8.婚約破棄騒動の裏側の裏側④
『愛なんて知らない』
以前ジェズ様がそうおっしゃった時、私はその言葉の意味をよく考える事が出来ておらず、一方的に嘘だと決め付けてしまっていました。
でも、よく考えて見れば……。
ジェズ様は愛に憧れ、そして愛し方を無意識に知ってはいても、それが愛とはご存知なかったのでしょう。
どうすれば、その様に苦しまれなくても、もうジェズ様は沢山の愛を持っていらっしゃる事に気づいていただけるでしょうか?
よく、
『失くして初めて、その大切さに事に気づいた』
とか言いますが……全て無くせば、ジェズ様もそれが愛だったという事に気づいて下さるでしょうか?
国王陛下より、冤罪の賠償に何を望むかと尋ねられた私は、ジェズ様、そしてパメラ様の減刑を願いました。
そして、私とジェズ様の新しい戸籍と、国外へ出る許可も。
◇◆◇◆◇
一本道の街道を、ジェズ様が項垂れながら歩いていらっしゃるのが見えました。
私は髪の色も長さも変えたので、きっと距離があるジェズ様は私だとは夢にも思われていないでしょう。
さて、どう声を掛けようかとそう思った時です。
目が合った様に感じた瞬間、ジェズ様が行き成りこちらに駆け出していらっしゃいました。
どうしましょう?!
優しいジェズ様をいたずらに苦しめるのは気が引けたので、早々にネタバラシをする予定ではありましたが、即行でバレるこの展開は予想していませんでした。
本当は他人の振りをして失くして後悔しているものを聞き出した後、その思いこそが愛だと諭して差し上げるつもりだったのに。
『本当にヴィーなのか?』
そんな予想していた問いかけもなく、ジェズ様は私の短くなった髪に触れながら
「どうして……」
と繰り返されます。
そう言えば、この方は街の警護を担当される騎士団の団長様でしたね。
私の未熟な変装で騙せるはずなんてありませんでした。
「逃げて来たんですよ、退屈そうな修道院から。身分も名前も全て捨てて」
ジェズ様がこれ以上気に病む事のないようそう嘘をついたのに、ジェズ様は
「オレのせいだ……すまない、すまない、すまない」
そんな言葉ばかりを繰り返されます。
「そこは、『すまない』じゃなくて『好きだ』って『愛してる』って言って欲しいです」
そう言って思わず口を尖らせれば
「好きだ……愛してる……」
ジェズ様が、ずっと欲しかった言葉を下さいました。
「……ずっと、ずっと一緒に居て欲しい。これからは家族として。妹としてではなく、妻として」
ジェズ様の下さったその言葉に、これまでの苦しかった記憶が全て涙と共に零れ落ちて消えて行くような気がしました。
「はい。不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします」
私がそう言って、プロポーズの為片膝をついて下さっていたジェズ様の額にキスをしたその時です。
ジェズ様がまた行き成り、初めて会った時の様に私の事をおもむろに抱き上げました。
そして……そのまま唇に柔らかい口付けを一つ。
キスと言えば、額ばかりだったので油断しました。
私が真っ赤になったのを見て、ジェズ様は本当に久しぶりに、私がずっと恋焦がれて来たその柔和な笑顔を見せて下さったのでした。
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