恋人宣言
ドアを開けて琴守家の玄関を出る。外には笑顔を湛えている美鳥が待っていてくれた。
「待たせたね。行こうか」
「はい、行きましょう。一孝さん」
本当に綺麗になったと思うよ。金髪に見まごう亜麻色の髪。シミひとつ見当たらない白い肌の顔からヘイゼルの瞳で俺を見つめてきてくれる。
何よりも美鳥の笑顔が良いんだ。心臓の鼓動が跳ね上がり、頭の芯が震え、心が温かくなる。
「ありがとうございます。迎えに来ていただいて。とっても嬉しいですよ」
キラキラと瞳を輝かせて笑っている。そんな顔が本当に愛おしい。
「喜んでくれて良かったな。こんなことなら、もっと早くすれば良かったよ」
怪我をして、いや、その前から美鳥には、いい加減な態度をしていたと思う。興味ある時だけ、ちょっかいを出して、適当なことを言っていた。
それを美鳥は大真面目に取り合ってくれていたんだ。バトミントンを始めた時から興味が、そっちに移って、さぞ寂しい思いをしていたんじゃないのか。
怪我をして長期にわたって意識を失い、目覚めたのは良いものの、バトミントンに打ち込むことができなくなって自暴自棄になっていた時なんか、彼女を忘れていたりしていなかったか。
学校に戻ることができた時、
『お兄ぃのヴァカァ』
って言われて初めて、思い出しやがって。
思い出したのはいいのだけど、自分の体が壊れていることを理由に自分を忘れさせて他の奴とくっつけばいいって投げやりになっていなかったか。ウジウジした対応をして泣かしてしまったじゃないか。
「一孝さんのマンションから、ウチって、結構離れているじゃないですか。考えもしてなかったんです」
それみろ、こんなにふうに遠慮されていたんだぞ。なんで動かなかったんだ。昔に戻って、俺自身を罵倒してやりたいよ。
「ごめんな。今まで寂しい想いさせて。決めたんだよ。これからは美鳥と一緒にいようって
。それとも、大きなお世話だったか?」
だめだなあ、もっと自分自信に自信を持てよ。変な質問して美鳥を困らせるんじゃない。
「そんなことないです」
ほらみろ、力いっぱい否定されて、困ってるぞ、きっと。
「前々から、少しは、そうなったらなあとは思っていましたけど、まさか、叶うなんて」
美鳥を俺に振り向くと手を合わせて喜ぶ顔を見せてくれた。
「私は幸せものです。一孝さんと、これから一緒に学校へ行けるですから」
ガフっ
しまった。右ストレートのスマイルパンチを諸に喰らってしまった。可愛いのだからしょうがないな。あまりの衝撃に蹈鞴を踏んでふらついてしまう。
「一孝さん! 一孝さん? どうかしましたか」
「何でもないよ。美鳥の笑顔に当てられただけだから、心配するな」
「本当に大丈夫ですか? 偶に他のみんなも同じ反応するんですよ。何でかな?」
無自覚かぁ。美鳥自身、狙ってやっているわけではないしな。こればっかりはしょうがないね。俺が受け入れて慣れるしかない。
でも、どうやって慣れれば良いんだか。
「美鳥の笑顔が眩しいんだ。みんな、それに当てられているだけ。まあ、そんなに気にする事なんかないよ」
俺は、さり気なく美鳥の頭に手を回して撫でであげた。
「ウフフ、一孝さんさんが褒めてくレました。笑顔が眩しいって言ってくれた。なんか、体が幸せでいっぱいです。私、どうしましょう」
美鳥は、嬉しさに赤く染まった頬に手を置くと、クネクネと体をくねらせ始める。
見ていて微笑ましいのだけど、そろそろ学校に向かわないと遅刻してしまう。
「美鳥、浸るのはいいけど、そろそろ行かないと遅刻になるぞ。クラス委員が遅れていいのか?」
「あっ、いけないですね。一孝さん」
