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この子は コトリ

よろしくお願いします。

 亜麻色の髪が見えた。顎のところで切り揃えられている。その前髪の奥、淡いヘイゼルの瞳が見開いて、私が持つカップを凝視している。指先がカップを掴もうとするのも見えた。


「お兄ぃがコトリのために淹れてくれたの」

「えっ」


 驚いて、頭を後ろに引いてしまった。カップが離れたと思ったら、支えを失ったように下に落ちていく。この子がカップを持ったんじゃないの。


 目に見えるなか、カップが落ちていく。注がれた紅茶も流れて落ちていく。


「あぁ」


 この子が小さい悲鳴をあげた。落ちていくカップをこの子の目線が追っているのがわかる。


   バサっ


 カップは、座っている私の膝に落ちた。そしてライトブラウンのスカート生地の上をころがり。流れ出る紅茶の沁みをひろげながら、更に下に落ちてカーペットの上に転がった。


「あつっ」


 思わず反射的に言ってしまったけど、そんなに熱くない。息を吹きかけなくても大丈夫なくらい、冷めていた。


 「ごめんなさい。こぼしちゃった」


 この子は、後悔を滲ませた目で私を見に来ている。

 そして顔を伏せ、縮こまって体を震わせている。やはり、この子は、この子は…

私は、顔をあげる。この子の向こうに美鳥がいた。私の娘。


「美鳥、タオルないかな、紅茶が溢れたの」

「………」

「美鳥」


 呆然としていた表情が元に戻っていく。


「ママ、あのね」

「美鳥、タオルお願い」

「わかった。一孝さん。タオルどこ?」

「ああ、出してくるから待っててもらって」 


 美鳥、私の娘。大好きな彼氏と一緒に私のためにワタワタと動いてくれている。


   じゃあ、この子は誰?


 見えるのは亜麻色の髪の毛。細くて柔らかいのよね。旋毛の形も可愛いのね。何度となく、見てきていたの。

 この子が顔を伏せて体を震わせている。怒られると思っているのかな。何かにつけ、おどおどして怖がっていたっけ。

 周りの人の視線を意識して、たまに私の機嫌まで見てきたのよ。

 少し扱い辛かった。育て方を間違えたと幾度となく考えたわ。

 でも彼、一孝くんと出会ってか 変わってくれた。素直な子になってくれたんだ。彼には感謝してる。

 そういえば、この子は自分のことを、そして彼もこの子のことは、


「コトリ。コトリちゃん。大丈夫? 火傷とかしてない? 痛くないかな?」


 コトリは顔を伏せたまま、頭を振った。

私も返事をする。


「ママも大丈夫。熱いとこ無いから」


 しばらくして、顔を上げてくれた。一重瞼が開いてヘイゼルカラーの瞳で私を見てきた。パパと同じ瞳の色。そう、この子は私の娘。


「本当に、熱くないの? ママ、痛くない?」

「ええ」

「ママ、ママ」


 と言って私の胸に入り込み、手を背中に回して私を抱いてきた。私も抱き返してあげる。

あれ、この感じ、最近どこかで。確かに小さい時はよく抱いていたけど。この感じは覚えている。


「ママ、ママ。ギュってできたよぉ〜」

「ふふ、コトリは甘えん坊ね」


 ぎゅっと抱きしめてあげて、片手を離し、この子の頭を撫でてあげる。


「ふふふ、ふふふ。ママ、ママ」


 可愛い私の娘、頭と背中をギュってもっと強く抱きしめた。


「うぅ、苦しいよ」

「あら、ごめんなさい。強かったかな?」


 慌てて、抱きしめていた力を弱めるの。この子は私の腕の中から、身じろぎして離れる。


「えへへ、もう大丈夫」


 小さく微笑む顔は美鳥の小さい頃のまんま。


「ママ、タオル持ってきたよ」


 その美鳥がタオルを手に持って近付いてくる。


「えっえぇ」


 タオルじゃなくて美鳥の手を持ち、私は彼女を引き寄せた。片手にコトリ、もう片方に美鳥を抱いてみたの。

 心の奥の扉が開いていく。しっかりと自分で締めたはずなのに綻び開いていく。子供達は知らない。私と旦那様しか知らないこと。


 美鳥、そして、もう1人の我が子よ。


「あれ、顔が濡れてきた」

「ママ、泣いてるの?」


 2人が心配してくれる。


「ねえ、 痛いの?」

「ねえ、なんか悲しいことあったの?」


 私は、もう一度2人を抱き直してから離してあげる。私自身、自分の目の涙を拭う。違うのよ。魂に刺さった楔が外れていく。


「嬉しいの、嬉しいのよ。美鳥、コトリ、2人に会えたのか。嬉しいの」


 コトリが私の涙の流すまなこを覗き込む。


「悲しくないのに涙は出るの?」

「そうよ。嬉しくってたまらなくても出るものよ」

「なら、よかったぁ」


私もよかった、この子が笑ってくれた。

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