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婚約者と食事会と割増料金


 マチルダは仕事があるとかですぐにいなくなってしまった。


 そしてシエラは、自分の置かれている状況について考える。顔が似ているというだけで聖女の身代わりとして王宮に連れ去られたシエラ。国の愛娘とすら呼ばれる聖女だが、本当の聖女はとんでもないクズであった! 周り中から恐れられ怨まれている上、周囲はシエラが偽物だとは知らないーー


 しかも、シエラには魔力もない。仮に闇討ちに遭ったとしても返り討ちにもできない。おまけに正体が割れれば、全く同じ顔をしているのである、何かの憂さ晴らしに使われる可能性すらあった。


 黙って逃げることをまず考えた。

 だがすぐにその選択肢は無いと結論付ける。実家のことが思い返されたからだ。

 クロードを信頼していないわけではないが、黙って逃げれば実家に迷惑がかかる可能性が高い。相手は聖女だ。何をするか分からない。


 それに何より父が許さないだろう。商談を放って逃げるなど、アントワープ家の面汚しだと。

 それにシエラも同じことを思った。お金を頂いている以上、途中で逃げるわけにはいかない。


(とりあえず、本物が見つかるまで大人しく過ごせばいい)


 幸い、この王宮には人が少ない。

 本物が見つかるのはいつになるか分からないが、王宮には人が少なく、接するマチルダやクロードは元々正体を知っている。クロードは護衛をしてくれるだろうし、大きな不安はない。


(まぁ聖女のことを知ってる人間に会わなければいいだけだし。この部屋にこもってればいいか)


 どうせ替え玉なのだから。


「……ん? でもそしたらどうして替え玉なんて立てる必要があるんだろ? いてもいなくてもそんなに変わらないならーー」


 疑問を抱きかけた瞬間、コンコン、とノックがあった。

 扉を開ければマチルダだ。


「そういえばさっき言い忘れてたんだけどさぁ」


 マチルダはどこか倦怠感を漂わせながら(それが逆に様になっている)シエラに伝える。


「今日の夜、聖女様の婚約者と食事会があるんだよね。流石に出ないのは不味いから、というか絶対出なきゃいけないからさ、代わりに出てくれるかい?」

「はい?」


 一瞬何を言われたのかと。


「………………え? こんやくしゃ?」

「そう。エルヴェス王国の第一王子様。聖女様とは恐ろしいくらい仲が悪かったけどね」

「その…………その第一王子様は私の事は」

「知ってるわけないだろ? そんなこと知れたら戦争になる。そのための貴女なんだからね。……じゃあ後で色々準備させるから、よろしくね」


 一方的に言うだけ言われて扉は閉まってしまった。

 少し呆然としたシエラはここでようやく合点がいった。聖女不在がバレないようにというのは国民に対してのものではなかったのだ。そもそも国民は聖女の顔など知らないから不在なんてバレることはない。

 ーー婚約者に、だ。

 それも大国の第一王子様、駆け落ちが知れたら戦争になりかねない相手に。仲が悪いらしい相手に。


「……これは割増料金貰わないと割に合わないわね」


 絶対にクロードに吹っ掛けてやろうと決意する商人の娘、シエラであった。



・・・


 エルヴェス王国とは、シエラが住むカルヴィン王国の隣国で、世界的に見ても大国に分類される王国である。

 カルヴィン王国はそこまで大きくはない。小国ではないが単身で経済活動や戦争を行うことは難しいーーそういった国だ。だから王国はエルヴェス王国と繋がりを欲していた。

 繋がりといえば結婚や婚約が定石であるが、不運なことにカルヴィン王国の現国王には娘がいなかった。嫁がせる娘がいないーーそこで目をつけられたのが聖女だったという。

 聖女は嫌がるかと思ったが、相手の()()を聞いて飛び付いたらしい。大国の王子という地位に。

 婚約すれば将来はそこの王妃なのだから、権力嗜好の聖女が飛び付くのはむしろ当然のことであった。


「だが事態はそう上手く運ばなかった」


 準備の前に、シエラはクロードに説明を受けていた。

 シエラの部屋である。八つ時に差し掛かる頃、クロードはお菓子を持って現れてくれた。


 ちなみにクロードの仮面の下については、マチルダから聞いたということは秘密にしている。その下にあるものについても、強く意識するのは失礼に感じたから。謝るのもーーそれは自己満足というものだろう。


「聖女の振舞いが許されるのは国内だけの話だ。だが聖女はそんなことにも気付かず、いつも国内の人間にするように接して見事に相手方の怒りを買った」

「な……一体何を……」

「まあそれはご想像にお任せするが、相手方の国王陛下と王妃殿下が揃ってご退席された程度のことだ」


 ろくなことじゃないことだけはわかった。


「だが聖女はそれに逆恨みして、両者の仲はそれ以来険悪なままだ。……それでも婚約破棄にならないのは、相手のヴィーシャ殿下の気紛れに過ぎないと言われているが」


 ヴィーシャ・アレス殿下。それが相手の名前らしい。

 殿下の名前を聞いてシエラは少し驚いた。平民の彼女でも知っているーー悪魔と呼ばれる王子だ。


「そんな方と食事会をするんですか……嫌われてると分かってて……」

「悪いとは思っている。さっき貴女が言っていた割増料金? とやらも最大限考慮しよう」

「それはありがたいですけど。命の危険とかはないんですよね? 聖女様はだいぶ失礼なことをしたわけだから、暗殺とか……」

「それは問題ない。俺がいるから」

 

 クロードは仮面の下で少しだけ笑った。

 そんな心配をするシエラを呆れたように。

 スコーンを持って、手渡しながら言われた。


「だから安心して行ってらしてください。……聖女様」



お読みいただきありがとうございます!


※7/10までに次を上げます。

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