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3/5

犬と馬車と高い靴

 

 馬車に揺られ約五時間。

 それはシエラにとって思わぬ苦労の道行となった。


 急に白い礼服を渡され、「着替えろ」と言われたまではいい。

 「仮面で大して見えてないから」と言い張られ、異性の隣で着替えさせられたのもまあいい。

 だが、その異性が本当に何も喋らないのだ。機嫌の悪い猫だってここまで黙りこくってはいない。

 家業柄、シエラの周りにはお喋りな人が多い。シエラはむしろ寡黙と言われる方だ。


(上には上がいたーーということなのね……)


 世界は広いとシエラは冷や汗を流す。その手には嘘のように白い手袋。豆が多いシエラの手には似合わない、お姫様のような手袋だ。

 聖女は働いたりはしないだろう。不思議ではないが、手袋が少し合わなくてシエラは困っていた。


「……見えてきた」


 馬車に揺られ、城門が見えてきたあたりで、クロードは緊張したように言った。


「いいか……貴女が偽物だと知っているのは今は俺だけだ。世話係など近しい者には話をするが、城の者には貴女が本当の聖女だと通す。貴女はここでは聖女として振舞ってくれ」

「あ、はい」

「礼儀作法などはあまり考えなくて良い。その服も、窮屈だろうが今は我慢してくれ。後で合ったものを寄越すから」

「はい……」


 聖女は小さく可愛らしいスタイルをしているようだった。胸だけぶかぶかなのが余計シエラの屈辱を煽る。


「あのぉクロード様。この服って……」

「様を付けるな。外では『クロード』もしくは『犬』と呼べ」

「はいクロー……犬? え?」


 犬?


「カローナ王女は私を犬と呼んでいたからな」

「ん? ちょっと待って一回止めて」

「呼び方はそれで統一しろ。あの女は俺の名前は忘れているから、呼ぶと都合が」

「ちょっと待ってまだ私ついていけてないから」


 何が? みたいな顔でクロードはシエラを見る。


「? 何か今ので分からないことがあったか?」

「分からないことしかないんですけど……犬ってあの犬ですか?」

「まあ、一般的な意味の犬と大差ない」


 つまりはその犬である。およそ人間への呼称に使う言葉ではない。

 シエラは理由を聞くかどうか迷った。

 あくまでもそれは、聖女と彼の二人の話だ。シエラが無闇に首を突っ込む話ではない。ひょっとしたらそういう趣味かもしれないし、あんまり首を突っ込むわけにはいかないし、でも。

 

「……趣味ですか?」

「違う」


 かつてない剣呑な響きだった。

 

・・・


 程なくして馬車は王宮に到着する。

 遠目からでもよくわかる豪勢な様子に、シエラは思わず息を呑んだ。ゴテゴテとしたーーという言い方は少し悪いものの、金や銀をあしらった豪華な装いだった。


(税金ってこういうことに使われてんのねぇ。なんか複雑な気分)


 馬車は王宮の正門前に止まった。門番が慌てたようにビシッと背を正す。

 先に馬車からクロードが出た。大きい身体がのっそりと出ていき、大きな手が差し出される。一応主従関係にあるので、ということだろう。

 応えてシエラは馬車から身体を出した。王宮の庭園中に植えられている植樹林の香りが心地よい。クロードは仮面で顔が見えないが、あくまでも機械的にシエラに手を伸ばしていた。

 そしてそのクロードの手を取って出た瞬間。


「ぉうわっ!?」


 聖女らしからぬ声を上げ、シエラはすっ転んだ。足に合わない高い靴と、馬車と地面の高低差によるものだーー思いっきり泥に突っ込んだ。


「殿下、お怪我は」

「大丈夫でs……大丈夫よクロード」


 ここはもう王宮の真前。誰が見ているか分からない。立ち上がらせてもらいながら、シエラは恥ずかしそうに笑う。


「あ、はは。やっちゃったわ」

「まあ、最初は慣れないものですから」

「まぁね。でもありがとう。クロードも怪我はない?」

「……」


 シエラがそう言うと、クロードは何故か呆気に取られたように黙った。

 なんのことはない。転びそうになったのを助けてもらったからお礼を言った。

 たったそれだけのことなのに、その時見せたクロードの顔があまりに印象的で、シエラは少しだけ息が止まる。


「クロード? 大丈夫?」


 声をかけると、クロードは我に返ってふふ、と笑った気がした。ーー自虐的に。


「その顔から『ありがとう』だなんて。初めて聞いたから」

「はい? いや、それはそうでしょう。私達は今日会ったばかりなんですし」

「そうだな。そして本物が見つかったら終わりになる関係だ」


 少し悔やむようなクロードに、シエラは不思議そうに首を傾げた。クロードは聖女を探している。悔やむことなんて何もないはずなのに。



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