喜んでいる美鳥を、いつまでも見ていたい気持ちは山々あるんだけど、周りに通勤、通学で歩いている人も見ているんだ。こんな可愛い仕草は、俺の前だけにしてくれないものか。
「周りの人が見てるぞ。怪しい人だって話されてるかもよ」
さあッと顔色を変えて美鳥は周りを見渡した。まずいと思ったのだろう。周り人たちもサッと見物している態度を隠す。明白な態度がバレバレで美鳥の顔が恥ずかしさで朱に染まる。
赤くなった顔を隠したいのか、美鳥は俺に振り返り、
「もう、もっと早く教えてくださいよぉ。恥ずかしくって、恥ずかしくって外を歩けなくなってしまいます」
と、軽く握った可愛い拳で俺の胸をポカポカと甘叩き。照れている御尊顔も拝むことができた。朝から良いものが見られたよ。
すると、
「早く行きましょ。一孝さんの所為ですよ。嬉しかったり、恥ずかしかったりで顔の火照りが冷めません」
美鳥は俺の手を引っ張り、早足でその場を去ろうする。
こいつの手ってあったかい。そして柔らかい。その温もりに抵抗する気なんてサラサラ起きるはずも無く、黙って引かれるがまま、美鳥と学校へ向かう。
しばらく進んでいって、火照りも冷めて気分も落ち着いてきたのか美鳥の足取りもゆっくりしたものに変わっていく。
「ここまで来れば、さっきの人たちも居ませんね。ふう、恥ずか死ぬところでした。いくら嬉しいからって、みんなに見られるところで………」
見ると、汗なんか、ほとんど掻いてないのに拭う仕草を美鳥はしている。余程、焦っていたのだろうね。
「ハハっ、なかなかの見ものだったよ」
「えっー」
「スマホで撮って美桜さんに送ってやれば良かったよ」
美鳥の母親の美桜さんなら、かぶりつきで何度も見直すんじゃないかな。帰ったら、どんだけ美鳥がいじられるか想像がつくよ。
「やっ、やめてください。帰ったらママに冷やかされて大変です。パパにでも見られたら、ウチで、もう一度やってなんて言われます。そんなの嫌です。絶対しないでくださいね」
美鳥のパパは、美桜さんや姉の美華、そして美鳥を、もう趣味を超えた域で撮影して楽しんでいたりする。さあ、ロケだ。さあスタジオを借りて撮影だなんて言い出しそう。
「わかったよ。あの映像は俺の頭の中にしまっておくよ。それなら良いだろ?」
「本当は、すぐ忘れて欲しいんですけど、しょうがありません。お願いしますね」
「了解」
「くれぐれも他言無用。配信禁止ですよ」
「合点、承知」
俺は空いている手で美鳥の頭をポンポンと軽く叩く、
「もう」
この話は終わりと美鳥はプイッと向きを変えて通学路を進んでいく。勿論、繋いだ俺の手は握ったままだ。周りは同じ高校へ向かう学生が増えてきた。いくら付き合い始めたとは言っても恥ずかしさが先行する。
「ん?」
いきなり、美鳥が立ち止まって振り返った。
「そういえば一孝さん さっきの話って朝比奈さんと事ですよね。私を迎えに来る理由と言ってたのって」
探るような目で美鳥は俺を見上げてきた。
「そうだよ」
プライベートに関わる事なんで、詳しくは話せない。それも、こんな公衆のど真ん中で。でも美鳥の真剣な眼差しが、許してくれそうもない
「なんで分かったんだ? 美鳥」
「お昼休みに彼女とすれ違ったんです。その時に感謝とか誠意とか会話が聞こえてきて」
なんだ、先に美鳥が会っていたんだ。
「その後、いきなり一孝さんのところへ来たじゃないですか」
あの時は俺も驚いたよ。話は終わったと言うのに朝比奈の奴、押しかけて来たんだ。強引に話をして来て、痴漢扱いだぞ。
彼女の勢いが凄すぎてタジタジだったし、そのあと高梨まで来て、こき下ろされるし散々だったよ。
「思い返すと、その時の一孝さんとのやり取りが焦っていると言うか切羽詰まってたんですよ。よっぽどのことだったんだと思ったんです」
