めるカップルなんだよ。安心しろや。誰もちょっかいなんか出さないからよ」
「お、おうよ。ありがと。これからも美鳥共々よろしくな」
なんか,クラスの皆んなにお墨付きをもらった気分。
もう、気兼ねすることなく美鳥と肩を並べられるってことだ。なんか勇んで声を上げたものの、狐に摘まれたような気分だね。
「美鳥、良かったな。皆んな、俺たちを認めてくれてるってよ」
傍にいる美鳥を抱き寄せて声を掛けた。
あれ?
あれっ、反応がない。心配になって腕で彼女を揺さぶってみる。
「美鳥⁈ おい!美鳥。どうした?」
美鳥の様子がおかしい。返事が無いし,体を振るに任せて頭がユラユラと揺れるだけ。だらんと俺に体を預けてくる。
「おい、美鳥⁈ 美鳥、大丈夫か?」
ビクンッ
美鳥は何度目かの呼び声に,肩を震わせた。亜麻色の髪も揺れる。そして半分、瞼を閉じた目で俺を見上げてきた。寝ぼけ眼だね。
「………かっ、………かずっ、一孝さん。わたっ、私、どうして?」
そして瞬きをする毎に俺を見つめてくるヘイゼルの瞳にだんだんと意思が宿ってきた。本当にどうしたんだろう。気でも失っていたのかな。
「なんか、思いがけない言葉を聞いて、何がなんだかわからなくなって目の前が真っ白になってしまって。その後の覚えてないのです」
オロオロと美鳥が俺に話してくる。眉をはの字にして縋るようにして、小さく可愛い唇は言葉を紡ぐ。
どうやら、本当に気を失ってしまったようだ。美鳥にも俺の恋人宣言が強烈過ぎたんだ。急すぎたかなあ。ごめんよ。美鳥。
「一孝さん、私,どうかしていましたか? 変なこと呟いていませんでした?」
「ない、ない。大丈夫だから。それより、お前に相談もせずに、いきなり宣言をして,ごめんな。驚かしてしまったね」
「本当に,そうですよ。心構えもできてないのに,いきなり過ぎると思いませんか」
「ごめんな。ちょっと焦り過ぎたかも知れなかったね。でもね、皆んなには分かってもらえたと思うよ」
「そうなんですか? なら,いいのですけど。なんか皆んなの視線が気になるんですが………」
起きがけにクラスのみんなの生ぬるい視線に晒されて、美鳥は居心地が悪そう。俺は頭を下げて彼女の耳に口を近づけて、そっと伝える。
「なんか。俺たちの仲って、いろんなとこで見られていて、皆んなには知られているみたいなんだよ」
「えっ」
ギョッとして、美鳥は恐る恐る周りを見渡していく。周りからのジットリとした視線に、いつの間にか掴んでいた俺のシャツの裾を握る力を強くする。
「バレバレだったんですか? 私たちって。なんか恥ずかしいよお。どうしましょう? 一孝さぁん」
更に顔を曇らせる美鳥の頭に手を置いて、ヨシヨシと軽くさすってあげる。
「どうって事ないね。皆んなには認めてもらっているんだ。怯える事ないよ」
「でもぅ、でもぅ。一孝さん」
「大丈夫だって。堂々としていればいいって。それより、早く自分の机に行かないと先生来ちゃうよ。クラス委員のお仕事しないといけないんじゃないかい」
「ですけど………そうでした。私には、しないといけないことがありました」
俺の一言を聞いて、美鳥は気を取り直したようだ。思わず、彼女の頭をナデナデしてあげた。彼女は目を細めて気持ち良さげな顔を俺に見せくれた。
「フフッ。なんか、一孝さんに撫でてもらうと気持ちいいですね。フニフニと嬉しくなってしまうんですよ」
「そっ,そうか」
「そうなんですよ。もう少し,このまま………」
美鳥が俺に体を寄せ付け、顔を綻ばせて,もっともっとせっついてきたのだけど、
『いい加減にしてくれよ。いちゃつくなら他でやってくれよ』
『そうだ、そうだあ、ここは学校だろ。場所を弁えろよなあ』
『ほどほどにしないと、ネットに流すぞ』
それは困るな。どうやら2人の世界に入り込み過ぎたようで,ヴーイングを喰らってしまった。
「すまん、すまん」
俺は皆んなには手刀を切りつつ美鳥と教室の奥へと入って行く。でも、
「一孝さん、どうしましょう。なんか腰に力が入りません。上手く歩けませんよう」
覚束ない足取りで美鳥は俺にしがみついてきた。俺って美鳥が腰を抜かすようなこと言ってたっけ。仕方なしに足元をふらつかせる美鳥の腰を支えて彼女の席まで連れいく。
