凍てつく波動の魔王幹部
私は、暖かかった。
この冷たい、氷と吹雪の世界の中で、私だけが、暖かかった。
暖かいものが、遠くにあるのは知っていた。
初めの時だけ見た、空の頂点の眩しいものや、いつか遠くから、暖かいものが近づいてきたから。
結局、空のものは怖くて、近づいてきたものは遠ざかって、また、冷たいだけになってしまったけど。
いつか、いつか、何かが何周も回った時。
私は、とても強いものに会った。
それは、暖かくはなかったけれど、深い氷よりも玄くて、割れた氷や、あの眩しいものより鋭かった。
私よりいくつか大きく、私よりずっと強かった。
私は、そんな強いものを、“魔王”と知っていた。
「なるほど。初めましてだな、枯渇の。
これほどの冷度ならば、何物も近づけない、というのも頷ける。
いきなりだが、私の配下になる気はないか?」
それは、とても強かったから、私はその“配下”になった。
「ならば、この地にお前の眷属を満たす方法を……
なに、いらない?では熱の持たない氷鳥でも増やすか……」
・
“配下”は、私の他にもいた。
相変わらず寒いけど、でも氷だけじゃない鉄の城で、私はそれらに出会った。
私たちは、それぞれが「世界を終わらすもの」らしい。
“魔王様”は、「黒鉄」、「武力による終わり」。
私は、「氷」、「枯渇による終わり」
そして他の「雷」、「天罰による終わり」
「樹」、「邪神による終わり」
あと、数合わせとして、「罪」、「愚者」。
「罪」や「樹」は好きじゃなかったけど、「雷」は暖かくはないけどすごくて、光って綺麗だった。
それは少しだけ暖かかった。
私たちは、「終わらせるため」に、“魔王様”の命を受けた。
「…………ああ。鉱石には気をつけろ。
そして氷。お前には、特にない。
そのまま凍てつく領域を広げていけば、直に帝国も力尽きる。
罪、お前は重要拠点を繋ぐ村落を潰して回り、補給を……」
そうして、私は、あの場所に戻った。
あの寒くて、氷だらけの場所は、「凍てつく高原」と呼ぶらしい。
「北」というところにあるそうだ。
私はその端っこで、吹雪の先に「雷」が見えないかと、少し凍えながら「南」を見ていた。
そうしたら、いつの日か、下を蛇が回るようになった。
探しても這ったような穴はないけど、確かに氷の下に、暗くて太い、細長いものが、くねりながら回っていたのだ。
私は「南」の空を見て、ときどき氷の下も気にしながら、冷たくなってきたら少し進んで、いつか、高くて堅いものがいくつか見えた頃、“数合わせ”とはいえ強い、“罪”が死んだと聞いた。
その頃、少しずつ暖かいものが近づいては、途中で冷たくなることが多かった。
私は「鏡」というもので、「ナン東」に“勇者”が現れたと聞いた。
私は少しだけ「雷」と話して、また「南」に進み続けた。
・
また少ししたら、「南」の空に小さく雷が見えて、少し嬉しかった。
それから、「鏡」で本物の「終わり」、「毒」、「汚染による終わり」を「紹介」された。
でも、「雷」のように暖かくはなかった。
それから少し、高くて堅いものが「10」個目ぐらいになって、その外にひらひらしたもの、細長くて絡んだものをよく見るようになった。
「雷」に聞いてみようと思ったけど、絡んでない細長いものの近くに「イdJイgl∠⊃」という文字を見つけた。住むところ、という意味らしい。「住む」とはなんだろう。
やっぱり「雷」に聞こうかと思った時、「南」の空に、大きな雷が見えた。
・
「雷」が死んだと、後で聞いた。
「勇者」たちは北上し、私の領域に近づいてきていると。
もう10個の都市を潰し、帝都にすら入らない避難民で、帝国の機能は停止していると。
私の領域に人は住めない。
だから、私が南下して、帝国に領域を広げれば、それだけ住めない人が増えて、住めなくなった人は死ぬと。
人である勇者も、ずっと住めなければ、“雷”のように死ぬと。
“雷”を殺した勇者も、死ぬべきだと。
私も、そう思う。
だから、一気に飛んだ。
落下は枯渇している。吹雪に乗って、帝都まで飛び続けた。
大きな、魔王城ほどではないけど私より何倍も大きい城は、私が飛んでいる間は少し熱を持っていたけど、私が目にするときには真っ白な雪に覆われて、少ししょうもなく感じた。
地面には、鎧を着た兵士や、顔だけ出した毛皮の一般市民もいたけど、それらは私の到着と同時に吹雪で砕けて散っていった。赤い、血の霰が、いい気味だと思った。
もっともっと南下する。私の領域は、私に引っ張られて、東西にも同じように下っている。
私が南下するほど、人は死んで、勇者も人を守れない、助けられない無能になる。
氷雪鏡で聞いた魔王様の声は、いつもより喧しい気がした。
・
氷鳥に追いついて、従えて、その頃にようやく、勇者と出会った。
聞いていた通り、青い衣服と鎧に光り輝く剣。
仲間に赤と黒の武者、青白い衣服の賢者、黄緑の宝石の王者。
あの宝石で賢者が「防寒結界」を張っているのだろう。無駄だ。
目にする前ならともかく、こうして目に見えているなら、術の熱だって冷気へ変えられる。
予測していたのか、すぐに武者が斬りかかってくる。
けど、それも無駄だ。どんな攻撃も熱があるのだから、それを冷気に反転させれば、ただの悪あがきにしかならない。
私は枯渇。世界の終わり。
熱が尽きるという世界の終わり方は、そのまま「熱気が冷気になる」という事象。
どんな攻撃も熱気を伴い、そしてそれは冷気になる。
魔力の入らない結界は砕け散り、力の伴わない斬撃は単なる転倒となる。
宝石に篭った魔力も、聖剣に篭った燃料も。
そこにある時点で枯渇し、再点火も冷気が溢れるだけだ。
これでいい。
天罰が敗れようと、私がいる。
傲慢にも天罰を拒もうと、衣服、食料、住居、資源を要する人間に枯渇は……
私は、「光」に「貫かれて」いた。
「雷」とは違う「光」。
何も「通った」ことのない私の「体」。
「空」が「晴れ」ていく。
「白い」吹雪が消えて、「青」に。
私が怖がって、ずっと遠ざけていた、眩しいもの。
暖かい。
「雷」を見せてくれた「雷」のように……