いや、あれは、俺が遊ばれただけだと思うよ。小悪魔みたいな奴だったね。
「それで朝、一孝さんのストーカーの話を聞いてピンときたんです。あれは朝比奈さんのことじゃないかと」
美鳥の勘の良さに感心してしまう。さすが、俺の彼女だよ。
「美鳥。他の人には言わないでおいてくれよ。確かに朝比奈が巻き込まれたんだ。偶々、俺が気付いたから大したことにはならなかったよ」
そう、相手は一声掛けただけで逃げ出したヤワな野郎だったんだ。
「でも、美鳥が同じようなことに合うかもしれないって思ったら、居ても立っても居られなくなったんだよ。だから朝、迎えにいったんだ」
「嬉しいです。そこまで心配してくれるなんて。美鳥は幸せです」
「そう、思ってくれれば、俺も嬉しいよ」
再び、美鳥の頭をポンポンと軽く叩いてあげた。すると美鳥の相好が崩れる。
キラキラと輝く目で俺を見つめて来てくれた。不思議といつもの衝撃が来ない。ふんわりと優しい気持ちだけが伝わってきたよ。それだけ俺を信頼してくれたのかな。
そこへ、いきなり、
「美鳥。おはよう」
「美鳥さん。おはようございます」
挨拶が飛び込んできた。慌てて、俺たちは向かい合っていた体を離して声の主の方を探す。
ところが美鳥は俺の手を離そうとはしなかったんだね。これが。
「あっ、美月にアヤ。おはよう」
すぐに誰か分かったんだろう。美鳥は返事を返す。
この2人は俺と美鳥のクラスメートの佐々木さんと高谷さん。美鳥とも仲が良いようで休み時間、笑いながら話しているのをよく見かけたな。
「おはようって、美鳥。あなた、何、目を輝かせているの。隣にいるの風見くんでしょ」
「それに、美鳥さんの手が風見さんのを握ったまま。これってどう言うことなのでしょう」
佐々木さんも高谷さんも目を白黒させて俺と美鳥を交互に見てきた。
「美鳥! ちょっと、こっち来なさい」
「詳しいお話を聞かせていただけますか?」
突然、佐々木さんが近づいてきたかと思うと、いきなり美鳥の首に手を回して引っ張っていってしまう。高谷さんもそれについて行って通学路の隅に行った。
何か3人でヒソヒソと話をしている。稀に2人ともチラッ、チラッとニヤつく視線をぶつけてくる。
暫くして、やっと美鳥が2人から解放されて俺の元に戻ってきた。頬も赤い。
「美鳥、3人で何を話していたんだ。なんかベトつく視線を向けられて居心地が悪かったんだけど」
「思いっきり冷やかされました。2人とも言うことに事欠いて、あんな事やそんな事聞いてくるんだもん。こんな処じゃ答え難いことばかり聞いてきて、恥ずかしいったらありません」
美鳥が何を質問されたかは想像がつくけど、敢えて聞くことはしない。美鳥も恥ずかしがっているし、俺もドツボにハマってしまうかもしれないからね。
「一孝さん。もう、学校行きたくありません。2人してサボっちゃいましょう」
「まあまあ、そう言うわけにはいかないよ。兎に角、行かないとね」
後は、顔をを赤くしたままの美鳥を宥めつつ、校門を入り教室まで歩いていく。
手を繋いだまま廊下を進んでいくものだから、周りから注目されて、好奇心や、やっかみの視線が刺さってくる。しかし、ここで引き返すわけにはいかない。
なんせ、これから、一世一代の大仕事が待ち受けてるんだから。
教室に入るドアの前で、
「本当に入るのですか?」
美鳥は入るのが嫌そうに、俺の顔を何度も振り返り見て、聞いてきた。俺は、そんな美鳥に寄り添って、彼女の腰に手を回して引き寄せて、
「ハワワワァ。一孝さん?」
一緒にドアを開けて中に入る。
「みんな!聞いてくれ。美鳥と正式に付き合うことにしたから、よろしくな。俺の恋人なんだから、ちょっかい出すなよ」
俺は宣言した。みんなを前に言い切ったよ。