コトリは…
よろしくお願いします。
今度は美鳥が私を見てきた。胸元で手をぎゅっと握り真剣な目をして、
「この子のことだけど」
「うん」
「この子は私なの」
「うん」
「この子は、私が一孝さんに会いたいなっていう気持ちなの。それが形になったの」
「そっ、そうなの」
「この子は、だからかな、私が小さい頃にそっくりで」
「本当ね」
「この子はチョコが大好きなの
「うんうん」
「この子がチョコ食べすぎて」
「美鳥もそうだったね」
美鳥の頬が不満げに膨らむ。
「頬がニキビでいっぱいになったの。覚えてる?」
「あ〜、あの時ね。慌てたもんね」
「この子が大元」
「コラって、コトリ」
「えへへ」
「でもね。私が寂しい時、お兄ぃに知らせてくれたんだよ」
「そうなの、コトリ」
「うん」
「えらい、えらい」
「へへ」
「で、昨日なんだけど」
「どうかしたの?」
美鳥が両手の指を頭に乗せる。
「この子と頭をゴッツンコして」
「大丈夫?痛くなかったかしら」
「入れ替わっちゃった」
「えっ、じゃあ」
「うん、そう」
「あの時、抱きついて甘えたのは」
「はいはーい、コトリでしたぁ」
それで、さっき抱きしめた時に、思い出したのね
てっ、私は瞬きした時に、コトリの姿が変わった。
白地に赤の金魚が染め抜かれた浴衣に、
「コトリ、浴衣」
「うん、大好きな浴衣なの」
私の目から再び涙が流れた。
美鳥が、この浴衣を気に入って、夏の間、縁日に及ばず外出したりする時以外にもウチの中でも着ていたっけ。
でも、この浴衣を着ているコトリは、
浴衣の袖から出ている細い腕は、透けて見えた。手の形はわかるのだけれど、腕の下にある浴衣と染め抜かれた赤い金魚か。わかるの。
この子は、人ではない。
じゃあ、なんなの?
そんなこと関係ない。
この子はコトリ、そして……、私の娘。
「ああっ、私もヘンテコな世界の住人になったのね」
「それっで美華お姉ちゃんも言ってたよ」
えっ
「美華もコトリを知ってるの?」
「シェインズの撮影の時に美華お姉ちゃんに会わせたの」
「そんな前に」
「うん、ごめんなさい。もっと早くママにも合わせればよかったね」
「美華も驚いていなかった?」
「全然、あっさりとわかってくれたよ」
「あの娘らしいわ」
「で、昨日はコトリが花火の音で気を失いまして」
「大丈夫たったの?」
「心配で様子を見るのに一孝さんのマンションに泊まったってわけ」
「やっと納得できたわ。確かに事情を知らない私たちには説明できないね」
不意に目の前で、透き通っている手のひらがフリフリと振られた。
コトリが手を振って、美鳥との会話を折ってしまった。
「二人だけで、お話しないでよぉ。美鳥もママとお話したいよ」
「あらあら、ごめんなさい」
機嫌を悪くして膨らましたコトリの頬を、ツンツンと指先で押す。頬の感触はあるのよね。
すると、スカートのポケットにスマホが振動した。パパだわ。いい加減、美鳥を連れて帰らないといけない。
「美鳥、そろそろ着替えないと」
「はい」
「一孝くん」
私たちの会話を呆然と見聞きしていた彼をも呼ぶ。
「ごめんねえ、美鳥が着替えるから」
「はっ」
「しばらく、外で待機してもらってもいかな。それとも美鳥の生着替えを見学する?」
「ママ!」
「美桜さん」
二人とも頬を染めてアタフタしている。初々しいわぁ。本当に昨夜は何もなかったのね。
一孝くんが自分の部屋を退去して、美鳥は朝のスキンケアを初めて、着替えを初めていった。私は、この子と今までことをこの子の口から聞かせてもらった。
美鳥の着替えも終わり、一孝くんを呼び戻す。
「じゃあ、帰ろうか。パパが首を長くして美鳥が帰ってくるの待ってる。一孝くんも一緒にいご。朝ごはんは琴守家で食べましょう」
「それなんですか、今朝の朝食キャンセルしていなくて、一食抜くと色々とうるさいんです。ですから俺は、ここで食べてからそちらに行きます」
まあ、決まりだもんね。仕方ない。
「代わりにコトリが、うちにくるかな」
あれ、コトリの顔が渋った。下を向いてしまう。
「あのね、ママ。コトリはこの部屋から出られないの」
代わりに、美鳥が説明してくれた。
「なんでかわからないけど、玄関のドアから外に出られないの』
「えっそうなの。コトリ」
コトリは頭を落としたまま、うなづいて返事をした。でも、すぐに顔を上げて、
「でもね、美鳥お姉ちゃんが感じたことはコトリもわかるの。だから今までもママのことは感じてたから寂しくなかったよ」
そうなんだ。じゃあ、
「これからは、私がここへきてあげる。毎日は無理でも、絶対くるからね」
「ありがとう、ママ」
「では、美鳥、帰ろう」
「わかってよママ」
一言二言、一孝くんと話をして美鳥が最初に玄関を出た。続いて私も出る。
コトリが私について出ようとしたんだけど、玄関どのラインでゴッツンコしたみたいに進まなくなった。やはり、出られないのですね。しゃがみ込んだコトリの前に私もしゃがみ込む。そして、小さな声で話をする。
