4.ずっと言えなかった事
無理矢理に、ヴィーを自分のものにしてからあっという間に三か月が経った。
「ジェズ様、愛してます。子供のころからずっとジェズ様だけが好きでした。だから、ジェズ様からの言葉も欲しいです」
ベッドの中、半ば眠りに落ちたヴィーにそう強請られた。
「……愛なんて知らない」
ボソリそう呟けばヴィーが半分目を閉じたまま不思議そうに小首を傾げる。
「普通は、愛する人を計略に嵌めたりしないんじゃないのか?」
「まぁ、普通はそうですが」
ヴィーはそれだけ言うと睡魔に負けて、オレの手に頬ずりして眠ってしまった。
その寝顔は場違いなまでに幸せそうに見える。
ヴィーの白い肩に毛布を掛けて、彼女の隣でオレも目を閉じた。
今ごろ城では、男爵令嬢パメラの裁判が行われているのだろう。
パメラが有罪の証拠は全て揃っていると聞いている。
パメラはヴィーを無実の罪で追い落とした責により、国外追放。
このような不祥事を招いた第二王子は王太子の座を追われる事になるのだとの噂になっている。
きっと、オレの事も全てバレている。
あと数時間もすれば、兵士たちがここにオレを捕まえにやって来るはずだ。
まどろむ事も出来ぬままベッドの下に無造作に落とした服を探れば、すぐに短剣が手に触れた。
最初から……
最初から逃げ切れなんてしないと分かっていた。
それでなお。
ヴィーを道連れにするつもりで攫って来た。
愛する事など知らない自分ならそれが出来ると思っていた。
でも……。
結局、オレはヴィーを殺める事は出来なかった。
ヴィーを揺り起こして、服を着るよう促す。
不思議そうな顔をする彼女に事情を話せば
「だったら早く! 早く一緒に逃げましょう!!」
またヴィーが思いもよらぬ事を言った。
結局―
愛とは何か知らぬまま、オレは死罪を言い渡され断頭台の露と消えた。
……その筈だった。
◆◇◆◇◆
髪を染め短く切り、名前を変えさせられ放り出されたオレは今、国境の外から茫然と生まれ育った国を眺めている。
ヴィーがオレの助命を乞うてくれたのだと、オレを秘密裏に護送して来た、かつての同僚が言っていた。
ヴィーがいない世界で生きねばならないくらいなら、いっそ楽にして欲しかった。
ただ息をするだけで胸が痛くて痛くてたまらない。
これがヴィーがオレに下したかった罰なのだろうか?
最後にもう一度、未練がましくヴィーがいるはずの王都の方を見て、オレは過去に背を向けるようにして街道を歩き始めた。
一本道の街道を、項垂れながらしばらく歩いた時だった。
少し先のベンチに、一人の女性が座っているのが見えた。
髪は染めたような鮮やかな赤毛で、肩辺りまでで短く切りそろえられている。
見るとはなしにぼんやりその人の方を見ていると、不意に彼女が顔を上げてこちらを向いた。
まさか!
気づいた時、オレは思わず駆け出していた。
息を切らせ駆け寄った先にいたのは、やはりヴィーだった。
「どうして……」
短くなってしまった彼女の髪に触れれば、ヴィーがくすぐったげに小さく声をあげて眩しく笑う。
「逃げて来たんですよ、退屈そうな修道院から。身分も名前も、運命すら何もかも全て捨てて」
第二王子が王太子でなくなり、城に彼女の居場所もまたなくなった。
彼女が生きていたという事を世間に発表し再度社交界に戻す事も出来ないではなかったらしいが、彼女の父は彼女を外界の心無い言葉から守る為、彼女が生きている事を世間に伏せたまま修道院に送る事を決めたのだという。
「オレのせいだ……すまない、すまない、すまない」
謝って済む事ではない事は分かっているのに。
こうなる事も全て分かって、だから彼女を道連れにすると決めていて、そしてそれが出来なかった結果がこれだという事もよくよく分かっている筈なのに。
一度その言葉を口にしてしまえば、その何の意味もなさない繰り言をもう止める事は出来なかった。
「そこは、『すまない』じゃなくて『好きだ』って『愛してる』って言って欲しいです」
ヴィーのその言葉につられて
「好きだ……愛してる……」
箍が外れたようにその言葉を繰り返した時だ。
「……他にも、ずっと言いたい事があったんじゃないですか?」
ヴィーが目を伏せ、少し恥じらいながらそんな事を言った。
言いたかった言葉?
何の事か全く分からず、無意識のうちに首を傾げれば
「ジェズ様は私の事を馬鹿だっておっしゃいましたけれど、ジェズ様だって大差ないですね」
仕返しのつもりなのだろうか、ヴィーがまた楽しそうに笑った。
「まぁ、今回は特別にヒントを差し上げましょう。ジェズ様が言いたかった事、そのヒントは……騎士団の詰め所で夕方お会いした時の事です」
ヴィーに言われて、あの日の夕日を鮮明に思い出す。
夕日を背にしたヴィーの表情。
それをオレは見えなかった事にしていたけれど、よくよく思い出せば、彼女は順番なんかを全てすっ飛ばして口を開きかけたオレを見て悲し気に目を伏せたのだった。
「……ずっと、ずっと一緒に居て欲しい。これからは家族として。妹としてではなく、妻として」
ずっと言えなかった、第二王子によって引き裂かれなけば言おうと思っていた言葉。
祈る様に、懺悔のようにオレが告げたその言葉を聞いて、ヴィーは思わず零した涙を指で払うと、また幸せそうに微笑んで見せて言った。
「はい。不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします」
そう言ってヴィーがオレの額にキスをくれた。
本当の家族のキスをくれた。
ずっと欲しくて欲しくて仕方がなかった、心からの愛を込めて。
ヴィーsideのお話続きます☆