「ありがとうございます。足がガクガクしちゃって」
周りからのまとわり付く視線を無視して彼女を座らせると、後ろの席に座る娘に彼女を託した。
「河合さん。後、頼むね」
「フフ、ご馳走様」
顔をニンマリとさせている美鳥の友人の表情に背筋に冷たいものを感じながらも、自分の席に戻る。途中、クラスメートの何か言いたげな視線は見ないようにして自分の席に戻った。
しかし、なんだろう。雰囲気が違う。静か過ぎる。
いつもなら,何やら茶々を入れられる言葉がない。静か過ぎるんだ。俺の机の上にいるはずの彼奴の声が聞こえてこない。
亜麻色の長い髪をした美鳥そっくりの粘土フィギュア。クリクリっとしたヘイゼルの瞳、ふっくらと膨らんだすべすべな頬、そしてブニブニと柔らかそうな唇が俺に話しかけてくるはずなんだ。不思議に思って自分の机を見て我が目を疑う。
「増えてる?」
昨日まで机の上にいたのは一体だけだったのだけれど、もう一体、黒髪の男の子を模したフィギュアが見えた。亜麻色の髪のフィギュアに寄り添うように机の縁に座っている。
あれっ、どこかで見たことのあるフィギュアだ………
「あっ!」
思わず、声が漏れてしまった。
そうだ。クラスメートの真壁君が夏休みに行って来たクリエイターが集って展示、販売をするイベント土産のフィギュアだ。俺にそっくりだってプレゼントをしてくれたんだよな。
それが、何故か2人並んで、俺の机の上にいる。
確かに彼から譲り受けてから、そのまま放置していた。粘土フィギュアのコットンが偉く気に入っていたようだけど………、なんか仲睦まじく2人で座っている。
よく見ると心なしか、コットンの大きさが縮んだように見えるけど見間違いじゃない。実のところ、見えるというのは語弊がある。
俺の机に座るフィギュアのコットンは他のクラスメートには見えない。何故か俺と美鳥にしか見えないんだ。
だって,そうだろう。こんな人形みたいなのが机の上にあってみろ。すぐに騒ぎになってしまう。俺が異常な嗜好を持つって勘違いされてしまうよ。
「おい、コットン!」
「なんじゃ」
俺の問いに美鳥と同じ声が返ってくる。話し方が昔のお姫様っぽいんで美鳥ではないとわかるのだけど,偶に惑わせられる。
「隣の奴って、真壁君にもらったのだろ。どうしたんだ? 馬鹿に仲良く座っているように見えるのだけど」
「五月蝿い。主には関わりのないこと。授業が始まるぞ。早よ、座らんか。しっしっ」
鋭い瞳に睨み返され、手で追い払われ、けんもほろろな対応をされてしまった。いつもなら美鳥との仲を冷やかされるに、どうしたんだろう。
「関わりのないって、何を言うんだか。お前の座る机って俺のだろ」
「違うぞ。この学舎のものであろう。ヌシはただ使っているに過ぎんのではないか? なら、儂が使うて何が悪い」
「悪いって,コットンは、ここの生徒じゃないだろう」
「違なことを言う。共に教師の教えを聞いておるではないか。なら,我も輩であろう。ここに座しても構わぬのではないか。違うかえ」
全く、あーいえば、こー言う。屁理屈ばかり捏ねやがって。こいつが机にいるのには慣れた,いや、慣らされた。
「わかったよ。好きにしな」
「聞き分けが良くて助かる。我らのことは、ほっといてくれ」
話はここで終わりとばかりにコットンは俺に背を向けた。
「ところで,コットン?」
しかし,俺は、コットンに再び、言葉ををかける。
「なんじゃ」
「お前様、なんか、背が縮んでないか? 前はもっと背が高かったぞ」
確か、昨日までは、俺の座高より少し低いぐらいだったのが、今は真壁君が貰って来たフィギュアと同じくらい,そうバスケットボールぐらいになっている。
それを確かめたくて、思わずコットンの頭に手を置こうとして腕を伸ばしてしまった。すると、
バシッ
手を叩かれてしまう。それもコットンの隣に座しているフィギュアに。動くとは微塵も思わなかったのに。俺にそっくりだと言われた顔で,こっちを睨み付けて、
【俺の嫁に何をする気だ?!】
頭の中に見知らぬ、声が響く。
ちょっと待て? 嫁だあ? コットンがお嫁さん? 意味がわからん。誰か教えてくれ!?