コトリは、ハッと頭を起こして私の顔をみた。
「………はじゃないの」
「コトリはコトリよ」
「うん」
美鳥は、怪訝そうにしている。
「なに話したの?」
「コトリはコトリでいいんだよって教えてあげたの」
「それっで私もお話ししたよ」
「そうなんだ」
美鳥の顔が笑顔に変わる。
「じゃあ、一孝さん、コトリ。行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
コトリは私たちを笑顔で送ってくれた。そして玄関は閉まる。
☆
ママの運転で自宅に戻っています。
そういえば、テレビもラジオも聴いていない。車内は静かに時間が流れていく。
「美鳥ちゃん」
「何、ママ」
唐突に母から呼ばれる。周りの風景は、自宅までもう少しというところまで来てることを示している。
「私ね、美鳥に謝らないといけないことがあるの」
「」
いつにも増して真剣な感じになっているの。一孝さんのマンションに行ってから、何かを考え込んでいるのはわかってる。
「あのね…」
また、しばらく時間が過ぎる。
「私もあの人も、お墓まで持っていくつもりだったのだけど」
そうしていると、ウチに着いてしまった。ママはバックで車を駐車スペースに入れていく。
「実はね、…美鳥はね双子として生まれるはずだったのよ」
「えっ」
本当に、初めて聞くこと。
「美鳥がお腹から出てきた後の後産、盤出の時に赤ちゃんがもう1人出てきたの…」
じゃあ、本当に双子だったんだ。
また、しばらく時間が過ぎる。エンジンのかかったまま、車は微かに震えている。
「もう、事切れて時間が経っていたのでしょう…」
微かに嗚咽が聞こえてきた。そちらを見るとママの目から涙が流れている。泣いているの。
「息することもなく、動くこともなかったのよ」
言葉が出ない。ママの悲しみがわかるの。ヒシと伝わってきた。
「私が、あの子をこの世に出してあげることができなかった」
しばらく、嗚咽が続いた。
「あなたが私の腕の中で、産声あげて泣いている時、私も泣いちゃた」
ママは、私を見ている。
「そんな時にスタッフの人に言われたの。この亡くなった子の魂は生まれ出てきた子に’生きて'って託されているの。しっかり育てなさいって」
私もママを見ている。視界が滲む。涙が出てきた。
その時、わたしの唇が、
「ママどうしたの? どこか痛いの? 泣いてるの?」
言葉を紡ぐ。わたしじゃない。
「コトリも悲しいの。お姉ちゃんも泣いてない?」
私の感情がコトリに伝わったのだろうか。
「美鳥ちゃん、コトリに伝えてくれる。大丈夫だよって」
ママが私に話してくるのだけれど、
「わかった。よかったぁ」
今のは、コトリの言葉。
ママがじっと私を見ている。
私は、頭を小さく振った。
「じゃあ、またねママ」
「ふぅ」
私は嘆息する。
「コトリが話してるんだからね」
「そう、ありがとう」
ママの涙は止まっていない。
しばらくして
「初めての、お乳を飲むあなたを見て、しっかりしなくちゃって思ったのよ」
「しっかりと育てていただきました」
「やりすぎたかなって思う時もあったけど」
「ビシバシだったもんね」
ママが苦笑いしてる。
「そんな時に一孝くんも美鳥を育ててくれたの。彼には感謝してる」
「うん、お兄ぃ大好き、えへ」
ママは正面を向いた、
「あなたの名前を決めて、出生届けを出す時に一緒に死産届けを出したのね」
後で教えてくれた、戸籍にも書かれない。ママとパパの記憶にしか残らない。
車のガラスに、ママの顔が映り込んでいる。
「あなたには'美鳥’と名付けた。もう一人の子にも名は考えたの。奏也さんも知らない名を、私の記憶の中にだけある名。呼んであげたかったけど、できないと思ってた」
「ねえ、ママ」
「ん?」
ママが私をあの顔を見てきた。
「多分、その子は、コトリだよ。私はそう思うの」
「あなたも、そう思ってくれるのね」
「うん」
「さっき、一孝くんの玄関の時のこと覚えてるかな?」
「ゔん」
「その時に名前を、コトリさんにそうっと言ってみたの。そうしたら、ニコッて、笑って'うん'て返事してくれたの」
「うん、そっか。よかったね」
あれっ、そうすると気になることが、
「その子はわたしの妹になるのかな」
「そうなるわね」
「やったあ、私、妹欲しかったんだよ」
「そうだったんだ」
「コトリが私をお姉ちゃんって呼ぶのは、あってるんだね」
「そうよ」
「なんか嬉しい」
「美鳥、ありがとう」
「じゃあ、ママ。コトリに告げた名をいつか教えてくれる」
「なんで?」
「内緒? ふふ」
私と一孝さんの間に女の子ができたら、その子につけてあげるんだ。
「なんとなく、あなたの考えていることはわかるわ」
「えー、なんでわかるの」
「わたしの娘だもんね」
「ウフフ」
「じゃあ、その時はお願いね。さあ、美鳥、パパにおかえりって言いに行こう」
「はい、はーい」
車を降りて玄関から家に入りました。
これで第3章前半終了
次は have Fanの合流です